心と体というものは、私たちの考えている以上に深くて密接な関係がある。「トムの胃」という話を知っているだろうか。トムは、アイルランド出身のニューヨーク市民で、9歳の時に、誤って熱いクリームチャウダーを飲み、食道にひどい損傷をうけた人物である。

この傷のために、腹壁の開口部から、胃の内面の一部を常に外へ出しておく必要があり、トムは、自分で、この開口部から胃に直接、食物を入れなければならなかった。そこで、自然に、あるいは、故意にひき起こされたさまざまな感情の動きによる胃の粘膜の変化を、直接に観察することができた。

この観察の結果は詳しく報告されているが、それを簡単に述べると、トムが怒ったりして顔が赤くなったような場合には、胃の内部もまた、赤くなり、トムが恐怖を感じて顔が蒼白になった時には、胃の内部もまた、蒼白になったのである。そうして、粘膜が蒼白になるにつれ、酸の分泌活動と、筋の活動が、共にだんだん衰えてくるのであった。トムが怒りを感じた時には、血液の供給は増加し、粘膜が充血して、酸の分泌が高まったという。まさに心と体のつながりを物語るものである。

たとえば、悲しい時に一人で涙にくれると、よりいっそう悲しみは深くなり、体も重くなるということに私たちは気づかなければならない。アメリカの心理学者ウィリアム・ジェイムスは、「快活さを失った場合、それをとり戻す最善の方法は、いかにも快活そうに振る舞い、快活そうにしゃべることだ」と語っている。

野球でもバレーボールでも、監督は「声を出せ!」という。調子が落ちたり、追い込まれてくると、選手は声が小さくなってくる。そんな時、声をかけ合い、大声を出していると、自然に体が動くようになり、勢いが出てくる。それが人間というものである。だから、「声を出さないと負けるぞ。声を出しているうちに気持ちも明るくなるんだ!」と、リーダーたちは口を揃えていうのである。

気持ちの落ち込んだ時には、とにかく明るく振る舞うことである。上機嫌のフリをしているうちに、人間はそのように振る舞えるようになる。落ち込んだ時や苦しい時など、むしろ苦しいからこそ、快活に行動すべきなのだ。これこそが、明るさをとり戻す近道なのである。