鉛筆 の巻

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 5・7・5と暮らし始めて20年が過ぎた。
 私の5・7・5は川柳。
 川柳は座の文芸と言われる。
 「座」は座ること、集まること。
 やれ例月句会だ、どこそこの大会だと同好の者が集まっては顔を突き合わせ、互いに競い合いながら発展してきたのでそう言われるのだろう。
 句会や大会へ行くと自分の句を句箋に書いて主催者へ提出しなければならない。
 句箋というのは細長い紙のこと。
 川柳を始めた頃「句箋は鉛筆で書きなさい」と結社の先輩に言われた。
 句箋は万年筆で書こうがボールペンで書こうが、はたまた筆ペンで書こうが本来勝手である。
 「それはそうだが鉛筆で書きなさい」と先輩は言う。
 何故だろうと不思議に思って聞いたら、そこにはちゃんと理由があった。
 大会へ行くと提出すべき句の数と同数の句箋が支給される。
 受付番号が打たれた専用のもので、予備はない。
 そこで問題が生じる。
 書き損じた場合どうするかだ。
 実は、主催者へ申し出ると代わりがもらえる。
 でも、「それをやってはいけない」と先輩は言う。
 「大会というのは大人数が集まるから主催者はいつもてんやわんやなんだ。書き損じなんかで迷惑をかけるべきではない。例え10数人の句会でも同じこと。鉛筆だと書き間違ったところを消しゴムで何度も消せるじゃないか」というのが彼の論だった。
 ストンと胸に落ちる話であり、道理で句会や大会へ行くとみんな鉛筆で書いているわけだと納得。
 以後私も鉛筆で書いている。
 ところが、モンブランやパーカーなどのいかにも高級そうな万年筆をこれ見よがしに手にして句箋を書いている人がたまにいる。
 万年筆でないと川柳モードに入れない方とか、それなりの覚悟ができている方や決して書き損じをしないという強固な信念を持っている方とかなのだろう。
 せっかちで若い頃から書き間違うことが多かった私は最近真性認知症かと思うほど書き間違ってばかりいる。
 だから、万年筆やボールペン、あるいはフェルトペンなどの消せない筆記用具で書いている人がいるとつい尊敬の眼差しで見てしまう。
 その先輩がもう一つ話してくれたことがある。
 句箋を書くため使っている鉛筆のこと。
 句会・大会参加者の提出した句がどうなるかというと、集まった句から適当な数の入選作が選ばれ、佳作、秀逸、特選などのように序列がつけられその場で発表される。
 選ぶ人はそれなりの経験を積んだ実力者がつとめ、選者と呼ばれる。
 句はそれぞれが懸命に考えて作るのだが、時に1句も入選しないことがある。
 これを全ボツと言い、川柳をやっている者は誰でもいつの句会・大会でも何とかこの全ボツから免れたいと画策している。
 そこで先輩は「どうすれば自分の句を選者へ強くアピールできるか」と考えた。
 薄く細い線の字より濃く太い線の字が選者の目を引くはずだから、一般的に使われているHBや2Bよりはるかに濃く太く字が書ける4Bを使っていると言うのだ。
 私の頭は《ヨンビーノエンピツハジヲカクタメノモノデハナイ、デッサンノタメツクラレタモノデアル》という考えでガチガチに固まっていた。
 絵の心得なんかもちろんあるはずもなく4Bを1本も持っていなかったのでその話にかなり面食らったが、発想が柔らかく自由で、しかも理屈に合っていてなるほどと思った。
 えらく感心した私は先輩の使っているものと同じ三菱ユニ4Bを早速購入。
 ここでまた、問題発生。
 私は何かに心が引っ掛かるとしばらくそこから抜けられなくなってしまったり、長い間そのことに引き摺られてしまったりする、いわゆる凝り性な面が少しある。
 それは性格であるから止めようとして止められるものではない。
 果たしてそれから十数年、未だに鉛筆に囚われている。
 選者へのアピールはもちろんだが、芯の濃さ、太さ、減り具合あるいは軸の色やナイフでの削り易さなどメンタル、フィジカルの両面にわたって自分に合う使い心地の良い句箋用鉛筆を探し続けている。
 具体的には三菱鉛筆のユニ、トンボ、ペンテルなど国産4Bを次々試し、やがて三菱鉛筆ハイユニへ移行。芯ホルダーにも手を出した。
 カランダッシュ、スタビロ、ステッドラーなどの海外製品もチェック。
 廃版になっているスタビロの赤軸鉛筆を探していてふと思ったことがある。
 赤いスタビロが売れ残っていた店には5Bしか在庫がなかった。
 4Bじゃないのかとがっかりしたが、濃く太い芯で書く句が選者に強くアピールするのであれば4Bより5Bで書いた方がもっと強くアピールできるはずではないか。
 そして、5Bより6B、6Bより7Bがもっともっと強くアピールするはず。
 斯くして、私の句箋用鉛筆はどんどん濃くなり、ハイユニが10Bまで販売されるようになった今は当然のごとく10Bを多用している。
 そしてもう1つはまっている鉛筆がある。
 東京銀座の月光荘という画材店が販売している8Bで、本来はデッサン用。
 軸は六角で、使用されている木材の素性が直視できるよう塗料は透明である。
 この鉛筆、長さは普通だが普通の鉛筆よりかなり軸が太い。
 一般的な鉛筆の軸は径7ミリほどであるが、月光荘8Bはおよそ9ミリ。
 使い始めた時その2ミリの差ゆえ使いづらく思ったが慣れると何とも言えない程好さに変わった。
 この鉛筆、書き心地はよいが少々困った点がある。
 筆記用具を句会、大会などへ持ち歩くためペンケースへ入れるのだが、削った鉛筆を裸のまま入れるとケース内部の布や革が芯で黒く汚れてしまう。
 鉛筆のキャップは芯が折れるのを防ぐばかりでなくこんな時も役立つのだが、普通のものより太いこの鉛筆は普通のキャップが全く合わない。
 専用の革製キャップが用意されていて、1個6百円近くと鉛筆の倍くらいする。
 これには参った。
 というのは、この鉛筆もダース買いしてあるのだ。
 たかが鉛筆ごときに1個6百円近いキャップを1ダースも揃えるなんていかにも不経済ではないか。
 結局半数の6本にキャップをし、残りは自宅待機とした。
 鉛筆に関して言うと、これまで買った物が書斎やトイレや枕元など家のあちこちにあって、死ぬまでかかっても使い切れない数になっているはずなのに更にまたこんな無駄なことをしている。
 そんなことはさておいて、お気に入りは何と言っても月光荘8B。
 今持っている1ダースは使用できる限界ぎりぎりの短さになるまで使うことにする。
 そのためもう1つ手続きが必要になった。
 短い鉛筆をあたかも普通の長さの鉛筆のように使える補助軸とかエクステンダーと呼ばれるものがあるのだ。
 ところが、インターネットでいくら探しても月光荘8Bに合う鉛筆用補助軸は見つからない。
 何日か考え、普通の鉛筆より太いクレヨン用の補助軸がないかと思いついた。
 探すとこれがあるのだ。
 クレヨンホルダーというもので、月光荘8Bに使えるサイズが何種類かある。
 あるにはあるのだが、欲しいものは不思議に安くない。
 安くはないが欲しいものは欲しい。
 インターネット上で一番安く売っている文具店を見つけスイスのカランダッシュ社製と、ドイツのリラ社製のものを1本ずつ注文する。
 数日後メール便で届き、代引き手数料、消費税を含めおよそ5千円を支払った。
 ここで、またまた問題発生。
 補助軸は短い鉛筆に使うものであるのに、短い月光荘8Bを1本も持っていなかった。
 普通の鉛筆は1本でおよそ50キロメートルほど線を引くことができるらしい。
 柔らかく減りやすい芯の月光荘8Bであるが月1〜2回の句会・大会で句箋しか書かないから余り減らないのだ。
 それなのにせっかちなのですぐ使ってみたい。
 補助軸が届いた日の夜、長いままの月光荘8Bを真ん中でポキンと2つに折ってそれぞれに装着し使用感を試した。
 補助軸は鉛筆を覆う構造なので鉛筆より太くてごつい。
 絵を描くには具合がいいかもしれないが字をうまく書くには慣れと工夫が必要だと感じた。
 そんな私の補助軸だが、最近コレクションが1つ増えた。
 これまた東京銀座の「五十音」という小さな文具店が扱っているミミックというのを入手したのだ。
 一見万年筆にしか見えないシロモノで、キャップを外すまで中に鉛筆が入っているなんて毛ほども感じさせない。
 ミミックとは擬態のこと。
 万年筆に見えて、実は鉛筆ということから命名されたようだ。
 何と、こいつが1本1万円もする。
 自分では買えないと言うか買いたくないので一計を案じる。
 どうしたかというと、誕生日プレゼントとして息子と娘に買ってもらったのだ。
 ミミックは普通の太さの鉛筆用だから月光荘8Bは入らない。ハイユニ10Bが収まっている。
 収まっていると言ってもハイユニ10Bも新品同様の長い物しか持っていなかったので、これまた半分の長さに切って入れた。
 何もそこまでしなくても、と自分でも思う。
 本末転倒なんだからどこかで止めればいいのだが、どういう訳かいつもこんな変なことになってしまう。

 濃く太い字の句箋をずいぶん長いこと句会・大会で出し続けているが成績はまあまあの線からほとんど上がっていない。
 月光荘8Bや贅沢なミミックに差し込んだハイユニ10Bで句箋を書いて川柳がうまくなったわけでもない。
 お気に入りの道具を手ににこにこしているばかりだ。
 まあ、それはそれでいい。
 ところで、川柳がうまくなる鉛筆を置いてる店誰か知らないか。

*この稿は、同人誌「文ノ楽」16のため書いたものです。
*写真と本文は互いに関係ございません。



Posted by musan8 at 2016年08月04日 20:30│Comments(0)TrackBack(0)

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