神崎川と味府宮

寝屋川市の淀川対岸は摂津市で
味府と呼ばれる地域があり、味府神社があります


味府は難波宮ができるまで大化改新を行った孝徳天皇の仮宮が置かれた場所です。
味府宮のあったといわれる場所に、味府神社が建てられました。


味府神社の鳥居


785年、奈良時代末期に和気清麻呂の手で、
長岡京遷都に伴って京都と西国を直接結ぶ目的で
神崎川と淀川を繋ぐ工事が行われました。

桓武天皇が淀川と神崎川を結ぶために「鯵生野(あじふの)」を開削と
古記に記されています。

その淀川との接続点に魔の水門とも呼ばれる一津屋水門があります。
一津屋水門

一津屋水門からの流路はいたって穏やかで
オオバンが上陸して河川敷の草を捕食していました。

多くの水路が神崎川に流れ込み
土手はキランソウを始めとする初夏の色で染まっていました。

オオバン


キランソウ

淀川右岸摂津市

今日は門真市からモノレールで
淀川右岸の味生神社まで散策してきました。


淀川とは関係ありませんが、
途中ムクドリのケタタマシイほどの鳴き声が聞こえました。

椋鳥

傍の電柱を見上げると威嚇の鳴き声を発するチョウゲンボウがいました。
ムクドリたちはチョウゲンボウをからっかっているようにも見えました。

民家が込み入っている場所なので難なく逃れました。
というよりは後で考えるとチョウゲンボウは威嚇して
ムクドリがパニックになったところを捕らえるつもりだったのでしょう。

ムクドリもそれを知っていて
別行動をしないように皆で注意しあっていたのかも知れません。

だってチョウゲンボウが狩りで威嚇音を発して
居場所を教えるのはなんとも不可解です。

チョウゲンボウ

淀川河川敷沿いにある味生神社で参拝し、
土手沿いに寝屋川市まで歩きましたが、
今日は花粉やら黄砂やらで視界はとても悪かったです。

途中ベニマシコの小さな群れに遭遇できました。


味生神社

ベニマシコ♂

バニマシコ♀

じょうびたき

寝屋川河口を散策

今日は天気が良かったので清滝街道散策の帰りに
京街道の起点・京橋へ寄って寝屋川河口の歴史の勉強をしてきました。。

右が京橋、左が大坂橋で、跨ぐ川は寝屋川です。

京橋大坂橋

寝屋川の左岸にはアジア最大の軍事工場だった
砲兵工廠の化学分析場があります。

終戦前日の8月14日に大爆撃があり
砲兵工廠は焼滅しましたがこの建物だけ残ったそうです。

砲兵工廠

寝屋川と第二寝屋川の合流点にOBPがあります。

OBPあたりも砲兵工廠の工場で、
大阪城ホールの場所が本部だったそうです。

京橋駅に避難していた一般人にも
爆弾が落ち何百人もの方が亡くなったそうです。

寝屋川とOBP

橋の下には、なにやらオオバンが沢山集まっていました。
最近は何故か寝屋川水系にはオオバンがとても増えているのです。

折角寛いでいたのに近くを船が通過して波をくらい大変でした。

オオバン1

オオバン2

オオバン3

野崎参り

今日は春のような日でしたが、
生駒山の中腹にある野崎詣りに行ってきました。
境内は早朝から飯盛山の登山客で満杯でした。

野崎観音本堂

本堂の天井には安産のお礼参りの張り子の犬がビッシリと吊されていました。
本物の猫がその下に沢山いたのでてっきり、
猫の張り子と思っていましたが犬だそうです。


張り子の犬

野崎観音の御利益があって、
ソウシチョウを間近で見ることができました。

ソウシチョウ1

ソウシチョウ

境内には展望台もあって花粉も黄砂も無く眺望が抜群でした。
境内が登山コースの始まりで、
次回は家内と飯盛山の登山をする予定です。

満足の日でした。

梅田

日向ぼっこ

先週はあまりの寒さに体調を崩してしまい
今週末は自宅で休養となりました。
それにしても黄砂も無く春のような日で小鳥たちと一緒に日向ぼっこです。

アメリカフウの実が食べ頃のようで
カワラヒワなどが盛んに摂餌していました。

カワラヒワ

じょうびたき

ツグミ

薫蓋樟

先週末は40年以上も勤務している会社のある門真市を東から西へ歩いてみました。

一体は河内湖の名残の湿地帯だったため、
大阪首位を競う楠木の巨樹が点在しています。

大島神社の薫蓋樟と呼ばれる国の天然記念物の巨木です。
神社を包み込むモンスターです。

薫蓋樟の全景

樹齢は1000年以上、幹回り13m、樹高25mに及びます。
しばし呆然と見とれてしまいました。

薫蓋樟の歌碑

写真はクスノキではなく、
クロガネモチを啄むツグミです。

ツグミ

再び能褒野へ

再び日本武尊の終焉の地
伊勢国能褒野(ほのぼ)へ行ってきました。

鈴鹿川支流の安楽川から見える鈴鹿山脈は
風が吹き込み寒いけどとても綺麗でした。

右に見えるのは日本武尊の墓と
宮内庁が決めた能褒野王塚古墳です。

能褒野橋から安楽川(右に能褒野王塚古墳)

もず1

モズ2

近江高島・乙女ヶ池を南下

今日は天気が良さそうなので早朝から近江高島の
乙女ヶ池当りを南下して見ました。

乙女ヶ池などの琵琶湖の内湖は静かなため
野鳥や魚も多いようでした。

乙女ヶ池

久しぶりにカンムリカイツブリを間近で見ました。

カンムリカイツブり1

カンムリカイツブり2

更に南下すると静かな西近江路に突然
鵜川四十八体石仏群があらわれます。
15世紀頃に造られたようです。
鵜川四十八体石仏群

更にその先には白鬚神社の大鳥居が待っていました。
全国にある白鬚神社の総本社で猿田彦神を祀ります。


白鬚神社大鳥居

最後は3連休初日に見た琵琶湖に架かる虹の橋です。
琵琶湖の虹

継体天皇の出生地を巡って

今日は早朝から継体天皇の出生地を巡っての散策となりました。
途中、東は琵琶湖の日出、西は雪をまとった比良山
いきなり感動的な風景が始まります。

湖西線1

湖西線2

継体天皇が産まれた高島市の三尾神社でお参りしました。

継体天皇の父は彦主人王
母は振媛といって共に近江高島に縁があります。

庭園から境内

水尾神社の庭園で会えた野鳥は朝日を浴びたエナガでした。

エナガ

日本武尊の墓を尋ねて

今日は日本武尊の墓を尋ねて
加佐登駅から加佐登神社あたりを散策してきました。

加佐登(かさど)なんて言っても誰も知りませんよね・・・

関西本線の亀山駅の2駅東にありました。

加佐登駅

日本武尊は東征帰路に伊吹山で痛手を負い、
伊勢国能褒野で命絶え白鳥に化したとされます。

加佐登神社には白鳥古墳もあり、
その能褒野(のぼの)だと太古から伝承されている場所です。

加佐登神社拝殿

白鳥古墳は円墳で前方後円墳ではないために
明治時代に宮内庁指定古墳とはされなかったために
とても明るい雰囲気で墓域周辺では楽しく遊べます。

でも近年古墳でも初期に多い帆立式古墳だったことがわかり
日本武尊の墓の本命だと思えます。

白鳥陵


加佐登神社の白鳥古墳はとてつもなく
大きな自然公園になっていて野鳥も沢山いました。

じょうびたき

かわせみ

ヤマガラ

キセキレイ

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