宇奈太理坐高御魂神社の参道⑤平城天皇陵( 奈良市・佐紀町) に関する記事です。

平城天皇陵は近鉄大和西大寺駅の東1.2km、
佐紀古墳群に属する古墳で、市庭古墳と呼ばれます。

水上池マイマップ

水上池マイマップ

この平城天皇は、あの平安遷都を行った第50代の桓武天皇の長男、
嵯峨天皇の兄にあたります。

平城天皇家系図

復元された平城京の2次大極殿の基壇のすぐ後ろに見える古墳が平城天皇陵で
正に平城の名前に相応しい場所に祀られています。

大極殿跡
平城京2次大極殿基壇と平城天皇陵

平城天皇は弟の嵯峨天皇に皇位を譲り隠居しますが、
義母の藤原薬子にそそのかされて、
上皇となって、都も平安京から平城京に戻そうとします。

しかし平城上皇側は、嵯峨天皇が送った田村麻呂の率いる精兵によって鎮圧され、
薬子は毒を飲んで自害し、上皇は髪を剃って仏門に入り薬子の乱は収まります。

壬申の乱以来の皇室大戦争になる寸前で、危機は回避されたことになります。 

平城天皇陵
平城天皇陵拝所1

平城天皇陵は楊梅陵(やまもも)と呼ばれ一等地に葬られたように見えますが、
実は平城天皇は、古代に築造された天皇とは無縁の他人の古墳に葬られました。

市庭古墳(平城天皇陵)は前方後円墳ですが、
平城京建設のために前方部は潰され、
残った後円部に平城天皇を埋葬したというのです。

平城天皇は反乱を起こしたのに島流しにもされずに、
陵まであてがわれたのだから 、良かった方でしょう。

平城天皇陵2
平城天皇陵拝所2

<市庭古墳>
形状       :前方後円墳
サイズ    :全長253m,後円部径147m
築造時期:古墳時代中期前半(5世紀前半)
出土品   :円筒埴輪、動物埴輪などが出土している。
特記      :後円部の中心部分は平城天皇陵に指定

平城天皇陵(水上池より)
水上池より望む平城天皇陵