現地採用日記・ブログ 海外 インドネシア・ジャカルタ

インドネシアでの日常、感じた事を記録していきます。

カテゴリ: その他

最近は、写真共有アプリのInstagramを見るようになりました。
そんな中、気に入ったアカウントをフォローしていて気付いた事があります。

それは、プロ野球のセリーグの球団の公式アカウントがないという事です。
私は物心ついた時からの野球ファンなので、各球団をフォローしようと思いました。
ただ、パリーグの全球団にはしっかりオフィシャルアカウントがあるのですがセリーグにはありませんでした。

その日の練習風景や、試合中のワンシーンや試合後の選手の表情など、写真一枚で表現できる事はたくさんあります。それこそ、文章よりも写真一枚で伝わる事もあります。
若いファンを取り込むためには、こういった広報活動は必須な世の中です。

若者のFacebook離れが叫ばれる中、Instagramが台頭してきているので、これを使わない手はないと思います。
Facebookは中高年を対象にし、Instagramは若年世代をターゲットにするという戦略は有効だと思います。

セリーグの各球団が実施できない背景には、見えない圧力などがあるのかもしれません。
しかし、地上波中継が少ない今、いかに球場に観客を呼び込む戦略を練るのかは大切な要素です。

野球の本場のメジャーリーグ(MLB)では、各球団がアカウントを作成していて、選手のリラックスした表情を掲載しています。そういった球団努力を日本の各球団にも見せてほしいです。

また、球団単位に限らず、選手のアカウントも日本では少ないです。
日本人では、ダルビッシュ有選手のアカウントが有名です。
しかし、有名な日本人選手からの情報発信は少ないです。
国内の球団を見ても主力選手が情報を発信していることは稀なケースです。
ツイッターではアカウントを持っていてもインスタグラムでは持っていない選手も多いのです。
情報を発信するメディアが多い現代なので、インスタグラムを使う必要がない人も多いのかと思います。

野球でのプレーで魅せるのが本質ですが、ファン拡大のために色々な試みをしていって欲しいと思います。
これからは、インスタグラムで見たバッティングフォームがかっこよくてフォームをまねしました、という選手が現れてもおかしくない時代です。

言いたい事を言い忘れましたが、早くセリーグ各球団も公式アカウントを作ってほしいと思います。

フィリピン留学に出発した日から丸3年が経ちました。

フィリピン留学は初めての長期海外滞在という事もあり、出発前は色々不安だったことは覚えています。
それと同時に前職の有給消化期間があったため留学準備期間は楽しめました。

自分の英語の能力は残念すぎたので、留学をしていなければ海外就職も実現できていなかったと思います。
当時の語学学校選びは、留学エージェントの情報を調べても詳細な情報がなかなか手に入らず苦労しました。

学校の予約をしたときには円高だったので、個室利用で一ヶ月の費用が10万円を切っていました。
今では同じ学校で15万円近くになっていたかと思います。

また、出発直前にトラブルがあり、半年前から個室を押さえていたのに出発一週間前に個室が取れませんでした、、と連絡が入りました。
そのおかげではじめの2週間は2人でのルームシェアでした。
いきなりフィリピンクオリティを見せつけられました。
入学時には学校のマネジメントサイドにクレームをたくさんつけていたので、先生達の間ではミスターコンプレインというニックネームをもらったりもしました。
日本人が不満をストレートにぶつけてくるケースはあまり多くなかったようです。

今でも覚えている主なクレームは、

・個室予約が直前に変更になったこと
・洗濯物が二回連続で紛失したこと
・マンツーマンレッスンに生徒が3人アサインされていたこと
・TOEICリスニングのスピーカー音が悪いと2週間言い続けて改善されなかったこと

等など、他にもいくつか改善してほしいことを伝えていました。

それでも、朝から晩まで勉強したこともあり結果も出て海外就職が出来ました。
なんだかんだと言いながらも結果的には良かったです。

ちなみに当時のバッチメート(同期入学)と、他にも仲が良くなった友達は多いですが、今でも海外にいる人は少ないです。ほとんどが日本で就職して働いています。
留学をしたからとはいえ、海外に結びつかないケースも多いようですね。

これからフィリピン留学する人がいるなら、回りに流されずストイックに勉強するようにアドバイスしたいです。
日本からは学生が留学してくることも多く、本気で勉強しにきている人はそこまで多くありません。
また、他国からくる生徒とのコミュニケーションは楽しいですが、話すことには慣れても、自分の英語の基礎部分がしっかりしていないと同じ表現しか使えないですしレベルアップには繋がりにくいです。

なので、適度に会話も必要ですが、引きこもってひたすらインプットする時間も大事です。

そして、特に社会人の方は結果を残さなければ何をしに行ったのか分からない事になるので、結果を求めて頑張ってほしいと思います。


当時は、インドネシアで働く事は全く想像していませんでした。
人生なにがあるかわかりませんね。

毎年この季節になるとフィリピン留学や当時の記憶を思い出しそうです。


2020年の東京オリンピックで復活する競技として野球が挙げられます。
現在は、野球がオリンピック競技として消滅してしまっています。
野球は、サッカーやバスケットに比べて最低限準備する道具がボール一つがあれば出来るスポーツではないことから、普及が難しいといわれます。
そんな中、野球が活発な日本での競技復活は現実味があります。
しかし、それが継続して次のオリンピックに継承されるのかは疑問です。

サッカーのように、陸上競技場のような施設で代替できる球場ではなく、バスケットのように体育館のような施設で実施できる競技でもありません。
それなので、今後の開催国によっては、そもそも球場がない事もあり得ます。

これから、野球を普及していくという事になれば、その国々に浸透させていく必要があります。
メジャーリーグの一流選手の年棒を見ると、他のスポーツと同じかそれ以上の夢のある職業なので、チャンスはあるかと思います。

海外での野球の普及といえば、元千葉ロッテマリーンズの清水直行さんの活躍が挙げられます。

以下、以前の記事でも言及させていただきました。


今回、私が見たニュースは、2017年のWBC予選を勝ち抜くためのインタビューでした。
ニュージーランドの野球を客観的に伝えている中で、競技の普及に貢献しよう・強くして行こうという気持ちが伝わってきます。

以下のURLはインタビューに関する記事です。

http://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201602050007-spnavi
※スポーツナビ

http://www.japan-baseball.jp/jp/news/press/20160205_1.html
※侍ジャパン公式サイト

予選で当たるオーストラリアは強豪国ですが、いつか日本との公式試合で清水直行さんがニュージーランドベンチにいる姿を見てみたいと思いました。
 

1月16日(土)と1月17日(日)は、大学入試センター試験がありました。
大学入学へ向けた多くの学生が緊張を持って迎えた一日かと思います。

自分自身も約10年前の試験を受けました。
受けた試験は今でも覚えています。

私の試験当日は雪が降っていました。
そして前年にも雪が降っていて、当時としてはセンター試験の日には雪が降ることがある意味で風物詩でした。

今では当たり前になった英語のリスニング試験ですが、私の受験時はリスニング試験がありませんでした。
私の受験した一年後からの導入が決まっており、試験形式が変わる前に浪人せずに何としても受かりたい、という気持ちがあったことを今でも覚えています。

私の一番苦手な科目は英語でした。
受験勉強を始めた時には、英語が200点満点とは知りませんでした。
100点満点と勘違いし、40点を取った時にはセンター試験では勉強すれば何とかなる、と思うくらいでした。
今更思いますが、40点では25%も取れていないという絶望的な点数でした。

そんな私が今ではインドネシアで英語を使って仕事をしているのは不思議ですね。


受験生の必死な気持ちも分かりますし、回りの出来そうな人も皆、平等に緊張していて不安だという気持ちも今となっては分かります。

すでに試験も終わり、回答速報も流れているかと思います。
ここまで頑張ってきた受験生には、頑張ってきたことを発揮してほしいと思います。 

そして、これから始まる一般入試にも力を発揮してほしいと思います。

先日、誕生日を迎えました。
インドネシアで迎えるのは2回目です。
29歳になり、20代もいよいよ最後になりました。 

30歳までに何か挑戦しようと思い、海外に来て働いています。
今のところは、やりたかったことに近づいているため、描いていたイメージ通りには進んでいます。
働き始めて一年半が経つため、30歳までのこれからの一年で、形に残る成果を残したいと思います。

異国で働くことの面白さ、大変さを感じることが出来、日本の良い所も海外に飛び出してみて改めて気付く事も多いため、海外就職という決断は間違っていませんでした。


誕生日当日は、日本の友人からも多くのメッセージをもらい、インドネシアにいながら繋がりを感じることが出来ました。
また、この一年半で、目立った体調不良などもなく、改めて健康な身体に生んでくれた親に感謝したいです。

30歳を迎えるまでに、30代を生きる土台を作っていければと思います。

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