ある日曜日

3061e3a1.JPG 青森市で「木綿と麻の服」創作コレクション展というのがあった。
 木綿の服にも麻の服にも特に興味はない。
 その展覧があることは「うのや」という店のホームページで知ったのだが、主が「私もお手伝いと『手づくり鉢に苔彩彩』を活けこみますのでご来場を心よりお待ちいたしております」と書いていた。
 とすれば、木綿と麻以外のものもありそうで、もしかしたら写真を入れられる額なんか置いていないかなあ…と考えていた。

 7月23日、終日私の自由になる日曜日が久しぶりにやってきた。
 今や日課となった草花の撮影を午前中に済ませ、昼過ぎ11年目走行距離22万kmのオンボロ愛車を駆って青森市へ向かう。
 もちろん冒頭のコレクション展へ。
 会場そばの神社に駐車場があるので、そこから数分歩く。
 出かけるときわが村は真夏とは思えないほど寒かったが、青森市内は汗ばむほどだ。
 歩いていて「?」となった。
 目の端を気になる文字がよぎったような気がしたのだ。
 振り向くと道路を挟んだ向かいのビルの壁に催事看板が設置されていて、中に「民芸」という文字があった。
 開催日を見るときょうもやっていて、民芸作品を展示しているらしい。
 お花の会の催しがあるとも表示されている。
 青森市へ来た目的である「木綿と麻の服」展を見るにはそんなに時間がかからないはずだから帰りに寄ってみることにした。

 青森市のメインストリートは「新町通り」と言う。ご多分にもれず昼も夜も日曜もシャッターを下ろしたビルが目立つ。
 「木綿と麻の服」創作コレクション展は、その新町通りで古くから民芸品を扱っている店の2階を会場にしていた。
 1階を冷やかしている内にインドシルクのスカーフを買うはめになり、あわてて2階へ。
 階段を上り詰めたところの床に葡萄蔓で編んだ大きな籠が置かれ、いろんな花が生けられている。
 花もいいが籠がいい。
 それを見たとき「木工作品もきっとある」という予感がした。
 会場はそれほど広くない。
 奥にいた「うのや」さんがすぐ気づいてくれた。
 彼女にあいさつをした後何回か展示を見て回る。
 絣を使った服や帽子や、真っ白な麻の服などが飾られていてやはり木製の額縁があった。
 変形のものが二つ。
 ひとつは白塗り、もうひとつは黒。木工作品としては、どっちもそんなに高くない。
 買うべきか、買うとしたらどっちを買うべきか、あるいは見るだけにするべきかと悩んでいると「お茶をどうぞ」と「うのや」さんから声がかかった。
 奥にあるテーブルセットで熱いウーロン茶をいただきながらネジ花の話なんかをしていて、不意に買うことにした。黒いやつ。
 そうしている内に、今度はコレクション展の主がコーヒーを淹れてくれるという。
 額を包んで貰いホッとしてコーヒーをいただいているとき、聞き慣れた声がした。
 視線を挙げると、何とわが家の隣の正法院の和尚がにこにこと目の前にいた。
 和尚は私より若く絵、書、お茶、お花などに造詣が深く、もちろん「うのや」さんをよく知っている。いつもは服とズボンでお出かけなのに、きょうは黒の衣にずんぐりしたカラダを包み袈裟まで掛けていた。
 それにしてもこういう場所で和尚に会うとは奇遇である。会場が混んできたのでまもなく店を出る。

 青森市民美術展示館へ。
 駐車場を出てからまもなく見たのは「民芸と作家展」の「民芸」という文字だった。
 どんなものが飾られているのかなとわくわくしながら建物へ入ると、1階にお花が展示されていて、その会場の隅を通り抜けないと2階へ行けないようになっている。
 何気ない顔で1階の受付前を通り過ぎるとき見たが、素人の私が名前を聞いたことのない会だった。
 2階は大きい部屋で、壁に版画や書や染め物などが飾られ、壁際のテーブルと床には陶磁器やガラス製品が展示されていた。
 その数は青森県での展示としてはかなり多い。
 正面に飾られた棟方志功の奔放な書が目についたが、右端から見ていく。
 民芸作品には以前から興味があったので気になるものをひとつずつチェックする。
 善し悪しなんてもちろん知らない。自分の好みだけで見ていく。
 色や形に力強さを感じるものが多い。作家の名前を見ると民芸の世界ではとんでもなく有名な方ばかり。出品者は相当お金をつぎ込んだに違いない。
 川柳を始める前にいわゆる古美術に興味があって村にいる師匠の所へしょっちゅう通っていた頃を思い出す。
 師匠も志功の大首絵を持っていたなあなんて歩いていると見覚えのある顔がいた。
 師匠と何度も家を訪ねた青森市内に住む古美術品コレクターSさんの奥さんだ。師匠が死んでからもう十年もお会いしていないが少し浮世絵を思わせる顔を記憶していた。
 「 Sさん、しばらくです」と言うと瞬時に分かったらしく「あら八戸さん、しばらく」と応え、少し離れたところにいる長身の髭を蓄えた男に手招きをした。
 背格好から旦那さんだなと思ったが、近づいてくるとやはりそうだった。私が覚えていたSさんは鼻下に髭なんかなかった。元気そうである。
 彼は腕の良い表具師であり内装屋であり古美術品コレクターである。
 彼の家の居間にあった志功の油絵を思い出す。壁の一部を特殊加工して絵や版画などを飾れるようにしてあった。
 互いに懐かしがって話していると、ある版画を指さし「あの志功の自画像はYさんのところから来たもので今では珍しいよ」という。Yさんというのは亡くなった私の師匠で、見たことがあるようでないようで何ともいえないが彼が言っているのだからそうなのだろう。
 「世の中いろいろあるよ。本物と思って買った志功の版画が5ミリ小さかった」などとも言う。
 物の真贋とはそういうものなんだろう。私のようないい加減な男は、紙なんて伸び縮みするんだからほんのちょっと小さいだけだったら本物だと思うに違いない。
 昔弘前で作られていた悪戸焼きなども一通り見て切り上げる。

 きょうは思わぬ人と出会う日だなあなんて思いながら階段を降りると、何とまた覚えている顔が私を見ていた。
 青森市内のある結社に所属し川柳をやっているIさんだった。親しくお話をしたことはないがIさんのいる結社の句会にも出席したことがあるので顔と名前は知っている。
 「えっ、Iさんお花をやってるの?」と思わず言ってしまった。
 「よろしかったらお茶を差し上げます」などとにこやかに言われ、作法も知らないのに「お願いします」と答えてしまう。
 和三盆か何かの砂糖菓子をいただきお薄をいただきながらIさんと話していると、彼女は私がもっと驚くことを言った。
 知るはずもないIさんの旦那さんが、実は古くから知っているIさんだと言うのだ。
 そして、彼女は10数年前に私がスタッフとして関わったあるイベントにも参加していて、その時のわたしのことをくっきりと覚えていた。これには参ってしまった。

 帰宅するとき車を運転しながら師匠のことや、村にやってきた棟方志功のことなどを思い出した。不思議な日曜日だった。   

Posted by musan8 at 2006年07月26日 22:13Comments(9)TrackBack(0)