「生命」って何?

 分かっているようで、改めて問われるとはっきりしないもの、「生命」もそのようなものの1つだろう。
 はっきり言って、私にはいまだに理解できているとは言えないようだ。

 これまで生きてきた経験から、また読書などの研究から、いま私が「生命」について思っていることはある。それについて少し整理しておきたいと思う。

 生命について考える場合、宇宙創世の出来事をも念頭に置く必要があると、私は考えている。
 もちろん、宇宙の誕生など誰も見ていたわけではないし、わたしの述べることも、「そうなんじゃないか」と私が直感的に勝手に思っていることにすぎない。そのことを承知の上で、みなさんも、あれやこれやと考えてみて欲しいのだ。

 私がいま想像していることはこうだ。

 原初、まだ宇宙が発生する前には「空」しかなかった。「空」があるという言い方自体がすでに矛盾している表現なのだが、まあそう言うしかないような・・・

 その「空」とは、何も無いということではなくて、いわば全てが在って、まだ全てが現れてはいない状態とでもいうような、そんな事だったのだと思う。
 私は、その原初に在った「空」が「生命」のそのものなのだと仮定している。

 はじめにはその「空」、すなわち「生命」のみがあったのだが、その「生命」はまだ形を持っていなかった。生命が形を持つためには、(つまり、宇宙開闢が起こり進化が展開されるためには)、生命はそれが形を取るための器を必要とした。
 つまり「器」、形態である。

 生命は形態と結びついて始めて形をとることができた。原初にあった生命が形態と結びつくことによって、エネルギー(スター・ウォーズ風にいえばフオース?)として全宇宙に行き渡った。

 言ってみれば、宇宙のすべては生命の顕現であり、宇宙には生命以外の何物も存在していないともいえる。
 ※宇宙はフォースに満ちている!

 地球を含む太陽系をはじめ今日の宇宙は、原初の宇宙に比べ格段に進化している。つまり生命と形態の種類も在り方も結びつきも、1人の人間には解明し尽くせないほど複雑になっていると見るのが自然である。

 生命は調和的に形態と結びつかなければならないと仮定してみよう。

 だとすれば、ある生命がある形態に結びつく時に何か調和の欠如のようなことが起こったとして、そこに病気の原因に繋がるような何か歪みのようなものが発生したと仮定することだってできるかもしれない。

 宇宙レベルの、あるいはそこまで行かなくても地球レベルの調和の乱れが起こり、そこにある種の病気の原因の一端があったとしたらどうだろう。

 難病がこの世にあるということの原因は、ひょっとして我々人間の理解を遥かに超えているのかもしれない。


 こんなおかしな事を考えるのは私だけだろうか?

 

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