日岡神社の参道⑱御坂神社(三木市・志染町・御坂)に関する記事です。

御坂神社は神戸電鉄粟生線(あお)の志染駅(しじみ)の東6km
美嚢川支流(みのう)の志染川右岸100mにあります。

志染マイマップ

志染マイマップ

御坂神社の鳥居
御坂神社の鳥居

御坂神社は播磨国・美嚢郡鎮座(みなぎ)とされる式内小社で、志染の氏神です。
三木市内に8ヵ所ある「みさか」神社(三坂神社、美坂神社、御酒神社・・・)の一社です。

播磨国風土記には「志染の里三坂にます神八戸掛須御諸神は、
大物主、葦原志男命の国堅めたまひし以後に天より三坂峯に下り給ひき」と記されています。

祭神:八戸桂掛須御諸神(やとかけすみもろ)
配祀:大物主神、葦原志男

3神の祭神はいずれも大国主神の別名です。
八戸桂掛須御諸神は四方八方を堅固にかためた御室に鎮まります神で、
葦原志男神は沢山の異母兄弟から迫害を受けながらも葦原(日本)の太守となった神です。

御坂神社の拝殿
御坂神社の拝殿

履中天皇が国の境を定められたとき、
志染の里の許曽社(御坂神社)にご参拝になったことが播磨風土記に記されています。

その時に履中天皇が「水流(みながれ)が大変美しい」と
と言ったことから美嚢郡(みなぎ)との地名になりました。

美嚢川(三木駅前・福有橋)
加古川支流の美嚢川(三木駅前・福有橋)

更に履中天皇が、井戸のそばで食事をされた時に、
シジミ貝が弁当の箱のふちに遊び上がりました。

そのとき、天皇が阿波の国の和那散(わなさ)で食べた貝と述懐したため
志染の里(しじみ)となったそうです。

御坂神社の本殿
御坂神社の本殿

志染川の800m下流には履中天皇の孫にあたる顕宗天皇と仁賢天皇が
幼い頃、皇位継承争いを避け隠れ住んだ志染の石室があります。
志染は履中天皇にとって特別の場所だったのかも知れません。

陰陽石(男性)
陽石(子授け)

陰陽石(女性)
陰石(安産)