天耕野人のむすび庵日記

今、明かされる天耕野人の日常、そして有機農業の奥義!!

水俣の続き

 分科会では水俣病の語り部の杉本肇さんの話をききました。杉本栄子さんの息子さん(長男)で語り部の中では若く、話もうまく、分かりやすかったです。ちりめんじゃこの漁師で網元のせがれということで両親が水俣病で動けない状態のときに両親に代わって漁をしたそうです。何しろ一番下の弟(男ばかり5人)が赤ん坊の時お母さんが起きれない状態だったので授乳を手助けしたという。ボランティアの大学生の力を借りて、両親に代わって子供ながら漁をしたそうです。彼自身も水俣病ですから大変だったことでしょう。ここには書ききれないほどのたくさんの話を聞かせていただきましたが、あくまでも前向きで自分の役割をきちんと果たそうとする姿勢に感銘を受けました。お母さんが作ったという水俣ハイヤ節を継承して、子供たちを含む市民とともに歌と踊りを披露してくれました。かなりの美声で踊りも芸術的に完成されており、感動しました。水俣病に負けない、エネルギーに満ちていました。
 資料館から戻る途中に「水俣病をメチル水銀病に変えよ」という看板を掲げた家がありました。水俣というだけで差別・偏見が生まれるからということでしょう。杉本さん自身も「どちらの方ですか」と聞かれて「九州の方です」と言い、さらに「九州のどちらですか」と聞かれると「熊本の方です」と言って、初めから「水俣です」とは言えなかったそうです。そもそも病名を地名からつけるというのはおかしいのかもしれません。皆さんはどう思われますか?  (つづく)

有機農業の祭典IN水俣に行ってきました

 毎年九州各県持ち回りで行われている「九州有機農業の祭典」に行ってきました。最近は余り参加していなかったのですが、今回は熊本・水俣で開催されるというので何としても行こうと思ったのでした。何しろ水俣病問題は私が今のような農業、生き方を歩んできた原点だったからです。水俣病に象徴される近代化、高度経済成長のひずみに対する深い反省の上に立って、これからの自分自身の生き方を問うところから全ては始まったのです。
 早く現地に着いて、開会前に一人で水俣病資料館へ行きました。新水俣駅まで新幹線で1時間半ほどで着きました。資料館には地元の中学校の生徒たちが学習しにきていました。水俣病の学習がカリキュラムに入っているということです。私はその後ろについて案内役の説明を一緒に聞くことができて幸運でした。
 水俣病は高校時代に知りました。大学でさらに深く知るにつれ、何のために学問するのかということを自分自身に問いました。というのも原因が分かるまでに相当の時間がかかり、真相追及に学問の府が反対の役割を果たしてきた一面もあるということを知って愕然としたからです。いわゆる御用学者と呼ばれる人が真理を突き止めるという学問の本分を捨てて、権力におもねることにつき従ったことで、被害を拡大させたのです。そんんな中でも人間としての良心を失わなかった医者や学者がいたのも事実です。しかし時間がかかり過ぎました。チッソ水俣という会社の工場が河川に垂れ流したメチル水銀が水俣病の原因と分かるまでどれだけ被害者が苦しんだか。分かった後も認定問題でさらに苦しむことになるのです。それだけでなく差別や風評にもさらされる。
 水俣病を知ったころ、何気なく裏庭を見ていると我が家にもチッソが作った化学肥料の袋が落ちていました。水俣病は遠くで起きたことではない、水俣病を引き起こす素地は我が家にもあると気づきました。チッソを責めただけでいいのかという反省が出発点なのです。(長くなるので続く)

明けましておめでとうございます

 皆様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。災害のない穏やかな一年となることを祈るばかりです。
 生き物を飼っている以上、正月から稼働しています。野菜の収穫や調製がないのでのんびりできるのは、やはり正月。ハチとの散歩も1時間以上かけてゆっくりやります。お陰で早朝から6000歩くらい歩きます。一日で12000歩にもなります。左足の神経痛?が回復してきたのでできています。あとは原因不明の右手の痛みがよくなればいいのですが、まだ色々な場面で支障をきたしています。年とともに回復が遅くなってきました。いつも体のメンテをしながらやらないといけないようです。この頃は毎日我流のストレッチをやっています。悪くなる前に日課のようにやるのがいいようです。皆様もどうぞお試しください。どこが悪くても本当の仕事はできないものです。
 去年は本を書くと公言しながら結局途中で中座してしまいました。まだ諦めていませんのでご期待ください。その代わりといってはなんですが、創森社というところから「新しい小農」という本が出ていまして、その中で少し書いています。出版記念シンポジウムが1月13日に福岡大学であります。暇な人はお出で下さい。

 ところで皆さんのおうちではどんな正月をやっておられるでしょうか。「お正月」という童謡にあるような典型的なお正月をやっておられるところがどのくらいあるのかなと思います。子供のころは本当に正月が来るのが待ち遠しかった記憶があります。童謡にあるようなことを実際にやっていたし、正月の特別感は大きかったように思います。段々と簡略化されて特別な気持ちが薄れていくのは寂しい気持ちがします。
 

あ~中村哲さんが

 私が最も尊敬する人の一人だったペシャワール会の中村哲さんが銃撃で亡くなられたとのこと、残念でたまりません。速報の段階では中村さんは大丈夫とのことだったので安心していましたが・・・。「桜を見る会」には招待されないような立派な方であっても、無差別な殺戮の前にはどうにもなりません。テロ組織とそれを生み出す社会、大国のエゴイズムとこれに追従する無節操な国、一体どこから手を付ければいいのかと絶望的になります。
 中村さんはクリスチャンだったと聞いています。天国に召されたことと思いますが、この不条理にめげず、早く天国から舞い戻って、教訓をもとにまたご活躍されますように祈るばかりです。悔しいな~。

農に理念や思想は必要か?

 なぜ農を営むのか、と問われて恥ずかしながら言葉に詰まりました。食い物が十分ではなかった子供のころであれば、毎日の食べ物を作るためと答えたでしょう。何でそんなことを聞くのといった顔で。
 我が家では私は完全に孤立状態です。これまでの農の営み全体が意味のないことのように思われているようです。農に理念とか哲学のようなものは必要ない。むしろ無いほうが良い、それがあると人が逃げていくというのです。わたしは農ほど人がどう生きるかを体現できる営みはないと思ってやってきましたが、どうやら一人よがりだったようです。
 一方で世間ではクラウドファウンディングなるものがあったりして、誰かが強い思いをもってやろうとしていることに共鳴してお金を出そうという人がいるそうな。投資ではなくやろうとしている人の理念や哲学に賛同しているわけです。普段の生活では達成できない充実感を他人の行動託して、自分もその充実感のおこぼれにあずかろうというのでしょう。本当は自分の生き方にもそれがあるのが一番でしょうけどね。
 
 それはさておき、やはり我が家のミカンがうまい。それに昨日は元研修生の横山君から注文していた「家庭用よりどりリンゴセット」が届きました。これがまたうまい。これを有難くいただけば理念も哲学もいらないということはよく理解できます。それから今年も沢庵を漬ける時期になってきたので桶を空にしようと、まだ残っていた一年物の沢庵を取り出して食べてみました。またこれが熟成して大根だったことを忘れさせる絶妙な味に変化して、うまい。自家産のショウガをかけると一層美味しい。百姓を生業にすればこその幸せと思いますが、そんなものに価値を置くものはあまりいないようです。ミカンとリンゴと沢庵が食べたい人はお出で下さい。

 それから今日は親鸞聖人のご命日。南無阿弥陀仏。
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