August 27, 2017

ROUGH TRADEと徳間ジャパンと1983年/第4章

1983年という年は多くが劇的に変化した特別な年であり、
音楽シーンがアコースティック系へと本格的に舵を切った画期的な年であり、
その大きな潮流をリアルタイムで体験できた大変幸福な年でもありました。
その年の徳間の合併は偶然ではなく必然で、時代の流れの中に否応なく組み込まれていたのです。

確かに日本での発売は英国よりも遅れます。
ただインターネットも、もちろんネットショッピングもなく、
CDやビデオすら一般にそれほど普及しておらず、物資輸送だってままならなかった時代に、
遠隔地の英国で発売された輸入盤を我々が入手すること、
それ以前にリリース情報を正確に知り得ることの困難は計り知れなかった。
それを数々の試行錯誤を繰り返しながらも流通し伝搬した徳間の企業行為はまさに偉業とも言えます。

生半可な気持ちで英国のインディーポップを日本で支援はできません。
それは今でも同様です。規模は違えど我々も人生を賭けているのは相違ありません。
1980年代前半のROUGH TRADEと徳間ジャパンの捨て身とも呼べる覚悟や信念は凄まじかった。
それが1983年に一旦結実した。この史実は肝に銘じておくべきだと思います。

1983年という地殻変動的な時代の空気感を的確に読み取ったラフトレの大英断と、
それを日本で後方支援した徳間の心意気がなければ、
おそらくThe Smiths以降のC86やギターポップなどはそれほど響き渡ることもなく、
現在のシーンの風景やアーティストの顔ぶれも全く違うものになっている可能性だってありますし、
もしかすると「ネオアコ」という言葉自体、この世に登場することはなかったかもしれません。

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最後に【25RTL-3】RADIO TWELVEのライナーノーツに記されている、
1983年11月の鳥井賀句さんの名文を紹介します。

ここには「ネオアコ」はもちろん、「ネオアコースティック」という言葉すら欠片も出てきません。
ここにはただシンプルな時代洞察があります。冷静さの中に垣間見える期待と興奮とともに。

極めてパーソナルで、だからこそリアルな同時代的共感。
深淵な森の中で、何かをもがきながら掴み取ろうとする焦燥感。
そして森の中を駆け抜けたのちに、きっと訪れるであろう漠然とした希望感。

これこそが心から伝えたかった1983年の空気感であり真理なのです。

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最近某国内レコード店らの強力プッシュによってある種の隠れた流行音楽となった感じもある、
これらのモダーンなアコースティック・ミュージックのことを、
現在のインディーズ・ニューウェーブの新たな時代的潮流と見るか、
ポスト・モダーン現象、あるいはモダーン・フォークロア・ミュージックと名づけるか、
単に家内制ニューウェーブのポップ化、フォーク化ととるか、
ネオ・フォーク・リバイバルと見るか、安易なノスタルジア回帰ととるか、
軟弱趣味音楽、エレクトロニクス音楽の反動とみるか、
それとも個への回帰、内省的自己憧憬と自己洞察として積極的に時代論の中に位置づけるか、
今はそれは各聴き手個人の判断に任せたい。

時代論の中にこれらアーティスト達の極めて個的な歌をはめこむことよりも、僕は今、
ひとつの風景論の中に彼らの吐息にも似た歌の息づかいを流し込んでみたいと思っている。
Weekendの見た「部屋からの風景」とは何か?
ロバート・ワイアットの歌う「君の想い出」は苦いか甘いか?
それぞれのアーティストがそれぞれの戸口を開けて、
僕達自身の姿を映し出しているかもしれないから。

「僕らのことを淋しがり屋と呼ぶけれど、僕らは単にひとりきりでいるだけさ」
アズテック・カメラ『思い出のサニー・ビート』より


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August 26, 2017

ROUGH TRADEと徳間ジャパンと1983年/第3章

ROUGH TRADE(通称:ラフトレ)の歴史や作品については周知の事実なのでここでは割愛します。
ただポストパンクを中心に良質なインディーポップを送り届けてきた老舗にも
やはり「経営」と「インディーの火を消せない使命感」の狭間で苦悩した時期があり、
ショップから独立した1982年直後はまさに直面していた時期なのです。

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本国英国の音楽シーン自体が、当時話題を振りまいたシンセサイザーを使用した
ダンスミュージックやエレポップなどのニューウェイヴの興隆と共に、
ポストパンクさえも様々な形に変容し枝分かれしていった1983年です。
世界のいたるところでマイケル・ジャクソンの『スリラー』がメガセールスを記録していた1983年です。

徳間ジャパンが『ラッキー・ビートニクス』だ! これからは『ダンス』だ!と煽ってみても、
全世界的なシーンの趨勢に立ち向かえるはずがありません。
ラフトレも同様に、やはりマイケル・ジャクソン的ではない、
いわゆる「ニッチ」な「コア」な「マニアック」な路線に活路を見出すしかなかったのです。
そもそもがインディー精神の権化だけに、その方向性を見失うことは考えられませんでしたが、
そんな渦中にインディーシーンでは、ポジパンやゴシック、ネオサイケなどの支流に混じって、
新たな風=アコースティック系が登場してきたのです。

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1983年末発売の徳間ジャパン第3弾日本編集盤LP 【25RTL-3】が新風の到来を象徴しています。
【25RTL-3】V.A. / RADIO TWELVE
帯文/ロンドンライフは新陳代謝(アコースティック)しています。
   シティーナチュラリストがオンエアする

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Weekendの『A View From Her Room』から始まり、
Strawberry Switchbladeの『Trees and Flowers』、
そしてAztec Cameraの『Walkout To Winter 12"』『Queen's Tattoos』と続き、
Robert Wyattの『Round Midnight』で終わる全12曲のラジオ番組仕立てのコンピレーション。
まさに帯文にあるように「アコースティック」系「新陳代謝」を生んだかのように感じたものです。

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80年代的な仕様はともかく、そこにはもうゴリゴリのポストパンクはいませんでした。
必然的に徳間ジャパンも時代の風や空気感を感じ取ったのです。
そう、時代は静かに密かに確実にアコースティック系に移行していました。
振り返ると、ラフトレにおけるその先駆者はYoung Marble Giants〜Weekendであり、
ポストカードからの使者Aztec Cameraだったのでした。

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そして深い混迷を吹っ切ったのが1983年にデビューしたThe Smithsのその後の大躍進であり、
セールス的にも経営的にもラフトレの窮地を救ったのがスミスでした。
ラフトレの全てとまでは言えませんが、
間違いなくスミス作品のリリースがラフトレのその後の動勢を決定付け、
その結果、徳間ジャパンが向かう道も定まったように当時は思えたものです。

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あれからもうじき35年が経とうとしているにも関わらず、
こうやって当時の音楽シーンを題材に大好きな文章を書ける自分の核になる部分を形成したのも、
間違いなくYoung Marble GiantsやAztec CameraやThe Smithsなどの素晴らしい曲、
ひいてはROUGH TRADEや徳間ジャパンが育んだ1983年の矜持があったからこそだと信じています。

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August 20, 2017

ROUGH TRADEと徳間ジャパンと1983年/第2章

1983年は我々インディーポッパーにとって非常に重要な年です。
それは徳間音楽工業とジャパンレコードが合併し
徳間ジャパンになった年だからだけではありません。
前述のAztec Cameraが『High Land, Hard Rain』をリリースした年。
もちろんそれも枢要です。でももっと重大な出来事が。

そう、The Smithsが『Hand in Glove』をROUGH TRADEからリリースしたのが1983年なのです。
《RT131》は5月に英国で発表されたものの、残念ながら日本国内盤の発売はありませんでした。
それは多分7インチというフォーマットでもあり徳間の合併混乱期でもあったからでしょう。

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1983年当時ディスコミュージックを中心に世界の音楽界を席巻していた商品仕様は12インチでした。
新生徳間ジャパンでの初の12インチ【15RTL-1】は先述のWeekend。
続く【15RTL-2】はAztec Camera『Oblivious』。
今では「ネオアコ/ネオアコースティック」と呼ばれる作品が先陣を切りました。

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そしてその流れは翌1984年にもThe Smithsの『This Charming Man』【15RTL-3】、
『What Difference Does It Make?』【15RTL-4】でさらに加速し、
未発売の憂き目にあっていた『Hand In Glove』は、Sandie Shawとの共演【15RTL-5】となって日本発売されました。
英国でのリリースは一部1983年でしたが、日本での発売はすべて1984年です。
このThe Smithsの一連の12インチのリリース状況を鑑みれば、趨勢が決したのは1984年とも言えます。

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一方、徳間ジャパン発売のLPの方は、1983年という時代に即し【25RTL-4】でJazzateers、
【25RTL-5】でRaincoats『Moving』、そして翌年満を持して『The Smiths』【25RTL-6】と続きます。
繰り返しになりますが、【25RTL-1】はVirgin Prunesの『...If I Die, I Die』でした。

ここまで述べてきて何故【25RTL-2】【25RTL-3】を抜かしたのか?
実はそれが今回の本題です。

本題に入るまでにこれだけ数多くの言葉を重ね、積もりゆく時代考証を必要としているのは、
それだけ事実や真実を伝えたいという意識の顕れだと思っていただいて結構です。
1983年がどういう時代だったのかを知り、ひいては当時の空気感が伝わることで、
我々が現在好んで聴いている音楽の聴こえ方すら変わってくると信じているからです。

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閑話休題。
既述のように1983年、新生徳間ジャパンのラフトレ紹介第一弾LP【25RTL-1】は
ポジパンのVirgin Prunesで、【25RTL-4】はPaul Quinnも在籍したJazzateersでした。
さて、その間の【25RTL-2】と【25RTL-3】はいったい誰の何という作品だったのでしょうか?

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【25RTL-2】V.A. / LUCKY BEATNIKS
帯文/今夜の気分は全身ダンス感覚!!
解説文要約/ラフトレを中心にジャパンレコード発売の洋楽の中で
      リズム重視・楽しいビートなど、ここ数年の音作りのサンプル。<日本編集盤>

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はぁ?
ポジパンとポール・クインの間の【25RTL-2】が『ラッキー・ビートニクス』?
「ダンス感覚」? 「ビート」って何? おまけに収録メンバーもバラバラですよね?
Scritti Polittiはまだしも、Aztec Cameraの『Oblivious』や『Walk Out To Winter』でビートを感じろ?
挙げ句の果てには、Mackey Feary? ハワイのカラパナっていうバンドの人じゃん!

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この意味不明の暴挙から読み取れるのは、
英国を含め全世界的に音楽シーンの変革が同時発生的に1983年に起っていたため、
誰彼構わず万人が未来を予測しかねていたということです。
これまでなかった新しいセンスや新たな風が吹き荒れる予感だけは感じ取れる。
何かが変わり始めていることだけは予測できる。でも何がどう変わるのかが読み取れない。

ROUGH TRADEにしても「これからシーンで何が流行るのか」がさっぱり見当がつかない。
そのラフトレ作品を日本に紹介する立場の徳間ジャパンに至ってはなおさらのこと。
えい、ディスコも流行ってるし、試しにガバッとこれでくくってみるか!が、「ビート」だったのです。
まぁ、かなり早い「マンチェスタームーブメント」を起こそうとした、と考えるのが妥当です。
しかしそれにはあまりにも強引すぎましたし、何せ時代の趨勢と役者が圧倒的に不足していましたが。

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ただとにかくレーベル内の曲を集めてショーケース的に紹介する方法は
好敵手のCHERRY REDが実証済で、当時の流行でもありました。
日本でもトリオによって、前年の1982年に「新感覚派音楽大集合」と謳われた
『Pillows & Prayers』【AW-20005】が、セールスはどうあれ話題性では確実に成功していたのです。

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この『ピロプレ』の再現を『ラッキー・ビートニクス』で徳間が狙ったことは容易にうかがえます。
しかしながら二匹目のドジョウにも二番煎じにもならなかったことは時代が証明しています。
1983年のこの企画は確かに先鋭的ではありましたが、残念ながら「ラッキー」なことは皆無でした。
いやはやラフトレも日本独自でこんな無茶な企画を打ち出した徳間にはさぞかし驚いたことでしょう。
そして「アンラッキー...」とボヤいたかもしれません。
ただ繰り返し言えることは、それほどまでに当時のシーンは混迷を極めていたということです。
この史実だけは記憶にとどめておくべきだと思います。

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August 19, 2017

ROUGH TRADEと徳間ジャパンと1983年/第1章

1983年当時、ROUGH TRADE作品を日本国内で発売していたのは
徳間ジャパンというレコード会社でした。
当時はCD普及前でアナログのLP/EPが大部分。
帯やライナー付の販売価格は2500円だったので【25RTL-XXX】という品番でした。

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そのラフトレ紹介第1弾、徳間での品番【25RTL-1】は、Virgin Prunesの『...If I Die, I Die』。
初回から何とも微妙な選択。
まぁダブリンの一応ポストパンクバンドなので大きな方向性は間違ってはいませんが。

このVirgin Prunesの1st、プロデュースはWireのColinNewmanで、
当時興隆していたポジティブパンク(通称ポジパン)に括られていました。
徳間の当時のポリシーは「英国での流行を日本に伝えたい」一心だったのです、きっと。
だってのっけからポジパンだったのですから。



ちなみに12インチ邦盤は1983年には1500円が相場で、
徳間もその第1弾に【15RTL-1】としてWeekend『Live At Ronnie Scott's』を発売しています。
ラフトレの紹介を始めていきなりLPがポジパンで、
12インチがアリソン・スタットンだなんて節操なさすぎですよね?

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徳間ジャパンだって著名なレコード会社です。
ラフトレとのライセンス契約はあったにせよ、発売作品を選ぶ権利くらいあったはず。
それでもこの節操ないラインナップで品番のスタートを切ったのは、あえてそうすることで
英国で起こっているシーンを直接紹介するというポリシーを遵守しようとしたのでしょうか?

実はこれには裏事情があって、
徳間ジャパンは元々「徳間音楽工業」と系列会社の「ジャパンレコード」とが1983年に合併してできた会社で、
元来こっち系の音源を扱っていたのはジャパンレコードの方で、
徳間は島倉千代子などあっち系?ばかりだったので、合併の影響でチョイスが多少混迷していた模様。

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更に言うとラフトレ作品も徳間ジャパンより先にジャパンレコードが
すでに1980年から【RTL】シリーズで発売していたのです。
【RTL-1】はPop Group、【RTL-2】はCabaret Voltaire、
【RTL-3】はYoung Marble Giants『Colossal Youth』という強力布陣でした。

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ジャパンレコードは矢野顕子など異色の邦楽の他、
1982年までFallやRaincoatsやRobert WyattやScritti PolittiやGist等のポストパンク作品を、
半ば売上度外視で次々日本国内に流通していました。
最早先見の明というより、ラフトレと心中していたようなもの。合併もやむなしです。

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ところが1982年の後半、ラフトレの趣向が変わってきて、
先に登場したWeekendが『La Variete』を発表。
ジャパンレコードも【RTL-31】として翌年追随しましたが、
従来のゴリゴリのポストパンクとは全く雰囲気が違うアコースティック系。
おまけに会社自体にも合併の噂が浮上。

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そして運命の1983年、ジャパンレコードが【RTL-34】として日本発売したのが
Aztec Camera『High Land, Hard Rain』。
これが実質的な真打ちとなり、その後シリーズコンピ『Clear Cut』をリリースし、
合併前の最後っ屁ともいえるThis Heatでジャパンレコードの【RTL】シリーズは幕を閉じました。

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こういった経緯があって1983年途中に徳間ジャパンは、
その前身であるジャパンレコードの遺産をそのまま引き継ぎ、
当時英国で流行していたポジパンやアコースティック系、
つまりはラフトレの時代に即したリリース作品を日本で発売することになったのです。
ただこの「時代に即した」という点がミソなのですが。

何故「時代に即した」がミソかと言うと、
一介のインディーズだったROUGH TRADEの重大な転換期と、
ジャパンレコードと合併して徳間ジャパンとしてスタートを切ったタイミングが絶妙に一致しており、
それが1983年という「ひとつの大きな時代的分水嶺」だったからです。
これは音楽の神様のいたずらか?と思うほど。

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June 20, 2017

北欧ポップ 棚卸し2017

ABBAやa-haやRoxetteやCardigansやCloudberry JamやRay WonderやClub 8や
CessnaやLake HeartbeatやLoch Ness MouseやSondre Lercheなどなど、
とにかく北欧には星の数ほどたくさんいいバンドやミュージシャンがいるけれど、
そりゃあUKとは近いし、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの他に
デンマークを含めれば4ヵ国にもカテゴリーが及ぶから、それだけ多いのは当然とは思いつつ、
どれもこれも好きでたまらないので、時間を作って棚卸ししてみたら案外壮観でして。

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Peter Bjorn & John   Team Me     Lacrosse
Pacific!         SiN     I'm From Barcelona

大好きな北欧ポップを並べてみたら、ジャケットは何故か全部イラストもの。
2006年作なのに、すでに軽い懐かしさ。

♪ Young Folks



From Sweden

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■Eggstone
Eggstoneを聴くとちょっと暖かくなる気がする。
札幌より北国の彼らが「Winters do〜」って歌ってるのに何故かほっこりするのは、
それだけハートフルな音を奏でてるって事だよね。

♪ Marabous


EggstoneのCrunchy Frogからの再発アナログを買おうかどうか迷ってる。
でも迷ってる時点で答えはもう決まってる。
あとはタイミングだけ。ベルが鳴るのを待っている。

♪ Waiting For The Bell


■Wannadies
スウェーデンのパワーポップバンドWannadiesのオリジナルアルバム&編集盤。
シングルを含め作品発表の時期毎に異なるシリーズのアートワークが曲と共に楽しめた、
絶えず疾走感を携えた素敵なバンドだった。いつかひょいと復活してほしいなぁ。

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■Blissful
スウェーデン史上空前絶後のポップバンド、
Blissfulのオリジナルアルバム3作『Greatest』『Orchestra』『Vitamins』。
問答無用のメロディー。魂の叫びにも似たトランペット。つまりは最強のネオアコ。

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■Happydeadmen
スウェーデン至高のバンドはやっぱりHappydeadmen。
ネオアコ/ギタポの金字塔『Science Fiction』など元祖直系のハイクオリティな名曲群。
4thはレアで未所有だけど、他作は絶えず心の中で響いてる。

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♪ Science Fiction


■This Perfect Day
スウェーデンのバンドの中でも最上級に好きだった、This Perfect Day。
個人的に何故かしっくりくるバンドで、それはきっと同じ北国の田舎育ちだから。
素直で純朴でメロディー重視の曲は、90年代のDJの際に北欧の爽風を吹かせた。

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■Acid House Kings
スウェーデンのAcid House Kings、
1st『Pop, Look & Listen!』はドイツのMarsh-Marigoldから1992年発表のネオアコ名盤。
CDのみでも四半世紀も経てば結構貴重盤。素朴で晴天の休日には最適!

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■Red Sleeping Beauty
ユニット名の由来はMcCarthyの曲、2015年復活したスウェーデンのRed Sleeping Beauty。
復活前2作とシングル集は90年代インディーの宝箱。
晴天にふさわしいハッピーチューンばかり。まさに好日のサウンドトラック。

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■Atomic Swing
スウェーデン出身Atomic Swingの1993年1st〜1997年3rd。
同じ北方圏に位置する札幌で2回もライブをしてくれた彼ら。
ほとばしるグルーヴが堪らなかった。
2006年に復活したようだけど残念ながら未聴。買ってみっかねん。

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■Beagle
良質なメロディー満載!スウェーデンのギタポバンド、Beagle。
全2作のLPとCDでは配色や質感や裏面意匠が微妙に違うワン。
さすが北欧モノはデザインにこだわりがあるワン。
『Within』の方はエンボス加工のジャケットで手触りが最高だワンワン。

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■Grass~Show
スウェーデンのGrass~Show。
DJで御用達だった唯一のアルバム『Something Smells Good In Stinkville』と
日本編集盤『Vertigo』。
美メロ+パワーポップ=魔法的!長い人生を乗り切りまShow!

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■Sambassadeur
スウェーデンのポップバンド、Sambassadeur。
脱ネオアコのアルバム『Migration』『European』は
北欧の自然を想起させるサウンドに純朴な声質の女性ヴォーカルが絡み、
独自の世界観が広がる名盤。

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■Seashells
スウェーデンのポップバンド、Seashells。
1995年の2nd邦題『恋の銀行強盗』にはネオアコ名曲の『Lovebirds』が口笛と共に収録。
後にQuinceやCloudberryがフォローしたのも大いに頷ける清新なポップセンス。

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♪ Lovebirds


■Merrymakers
トランポリンズと共にセコハン安価棚の常連、スウェーデンのMerrymakers。
「ビートルズを神とジェリーフィッシュを父と崇めて」いた彼らが
現実にアンディをプロデューサーに迎えたのはまさに乾坤一擲。
夢叶い二作で散ったのはきっと本望。

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■Popsicle
スウェーデンのインディーポップバンド、Popsicle。
1995年セルフタイトル内の『Not Forever』が名曲すぎる。歌詞にも感涙。
  I can change I'm not the same
  Not forever

♪ Not forever


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■Cinnamon
スウェーデンの女性voバンド、Cinnamonの2ndを。
セシルカットが似合うFridaの歌声はキュートな魅力全開。
ストックホルムの街を歩いた時「パッパッパッパ〜♪」が脳裏に蘇ってきて妙にほっこりしたっけ。

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♪ The Missing Persons File


■Excuse
スウェーデンのバンド、Excuse。
1996年の1st『Century』はビートルズ直系のポップソングが13曲も。
あのトーレヨハンソンが共同プロデュース。ライナーはあの仲真史さん。
メロディアスな曲群に溺れてみては。

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■Drowners
Suedeの曲がバンド名のスウェーデンのDrowners。
1996年のデビュー盤『Destroyer』はさすが北欧だけあって
ジャケットやフォントの使い方などデザインが洒落ていた。ラウドな音も◎。

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■Eskobar
スウェーデンの美形トリオEskobar。
2001年の2nd『There's Only Now』には
北海を越えるのに10年かかったマンチェスタービート名曲『Move On』が収録。
あぁ「マッドチェスター」という物言いはやっぱり嫌いだ!

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■Whipped Cream
スウェーデンのレーベルSNAP。
Eggstone『In San Diego』とWannadies『Aquanautic』のカタログ間の
Whipped Cream『Tune In The Century』が不出来なわけがなかろうもん。

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■Scents
スウェーデンのSoap〜Snapで密かに野に咲いた花、Scents。
『タンポポ』と『ポピー』の2枚のシングルにはあのトーレヨハンソンがハーモニカで参加。
黄と赤の色彩鮮やかなジャケットが表裏とも美しすぎる!
Scents=香り。フローラルないい香りが漂いそうな清涼メロディーが最高!

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■Loudean
スウェーデンのオルタナ女性voバンド、Loudean。
ワナダイズ等のSoapからの1997年作1st傑作シングル『Stereo』の子供ジャケットを見開きで。
童心に返って滑り台滑りたい!

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■Tribeca
マンハッタンの南街と同じ名前のスウェーデンのバンドTribeca。
2002年のデビューアルバム『Kate−97』は
(裏面掲載不可なくらい)やさぐれたジャケットから想像できない程小粋なシンセポップ満載。
テイクミーアウトトゥナイトって!

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■Easy
またまたスウェーデンのSnap Recordsから。
カタログ【SNAP12】は同国出身、Easyの2nd『Sun Years』。
彼らどうやらルックスに大いに自信があるようで。
さて盤を含むアートワークにメンバーの顔は一体何個あるのかな?

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■In Elvis Garage
スウェーデンのギターポップバンド、In Elvis Garage。
高らかにホーンが鳴り響く爽快感溢れる唯一のアルバム『winning by cheating』は
タンバリンスタジオ全盛期作品!

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From Denmark

■ Gangway
デンマークのポップ職人、Gangwayのオリジナルアルバムと編集盤。
解散前の意味深な題名の最終作『That's Life』が1996年だから
2017年に新作発表だと何と21年ぶりの復活!10月にはライブ予定!
頭皮と作曲センスが再び光り輝くね!

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Gangway復活のデンマーク語のニュースサイトが全然理解不能だったので、
ググッと翻訳したら、とんでもない和訳だった。
まぁギリ何とかわかるけど、左下の「それでもはげ」って。。。
全世界ポップファンの期待を一身に背負っての再結成だっていうのに
「それでもはげ」って。。。あんまりな翻訳!

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■Northern Portrait
デンマークのインディーポップバンド、Northern Portraitの全作品。
基本姿勢は言わずもがな80年代のSmithsだけど、
その姿勢を貫く愛と勇気と純粋性に対して猛烈なシンパシーを感じてやまない。

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■Mew
通算7作目の新譜が出たデンマークのバンドMew。
2003年頃の作品の一連のアートワークに今でも惚れ惚れしている。
凛とした佇まいがあり、音もそれに拮抗するように魂へ直接響いていた。
やはりアートワークは感性や姿勢の象徴であるべきだろう。

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■Birgit Lystager
デンマークの歌姫、Birgit Lystager。
1970年のセルフタイトルは北欧産ジャズボッサの最高峰。1983年の共演盤(右)も名盤。
心おどる音楽と共に「いい感じ!」で毎日を満喫しましょう!

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♪ Christina (Tristeza)



From Norway

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どちらかというと冬に聴くのはやっぱり北欧モノだな。
北欧でもノルウェーだな。
ノルウェーと言えばフラリッポリッピかキングスオブコンビニエンスかアーランドオイエか
ロイクソップかアーハかポゴポップスかディランモンドグリーンかソンドレラルケかセリアだな。
あれ?Team Meはどこさ行った?

■Dylan Mondegreen
いつも急に聴きたくなる。それは北海道の夜道でよく見かける光景だからではない。
ザ・スミスっぽいギターと哀愁のトランペット。歌詞も素晴らしい最高の一曲だから。

♪ Deer In Headlights


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■Askil Holm
ノルウェー出身のAskil Holm。
2003年邦盤アルバム『Seven Days In The Sun』は、
北欧の澄んだ空気に満ちた陽気と元気と勇気を届けるナンバー満載の傑作。
青空続きだったあの頃を振り返るにはぴったり!

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■Pogo Pops
Kings of Convenienceと同郷ノルウェーはベルゲンのバンド、Pogo Pops。
1993年日本オリジナルジャケデビュー盤『Pop Trip』。
普遍的ポップが満載でも札幌ライブは売れ行き不振で公演中止。ポポポ。トホホ。

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From Finland

■Poverty Stinks
フィンランドのサイケポップバンド、Poverty Stinks。
1993年日本独自発売の編集盤にはBlack Sabbathの1970年の名曲『Paranoid』のカヴァーが収録。
他の北欧のバンドとは一風異なったセンスが光っていた。

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■Tigerbombs
ハはのヒにフぃんらんどのヘっホ°こばんど、Tigerbombsを。
持ち味は恥ずかしげもないおふざけニューウェイヴ魂。
マジで2001年結成のバンド?と疑う位の直球性/純粋性は
北欧の虎爆弾を名乗る輩の常識にトラわれないポップの真剣解釈?

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でも何だかんだ言って北欧ポップで
最も良質で、最も心の琴線に触れて、最も好きなのは、ノルウェーはベルゲン出身の
■Kings Of Convenience ではないかと。活動を再開してくれないかなぁと願うばかり。

Kings Of Convenience

  
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February 12, 2017

【ネオアコ】がカッコ悪い7つの理由

かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう

これは早川義夫が1969年のジャックス解散直後に発表したソロ・アルバムのタイトルだが、
今回のテーマである「【ネオアコ】はどうしてカッコ悪いのか」とは全く意味が異なっている。
早川義夫の方は「カッコつけ(すぎ)るとカッコ悪い」という意味合いだろうけれど、
今回のアジェンダは「そもそもカッコ悪いものはいつまで経ってもどこまで行ってもカッコ悪い」、
ひいては自虐的かつ逆説的に「カッコ悪いことはなんてカッコいいんだろう」
という意味合いであって、明らかにスタート地点が異なっている。

【ネオアコ】のスタート地点については
ネオアコZINE´△僚説にも記したが、簡潔にまとめると…
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現状の否定として誕生した【ロック】が体制的になり、
そのことへの反発から湧き出た【パンク】も
否定の否定という二重否定以上の現象を生み出さず、
代わって否定を肯定する姿勢から誕生した【ポストパンク】が
1980年代前半に英国のインディーロックとして台頭。
その【ポストパンク】から派生したスタイルが、
従来のアコースティックミュージックより「新しい」ことから
【ネオアコースティック】と呼ばれるようになり、
その新鮮な発想とアプローチはごく自然に反作用的な否定を生むことに成功。
【ネオアコ】は1990年代に日本の某バンドが流通に寄与した単なる略称で和製英語。
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■1■ そもそも成り立ちからしてカッコ悪い

カウンターカルチャー=【ロック】のカウンターカルチャー=【パンク】の
カウンターカルチャー=【ポストパンク】のさらに派生形が【ネオアコースティック】だなんて、
結局ふりだしに戻っているような気もするし、あまりにもまどろっこし過ぎてカッコ悪い。

【ネオアコースティック】は否定を肯定する姿勢から反作用的な否定を生む。

非常に哲学的で禅問答的でひねくれていて一見難しい物言いに聞こえるが、言い換えると
「人生は悪夢のようなものなのだから、私は私なりに生きてゆくんだもん」という、
どこかで聞いたことのあるような台詞になる。
そしてその台詞の世界観に、1980年代前半に激しく共感した方々と
後追いでその世界観にハマった方々が、きっと今こうしてこのブログを読んでいると思われるが、
僕達/彼らに共通しているのは、
これまでのぬるま湯的な既成の世界観を覆す『The Queen Is Dead』の精神。
つまり【ネオアコースティック】は、The SmithsのMorrisseyの歌詞の世界観そのものなのだ。
(「スミスはネオアコか」の論議に全く興味がないのは、
「スミスこそがネオアコースティックだから」という結論を持っているからだけでなく、
論点が完全にずれているからである)

■2■ ひとりぼっちはカッコ悪い

そんなわけで、そもそも【ネオアコースティック】が否定の肯定から端を発しているせいか、
「どうせ僕なんて」的な自己憐憫やその反動からの自己愛など
思春期特有の趣きも手伝って、どこまでいっても単位は「自己」、つまり「個」だ。
そう考えると「個」単位の音楽であるからして、いつどこの「個」が名付けたのか、
【ネオアコースティック】や【ネオアコ】という呼称の発祥も当然定かではなくなる。
また、過去に「個」の世界観を持つ音楽に傾倒していたことに対して、
「哀愁」や「サウダージ」といえば聞こえはいいが、
どちらかというと「後ろめたさ」に近い感情を抱き始めるのも真っ当な社会人の成れの果てだし、
さらに加齢と共にもっと「個」から解放されていればという悔恨の念とセットになって、
どこかで「こんな音楽を聴いてきてよかったのだろうか?」という
過去から現在への自分自身=「個」へ跳ね返った疑念をも抱くようにもなり、
挙げ句の果てには「あの狂った季節は何だったのか?」を検証したくなり、小生のように
ネオアコZINE> と称して家系図を紐解くがごとく「相関図」を作ってみたくなるような、
そんな後ろ向きの構造が【ネオアコースティック】や【ネオアコ】の内部にはある。

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群れるのもカッコ悪い。だからといって孤独を貫くというのもどうだろう。
「孤高」という言葉には確かにカッコいいイメージがあるけれど、
突き詰めて煎じていくと、結局寂しい「ひとりぼっち」という悲しい事実に行き着いてしまう。
Aztec Cameraが『Oblivious』で歌っていたような
「僕らのことを淋しがり屋と呼ぶけれど、僕らはただ一人きりでいるだけさ」
といった、いわゆる「個」の本質、本性である強がりの姿勢が
【ネオアコースティック】や【ネオアコ】にはいつの時代も垣間見える。
これは到底カッコいいとは言えない「引きこもり」的かつ「閉じこもり」的な姿勢だ。
この姿勢が発展して、第三者が【ネオアコースティック】や【ネオアコ】のことを語ったり、
【ネオアコースティック】や【ネオアコ】の曲をかけたりすると、
鼻で笑うような対応しかできなくなるような人間性が生まれる。
【ネオアコースティック】や【ネオアコ】に関与すること自体がカッコ悪さの極致であり、
器の小さい人間のさらなる増殖に寄与している気さえする。
もしかするといいだけ分別もついて歳をとり人間関係を殊更重視するようになった
2017年の今だからこそそう感じるのかもしれない。
1983年には「一人きりでいる」という姿勢がものすごくカッコよく感じたのだから。
それは当時の時代的空気感がそういう風潮だったことも大きいが、
何より「今が一番時代の最先端だ」といった
今では決して抱くことのできない絶対的自信があったからだろう。
今の時代には誰も自信なんて持てっこない。
やはり長年生きていると、過去の方が美しく思えることの方が多くなるものだ。
八神純子の『思い出は美しすぎて』が浮かんだ方は、すでにこの退行現象に陥っている。



■3■ めんどくさいのがカッコ悪い

さて「【ネオアコースティック】や【ネオアコ】」と2つの言葉を並列的に書くと長くなるし、
もう難儀なので、これからは【ネオアコ】に絞ることにしたいのだが、
こう前置きすることすらカッコ悪い。というよりめんどくさい。
そう、【ネオアコ】はめんどくさいのだ。

どのバンドが【ネオアコースティック】で、どのバンドが【ネオアコ】か。
時代的にどこまでが【ネオアコースティック】で、どこからが【ネオアコ】か。
そういっためんどくさいテーゼから始まって、
音的には似たような【C86】や【アノラック】や【twee pop】との相違も全く不明確で、
言葉を使う時もいちいち思案しなければならず、とにかくあちこちでめんどくさい。
多くの音楽評論家の適当な解説による何だかややこしい時代背景も同時に孕んでいて、
実態がつかめないのが何より複雑だし不甲斐ないしめんどくさい。
そのめんどくささが今の時代に【ネオアコ】という言葉を発する瞬間に付き纏い、
そういった些事に拘泥している自分自身にもカッコ悪さを感じるという負のスパイラルを生む。

■4■ 胡散臭さがカッコ悪い

【ネオアコ】も【ネオアコースティック】もいくら英語に直しても実は日本でしか通用しない。
それも何だか音楽価値的に低くなっている要因のようで何だかちょっとカッコ悪い。
どうせなら世界共通語の【インディーポップ】がこの2つよりも深く浸透していれば、
この問題は全く勃発しなかったのに、どうして【ネオアコ】だけが広く伝播してしまったのか。
それはもしかしたら日本の「ファッション」と密接に関係していたことが大きいかもしれない。
例えばファッション雑誌『オリーブ』。例えばアニエスbのボーダーシャツ。
例えばカジヒデキの短パン。(そういえばPale Fountainsの『Just A Girl』も縦縞に短パンだな)
そのカジヒデキがどのような経緯で独特のファッションスタイルに到達したかというと、
実はDerek Jarmanが監督したThe Smithsの『The Queen Is Dead』(また登場)のPVでの子供の
衣装がまさしくボーダーシャツに短パンで、それがカッコよく見えたから、ということらしい。
そのインタビュー記事をネットで読んで、大いに納得した。

衝撃を受けたものへのオマージュを込めて、そのスタイルを踏襲する。
そこに【ネオアコ】の正体を見たような気がしたからだ。
とどのつまり【ネオアコ】は【ネオアコースティック】に衝撃を受けた者が奏でている音楽で、
所詮二番煎じであり真似事に過ぎない。
日本人が英国人の音楽やファッションを模倣しようとしても、
どうやっても越えられないハードルが立ち塞がっているはず。
何も人種や国籍や言語の話を持ち出そうとしているわけではない。
精神的にも肉体的にも、そもそも構造や背景の違うオリジナルな西洋文化を
オマージュと称して東洋で踏襲することなんてやっぱり無理な相談なのだ。
それは結局、模倣や真似になってしまう。模倣や真似は非常に胡散臭い。
特に音楽に対し影響を与える可能性が高い「ファッション」は、
やはり一過性の流行という意味合いも濃くあり、そういった意味でも胡散臭さを手伝っている。
永続しそうもない、その場限りの音楽。
渋谷をうろつくような奴らが騒いでいる音楽【渋谷系】が揶揄されるのは、
小さい島国日本でごく一部が騒いでいる音楽【ネオアコ】が揶揄されることと同様、
そういった怪しくて本物ではない胡散臭さの象徴のような気がしてならない。
ポップアイコンを標榜し「ファッション」と共に時代と添い寝するだけの刹那的な存在は、
やはり胡散臭いと言われても仕方がないし、イミテーションにはそもそも価値がない。
うわべだけをとらえるとどうしてもきつい物言いになってしまうけれど、
胡散臭いものはどう転がしても煮ても焼いても、やっぱりカッコいいとは言えない。



■5■ 何だか語感もカッコ悪い

ここまで来て何だか【ネオアコースティック】の略語という役割を超えたところに、
【ネオアコ】のカッコ悪さがあるように思えて仕方がなく思えてきた。
それは先述のように、めんどくさく胡散臭いことも決定的な要因だと考えるが、
きっと【ネオアコ】という言葉の響き自体にもカッコ悪い問題は潜んでいる。

「キムタク」や「ミスチル」のような破裂音がないので語感的にも弱々しいし、
「オコエ」ならまだしも【ネオアコ】の「ネ」が弱音っぽく、
「オア」という言葉の並びも何だか脆弱で、どう贔屓目に見てもカッコ悪すぎる。

■6■ 意味不明なのがカッコ悪い

【ネオアコ】という言葉だけでは意味がストレートに伝わらないのも非常にマイナス要素だ。
【ギターポップ】なら「ギターを使ったポップなんだな」とわかるし、
【シティポップ】なら「都会的な洗練されたポップなんだな」とすぐ認識できるのに対し、
【ネオアコ】は冒頭の序説にも記したように、時代考証的にも一周廻らないといけないし、
一周回った分だけハードルが上がって、更に難しくわかりにくく使いにくくなっている。
やはりこの四文字だけでは直感的に意味を理解できないもどかしさやめんどくささがある。
【ネオアコースティック】であれば「アコースティック」があり、ちょっとカッコいい響きで、
音や楽器を想起させることから、何となく純粋で汚れていないイメージは伝わるものの、
【ネオアコ】ときたら現代の広告代理店的戦略であれば絶対に採用されない最悪の代物だ。
「AIDMA(アイドマ)の法則」がまるで成立していない。

また、【ソフトロック】や【ポストパンク】や【インディーポップ】のように、
「ロック」や「パンク」や「ポップ」といった既成の音楽ジャンルを示す単語が
【ネオアコ】には盛り込まれていないのも重大な欠陥だ。
【ネオアコ】だけではそもそもどういう意味なのか、何のカテゴリーなのか、
これは一体音楽のジャンルなのかという大前提すら判断しにくい。
つまりは思考回路を働かせなければならず、今となってはそれすら働かせるのがめんどくさい。
めんどくさいのは現世においては、カッコ悪いの代名詞でもある。

では【ネオアコ】にとってかわる新たな用語は? という当然の疑問があることは百も承知だ。
ここまでカッコ悪いを(意に反して)連発しておきながら、
何の代替案も持ち合わせていないのは輪をかけてカッコ悪いし、
【ネオアコースティック】好きを標榜している自分にも相応の意地や沽券というものがある。

まず「ロック」という単語は極力排除したい。
どちらかというと個人的には「ポップ」に近いテイストを語感で感じたい。
「ロック」にはカッコつけすぎてカッコ悪くなる危険が孕んでいる。
その点「ポップ」は丸くて柔らかく、誰からも愛される汎用性がある存在のような気がする。
【ネオアコ】は基本「ポップ」であらねばならない。「ロック」である必要はそもそもない。

【ネオアコ】が有する精神性に、
いつでも緑に満たされる常緑樹になぞらえて「エヴァーグリーン」というのがあるので、
【エヴァーポップ】というのはどうだろう?
「Ever」という単語は、Oasisを想起させるからNGとか、
Feltに『Evergreen Dazed』という曲があるからOKとか、
いや「エヴァー」なんてハナから意味がわからないとか、いろいろ意見が分かれそうだ。

ではもっと包括的な言葉として【ネオポップ】はどうだろう?
「新しいポップ」。
【ニューミュージック】だともう過去に日本で既出なので、
それをポップに言い換えただけだけど、
【ネオポップ】だと現代美術ですでに使用済だから仕方なくOKとか、
新しい清涼飲料水みたいだからNGとか、こちらも賛否両論ありそうだ。

それならば折衷案として【ポップロック】あるいは【ロックポップ】はどうだ?
いやいや、これでは全く音が想像できやしないし、そもそも本質を見誤っている。
もうわけがわからなくなってしまった。ここまで来ればもうゲシュタルト崩壊だ。
あぁ頭も悪いがカッコも悪い。うーんこまった。

■7■ 結局僕達自身がカッコ悪い?

もう論も尽きた。精も魂も尽き果てた。
これはもうじき53歳になるオジさんが考えるべき問題ではない。
53歳はもっと会社の経営におけるリスクヘッジについて思考を巡らせるべき年齢であるべきだ。
同い年のRoddy Frameだって、最近は何も語らず静かにしているじゃないか。
そして、もはやこれ以上論を続けることにもあまり意味を見いだせないし、
これ以上続けると話がもっとややこしい方向に行って、
めんどくさい思考を捻り回さなければならず、それこそカッコ悪さの上塗りになってしまう。

【ネオアコ】がカッコ悪いのは、もしかすると往年の愛好者である僕達が、
【ネオアコ】砲よろしく、こうやっていまだに口うるさく物言いをするからかもしれない。
いや、きっとそれが最大の要因なんだろう。
悔しいけど。



それでもなお【ネオアコースティック】や【ネオアコ】を愛し聴き続けてるのには、
人知を超えた何か宇宙的な力が作用しているとしか思えない。
この件についてはまた日をあらためて考察したい。  
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December 29, 2016

おそらく世界屈指

神懸かり的な巡り合わせによって発生した一瞬の化学反応で
普遍性を封じ込められたものは、
エヴァーグリーンで永遠に輝きを放ち続ける名作となり得る。
Prefab Sprout『Steve McQueen』。
あまりにも奇跡的な出会いの結晶。

『Steve McQueen』のことを愛する度合い。
『Steve McQueen』の所有数。
おそらく世界でも屈指の存在だと思う。

もし明日絶命するなら絶対聴いておきたい作品。
人生で出会うことができて心底良かったと思える作品。
そういう作品に巡り会えたとしたら、それは本当に本当に幸福な生涯。
僕の場合それは間違いなく、Prefab Sproutの『Steve McQueen』。

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Posted by muselection at 22:46Comments(0)TrackBack(0)Prefab Sprout | music

November 13, 2016

地方在住者における既得権益の正しい使い方

過日上京して最も衝撃的だったのは
買い手の自分が売り手の店主に怒鳴られた事だった。

これは地方では滅多にない体験だったが、
今回お会いした中央在住者は全員が全員、
その店主の悪態や罵言を既に周知し諦観していた。

「あそこはそういうところだから」「仕方ない」「やむなし」
「そういうところだと思いながら付き合うしかない」
「頭がおかしいだけ」「本当は良い人だと思うけど口は悪いよね」
「もう何年も行ってない」「客商売を何だと思ってるんだろう」
「お前のところにいったい幾らつぎ込んだと思ってるんだ」云々。

その店はネオアコースティック系の品揃えが豊富だったこともあって
僕のように学生時代から通販で大量の商品を購入していた人も多いはず。
そんな地方在住者にとって30年間ずっと知らずに過ごしていたパンドラの箱的な実態、
それはすでに中央においては「常識」だったのだ。
そういった暗黙の了解はある種の既得権益とも言える。
それは大なり小なり中央にも地方にもあるのだけれども。

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しかしながら自分は地方在住のため中央の余計な情報や不用な関係性が排除され、
純粋に音楽や文化を愛せる環境にいた。
だからこそ想像力と感性と憧憬を拠り所に(もうそれだけを頼みの綱として)、
自分なりに形成してきた音楽観や世界観それに矜持に対しても
何ら疑いを持つ事なく献身的かつ一途に突き進んで来れたのだろう。
言い換えれば、これもある種の地方在住者だけが得られる既得権益なのだ。

そしてここにいくつかの画像をアップしているが、
そのチョイスからも深い意味を読み取れるのが地方在住者の特権だとも言える。

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それは自分が授かった武器と甘受したい。
しかしそれを凶器に変えるのは壮大な曲解でありただの傲慢だ。

地方在住者はその独自の視点から物事を捉えればいいし、
無垢な愛情を熱源として、
耳から聴こえる音以外から得られるものすらも悠然と濾過し、
可能な限り自己表現する事で世界に還元していくだけでいい。
それが地方在住者における
正しい既得権益の使い方だと思うのだけれどもいかがだろうか?

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October 10, 2016

永遠にみる不完全な夢〜Sarah Records

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すっかり秋めき肌寒い連休、
哀愁漂うネオアコースティックを聴きたくてSarah作品を聴こうとしたのだけど、
自分にとっては珍しく作品が全くコンプリートされていなくて途中で購入放棄した形跡が散見。
メディアの混在や連番の中抜けも甚だしい。
どうしてそんな事態が起こったのかを振り返ってみた。

7'

札幌のレコード店でSarah作品を購入できるようになったのは1989年に入ってから。
それ以前のアナログはすでに全国的に入手困難な状況だった。
途中からでも作品を連番で揃えられるカタログ的な収集は当初は新鮮な喜びだったが、
徐々にリリース形態が判明してくるにつれ喜びではなくなってきた。

10'

1987年にThe Smithsが解散し心に大きな穴が開いた僕達に純粋なDIYインディー精神を
呼び起こしてくれたはずのSarahに少し違和感を感じ始めたのは、
連番買いが必ずしも毎回名曲とは限らなかったからではなく、
どちらかというと購入そのものに「背徳感」がなくなってしまったから。

それまでなけなしのお金をレコードにつぎ込む際に感じていた
ある種の「背徳感」が、いつの間にか連番で揃えなければという「義務感」や
付き合わされているのではという「疑念」に変わってしまったことに気づいた瞬間、
喜びは去り、夢から覚めたようにSarah作品の購入意欲が一気に失せてしまった。

勿論Sarahのバンドや作品が悪かったわけではない。
単に共同幻想から僕が脱落しただけ。
作品が良くて聴きたくて買っていたわけではない自分に辟易しただけ。
責任転嫁するようだけれど、ある種の催眠商法的な洗脳に染まっていた気もした。
言うなれば魔法が解けた。それが1990年の後半だった。

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cd

The Smithsがラフトレから作品をリリースしていた頃には魔法はかかりっぱなしだったし、
それにかかっていた事すら気付かなかったのに、Sarahの魔法は案外簡単に解けた。
それは複数のバンドを連番でリリースする限界だったからかもしれないし、
時代が90年代を迎えていたからかもしれない。

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これ以上Sarahから得られるものはない。
良い曲はいつかコンピ盤に収録される。
そんな袋小路的思考に風穴を開けたのはBlueboyの【Sarah055】だった。
彼らの奏でる音に不純物は一切混じっていなかった。
彼らだけは本物だと確信できた。彼らの魔法にだけはかかってみようと思った。

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しかしBlueboyという新たな希望を携えた魔法は
レーベルの終焉に伴いShinkansenへの乗り換えを余儀なくされ、
そして2007年のKeith Girdlerの夭折をもって完遂を迎えた。
それは今振り返ると本当の意味でSarahという長い長い夢から覚めた瞬間だったかもしれない。

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紙カラー見開きジャケットCD【Sarah100】のリリースで幕を閉じた
Sarahの精神は純粋なものだったに相違ない。
それは名作群を聴けば誰にでもわかる。
ただ僕達は邪な考えを抱くくらい年を重ねていた。すでに一度桃源郷を経験していた。
夢は二度寝では続きを見られるわけではなかったのだ。

ちょうどアナログとCDのリリースが入り混じった端境期だった事も手伝って、
個人的にSarahには複雑な感情が今でも残る。
しかしそういった過去の経緯も含めてのインディーポップファンであるべきなんだろう。
僕はSarah作品を永遠にコンプリートしないつもりだし、きっと永遠にできない。

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Posted by muselection at 22:10Comments(0)TrackBack(0)music | life

July 24, 2016

2016 ネオアコースティックZINE

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2016年7月18日(月・祝)11:00〜19:30 さっぽろテレビ塔2F
NEVER MIND THE BOOKS 2016で前年に引き続き出展

ネオアコースティックZINE【muse603】『ナニアコ』の概要です
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EVERYTHING
REMINDS
US OF
SOMETHING
FANTASTIC

『何を見ても何か素敵なことを思い出す』

Neo Acoustic threadassociators

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●内容

【表面】
・24名のネオアコースティック最重要人物★を関連作品と共に紹介
 及びその人物が主に関連した
 総勢642のバンド/アーティスト名をジャケットとスレッドで紹介
・表紙(写真上参照)
・序文「したたかに彷徨う1000の方法」(日本語+英語)

★最重要人物
Louis Philippe, Johnny Marr, Robert Wyatt, Edwyn Collins
Kate St. John, Amelia Fletcher, Nicky Holland, Feist
Roy Dodds, Neil Scott, Philip Kin, Martin Duffy
Richard Preston, John Leckie, Stephen Street, Ian Broudie
Hugh Jones, Phil Thornalley, Thomas Dolby, Paul Hardiman
Clive Langer & Alan Winstanley, Robin Guthrie, John A. Rivers, Ian Catt

【裏面】
ネオアコースティックに関連する(から想起させる)
・361組のバンド
・243名のアーティスト
・28名のプロデューサー
・計632に及ぶ名称が連なるネオアコースティックチャート/相関図
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<サイズ> B2 1枚/MAP折/仕上がりB5

<色> 両面4cフルカラー

<備考>
・初版100部発行
・LIMITED EDITION ナンバリング(ナンバーは選択できません)
・先着50部の限定特典として
 O.S.T.『Something Reminds You Of Neo Acoustic』を進呈 ※7/24 50部に達しました。
・ネオアコースティックの全体像を作品レビューなどの「言葉」ではなく、
 チャート/相関図で「視覚化」した(おそらく)世界初の試み
・既存のネオアコ本、ネオアコガイドにはなかった最終形のビジュアルZINE
・レビューなどの主観を排除し、あくまでも客観のみに特化した新しい試み
・世界基準となっており、テキストはすべて英語でも表現
・裏面はB2サイズにも及ぶ大きさにつき、ポスターとして掲出することが可能
 (購入された後の裏面の公表にはご配慮ください)
・あれやこれや再確認するもよし、新たな再発見を求めるもよし、
 これからネオアコという名の海を彷徨う際には出港から順路を辿る海洋図的側面も

詳細はこちらの特設サイトをご覧ください。 2016ネオアコースティックZINE
  
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