キツリフネ

5235b3db.jpg 草むらに立っている。
 風。
 肩まで伸びたやけに葉の多い草が一斉に揺れている。

 厚手の長袖シャツによれよれのジーンズ、ゴム長靴と被り癖のついたベージュのハンチング。
 全天候型の服装だと思っている。
 薄いシャツやズボンだと肌にまとわりついてむしろ暑く感じるし、草の棘が突き抜けて傷だらけになったり蚊にやられたりする。
 半袖シャツは藪漕ぎには向かない。
 ゴム長靴は堰に入ることもままあるので必需品。
 帽子は日射しと雨を防ぐ。
 首にはタオルの手拭いと一眼レフカメラ、肩には中型のカメラバッグを斜めがけしている。
 標準ズームレンズと望遠マクロレンズを1本ずつ、それに予備のバッテリーを2本突っ込んだバッグはかなり重く肩掛け用ベルトが右肩に食い込んでいる。
 痛いとは思うがなぜか耐えなければいけないと思う。
 老いたな、とも思っている。

 さっきから立ったまま目の前の花を見ている。
 カメラは首にぶら下がったまま。
 こめかみから吹き出た汗は流れるに任せていた。
 一輪のキツリフネ。
 咲きはじめなので多くは咲いていない。
 珍しい花ではなく、その辺の荒れ地にいくらでもはびこっている。
 真夏の午前9時。
 もう日射しが強い。
 天気予報は雨で、それも大雨注意報だった。
 一雨来れば少しは涼しくなるだろうと心待ちにしているのだが一向に降りそうにない。

 キツリフネ。
 この花を最初見たとき「花じゃない」と思った。
 頭のない魚のような形。
 全体がハッとするような黄色で親指ほどの大きさ。
 胴には茶色の点々があり肋の中は空洞で内側にも点々が見える。
 垂れ下がって先のとがった尻尾が一本。
 前ビレは異常に大きい。
 それが、葉の下にぷらんと吊り下がっている。
 そして、ぶら下がり方がどうにも泳いでいるようにしか見えない。
 胸の張った魚だと思った。

 今も「さかなだ」と思って見ている。
 こいつは泳ぎたいのだ、と。
 真夏の空をどこかへ泳いで行きたいのだ、と。
 私を突き抜けてどこか向こうへ。

 こいつを「さかな」のように撮ってやろうと思った。
 泳いでいるように。
 50mmマクロレンズF2解放。
 露出はどうしようか。
 顎から汗がしたたり落ちた。
 しゃがむ。
 カメラを構えた。
 シャッターボタン半押し。
 下から、
 やつを捉える。

 空が落ちてきた。
 無職の初老の男にどす黒いほど青い空が落ちてきた。
 やつが泳ぐ。
 無職の空にやつが泳ぎ出る。
 音もなく。
 悠々と。
 シャッターボタンを押し切る。
 カシャ。
 カシャ、カシャ。
 私の脳の中をやつが泳いで行く。
 予報は雨で、それも大雨注意報だった。



 *画像はそれっぽい写真ですが文章と関係ありません。
 *画像をクリックするともう少し大きな画像を見ることができます。
Posted by musan8 at 2010年07月24日 23:03│Comments(4)TrackBack(0)

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/musan8/52347356
この記事へのコメント
ムーさん、こんばんは!
フーッ、空が落ちてきた甲斐があってお魚らしく見えますよ。
ムーさんは間違いなく変人だけど、私はもう一人かなり変わっている人を知っています。彼は自転車でグァム島を一周することを思いつき、つい先日実行して、帰ってきました。手も足も南の島の強烈な太陽に焼かれて皮がむけかかって、酷い状態でした。
そうやって比べてみると完全武装で出歩いているムーさんは、全然変人じゃなかった…。ご自愛くださいませ。
Posted by 閑女 at 2010年07月25日 20:45
 あははは、閑女さん一番乗り〜!
 相変わらず超早いですね。

 そうですそうです、ムーさんは変人じゃない。(にこにこ)
 ようやくご理解をいただいたようで誠にありがたい。(ににに、に!)

 完全武装で夏の草むらにうずくまっていると、時に不審者に思われたりしますが、あれって完全に見ている人の想像力の欠如に起因していると思っております。(汗)
 これ、間違いございません!(謝謝)
Posted by むさし at 2010年07月25日 21:45
ムーさんこんばんは!

ほんとうは青い空を泳ぎたいのはキツリフネじゃなくてムーさんなんじぁないかなあ〜??

ムーさんが空を泳いでるとこ想像して・・・おやすみなさい。
Posted by 啓子 at 2010年07月25日 22:00
おはよう!啓子さん。

飛んでみたいね。
老いさばらえた背から羽を引きずり出し、水平線を担いで、テグジュペリに会いに…。
Posted by むさし at 2010年07月26日 09:37