たわごとの木 の巻

e90e3d5b.jpg 人の背丈程の高さで幹の曲がりくねった一本の木が、スペード形の葉をびっしり茂らせ風もないのに微かに揺れている。
 私が「たわごとの木」と呼ぶその木は、一個ずつ色も形も違う拳のような実をつけ、私の心の中にひっそりと立っていた。

 「変な体調」が続いている。
 身体のあちこちが変で、その「変」がラグビーのルーズ・スクラムみたいに集まると「変な体調」になる。
 「変な体調」の第一は酒に弱くなったこと、というか酔っぱらいやすくなったこと。
 そのことに気づいてからもう数年になる。
 大して多く飲んでもいないのに酔っぱらってしまうばかりか、どこでも眠り込んでしまうようになった。
 無職の身になって十年近くなるが、所用があり毎月何度か青森市へ出かける。句会とか打合せとかお祝いの会とか様々で、懇親会を伴うことが多い。
 懇親会があってもアルコール類を口にしなければ何の問題も起きないはずだが、そうは行かない。
 私にとって懇親会と飲み会は同義語だから、懇親会には欠かさず参加する。
 日本酒もワインも美味いし、ビールも美味い。
 独特の苦味と旨味がある黒の生ビールがあったりすれば、私の中に住む別のワタシまでしゃしゃり出てぐいぐい飲んでしまう。そうすると、酔っ払いの度を示すメーターがもしあるとすれば、その針が振り切れてしまう程酔ってその日は正常に帰宅できるかどうか自分でも分からない。
 私は青森市の北隣の蓬田村で生まれ、これまで七十年程その半農半漁の村で生きてきた。
 言わずと知れた過疎の村だがJR津軽線と国道二八〇号線が並行するように南北に走り抜け、小さい村ではあるが駅が四つある。
 わが家と接触しても不思議じゃない程近くを電車が走り、巨大ゴミ箱に過ぎない書斎の窓から腕を伸ばせばすぐ手の届きそうなところに蓬田駅がある。
 だから、飲み会のセットされた所用が青森市内である場合は蓬田駅から電車に乗って青森駅まで行き、逆コースで帰って来る。
 自家用車で行って酒を飲んでしまえば当然のことだが運転して帰ることができないし、二十キロしか離れていない青森市に泊まる気にもなれない。
 酔えば眠り込むようになったということはいくら能天気な私でも自覚していて、近年はなるべく早い時間に帰路につくよう心がけている。
 そして、「家に着くまでは決して眠らない」と固く心に誓いながら青森駅6番ホームの電車に乗る。
 津軽線はねぶた祭りや花火大会などの特別な日以外はたいてい空いていて、いつも座れる。
 青森駅から七つ目の駅が蓬田駅、電車でおよそ三十分である。快速電車なんて気の利いたものはない。
 青森駅の次の油川駅に差し掛かる頃になると、電車特有のレールを走る車輪の音が「決して眠らない」と心に決めてからまだ数分しか経っていない私をいとも簡単に眠りの世界へと引きずり込む。
 「眠らない眠らない」とどんなに頑張っても無駄で、いつの間にか「夢の國」のふかふかしたベッドへ気持よく五体を横たえていて、ハッと気がつけば十中八九は後の祭り、すでに蓬田駅を通過している。
 そんなことが嘘のようにままある。
 最終電車で乗り越すと、降りた駅から蓬田駅へ戻る電車も、蓬田駅から三つ向こうの、駅前にタクシーがいる蟹田駅へ行く電車も次の日の始発まではない。
 乗り越したらさっさとタクシーを呼んで帰宅すればいいのだが、年金生活者であるからそんな無駄なことはどうにか避けたい。
 そもそも、なるべく金を掛けたくないから電車で出かけ電車で帰るのだ。
 そして、ド・田舎の駅では決してタクシーが待っていてくれないし、酔っぱらった股関節の悪い老人が一駅とか二駅とか歩けるはずもない。
 眠さと酔いで朦朧としながらも自分の馬鹿さ加減に愕然としている私が、私の中で怒りを煮えたぎらせているもう一人のワタシを懸命になだめ、しかる後に懐具合を確かめてからやっぱりタクシーへ電話する、ということに相なる。

 「変な体調」の第二は夜中に何度も目が覚めてしまうことで、これは寝不足に直結し大いに困っている。
 原因はいくつもあって、まず1つは膀胱が満杯になりやすくなったこと。
 膀胱が満杯になれば脳から「小水を排出しなさい」と命令が出され、私はその命令に決して逆らうことができない。
 尿瓶を用意して寝るわけではないので、どんなに眠くても起きて、股関節の痛みを我慢しながらできるだけ急いで階段を降り一階のトイレまで行くことになる。
 戻る時は二階までゆっくり階段を上るのだが、その時の股関節の痛みが降りる時をはるかに上回るのは言うまでもない。
 膀胱が満杯になりやすくなった原因は「老化」による膀胱容積の変化と「晩酌のビール」にあると睨んでいる。
 「老化」はもうどうしようもないから「晩酌」をどうにかすればいいのだろうが、晩酌、特にビールはそれが楽しみで生きいるようなものだからやめるわけにはいかない。( ※ 晩酌に飲んでいるのは正しくはビールではありません。ビールの半額くらいの「第3のビール」とか言われるものです。「ビール」と書かないと恰好つかないものですから、スイマセン。)
 夜中に目が覚める原因に股関節の痛みというものもある。
 数年前、庭木の雪囲いをしていたらどうしたものか梯子から足を踏み外し一・五メートル程下の地面にまるでゴミの塊りのように無様に落ちた。
 若い頃なら体操選手よろしく見事に着地してみせたものを、何しろ高齢なものだから落ちたことに驚いてばかりで両足を突っ張り着地失敗。
 強い衝撃がもろに股関節へ来た。
 あまりの痛さにどうすればいいか分からなくて地面の上にしばらく転がっていた。
 次の日になっても痛くて歩くのがやっとだったので青森市内のとある整形外科医で診てもらうと「右股関節が変形していますね」と腰のレントゲン写真が表示されたパソコンのディスプレイを見ながら院長である医師がさっぱりしたように元気よく言った。(こんな場合、元気に言うべきなのかな…。)
 ディスプレイを脇から覗いたら右大腿骨の付け根が左大腿骨の付け根より少し内側に食い込んでいて、左右の状態が違う。
 「右股関節が変形していますね」だなんて、そうなった原因がはっきり分かっていて、尚且つそこが痛くて来たんだから、そんなことド・素人でも分かるだろうにと思ったが黙っていた。
 2種類の痛み止め、つまり、飲み薬と貼り薬が処方されたが、それで変になった股関節が治るはずはない。
 「我慢していればそのうち治る」、あるいは「自己回復力でどうにかしなさい」と言わんばかり。とりあえず、痛みをごまかしておこうという考えだろう。
 (現在も原因はそのまま股関節に存在し、最初の頃より痛みは和らいでいるもののなくなることはなく、鎮痛剤の効果が薄れたり切れたりすると私の大事な眠りを妨げる。)
 医師は、もっと痛くなれば患部に直接鎮痛剤を注射する、とか、我慢できないようになれば手術する、などと澄まし顔で自らを納得させるように言った。
 私より少しだけ若そうなその医師の言い方はどこか軽くてどこか不気味で、その病院へはそれきり行っていない。
 帰り際に「なるべく歩かない方がいい」と言われたのを覚えている。
 鎮痛剤を飲むと胃の具合が悪くなるので胃薬を一緒に処方する医師もいるが、その医師は胃薬を処方しなかった。
 おかげで胃の具合がやたら悪くなったが鎮痛剤を飲まない訳にはいかない。飲まないと呪いたくなるような痛みがぶり返した。
 漫画にすれば、まじめな「胃のチョーシ君」とわがままな「股関節のイタミさん」が弥次郎兵衛様の腕の両端にそれぞれぶら下がり、互いに「さあどっちだ」と睨み合いながらぶらんぶらんしている、そんな絵柄だろう。
 今は、別の病院で別の鎮痛剤を処方してもらっている。
 鎮痛剤に関しては、後日次のような報道があった。
 《厚生労働省が、解熱鎮痛薬「ロキソプロフェンナトリウム水和物」の使用上の注意について「重大な副作用」の項目に「小腸・大腸の狭窄・閉塞」を追記するよう、改訂指示を出した。》
 固くてどこか役所っぽく読みづらい文章ですね。こういうのはなかなか書けない。
 「ロキソプロフェンナトリウム水和物」というのは「ロキソニン」の名で知られる痛み止めの薬。私も以前何かの時に何度か飲んだ記憶がある。
 幸い私が現在服用しているのはロキソニンではない。
 私は大腸がんの経験者であるから腸への副作用なんて何としても御免被りたい。
 それにしてもロキソニンめ…、名前が「アソビニン」とか「ゲシュニン」や「コヤクニン」みたいで悪人風なのに、胃の具合を悪くするばかりか腸閉塞まで引き起こすとは恐れ入った。
 夜中に目が覚める3つ目の原因は小用ならぬ大用で、これは大腸がん手術の後遺症である。
 私は平成十八年に大腸がんの手術を受け直腸を二十センチ切り取られた。
 執刀医によると、手術により短くなった腸は決して回復することがない。しかも、短くなったがために排便が定期的でなくなるばかりか、便秘と下痢をいつまでも繰り返すといい、事実その通りになった。便秘と下痢の周期は状況によって変わる。
 便秘も苦しいが、手術の後遺症の下痢は夜中だろうと日中だろうといつでも勝手に何度もやって来るので苦しい上に疲れてしまう。
 がんのために命を落としてしまうより遥かにましだとは思うが、これはこれで経験者でなければ分からない苦しさがある。
 夜中に目が覚める原因その4は足で、これは今夏初めての経験。
 やませがやたらに長く続いて暑くない夏だったからだろうか。
 具体的に書くと次のようになる。
 夏にしてはそれ程暑くないのでタオルケットを着て寝る → しばらくすると暑くなる → 暑くて我慢できなくなってタオルケットの裾から足を出す → 足の先が雪女の胸に抱かれているような感じになり具合が誠によくない → 足をタオルケットの中に引っ込める → しばらくするとまた暑くなるので更にまた足を出す
 足を出したり引っ込めたりは最初無意識にやっているが、何度もやるので目が覚めてしまう。
 夜中に目が覚める5つ目の原因はイビキ。
 私はとんでもなく大きい音のイビキをかく、らしいが、自分のかいているイビキは自分に聞こえるものではない。
 それはそうだが、時々「ガガッ」という変に大きい音のイビキが喉の奥へ割りたての薪のようにつっかえ、呼吸が瞬間的に止まって目が覚める。
 イビキの主な要因は飲酒で、大酒を飲んで寝ると特に激しいらしいが、酒は前に書いたとおりやめられない。
 夜中に目が覚める次の原因は「川柳」である。
 川柳を始めて二十年を超えたが、句というものはなかなかできるものではなく、私だけのことかもしれないが句会・大会当日の朝になっても提出すべき句数の半分もできていないなんてことは珍しくない。
 その為かどうか、私の中にいる肝っ玉の小さいもう一人のワタシが句会や大会の近づくたびに真夜中だろうが朝方だろうが私が眠っているにもかかわらず勝手に起きて宿題の句を作り始める。
 内緒だが、もう一人のワタシの方が私よりどこかちゃんとしているような気がしないでもない。
 もう一人のワタシが作った句は、書いておかなければ起きた時誰も覚えていない。
 だから、枕元には紙と鉛筆がいつも置かれていて、私はワタシの作った句をできると同時にメモする。
 この、任意の時刻に眠りを中断して目を開き、枕元の電灯を点け、鉛筆と紙ばさみを手に上を向いてメモするという作業は実に困難な作業である。
 それを素早く確実にこなすには勇気、根気、狂気などの気力を著しく必要とし、できるようになるまで数年かかった。
 ところが、朝になってそのメモを見ると落胆もはなはだしい。すばらしい句をメモしたはずなのに、書かれた文字もそれなりに読めるのに、どれもこれも意味不明で全く句になっていない。
 それでも私の中のもう一人のワタシが「必ずメモしろ」と口うるさく言うので、万に一つも意味のある句はないのになどとぶつぶつ言いながら私はワタシの句をメモしている。
 今は意味不明でも、それは今の私の理解力が低レベルなだけで、数か月後、数年後に突然「あ!そうか」と分かることがあるかもしれない。
 現在、その呪文のような文字列は分解されて別の句を作る際のヒントに使われたりしている。

 そんな訳で、私の眠りは情けない程に分断されていて、ここ数年「よく眠れた」と思ったことは一度もない。
 だから、「老人みたいだ」と配偶者にさげすまれても「私はちゃんとした老人です」などと悪態をつきながら睡眠時間確保のためやたらに早く床へ就く。
 酒に酔いやすくなったのは、眠りがこんな状態になって体調に複雑に作用しているからかもしれない。

 「変な体調」の第三は、目の具合である。
 数年前から、本を読んでいると字が見えづらくなった。
 パソコンのディスプレイを見ていても同じ現象が起こる。
 本を読みたいし、パソコンを使って資料や原稿を作らなければならない生活をしているので、これも実に困る。
 今のところ、見えづらくなれば目を使うのをやめるしか対処法がない。
 しばらく眠れば回復するのだが、いつでもどこでも眠れる訳ではない。
 飛蚊症があるから、それが原因かと思っていたが別の原因があるらしい。今年の住民健診で、眼底検査の結果が「要精密検査」と出た。
 保健師の説明によれば白内障が始まっているかもしれないという。なる程と思う。
 近いうちに眼科医へ行ってみなければなるまい。

 「変な体調」の第四は、歯だ。
 数年前、上の奥歯が左右数本ずつ抜け落ちた。
 その時、何で上の歯なんだろうと思った。
 私の出した結論は、地球には重力というものがあって、上顎の歯は下向きに生えているのでりんごが地面に落ちるように下に、つまり、落ちる方向にその重力が働くからというもの。
 重力は、下顎にあって上向きに生えている歯には上から押さえつけるように、つまり、落ちないように働いているはずだと思うが、たぶん間違っているだろうな…。
 歯の抜けた直接の本当の原因は歯周病だったと思う。
 歯医者へ行かなかったのでよく分からないが、歯周病の原因は喫煙だろう。
 たばこは十八歳から(内緒)五十年近く喫い続けたが、喉頭がんになったのでやめた。
 青森県立中央病院耳鼻咽喉科の担当医に「あなたの喉頭がんの原因は喫煙しか考えられません。今回は放射線照射療法ですが、再発すれば手術しなければならなく、手術をすれば声帯を失うことになります。そうすると自力で声を出すことができません。会話は機械を使って声を出すか、手話か筆談になります。」と言われたからである。
 たばこはやめても抜けた歯は戻ってこなかった。
 たかが数本の歯を失っただけじゃないかと思われるかもしれないが、食べ物が噛みづらくなったので食うことが億劫になり流動食(酒類のこと)に頼りがちになった。
 これも体調に影響していると思う。
 残った歯はゆるんで、出っ歯になった。

 身体の変調は外にいくつもあるが、書くのが面倒である。
 五十代に入ってから自然気胸の手術を受け、その数年後には大腸がんの手術を受け、六十代になって喉頭がんの放射線治療も受けてと傷痕がいくつもある身体だから変なことが起こっても何の不思議もない。
 私の中に住む別のワタシが、股関節の手術を受けなさい、歯医者へ行って歯を入れなさい、晩酌はやめなさいと小賢し気に言っているがそう簡単に行くものでもない。
 そんな悩み多き老年の顔をまじまじと見ていた配偶者が
「それって老年期じゃないの?」
と、至極あっさり言った。
 更年期ならぬ老年期か、当たっているかもしれない。

 たわごとの木は私の心に根を張って生きるためのエネルギーを吸い上げている。それなのに、私が体調不良であることも、老化が激しくなっていることも何の影響もないように元気である。であるが、季節に関係なく生らせる実がこの頃徐々に肥大化し形も少しいびつになって色がくすんで来ているようだ。
 もしかしたら、そう感じるのも老年期のせいかもしれない。


 *この文章は、同人誌「文ノ楽 17」用に書かれ掲載されたものです。
 *本文と写真は互いに関係ありません。
 *写真をクリックすると少し大きな画像を見ることができます。


Posted by musan8 at 2018年03月20日 21:18│Comments(2)
この記事へのコメント
こんにちは!かもめ舎と横浜句会所属の田中苑子です。杉山昌善さんが選者のときの青森県川柳大会に参加しています。今年の7月7日に行われる大会にかもめ舎の仲間たちと参加する予定です。宿題は発表されましたでしょうか?教えて下さい。
Posted by 田中苑子 at 2018年04月08日 11:15
 田中苑子さん、いらっしゃい!
 川柳ステーション2018にご参加いただけるとのこと、大歓迎です。

 今年の川柳ステーションの要綱は内容の詳細がまだ決まっていないので発表しておりません…(汗)
 ではありますが、ネット投句限定で事前投句を1句(6月末締め切りになるかな…)いただこうかなと考えています。
 宿題なしで、席題は2題(2人共選)にしようとも思っています。

 いずれにしても、決まれば月刊おかじょうきに、あるいは本ホームページの掲示板で発表する予定です。
 ということで、何卒よろしくお願いします。

Posted by むさし at 2018年04月08日 22:17