ちょっと病気かな?と思い始めている。精神的にちょっと病んでいるかな?と思ったりもする。
何でもないことかもしれない。
胃の具合が悪いとか、腕が曲がらないとかではない。
夜、眠っているとき、頭が勝手に川柳を作っていたりするのだ。
毎晩でなく、ときどき。
夢かもしれないとも思うが、夢とはどうも違うような気がする。
眠ってから頭の中で句を作るのはたぶん私。
でも、姿は見えない。
575を次々と作りあれやこれや推敲を始める。
どうしても1句を作れないで朝を迎えてしまうこともある。
たいていは数日後に行われる句会や大会の宿題を作っている。
二晩、三晩とそんなことが続くこともある。
1句ができたとき、強引に起きてその句をメモ用紙に書き留めたことが何度かある。
句が浮かんだとき書き留める紙と鉛筆は枕元は言うに及ばずトイレや食卓の上や車庫やトラックの運転席、乗用車の運転席とあちこちに用意されている。
朝になってそれらの句を読んでみると、575ではあるがほとんど使えない代物。
わたしは句を一度に多く作れない。
だから、句会・大会の直前まで考えていたりする。
そんなことが原因になっているのかもしれない。
間違っては困るが、眠りながら句を作ろうなんて思って寝るわけじゃない。
たぶん、川柳を作らなければいけないという呪縛から頭が勝手にやっている。
数年前、直腸ガンの手術を受けた。
手術をする前に麻酔がかけられる。
麻酔専門の医師がやる仕事で、あれはとんでもなく不思議で、そして、想像以上に気持ちがいい。
何たって腹を割かれて腸を引きずり出され、その一部を切り取られても痛くも痒くもなく、その時そのことについて何も意識していないのだから。
麻酔は手術後もしばらく効いている。
そのとき、わたしは川柳を作っていた。
句が次々湧いてくる。
しかも、できたのがどれもこれも名作、だと思った。
なぜ川柳を作ったのか、なんて聞かれても答えられない。
とにかく川柳を作っていた。
天才かと思うほどあまりにもできるので傍らにいた妻に何句か書き留めさせた。
ということは、麻酔が効いていても眠ってはいないし、意識不明でもないのだ。
麻酔が覚めたときメモのことを思い出した。
読んで驚愕。
全くと言っていいほど句になっていない。
天才はあっという間に地に落ちた。
ただの書き付け、だった。
575になっていないものが多く恥ずかしいので破って捨てた。
麻酔が効いていて川柳を作るのと、普段の睡眠の中で川柳を作るのは訳が違う。
でも、全く関係ないとは言えないかもしれない。
頭の中のどこかでいつも川柳というものが渦巻いているのだ。
わたしは狂的に川柳が好きな男ではない。
悪く言うと、行きがかり上作っている。
もっと言うと、句会・大会あるいは柳誌の自由詠欄のためだけに作っている。
そんなぐうたらな男の肩に乗っかっている頭が、何で眠っているときまで川柳を作るのだ。
それが気になって眠れないということはないが、やはり気になる。
こんなの、わたしだけだろうか。
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