一橋大准教授権容奭氏 韓国で流行「サンキュー安倍」の意 注目の人 直撃インタビュー(日刊ゲンダイ)=最近BS8プライム?1930?で注目=高校?大学は直接一橋法?国籍?兵役?気になって居た。

日韓併合後の来日李朝両班=宗家を通じて入国?
国籍は?
韓国籍なら兵役は?
両班は地租以外の納税も兵役も免除だと今年知った。
兵役忌避者か?
いきなり一ツ橋法?

クォン・ヨンソク 1970年、韓国・ソウル生まれ。【韓国の大学は?】94年一橋大法学部卒業後、同大学院法学研究科博士課程修了。08年から同大学院法学研究科准教授。国際・公共政策大学院准教授、早大韓国学研究所招聘研究員を兼任。専門は東アジア国際関係史。著書に「岸政権期の『アジア外交』」「『韓流』と『日流』」。 

高校や韓国の大学も経由せず在日32年?
初来日から32年目の「本名宣言」
2010-32=1978来日?8歳 私立小中高が学ロン私学エスカレーター校で高校は難関大入試に特化で、一般日本人が公立高校でハンディーあり、高校全科目の必須化が絶対必要だ!国立高校や私学がインチキした必須科目事件が有った!


一橋大准教授権容奭氏 韓国で流行「サンキュー安倍」の意 注目の人 直撃インタビュー(日刊ゲンダイ) 
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/385.html
投稿者 赤かぶ 日時 2019 年 9 月 09 日 13:25:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
一橋大准教授権容奭氏 韓国で流行「サンキュー安倍」の意 注目の人 直撃インタビュー
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/261400
2019/09/09 日刊ゲンダイ

権容奭氏(C)日刊ゲンダイ

 戦後最悪といわれる日韓関係は泥沼化の様相だ。韓国の元徴用工判決を引き金に安倍政権は対韓輸出規制を発動し、反発する文在寅政権はGSOMIA(軍事情報包括保護協定)破棄に踏み込んだ。日米韓の安全保障連携を重視するはずの米国は仲裁に乗り出そうとしない。日韓関係はなぜここまでこじれたのか。ヒートアップする報復合戦に出口はあるのか。東アジア国際関係史の専門家に聞いた。
  ◇  ◇  ◇
 ――まさかと思われていた韓国側のGSOMIA破棄通告に波紋が広がっています。
 文大統領にとっても、重い決断だったと思います。GSOMIA破棄に至るまで日韓関係を悪化させたのは、一連の輸出規制です。日本側は安全保障上の措置だと説明していますが、問題の発端が2018年10月末の元徴用工判決であることは疑いようがないでしょう。その直前までの日韓関係に大きな波風はなかった。小渕元首相と金大中元大統領による「日韓パートナーシップ宣言」の20周年を記念するシンポジウムが10月初旬に開かれたのですが、安倍首相は出席して祝辞を贈っている。年内に文大統領が訪日し、首脳会談を開催するプランも練られていました。
 ―――文大統領の自伝「運命」の翻訳版が出版されたのが10月初旬。解説を書かれていますね。
 8月に出版社から依頼があって早くとせかされたのですが、訪日の青写真があったからだと思います。元徴用工判決をめぐり、日本では文大統領が仕組み、大法院(最高裁)の判事入れ替えによって恣意的な判決が導き出されたかのように伝えられていますが、それは見当違いの批判です。大法院長(最高裁長官)の任命は大統領の権限で、司法のトップを代えることで政権交代が可視化される一面もある。前政権と司法の癒着が明るみに出たことからも、判事交代は自然な流れでした。
元徴用工判決は国内問題
 ――日韓関係の悪化を避けたい朴槿恵前政権に配慮し、元徴用工判決を先送りしたとして前大法院長が起訴されました。
 元徴用工訴訟で大法院が大胆な判決を下した背景には司法側の論理が働いています。政権と癒着し、不正をはたらいたことに対する世論の目は厳しい。自ら改革の意思を示すために、勇み足を踏んでしまった面がないとは言えない。元徴用工判決は国内問題なのです。ただ、文大統領は大統領としても、個人としても判決を尊重せざるを得ない立場にはあると思います。
 ――人権弁護士で、「右派守旧政治と既得権益層の打破」を掲げた盧武鉉元大統領の最側近でした。
 文大統領にとっても、韓国政府にとっても判決は大きな負担です。対日関係に影響を及ぼすことは分かっていても、介入はできない。司法にまで口を挟んだ朴前政権を糾弾し、それを支持する国民によって誕生した大統領ですから。文大統領が批判されるべきは日本側への説明不足と対応の遅れでしょう。
 ――日本政府は65年の日韓基本条約で解決済みとする立場。安倍政権は「国際法違反だ」と繰り返し主張し、対応を求めています。
 韓国側としては判決を予測したうえで事前に相談を持ち掛けるとか、それができなかったのであれば特使を送り続けて理解を得ようとするとか、やりようはあったと思います。しかし、安倍首相は判決後にすぐさま「国際法に照らしてあり得ない判断だ」と発言し、韓国側に対話の余地を与えなかった。この間、慰安婦財団解散やレーダー照射問題などが重なり、日韓関係は決定的にこじれてしまった。ここに至る根底には南北融和の動きも影響したとみています。 

「輸出管理に関する事務的説明会」の紙ペラが貼られた事務レベル会合(C)共同通信社

 ――18年4月に南北首脳会談、同6月には史上初の米朝首脳会談が実現。一気に進んだ北朝鮮問題で安倍政権は蚊帳の外に置かれました。
 当初は国家情報院長が訪日して説明していましたが、日本では文大統領が先走りしているとか、対北経済制裁は維持すべきとか、批判的な声が少なくなかった。文政権からすると、どうも安倍政権は南北融和の動きに否定的に見える。米国追従の日本が朝鮮半島問題になると、独自の姿勢で反対をする。そうした下地もあって、日本側をあまりケアしなくなった側面が現状を招いたとも言えます。
 ――日韓のズレの始まりですね。
 この2カ月の動きで言えば、大阪G20で韓国だけが首脳会談を拒否される屈辱的な扱いをされ、直後に輸出規制を通告されました。説明を求めた韓国当局者への経産省の対応も見下した感じがアリアリでしたし、河野外相の無礼発言もあった。安倍政権がこういう形で攻勢に出てくるとは予想していなかった韓国側も、想定外の反応でやり返している。双方ともにタガが外れてしまっている状況です。河野外相が「韓国が歴史を書き換えたいと考えているならば、そんなことはできないと知る必要がある」と批判したのも、韓国で激しい怒りを買っています。
「サンキュー安倍」というフレーズもはやっています。韓国と敵対してくれてありがとう、経済的にも技術的にも日本に従属している現実に気づかせてくれてありがとう、日本の本音を教えてくれてありがとう、といったニュアンスです。本音というのは、日本は歴史問題を直視せず、植民地支配を反省せず、韓国に対しては上から目線だということですね。
 ――「ノー安倍」より強烈です。
「サンキュー安倍」には日韓対立によって、親日派が浮き彫りになったという意味も込められています。いま広がっているのは「反日」というより、「反親日派」なんです。韓国における「親日派」はいわゆる「親日」ではなく、戦前の日本統治に協力し、民族の独立を妨害して私腹を肥やした人を指します。解放後も権力層を形成し、政界、軍部、財界、学会、メディアなどを牛耳り、親米反共国家をつくって分断体制と開発独裁を支えてきた。彼らは日本と妥協し、今なお既得権益層を形成しているとみられています。文大統領が掲げる「積弊清算」は「親日派」による支配構造を変えようとするもので、「反日」ではありません。

 ――日韓関係に落としどころはあるのでしょうか。

 重要なのは、韓国側は公式的にも日本側との対話を望んでいる点です。文大統領は「日本がいつだろうと対話と協力の場に出てくるなら、私は喜んで手を取り、協力する」などと繰り返しメッセージを出していますし、李洛淵首相もGSOMIA破棄について「日本が不当な措置(輸出規制)を元に戻せば、韓国も再検討する」と発言しています。日本側から何の反応がない状況であっても、交渉の余地があると言い続けている。これは、GSOMIAで最も利益を得る米国に対するサインでもあります。

 ――GSOMIA破棄には米国側も「失望」という言葉で対韓圧力を強めています。
 GSOMIA問題は日本に対する感情的な措置というより、米国に対する警告です。これまでの米国は歴史修正主義的な動きに対し、ノーと言ってきた。日本に対してもそうであったのに、今回は何も言わない。輸出規制で対立しても一言もない。韓米日は平等な関係ではなく、日米に従属する位置づけだと韓国側は見たのでしょう。米国がそういう立場であるなら、われわれも再考せざるを得ないと強気に出たのだと考えられます。文政権の中枢は反米闘争した世代が占めている。米国に対し、より対等で合理的な関係を求める世論の後押しもあります。

 ――GSOMIAの失効期限は11月22日です。日韓双方ともボールは相手側にあると主張しています。
 ボールは双方にあります。日本は問題を拡大させた輸出規制を見直し、韓国は元徴用工訴訟をめぐる新たな提案をするべきでしょう。韓国政府・企業と日本企業の「2+1」の枠組みはいい案だと思いますが、日本が納得しないのであれば練り直すほかない。65年体制の限界が見えてしまった以上、これを機に抜本的な日韓関係の見直し、再定義をすべきだと思います。

(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)

▽クォン・ヨンソク 1970年、韓国・ソウル生まれ。【韓国の大学は?】94年一橋大法学部卒業後、同大学院法学研究科博士課程修了。08年から同大学院法学研究科准教授。国際・公共政策大学院准教授、早大韓国学研究所招聘研究員を兼任。専門は東アジア国際関係史。著書に「岸政権期の『アジア外交』」「『韓流』と『日流』」。 

コラム

初来日から32年目の「本名宣言」

2010年07月28日(水)13時45分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

 僕は、人生の半分以上を日本で過ごしてきた特殊な外国人だが、実はいまだに「正確な」本名を名乗ってこなかった。だが、今回NHK出版より拙著を公刊することを契機に、「本名」を名乗ることを決心した。初来日から32年目の本名宣言だ。

 もちろん、「本名宣言」といっても通名を名乗ってきたわけではない。名字の発音の表記を変えるというものだ。だが、この小さな違いが実は日韓関係における大きな変化を象徴しているともいえる。

 私の名前はクォン・ヨンソクである。だが、これまではコン・ヨンソクと名乗ってきた。今までの私の著作名はすべてコンになっているし、大学でもコン先生で通じている。だが、僕は今日からクォン・ヨンソクと名乗ることを宣言する。

 本名(韓国名)は「권용석」で、名字は「権」。正確な読み方は「クォン(KWON)」で、韓流スターのクォン・サンウと同じ名字。人気歌手のBoAも実はクォンさんだ。

 自分でいうのもなんだが、「権」は韓国では由緒ある名字の一つだ。世界遺産にも登録された河回村(ハフェマウル)のある安東を本貫に持ち、「安東権氏(アンドンクォンシ)」は両班の代名詞の一つにもなってきた。

 だが初来日以降は、父の決定により「ごん・よんそく」と名乗っていた。まだ日本における韓国の存在感が著しく低かった時代、日本人に発音の難しい「クォン」で呼んでいただくなんておこがましい、発音しやすい「ごん」でいい、「権藤」や「権化」という名字や言葉もあるではないか。おそらくこのような理由だったのだろう。創氏改名の歴史があるだけに、「ケン」と日本語読みにするのは屈辱的に思え、妥協の産物が「ごん」だった。

 おかげで僕は友人たちから、「ごんぎつね」、「はじめ人間ごごんごん」、「ごんじぃ」、「タンスにゴン」などと呼ばれた。

■仁川を「じんせん」と呼ぶ都知事

「ごん」はどうもイケてないということで、僕は大学3年に「コン」に「改名」した(今でも古い友人は僕を「ごん君」と呼んでいる)。それでもやはり、「クォン」の壁は高かった。「コン」なら日本にも「今」、「紺」、「昆」という名字もあるので親しみやすい。「コン」は韓国人色を希釈化し、日本社会に溶け込みやすくしてくれると判断したのだ。少し大げさにいえばそれは、日本より下位にあるという認識を内面化した(あるいはさせられた)韓国人の自主規制の産物であり、日本社会で生き抜く術でもあったのだ。

 だが、時代は進歩した。韓流スターは普通にクォンと名乗るようになったし、コン・ユや、コン・ヒョジンなど、「孔(コン)」という名字のスターも紹介されるようになった。誤解されないためにも正す必要があると思われたし、もう自分の名前を「ごん」や「コン」など、日本人に紛れるような中途半端な表記にしなくてもいい時代になったのだ。

 というわけで、これからは権容奭という漢字名も捨て、「クォン・ヨンソク」というカタカナ名で生きようと思う。それには大きく二つの理由がある。

 第一は、容奭の「奭」の字が珍しい漢字であるため、いろいろと不便が多かったことだ。よく、「容爽」に間違えられ、いつのまにか「ヨンソウ」と呼ばれていた。容姿が爽やかという意味になり、そう悪くはないので放置してきた。

 第二の点が重要なのだが、それはあえて漢字名を使わないことで、本名どおりの発音で認識されるということだ。名前というのはアイデンティティおよび他者認識と直結する極めてデリケートな問題だ。

 日本、朝鮮半島、中国(台湾)は、基本的に漢字の名前や地名をもっている。従って、「外国=他者」という意識が希薄で、つい漢字名を自国の読み方で読む傾向が強かった。それは文化的近似性や親近感を認識させるという側面もある一方、相手に対するリスペクトの念を抱きにくく、自国中心主義に陥る危険性もはらんでいる。日中韓の相互認識において、この点は実は極めて重要なのでないかと思っている。

 例えば、日本で帝国主義あるいは植民地主義的意識を捨てきれない人たちの中には、いまだにあえて、中国を「シナ」と呼んだり、金大中を「きんだいちゅう」、金正日を「きんしょうじつ」と読んだり、ソウルを「京城(けいじょう)」と呼ぶ人もいる。石原慎太郎東京都知事は公式会見でも、いまだに国際空港のある仁川(インチョン)のことを「じんせん」と呼んでいる。

■カタカナが日本の国際化を後押しする

 80年代までの韓国でも同様だった。日本から帰国した当初、学校の歴史教育で「プンシンスギル(豊臣秀吉)」、「トクチョンカガン(徳川家康)」、「イドゥンパンムン(伊藤博文)」などといわれ、ちんぷんかんぷんだった覚えがある。

 90年代以降、日韓の間では互いに本名の読み方を私用することが公式のルールになっている。だが、中国人はいまだに日本式で読まれている。中国の国家主席を「コキントウ」と覚えても世界では通用しない。

 同じ漢字圏だからといって甘えはよくない。相手に対する尊重の念を持つためにも、アイデンティティに直結する名前の呼び方については、もっと気を配る姿勢が必要なのではないだろか?

 それに、カタカナ名にこだわる理由もある。日本語のように二つの「仮名」をもっている言語は世界でも珍しい。外国人にとっては覚えるのが大変かもしれないが、これは極めてユニークで面白く、デザインの観点からもクールだ。

 カタカナは近代における西洋化、欧米化への対応の産物だったのだろうが、これからの時代は国際化、グローバル化への対応として、日本社会を変革しうる動力になるのではないかと思える。

 私の場合、「クォン・ヨンソク」という新しい名前は、「権容奭」という中華文明からの自立、「권용석」というナショナリティの相対化、「コン・ヨンソク」という対日従属からの脱却を促し、新たなアイデンティティを与えてくれるような予感がある。それは19世紀までの中華文明と、20世紀におけるナショナリズムと対日コンプレックスの歴史を超えて、21世紀にふさわしい名前であると思えてくるのだ。

 最後に、自分の本を宣伝するようでなんだか恐縮なのだが、今週から全国の書店に並んでいる拙著は、「ごん・よんそく」だった一人の少年が、「コン・ヨンソウ」になり、「クォン・ヨンソク」になれた成長の物語でもある。一人でも多くの日本の方に読んでいただきたいとの思いで読みやすさと面白さを意識して書いたつもりだ。猛暑が続いているが、涼しいカフェなどで一読いただければ幸いである。 

権 容奭

J-GLOBALへ         更新日: 19/06/29 03:59
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研究者氏名
権 容奭
所属
一橋大学
部署
法学研究科
職名
准教授
その他の所属
一橋大学

研究キーワード

 

経歴

2008年4月
 - 
現在
一橋大学 法学研究科 准教授
2009年4月
 - 
現在
一橋大学 国際・公共政策研究部 准教授

学歴

 
 - 
2003年3月
一橋大学 法学研究科 国際関係史
?クォン・ヨンソク? 1970年、韓国・ソウル生まれ。【韓国の大学は?】94年一橋大法学部卒業後、同大学院法学研究科博士課程修了。08年から同大学院法学研究科准教授。 

論文

権 容奭
一橋論叢   123(1) 170-189   2000年1月
権 容奭
一橋法学   6(1) 71-91   2007年3月
権 容奭
一橋法学   6(2) 127-156   2007年4月
権 容奭
一橋法学   6(3) 1251-1278   2007年11月
権 容奭
日韓相互認識   5 55-98   2012年2月

書籍等出版物

韓国にとってのワールド・カップー「レッド・デビルズ」と「ヒディンク」がもたらした革命
権 容奭
Mainstream   2002年4月   
『International Herald Tribune』紙の記事中に紹介され、本論文が注目すべき論稿として評価された。
同時代史学会編『日中韓ナショナリズムの同時代史』所収 (共著)
同時代史学会,権容奭 (担当:共著, 範囲:「アジア主義の逆説ー岸の「アジア外交」と「歴史の論理」)
日本経済評論社   2006年4月   
岸内閣の「アジア外交」-「アジア主義」の逆説
権 容奭
国際書院   2008年4月   

競争的資金等の研究課題

日本学術振興会: 科学研究費助成事業
研究期間: 2013年4月 - 現在