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2006年02月

「大澤壽人とその時代」

3月12日(日)兵庫県立芸術文化センター(西宮市)での、
「大澤壽人とその時代」というコンサートの関連した、
スペシャルコンサート出演のため、
藤井由美さん(ピアノ)と、
マイ・ハート弦楽四重奏団が神戸に集結し、
大澤壽人作品の音を重ね、練習しました。
(私たちの出番は3月10日)



【大澤壽人(作曲家)】


1907年 神戸に生まれる。
1930年 関西学院大学卒業後にアメリカ留学。
     ボストン大学やニューイングランド音楽院で、
     作曲やピアノを学び、
     ボストン響により自作の指揮等も行う。
1934年 ロンドンを経てパリに渡り、
     作曲をデュカスやブーランジェらに師事。
     帰国するまでに発表された作曲は、
     イベールやオネゲルをはじめ、
     新聞や雑誌でも称賛されたが、
     日本ではほとんど演奏される機会を得られなかった。
     その後、作品は長く忘れられていたが、
2004年 ナクソスより発売された彼の作品を収めたCDが、
     平成16年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞を、
     受賞するなど話題になり、再評価の機運が高まってきている。




「大澤壽人とその時代」


2006年3月12日(日) 「大澤壽人とその時代」
指揮 :佐渡裕(兵庫県立芸術文化センター芸術監督)
ピアノ:迫昭嘉
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団


その前に関連企画として、
2日にわたる、
「小ホールスペシャルコンサート」と展覧会が開催されます。


 
2006年3月10日(金) 「大澤壽人と室内楽」

曲目:ピアノ三重奏曲、ピアノ五重奏曲

出演:藤井由美(Pf)
   辻井 淳(Vn)
   釋 伸司(Vn)
   沖田孝司(Va)
   雨田一孝(Vc)
   

2006年3月11日(土) 「大澤壽人、歌とピアノ」

出演:斉藤言子(ソプラノ)
   荒田祐子(メゾソプラノ)
   山畑 誠(Pf)


* 各日2公演 13:30/16:00(1時間)



「大澤壽人とその世界」展

日 程:2月上旬〜3月上旬 

会 場:ポッケ(芸術文化センター 共通ロビー内)



日本にもいろいろな方がいらっしゃいました。


そのおひとりが「大澤壽人」さんです。



「大澤壽人」さん、よろしくお願いします。

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思えば遠くへ来たもんだ

広島市は中区のど真ん中にそびえる広島市立国泰寺中学校
歴史と由緒のある中学校です。


グランドからあたりを見回すと、
マンションが壁の如く目に飛び込んできます。
きっと都会ならではの光景でしょう。


そのPTA活動のひとつとして、
広島市竹屋公民館との共催で、
「ふれ愛コンサート」に出演しました。


会場の音楽室は階段教室。
しかも木の床で、なかなか響きでした。


参加の皆さんは、
かつてそうであったように、椅子の前には机の光景。
なんだか青春時代にトリップしたかのように見えました。



国泰寺中学を後にした私は、
首の痛みもあり、いきつけの瀬川整骨院(西区横川)へ。
かなりの首・肩の症状です。


そりゃそうですよね。
あんな不自然な格好をしてヴィオラを弾くんですもの。


「日頃からもっと身体のケアを!!!」としみじみ思いました。



そして、
月に1回の気の置けない仲間の勉強会へ。
もちろん食事つきで、
「はらぺこ太郎」の私は、
「おいしい」に輪をかけて、さらに「おいしく」いただきました。


「ひろしまフラワーフェスティバル」の歴史と中身を勉強。
今年で30年・30回目だそうです。


そういえば私も、
三次高校卒業後、30年となります。



「思えば遠くへ来たもんだ!!!」

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「アート・ルネッサンス2006」最終日と「へさか春風コンサート」

昨日の余韻が残る中、
午前中は、
2月18日(土)から、
広島まちづくり交流プラザ「ギャラリー」で開催されている
「アート・ルネッサンス2006」の会場へ。
障害者の皆さんの力作の展示もも今日が最終日です。


その締めくくりのひとつとして、
私と家内による「ミニコンサート」


また、来年の再会を誓い合いました。



午後は、
広島市戸坂公民館(広島市東区)での「へさか春風コンサート」


地域の方々や、
公民館で活動されているグループの方々がたくさん来場され、
皆さんの「熱」「春風」が吹いたように思います。



そして、その後の私は、
社団法人広島青年会議所の知人とともに、
昨日のコンサートの主役=原田真二氏を囲み、
おいしい中華料理に舌鼓を打ちつつ、
楽しく、
「ガッハッハ」な時間を過ごしたのでした。

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2006年2月25日、48回目の誕生日

午前中は、今週3回目の三次詣でです。
知りあいの方が叙勲され、その祝賀パーティーでの演奏。


その知り合いは教員で、最後は校長として奉職され、
その後、現在まで地域の役員として活躍されています。


彼は今も若々しく、
なんと「クラシック」が大好きなのです。


「はなむけ」になっていれば幸いです。



午後は、広島は、
安田女子大附属幼稚園、広島市立本川小学校、
広島市立大手町中学校(現在は合併のため存在せず)、
そして、広島市立舟入高校出身の、
シンガーソングライターであり、
ギタリストであり、
ピアニストでもある「原田真二」氏の、
「スペシャル・アコースティック・コンサート」にゲスト出演のため、
アステールプラザ(広島市中区)に向かいました。



a9a8f4f5.jpg原田真二氏とのリハーサル












真二氏もコンサートの中で言ってましたが、
「声と楽器のみで、
 何の演出もない1本勝負ができる幸せ!」。


まさに、そんなコンサートでした。


2曲、一緒に演奏させていただきましたが、
その間に、
「Happy Birthday」の合唱と花束。
そして、真二氏との熱い抱擁!!!!!


こんなにたくさんの方々から祝福を受けたのは初めてです。
(そうそう昨年は、
 旧戸河内町(現安芸太田町)でのJAレディース総会と、
 熊野町でのコンサートに出演していました。)


shinjihana原田真二氏からの花束








素晴らしい感性と音楽、
素敵なミュージシャンの原田真二氏と誕生日に共演とは、
本当に神様も粋なプレゼントをくださいました。



10fbcb57.jpg「はい、ポーズ!!!!!」









昨年は交通事故もありましたが、
ここまでなんとか、元気です。


家族に、
すべての方々に感謝します。


「ありがとうございます。」

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春の陽気に誘われて

「春の陽気」でした。


「春の陽気に誘われて」という気分でしたが、
「誘われる」前に、
するべきことがあり、
その最中に、
広島平和記念公園あたりを歩いていて、
「なんかそんな気分にさせられた。」というのが真相です。


「天候」「小鳥のさえずり」「桜の香り」「カープの勝利」等々、
「誘われたい」ものはたくさんあるのですが、
(「天使の誘惑」というのもありますね?!それから食欲も!)
純粋に、
素直に、
自然のままに「誘われて」、
何かをするということは最近少ないようです。


イサムノグチ氏がデザインした橋の上を歩いているとき、
川面の小波(さざなみ)、
頬をなでる風、
なかなか小気味の良いものでした。


着ていたジャンパーコートを小脇に抱え、
「春近し」を実感した今日でした。


実は、今日が47歳最後の日。


さて、どんな明日が待ち受けていますやら!!!

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世羅町立中央小学校と庄原市西城町

今日は、約200キロに及ぶ遠征です。


車は一路、山陽自動車道を東へ走り、
三原・久井インターを抜け、
北へ進路をとり、
世羅町立中央小学校(旧甲山町立中央小学校)を目指しました。


児童数は55名。
ハキハキとしっかりとした挨拶でのお出迎えです。


トーク&コンサートの最後には、楽器演奏体験です。
みんな、
ヴァイオリンかヴィオラのどちらかを一緒に弾きました。

f61c856b.jpg「これがヴィオラだよ〜〜〜ん!」












みんなの、
力いっぱい手を振りながらの見送りを受けつつ、
車は一路、国道184号線をくだり、
我が実家のある三次市三良坂町を経由し、
庄原市西城町を目指しました。


西城といえば、
昨年公開された「ヒナゴン」という映画があり、
その撮影場面でも使用された「ウィル」というホールでの、
「人権講演会」でした。


空気がピリッとし、
星がキラリと輝くなか、
「私の貯金箱」というテーマでのトーク&コンサート。


皆さんの「貯金箱」は少しばかりあったかく、
少しだけでも利子がついていれば幸いです。



なお、この利子には所得税はかかりません。

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2月22日(トリプル2)

2という数字が3つ並んだ2月22日。
「いいことあるかな?あったかな?」


昨年の両手首櫈骨骨折の経過確認と、
その両手に入っている、
チタンプレートを摘出する「抜てい手術」の予定相談、
そして、両手首のリハビリのため、
JR広島鉄道病院を訪ねました。


病院の何気ない風景を目のあたりし、
懐かしい、遠い昔のような気がしました。


「忘却とは忘れ去ることなり!」


まさにその境地です。


実際、
時間が過ぎ去るのを早く感じますし、
過ぎ去った思い出がどんどん遠のいていきます。


あの「喜び」も「楽しみ」も、
あの「痛み」も「悲しみ」も、
思い出せば半減しているような気がします。


もちろん、人生を、時間を重ねた分、
「思い出」が増えていますので、
全体の中で、
そのひとつに対する割合が低くなっていることは、
否めない事実とは思いますが、
そのときの「思い」は、
しっかり留め置きたいと思っています。


近々に詳細を発表しますが、
5〜6月には、
「マイ・ハート弦楽四重奏団 10th.Anniversary」
というコンサートを開催します。


全5回(三次・東京・京都・西宮・広島)に及ぶ、
コンサートツアーです。


そのフィナーレが、
6月28日(水)19:00〜
広島国際会議場フェニックスホールにてのコンサート。


その後、
いよいよ、「抜てい手術」をすることにしました。


それまでは、
両手首とも、チタンプレートとも、
仲良く、仲睦まじく過ごせるよう希(ねが)っています。


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「はつかいち」の余韻

先日の「はちかいち」からまたメールを頂きました。
私にとっても記憶に残る1日で、
まだまだ、甘〜〜〜い「余韻」が残っています。



こんにちは 阿品台東小学校PTAの一員です。
18日の「はつかいち教育講演会」では、
たいへんお世話になりありがとうございました。
 
午前中にも演奏して来られることを当日まで知らず、
ほんとにお忙しいところ来ていただいたんだ〜と、恐縮しています。

ココロに沁みる音色とお話、
特に野球少年たちとのふれあいのところでは、
私のこども達とだぶり、
会場に来られていた方も同じだとおもいますが、
思わず涙がこぼれてしまいました。

日々の忙しさを言い訳にして、
忘れていることがたくさんあるなぁ〜と反省するやら、
でも沖田さんの気持ちのある言葉と音色は、
「明日からももっともっとがんばろう!」
って気にしてくださった時間でした。

この感激と感謝の思いをお伝えしたく、
メールでお礼なんて失礼かな?とも思いながら書き込んでいます。
講演会に足を運んでくださった方々が、
お帰りの際「よかったぁーまた聞きたい!」と、
とても感動されていたことを感じるにつけ、
担当してよかった!と仲間で話しております。

なにより沖田さんご夫妻のおかげで実現できたことに、
STAFF一同心から感謝しています。

今日は少し暖かいですが、
急に寒くなったり、体調をくずしやすい時期です。
どうぞお体に気をつけられますますご活躍されますように。
この度は、ほんとうにありがとうございました。



というメールでした。



私も昨年までPTA役員をやってました。
子供を通して、
はたまた、
同世代(もしかしたら遠いかもしれませんが)という観点からも、
参加者の方々と、
共有する、共有できる部分が多々あったからかもしれませんね!
この「はつかいち」の1日は。


なんとしてでも、
是非とも、

あのはつかいち文化ホール「さくらぴあ」で、
今年中に、
マイ・ハート弦楽四重奏団のコンサートをしようと、
固く決意する沖田でした。

沖田孝司my_heart4444  at 23:23コメント(0)トラックバック(0) この記事をクリップ! 

Happy Birthday

今日、2月20日は長男の誕生日です。


彼は、
1987年、
ドイツ連邦共和国、
ノルトライン=ウエストファーレン州、
デトモルト市レントゲン通り1番地、
「クライス・クランケンハウス」(公立病院)にて、
産声をあげました。
(レントゲンを発明したレントゲン氏はドイツ人で、
 多分、病院の場所なので、
 彼の名を取った「レントゲン通り」であり、
 その通り唯一の建物なので1番地。)


思い起こせば、
だんだんとあのうろたえようと喜びが甦ってきます。


彼は来年、成人しますが、
いつの間にやらの「この年月」です。


きっと今後、
一緒に誕生日を祝うということも難しくなるでしょう。


それと、25日(土曜日)には、
私の48回目の誕生日がやってきますが、
今晩の「すき焼き」は、
それも兼ねていると優しい奥様がおっしゃいます。


「ああ、ごもっともごもっとも!!!」


返す言葉もありません。


その25日(土曜日)は、
18時半より、
アステールプラザ大ホール(広島市中区)にて、
広島出身の
「原田真二アコースティックライブ」にゲスト出演します。


お時間許せば是非!!!


彼とは、たかだか1学年の違いですが、
その違いの大きさに「哀愁」さえ漂います。


「行く年、来る年」


「取る年、寄る年波」


「ああ、この世の儚(はかな)さよ!!!」

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廿日市

久しぶりにゆったりとした日曜日です。
昨日のブログの最後=意味深な終わり方の続きです。


廿日市市PTA連合会、
廿日市市市民会議主催「教育講演会」での話です。


(昨日のブログ最終部分)
廿日市、あるいは、
今日、参加してくださった方々との空気が、
きっと、そうさせたのだと思いますが、 
アンコールを演奏していて、涙が止まりませんでした。


考えてみれば、
廿日市にもたくさんの「縁」があります。


廿日市市中央公民館・串戸公民館に行きました。
毎年、阿品台公民館での、
NPO「TOM」(重症児)の活動にも参加しています。
廿日市西高等学校創立20周年記念行事にも参加しました。
くすのき幼稚園、宮園小学校にも行きました。
「阿品台音楽祭」というのもありました。
四季が丘のユニークな「ぽぽろの森」コンサートにも。


大野町でもコンサートしました。


佐伯町では成人式に数回行きました。
津田幼稚園、玖島小学校、佐伯中学校にも行きました。
3月には浅原保育園、6月には津田小学校に行きます。


昨年の宮島町独自の最後の成人式講師は私でした。
大聖院の「万燈会」でも演奏しました。
一度、厳島神社高舞台でもヴィオラを奏でています。


本当に、いろんな色とりどりの「糸」が絡まっています。



昨日、アンコールの拍手と声を頂いた後、
少しばかり、お話させていただきました。


そういえば約10年前、
廿日市市スポーツセンター(サンチェリー)開館の折には、
祝賀演奏の中で、
阿部芳弘作詞、伊藤アキラ補作詞、森田公一作曲による、
廿日市市イメージソング「緑が空を包む日」を演奏しました。


そして、廿日市といえば、話が少し飛躍しますが、
昨年、広島県立安古市高等学校創立30周年記念式典で、
我が「マイ・ハート室内オーケストラ」が演奏しました。
それを取り持ってくださったのが、
昨年度で退任された松木校長先生。
その松木校長先生の前任校は「廿日市高校」。


一昨年になりますが、
先生からの「一度、学校に足を運んでください。」との話から、
実行委員会の会議を経て、
「君たちの音楽にはメッセージがあるから、
 是非とも参加してください。」と私たちの演奏が決定。


その際、演奏するのはもちろんだけれども、
ただ、演奏だけでなく、
生徒たちとの「関わり」をなんとか創りましょうとの注文。


そこで、オープニングで、
私の作った「伝えよう笑顔と心」を、
オーケストラと1年生音楽選択者約150人で歌おう、
そして、フィナーレで、
オーケストラと吹奏楽部で「ラデツキー・マーチ」の演奏、
それから、
オーケストラ、吹奏楽部、全生徒たちによる、
「伝えよう笑顔と心」での締めくくろうということになりました。
(そのため私は、音楽の授業をしました。
 吹奏楽部の練習指揮もしました。)


その際の学校サイド担当者が竹内先生と天野先生のお二人。
竹内先生は松木先生と同様「廿日市高校」からの転任であり、
昨年までの「廿日市高校」教頭が、
私の気の置けない三次高校の先輩であり、
会話の中に「廿日市高校」のことが出ていました。


一番、楽しみにされていた松木校長先生が昨年退任され、
壱岐校長先生が赴任され、
素晴らしい記念行事が挙行されました。


残念ながら、会場には松木先生の姿はありません。


松木先生は、6月に開催された「学園祭」に来校され、
「創立記念式典で会いましょう。」と、
生徒たちに拍手で見送られたそうです。


が、その後、夏の終わりに他界されました。


私が最初にお会いしたとき、
先生はコートを羽織っていらっしゃいました。
後から聞きましたが病気をお持ちだったそうです。


先生の
「沖田を知っとるか。彼と話がしたいんじゃ。」から始まり、
いろんなパワーが結集し、
忘れえぬ「創立記念」となりました。


フィナーレのフィナーレ=「伝えよう笑顔と心」は、
客席の全員がすぐさま立ち上がり、
全員参加の手話もついた大合唱となりました。


竹内・天野両先生曰く、
みんな立ち上がって歌うと思っていたそうです。

 
一人の生徒が近くにいた先生に尋ねました。
「立って歌ってもいいですか?」と。
もちろん、聞くまでもないそうですが「OK!」。
すると瞬く間に全員が起立し、大合唱となりました。


そこには、
何物にも代え難い、
素晴らしい光景と歌声がありました。 
そして、何故だか、
松木先生を思い出したのを覚えています。


先生方は、
「立ちましょう!」とか、
「歌いましょう!」とか、一切、言われないそうです。
むしろ、言ってくるのを待っているそうです。


そこには強い絆=信頼関係があります。


そして、松木先生の・・・。




昨日のアンコールの拍手と声を聞き、
何故だか、松木先生を思い出し、
「廿日市高校」のことも含め上記の話をし、
アンコール曲「見上げてごらん夜の星を」を、
心を込めて演奏しました。


きっと松木先生が私に、
忘れている「何か」、
足りない「何か」を気付かせてくださったのだと思います。


「ありがとう」と方をたたいてくださったのかも・・・。



「2006年 2月18日(土)廿日市市」
私の嬉しい思い出の1ページとなりました。


沖田孝司my_heart4444  at 23:53コメント(0)トラックバック(0) この記事をクリップ!