久志玉比古神社の参道④登弥神社(奈良市・石木町)に関する記事です。

登弥神社(とみ)は近鉄橿原線の九条駅の西1.7km、
富雄川左岸に隣接した樹木の繁茂した小高い丘に鎭座します。

石木町マイマップ

石木町マイマップ

航空写真文字
登弥神社航空写真

登弥神社の北、富雄川上流には、登弥,富雄、鳥見、登美など
かつての鳥見郷に因む地名が多くあります。
鳥見郷の名は、鳥獣に遺体を食べさせる鳥葬に由来し、
黄泉へ通じる場所との意味があったともされます。

登弥橋と社叢
富雄川に架かる登弥橋と登弥神社の社叢

物部氏の祖の饒速日命は、鳥見の白庭山へ遷られた記とされ、
饒速日命を祀る登弥神社であたりがその中心部で、
饒速日の婿入り先の長髄彦の本拠地に重なります。
 
登弥神社の社叢
登弥神社の社叢

登弥神社は大和国・添下郡鎮座の式内小社とされます。
本殿に相殿でそれぞれ以下の祭神を祀っています。

右殿:高皇産霊神、誉田別命
左殿:神皇産霊神、登美饒速日命、天児屋根命

鎮座地から木嶋大明神と通称されています。

登弥神社の鳥居
登弥神社の鳥居

後饒速日命の子孫である登美連が、
先祖である饒速日命御夫妻と天神地祇を祀ったのが創建と伝えられています。

富雄川の上流には饒速日命の墳墓とされる真弓塚や
妻の三炊屋媛の夫婦塚などもあります。

登弥神社の拝殿
登弥神社の拝殿

神武軍と長髄彦軍との最終決戦では、
神武の弓先に止まった金色の鵄が放った光で長髄彦軍は目が眩み敗北します。
それによりこの地は鵄邑と呼ばれこれが訛って鳥見となったとの説もあります。 

登弥神社の拝殿内部
登弥神社の拝殿内部

登弥神社
登弥神社の拝殿本殿

登弥神社から富雄川1.3km上流、富雄川右岸に富雄丸山古墳があります。
直径86110mの近畿日本最大級の円墳で、古墳群に属さない単独古墳です。
三角縁神獣鏡4面をはじめ豪華な副葬品が出土したことで知られます。

注)2017年11月日本最大の径110mの円墳と奈良市が発表

<富雄丸山古墳>
形状  :3段円墳
サイズ :直径86110m、高さ10m
築造時期:4世紀後半
出土品 :三角縁神獣鏡4面、鉄製品、筒形銅器
埋葬施設 :粘土槨

富雄丸山古墳
富雄丸山古墳

富雄丸山古墳・三角縁神獣鏡
三角縁神獣鏡(天理参考館)


富雄丸山古墳・墳丘復元図
奈良市墳丘復元図

<大型円墳順位>
円墳規模順位