机上のモノたち の巻

4b014239.jpg 私が使っている机は事務用の机として作られたものではない。
 刑務所で受刑者が作った食卓である。
 なぜ刑務所作業製品の食卓を使っているかと言えば、もちろんそれなりに安いからである。
 そして、実に頑丈だからである。
 普通の事務机と比べて天板がやたらに厚くやたらに広い。
 天板も脚も集成材だからかなり重い。
 大きくて部屋の入口から入れることができなかったので、天気のよい日に一旦屋根に上げ窓を全部取り払ってそこから入れた。
 トラックの荷台から屋根に上げるのも、窓から部屋に入れるのも若者が4人掛かりでやっとやったという記憶がある。
 
 今回の話は、その広くて重い机のことではない。
 机の上のこと。
 私の机は一見普通の机より広いとは感じられない。
 何故かというと、所狭しとたくさんの物が載っているからだ。
 机が、「重いじゃないか!」と激しく文句を言いそうなほど何だかんだ載っかっている。
 パソコン・セットしかなかったらどんなに広々としてさっぱりするだろうと思う。
 ではあるが、私の性格と関係あるのかないのか片付けても片付けても次々物がやって来てすぐにすき間が埋められてしまう。
 実は、机の上ばかりじゃなく、机のある書斎代わりの八畳の部屋も物だらけ。
 巨大ゴミ箱に机が置かれていると言った方が分かりやすいだろう。
 もしかしたら、巨大ゴミ箱の中で椅子に座ったまま眠ったりしている私もゴミかもしれない。
 差し詰め生ゴミと言ったところか。

 机の上に物がいくつ載っているのかこれまで数えたことがない。数えようとも思わない。
 とにかく多過ぎるのだ。
 でも、むさしがどんな机であんなバカな川柳や文章を書いているのかと興味のある方がこの世のどこかにいるかもしれないので少しだけ紹介することにする。
 まず、パソコン。机の上の一番いい場所で一番大きい面積を占めている。
 ノートパソコンではなく、れっきとしたデスクトップ・パソコン。
 ディスプレイの上には棚が設えられていて、棚の上には安物のインクジェット・プリンターが鎮座ましましている。
 川柳や文章を作るのはほとんどこのパソコンでやるのだが、たまに鉛筆やボールペン、あるいは筆で何かを書くこともある。
 そのためのスペース、つまり手作業のできるスペースということだが、それはキーボードの手前に置いたA4サイズのカッターマットの上しかない。
 パソコンとキーボードの間にも物が置かれている。
 左から順に挙げれば、まず直径7〜8センチほどのガラスのシャーレがある。
 それにはダブル・クリップやゼム・クリップなどが入っている。
 シャーレの上にはメンディングテープがあって、更にその上に右手の形をした大きなクリップがある。
 この月光荘のクリップは、買ったはいいがはどう使えばいいか分からないので今のところ単なる置物に過ぎない。
 その右にあるのは、首の置物。
 函館のギャラリー村岡というところでずいぶん昔に買った。3センチ角ほどの大理石のような石の台座に高さおよそ5センチの金属製の頭が接着剤でくっつけられている。
 真鍮だろうか、鼻が大きく口をぎゅっと引き結んでいて、何となく威厳がありそうな顔。
 買ったときは光っていたのだが今は黒ずんでしまった。黒ずんでいる方が光っているよりはいいように思うがどうだろう。
 その右には物が二つある。
 手前は木製の小さなカッターにセットされたメンディングテープ。
 その奥にはモンブランのボトル・インク。
 ブルーなのかブルー・ブラックなのか今となっては覚えていないほど昔に買ったもので、1年に2〜3回付けペン用に使うことがある。
 その右は2種類の目薬。
 日に数時間パソコンと向き合うので目薬は必需品なのだ。
 その右、ディスプレイの真ん中やや右よりにカメラがある。
 フィルム用カメラでオリンパスペンという。
 昔は、つまり発売当時はこのサイズでも小型で、だから「ペン」という名前がついている。
 これは、ある人の遺品、ありがたくもタダでいただいた。
 今はたぶん使用不能だと思われるが、35ミリ・フィルムを使い、12枚撮りのフィルムだと24枚撮れるハーフサイズ・カメラである。
 私が今使っているカメラはデジタル一眼レフだがやはりオリンパス製なので、これはそのご先祖様みたいなもの。
 大のお気に入りだから机のほぼ中央に置いてある。
 その右にあるのは、高さ4センチほどの切妻屋根の家の形をした真っ黒な鉄製文鎮。
 黒い色が黒錆なのかペイントなのか。盛岡の光原社という民芸の品物を扱っている店で買った、と思う。
 その右にも文鎮があって、こっちは高さ2センチほどの円柱状でガラス製。
 その右には百円ショップで買った高さ7〜8センチほどのガラス製ドームがある。
 時計を分解修理する職人のように、ゴミが付着すると困るものや紛失しやすい細かい何かに被せて使おうと買ったのだが、今は中にメモリースティックがあるだけ。
その手前は小さな急須型の磁器製水滴。
 硯にぽとりぽとんと水を注ぐためのもので、朱の地に花柄模様が描かれていて赤絵と言われるタイプのものかもしれない。
 アンティークショップで千円ぐらいだった。大して古い物でないのは確かだ。

 ここまで挙げた物がパソコンのディスプレイの幅、およそ50センチの範囲に置かれている。
 その右へ行こう。
 高さ10センチ程の人の形の木彫がある。
 ちょっと見にはいたずらで削った木のようにしか見えないが、よく見ると坊主頭の男で背中に細い針金の羽根がついている。
 天使だ。
 これも、前述のギャラリー村岡で買った。
 その右には直径7〜8センチ、高さも同じくらいの白いガイシがある。
 ガイシは漢字で書くと「碍子」で、「電線を絶縁し支持するために鉄塔や電柱などに取り付ける器具。一般に陶磁器またはプラスチック製の絶縁体と鋳鉄製の金具より成る。」(広辞苑第六版)もの。
 これは磁器製で、真ん中の穴にアウロラというイタリア製の黒いボールペンを差し込んでペンスタンドの代わりに使っている。抜群の安定感がある。

 と、ここまで書いて、更にその左右にあるものを書き込もうとしたが、とにもかくにも物がありすぎて我ながら嫌になってくる。
 いちいち書き連ねていくのは書く方もつらいし、読む方もたぶんつらいだろう。
 端折って書く。

 インク壺と一緒になったペン立て。華奢に見えるが、手に持つとかなり重い。
 シャープペンシルを差し込んだ焼き物の小さい壺。釘か何かに引っかけることができるように脇に出っ張りがある。
 細長い、普通のやつの半分くらいの硯。物のあり過ぎる机の上では小さいが故に助かる。
 鉛筆や蛍光ペンが無造作に突っ込まれた、元は綿棒の入っていた透明なプラスチック製容器。
 切手を入れた磨りガラスの容器。金属製の蓋がついている。
 印肉が入れられている小さな陶器の蓋物。
 そして、ハスの花が描かれた散華を入れた小さな額がある。
 これを買ったのは私だがその素性を今でははっきり思い出せない。定年退職した記念の旅行で買って来たような気がする。
 散華をネットで調べると「仏に供養するため花をまき散らすこと。特に、法会(ほうえ)で、読経(どきょう)しながら列を作って歩き、はすの花びらにかたどった紙をまき散らすこと。」と出てくる。
 私の机の上にあるのは裏に「中宮寺門跡 蓮花」と書かれている。奈良県の法隆寺近くにある中宮寺という寺で買ったもの。
 日本画家重岡良子という方の絵で、色気のない私の机の上にほんのり彩りを添えてくれている。

 更にその左右にあるものを書こうとしたがここで限界、飽きたので本当にやめることにする。
 私の机の上にあるものは、私が生きている間はそれぞれに実用のモノとして機能を有しているが、私が亡くなればその瞬間からゴミとして扱われるモノたちである。
 いずれも愛着のあるモノばかり。
 気が向いたらいつかまた続きを書こう。



Posted by musan8 at 2018年02月15日 22:39│Comments(2)
この記事へのコメント
続きは当分書かなくてもいいと思いますよ〜♪
3月に『文ノ楽』が出る予定だし、4月には『北の邊』も発行されますから。そこに書いたエッセイを転載すれば、しばらく楽隠居? いえいえ川柳に専念できます。
Posted by 閑女 at 2018年02月18日 10:03
や!閑女さん。
17音もやっと綴っている身が、無理やり長文を書いている次第。
毎回大汗ものなのでストックがあると助かります。
Posted by むさし at 2018年02月18日 10:31