服部天神宮の参道①服部住吉神社(豊中市・服部南町)に関する記事です。

豊中マイマップ
服部住吉神社は阪急宝塚線の服部天神駅の東400m、
服部天神駅から服部元町商店街を東進した先にあります。

服部住吉神社の北入口
鎮座地の服部は秦氏が允恭天皇の時に織部司に任じられ、
服部連の本拠とした場所です。
大阪の住吉大社の別宮として造立され、奈良時代から平安時代初期には、
神崎川と猪名川に挟まれた当地で住吉大社の社務を代行していました。
祭神:底筒男、中筒男、表筒男、息長足姫
神崎川で行なわれた八十島祭にも携わったことと思います。

服部住吉神社の神門
平安時代の仁平2年(1152)に本殿・鳥居等を再建した記録があり
それ以前の創建だったことが判ります。
安土桃山時代の天正6年(1578)、織田信長の荒木村重討伐時に焼失し、
江戸時代初期の元和8年(1622)に再建されました。

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服部住吉神社は阪急宝塚線の服部天神駅の東400m、
服部天神駅から服部元町商店街を東進した先にあります。

服部住吉神社の北入口
鎮座地の服部は秦氏が允恭天皇の時に織部司に任じられ、
服部連の本拠とした場所です。
大阪の住吉大社の別宮として造立され、奈良時代から平安時代初期には、
神崎川と猪名川に挟まれた当地で住吉大社の社務を代行していました。
祭神:底筒男、中筒男、表筒男、息長足姫
神崎川で行なわれた八十島祭にも携わったことと思います。

服部住吉神社の神門
平安時代の仁平2年(1152)に本殿・鳥居等を再建した記録があり
それ以前の創建だったことが判ります。
安土桃山時代の天正6年(1578)、織田信長の荒木村重討伐時に焼失し、
江戸時代初期の元和8年(1622)に再建されました。


