エナガ先生の講義メモ

野鳥撮影がきっかけで鳥から教えてもらったこと、興味をもって調べたことをメモしていきます。 

@岸城神社

岸城神社(岸和田市・ 岸城町)

岸城神社(岸和田市・ 岸城町)に関する記事です。

岸城神社(きしき)は岸和田城内にある神社で、
南海電車の「蛸地蔵駅」から徒歩10分 ほどの場所にあります。

岸和田城文字

それにしても「蛸地蔵」とは変わった駅名で、以前から途中下車して見たい場所の一つでした。

南欧風の洒落た西洋館の駅で、ステンドグラスがあり
この地域に由来する絵が描かれています。

蛸地蔵駅
ステンドグラスのある蛸地蔵駅

そのステンドグラスの絵の中に沢山の蛸と侍が戦っている奇妙な絵があります。

戦国時代に、紀州の根来衆と雑賀衆が岸和田城を攻めてきて敗色濃厚となった時、
無数の蛸とともに大蛸に乗った法師が現れ、敵を打ち破り、城はことなきを得たそうです。

その法師が蛸地蔵で「蛸地蔵駅」の名前の由来です。

蛸地蔵
ステンドグラスに描かれた蛸

南北朝時代、京都の八坂神社の素盞嗚尊を勧請し、
牛頭天王社と呼んで岸和田村の鎮守にしたのが岸城神社の始まりです。

その後に、秀吉の叔父に当たる小出秀政が、岸和田城を築城した際、
八幡大神を合祀して、岸和田城の鎮守としました。

祭神:素盞嗚尊、品陀別命    

岸城神社の神紋の「木瓜と橘」は、
木瓜が牛頭天王社に、橘が八幡社に由来するものです。

岸城神社の鳥居
岸城神社の鳥居

岸和田城が千亀利城(ちぎり)と言われたことから、
その鎮守神だった岸城神社も「ちぎりの宮」と呼ばれました。
「ちぎり」が契りともされ、恋愛成就の神様として信仰されるようになったそうです。

代々の城主・住民に崇拝され、
明治維新になって社名を岸城神社と改めました。

岸城神社の拝殿
岸城神社の拝殿

岸城神社の本殿
岸城神社の本殿

神社の外ではハッピを着た人たちが大勢行きかっており、
こんな可愛いだんじりの宣伝車に乗った叔父さんにも会いました。

来週が岸城神社の例祭である岸和田だんじリ祭の日で、
試験曳もあり、既に町中が盛り上がっていました。

地車試験曳
だんじりの宣伝車

だんじりでは、各町から曳き出された15台の地車が
岸城神社で神様とご対面する「宮入」があります。

岸城神社の宮入りでは,岸和田市役所前を豪快に駆け上がる
「やりまわし」が行われ、祭のハイライトとなっています。

ダンジリのポスター
だんじりポスター

300年の歴史と伝統を誇る「岸和田だんじり祭」は、
元禄16年(1703年)、岸和田藩主・岡部長泰が、京都伏見稲荷を城内三の丸に勧請し、
五穀豊穣祈願し、行った稲荷祭がその始まりと伝えられています。

岸和田城
岸和田城

<関連記事>

岸城神社の参道①
岸和田だんじり祭
岸城神社の参道②夜疑神社(岸和田市・中井町)
岸城神社の参道③兵主神社(岸和田市・ 西之内町)
岸城神社の参道④積川神社(岸和田市・ 積川町)つがわ
岸城神社の参道⑤穂涼神社(岸和田市・ 三田町)
岸城神社の参道⑥楠本神社(岸和田市・包近町)
岸城神社の参道⑦久米田寺(岸和田市・ 池尻町)
岸城神社の参道⑧久米田古墳群(岸和田市・ 池尻町)貝吹山・風吹山・無名塚古墳
岸城神社の参道⑨矢代寸神社(岸和田市・ 八田町)
岸城神社の参道⑩土生神社(岸和田市・ 土生町)
岸城神社の参道⑪波多神社(岸和田市・ 畑町)
岸城神社の参道⑫淡路神社(岸和田市・ 摩湯町)摩湯山古墳
岸城神社の参道⑬意賀美神社(岸和田市・ 土生滝町)雨降りの滝
岸城神社の参道⑭山直神社(岸和田市・ 内畑町)



岸城神社の参道②夜疑神社(岸和田市・中井町)

岸城神社の参道②夜疑神社(岸和田市・中井町)に関する記事です。

夜疑神社(やぎ)は南海電鉄の春田駅の東1km程の場所で、
神社前の道路を真直ぐに南西へ行けば、岸和田中央公園・兵主神社にも繋がっています。

夜疑神社1
夜疑神社の社標

主祭神 布留多摩命(ふるたま)

夜疑神社は和泉国・和泉郡鎮座とされる式内小社で
もとは古代地方豪族の八木氏の祖神を祀る神社として創建されました。

夜疑神社2
夜疑神社の鳥居と拝殿

八木氏は八木「やぎ」は陽疑、陽枳、矢木などとも標記されてますが皆「やぎ」と読みます。

綿津見大神である豊玉彦の子供としては、
豊玉姫、玉依姫の姉妹が有名ですが、
その他に布留多摩命(ふるたま)という子供もいました。


八木氏は、その布留多摩命(ふるたま)の子孫とされ
河内国和泉郡の八木郷(岸和田市八木地区)を根拠地として勢力を築いたと見られます。

夜疑神社3
夜疑神社の拝殿


(以降、岸和田のむかし話「夜疑神社と唐臼」より抜粋)


夜疑神社の祭神の布留多摩命は、八木造の祖神で
山幸彦命の妻である豊玉姫の妹神です。

綿津見大神の国から、はるばると訪ねてくれた姉神の豊玉姫と、
積もる話に夜通し時を忘れておられましたが、
朝の早い里の家々では、はやくも唐臼をつく音が響き、
鶏が一斉に時を告げました。

豊玉姫は慌てて、名残を惜しむ間もなく、
茅渟の海(ちぬ)に待たせてあった鰐鮫(わにざめ)に乗って、
帰ってしまいました。

布留多摩命は、早過ぎた唐臼の音をどんなにか恨めしく思われたことでしょう。

それからというもの、夜疑神社の祭神様は、唐臼の音がお嫌いとあって、
里人みんな臼の使用を遠慮するようになりましたが、
まったく臼が使えないというのではやはり困ります。

そこで神主さんに祝詞をあげてもらい、
大きな音のする唐臼の代わりに横臼を使わせてください、とお願いしたところ、
布留多摩命は快くお許しになったとのことです。
 
夜疑神社4
夜疑神社の本殿内部

夜疑神社5
夜疑神社の本殿




岸城神社の参道③兵主神社(岸和田市・ 西之内町)

岸城神社の参道③兵主神社(岸和田市・ 西之内町)に関する記事です。

春木川は久米田池などの大きな溜池の水を集め大阪湾に直接流れ込む河川です。
その春木川の右岸、岸和田中央公園に対面して兵主神社が鎮座していました。

岸和田1
春木川の航空写真

春木川1
春木川に架かる大宮橋と兵主神社の社叢

兵主神社は和泉国・和泉郡鎮座とされる式内小社です。

祭神:天照皇大神、八幡大神、菅原道真

兵主神社1
兵主神社の社標

兵主神社では元々は、兵主神を祀る神社で、
兵主神は、蚩尤(しゆう)という、鉄や石を食べる中国の戦いの武将で
天日槍たちの守り神でした。

蚩尤(しゆう)は、鉄や石を食べ、銅の頭に鉄の額、体は獣の姿をしている、
兵器製造に優れる戦いの神様でした。

兵主神社と天日槍(あめのひぼこ)はどちらも兵器に関係していて、
天日槍(あめのひぼこ)の渡来伝説のある但馬や近江に兵主神社が多く鎮座しています。

天日槍(あめのひぼこ)は古事記や日本書記に新羅の王子と書かれ
赤い玉から生まれた阿加流姫(あかる)を追い難波津へ来ますが、
行く手を阻まれ但馬に留まったとされます。


兵主神社2
兵主神社の鳥居と拝殿

兵主神社3
兵主神社の本殿

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<関連記事>

兵主神社の境内①蛇渕(じゃぶち)


兵主神社本殿の裏手には東西方向に細長い渕があります。

この蛇渕はかつての雨乞祈願の場で、龍神の豊玉姫を勧請したものです。

この渕には、久米田池の主の大蛇が久米田池と兵主神社をゆききし、
池の水がなくなるとこの渕に来て、水が溜まるのを待ったそうです。


蛇渕1
蛇渕1


蛇渕3
蛇渕2

蛇渕2
豊玉姫を祭る龍神社




岸城神社の参道①岸和田だんじり祭

岸城神社の参道①岸和田だんじり祭に関する記事です。


9月14日(日)の9時頃に「だんじり宮入」と聞いたので
少し早めの朝の8時くらいに南海線の蛸地蔵駅へ行きました。


その時間帯は岸和田城や岸城神社周辺は閑散としていますが、
神社の神官たちは神事斎行のために全員拝殿に集まっていました。


だんじり宮入0
拝殿に集まった神官


時間が大分あるので、岸和田城や
「やりまわし」が行われる市役所前へ行ってみました。

「こなから坂」近辺は場所取りの人で満杯で、
空いてそうな場所にも、各町内の名前を書いたテープが沢山貼ってあります。

空いている場所へ入った人が、「ここは全部予約してあんのや!」と凄まれています。


「やりまわし」も見たいけど、「神事・宮入」と「やりまわし」の
両方の写真を撮るのは無理そうなので、岸城神社へ戻りました。


岸和田城
だんじり曳行前の岸和田城


岸城神社では、既に「だんじり」の曳行に先立って並湯立神事が行われました。


湯立神事は、巫女が5つの釜の湯に笹を漬け、
四方八方に湯を打ち散らし、皆様のご安泰をお祈り、お祓いするものです。


巫女の飛ばす湯飛沫が太陽に当たって光かり、
湯飛沫をかけてもらうと無病息災で暮らせるといわれています。 


湯立て神事
並湯立神事


神事が終わり、いよいよ「だんじり」の曳行開始です。
待つこと一時間、岸和田城を回って、やっと地車がやってきました。
しかし「だんじり」は15台もあって順番待ちで中々宮入はできませんので、
最初の2台の宮入りを撮影しました。


だんじり
やっと来た地車


だんじりヘアーの女子たちも見事なので、一枚撮らせてもらいました。

だんじり宮入2-1
だんじりヘアーの女子


まず岸城神社の鳥居で、地車は本殿のほうに向きを変え、神様に挨拶をします。


だんじり宮入
岸城神社に挨拶する「だんじり」


地車は鳥居までですが、曳き綱をもった氏子たちはどんどん境内の中へ入り、
参拝したりトイレに行ったりして、休憩します。


だんじり宮入3
曳き綱をもって境内に入る


参拝したら後の地車が待っているので、すぐに出発するのかと思ったら
ジュースを飲んだり、駄弁ったり相当長い休憩でした。

一番最後の地車を曳く人たちは、どんだけ待つのでしょうね。


巫女さんに鈴で清めてもらったりして、やっと出発で、次の町のだんじりが宮入します。


だんじり宮入5
巫女さんに鈴で清めてもらう


だんじり宮入2
長い休憩の後、岸城神社を出る




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