魔術師たちの腕くらべ その11
中島国治著「0の理論」より
ドルメロがすべての出発点になった
そこには、判読のつかない記号やら文字が書かれていた。
最初、何のことやらさっぱりわからなかった。
繁殖牝馬の6代すべてに生年代が記され、マッシモ、メーディオ、ミニモと馬名の上に書かれた血統表。
イタリア語でマッシモは最大、ミニモは最小、メーディオは中間という意味である。更に見ると、ミニモ、第一、第二、第三、第四、第五、第六、マッシモと、より細かく分類されていた。
「これは何?」とジョゼッペが聞いた。
「太陽のサイクルのことでしょう」と、マダム。リディアが答えた。
これだ、と私は思った。頭の中で急いで計算してみると、マッシモは7歳、ミニモは8歳、メーディオは中間の年齢を指していた。
彼女は死んだ偉大な亭主のファンに対して、機嫌よく、この地球上の動植物はすべて月と太陽に支配されている存在であること、したがって、サイクルというものがおのずと存在し、そのサイクルのいかなる部分に先祖が位置づけられているかによって、個体の能力というものが決定づけられているのだ、ということを話した。
つまり、種牡馬、そして繁殖牝馬の生年月日を知れば、どの先祖の能力、または性質が強く遺伝している(優性)か、どの先祖の能力は伝わっていない(劣性)か、が分かるというのだ。
彼女の言葉を追うように文書を見ると、テシオが太陽のサイクルを劣性期4年、優性期4年、計8年を一つのサイクルとして捉えていることが読み取れた。フェデリコ・テシオはサラブレッドの複雑な血統を、遺伝を太陽と月のサイクルから光を照射し、解読していたのだ。
テシオは、牡が仔に与える影響には太陽のサイクルだけが関与し、牝が仔に与える影響には太陽と月の両方が関与すると考えていた。
私は、その夜下宿には戻らず、ジョゼッペと二人で記憶の整理と書き留めの作業に夜を費やした。私がこのときテシオから学んだことは、サラブレッドの遺伝を左右するサイクルに関する知識だけではない。
マダム・リディアが二人に話したこと ① 繁殖牝馬の数は20頭で、それ以上は増やさない。 ② 放牧地には偶数で入れる。馬は群れをなして集団で生活する動物で、よく観察すると2頭づつペアを組んでいる。奇数で放牧するとペアを組めない馬は精神的なストレスを受け、事故やケガの原因となる。 ③ 放牧地の柵は緩やかな曲線でできており、角がまったくない。走ってきた馬がカーブを利用して自然に速力を落とし、止まれるようにするため。馬の肩や腰などの故障も減り、同時に、小さな放牧地でも危なげなく走り回れるため何倍もの面積の牧場と同じ働きができる。 ④ 馬房の仕切りの高さは2メートルで、それから上には仕切りがない。馬が寂しがらないように、仕切りの上には馬同士がお互いにのぞいたり鼻面を合わせたりできるようなちょっとした窪みが作ってある。飼葉を与える場合の仕切りにも、ちょうど馬の顔がいく辺りに鉄格子の入った穴が空いている。 ⑤ 出産馬房は大きめに作られている。コンクリートのたたきになっているが、杉綾形の溝が10センチ幅で切ってあり少々のスロープがある。寝藁をとり、熱湯で洗うことができようにという衛生面での配慮である。 ⑥ 馬を外に出すときにも、しきりと話しかけ、馬がその気になるまで、引き出させない。 |