2008年02月

2008年02月29日

軍服を脱いだジャーナリスト(その時歴史が動いたより)

解説:前坂俊之静岡県立大学教授、
軍服を脱いだジャーナリスト、水野広徳、日露戦争、日本海海戦を経験、
戦争を反対するジャーナリスト、軍縮を訴える、あることをきっかけに主義主張が変わった、昭和16年2月26日言論の自由が奪われた、
明治37年大国ロシアとアジアの小国日本が軍事衝突、日露戦争、バルチック艦隊撃破、奇跡的勝利を治めた、此一戦、大べストセラーとなる、海軍軍人水雷艇の指揮、軍隊がいかに国民を守るかであった、欧米並みの一等国となった、自身もつけた、帝国の国防方針、攻勢をもって本領とする、
欧米列強は植民地や領土を拡大、対外膨張政策を取った、日本も同じ道を
歩もうとした、日本が生き残る為には軍隊を中心に政策を押し進める、
大正3年第一次世界大戦が勃発、これまでの戦争の形を大きく塗り替えた、
戦車、毒ガスが登場、大量殺戮を可能にした、水野はヨーロッパに軍事視察に赴いた、その後の水野の人生を大きく変えた、水野が訪れたのが最大の激戦地、フランスのベルダン、50万人以上の犠牲者を出した、軍人以外、老人、子供、女性が巻き添えになっている惨状をまのあたりにした、
破壊と殺戮をほしいままにしたあとは言語の他である、村落は壊滅、住民は離散し、家畜は死滅し、生物は見ない、国を富ませようとしたあげくの果てがこの惨状、国家の在りように疑問を抱いた、国家とは国民を守るために存在するのではなかったのか、更にその疑問は軍人である自分自身にも向けられる、しかし実際軍隊があることが国民に犠牲を強いることではないか、思い悩んだ末一つの結論に達する、戦争を生き残る道は軍備撤廃あるのみ、軍備撤廃論者と変わった、大正9年帰国した水野は海軍大臣の帰朝報告に出向いた大臣は水野に尋ねた、日本はいかに戦争に勝つかより、いかに戦争を避けるべきかを考えることが緊要であると真っ向から異議をとなえる、26年5ヶ月の軍人生活に終止符をうつ、海軍と決別、自分の信ずるジャーナリストの道を選ぶ、
日露戦争では日本人8万人死者、ロシアの空襲を受ける、無差別攻撃にはなすすべがなかった、国家総力戦になった、悲劇しかもたらさない、
考えが180度変わる、撤廃論者、平和論者に変わった、大正10年10月、海軍を辞めた水野はジャーナリストとして一歩を踏み出す、軍縮から訴えた、軍事撤廃が困難なれば、せめて軍縮が必要、水野の主張は国民には受け入れられた、大正10年、ワシントンで軍縮会議が始まる、各国の主力艦の保有量に制限を設けることであった、アメリカ10、日本は6に押さえることが決まる、陸軍の縮小も訴える、大正14年陸軍は大規模な軍事縮小、21個師団を4個師団に縮小、3万4千人が人員整理された、
しかし昭和5年軍部が息を吹き返す転機、日本政府に海軍が異議をとなえ、軍が結ぶのは統帥権の干犯である、天皇が行使できる大権、天皇は
陸海軍を統帥する、天皇のみが体験できる、軍の統帥権の干犯、
政府としても口出しできなくなった、この時より軍部の独走が始まる、
軍の発言権が絶対的、軍部の独走に批判、憲法の条文を無視しむれば国を誤らせてしまうとしてきた、同じ年の11月、軍縮の浜口雄幸が東京駅で右翼の青年に暗殺された、軍部の暴走が始まる、昭和6年9月18日
関東軍、満州、中国東北部で事件勃発、満州を占領、満州国を建国、
企業の倒産、失業の増大の打開策として満州を求めた、マスコミも軍部の行動を支持、犬養毅、海軍将校に射殺される、批判的立場をとってきた人々さえも軍部にものが言えなくなる、水野の辺りにも暗い影が付きまとう、昭和12年7月盧溝橋事件で日本と中国は戦闘状態、南京を陥落させる、言論統制が始まる、報道を情報局に一本化、水野は主筆者禁止リストに載せられた、暗い時代の到来でした、国民は大本営の発表しか聞かされない、言論の自由が禁止された、太平洋戦争に突入、日本は次第に劣勢となる、が日本軍の優勢な情報ばかりが報道される、そして迎えた終戦、焦土と化した日本、第一次大戦の惨状と同じ光景、水野は故郷の愛媛に帰り原稿を書きつずけた、昭和20年享年77才、水野の死から31年、膨大な原稿が発見された、同じ過ちを繰り返してはならないというメッセージがつずられている、


myanchan at 19:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 歴史 

血管新生に特定たんぱく


ガーデインというタンパク質、ガンの治療

に役立つ、




myanchan at 08:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年02月27日

混迷するパキスタン(NHKスペシャルより)

パキスタン西北部トライバルエリア、イスラム過激派が潜む、モスクを占拠、アメリカの現体制を揺さぶろうとする、テロの脅威の中総選挙、
二人の政治家、ムシャラフ大統領とブット元首相、テロで犠牲を出した、
村人は投票を拒絶した人が多かった、仇敵ブットと手をくませようとしたが、ブット元首相の暗殺、与党の敗北、アメリカのシナリオが崩れた、
パキスタンは重要なパートナー、ムシャラフは多数の市民を拘束、
目前にしてテロに倒れた、ブット、去年10月、ドバイから帰国、祖国の地を8年ぶりに踏む、汚職の罪を問われ亡命生活を送っていた、野党人民党、10万人の人が出迎えた、アメリカの意思が働いていた、30年に亘り、ブルースライデン補佐官、政権中枢に通じ、元CIAでパキスタン担当、
見せ掛けの民主主義を作ることにした、アメリカにも近いブットとムシャラフ大統領、二人を結びつけることで対米の安定政権を目指した、父ズルフィガル.アリ.ブット、パキスタン人民党、1971年大統領に就任した、
対印和平交渉、ハーバード大学レナジール政界初舞台、ジアルハク将軍がクーデターを起こす、2年後1979年ラワルピンデイーの刑務所で処刑された、
ブット対軍、ムシャラフ陸軍中佐、領土が失われたと反感、レナジールブット首相、イスラム国で初めての女性首相、ここでまたも軍が立ちはだかる、レナジール.ブット汚職の蔓延、停滞、混乱を治められない、統治能力欠如、
ムシャラフ参謀長クーデターを起こす、軍の介入が不可欠である、
二人に手を組ませることの難しさを知らなかった、ネクロポンテ副長官、ライス国務長官、大統領の地位は保障できない、民主化に熱を上げ政界に復帰、譲れない条件、ムシャラフの陸軍参謀長を辞任すること、軍のトップとして認められない、ネグロポンテ副長官、イスラマバードに飛び大統領に強い圧力、アメリカはムシャラフに大統領にいてもらいたい、
軍服を脱ぐこと、選挙を行うことを求めた、去年7月アブダビで二人は直接会見実現、年内に陸軍参謀長を辞任する、汚職の罪を全て取り消すよう求めた、ライス国務長官は両方に電話、ブットは恩赦することにした、
ブットは大統領を承認する、政権基盤を固めたいムシャラフ大統領、パキスタンを安定させたいアメリカ、3者が一致し合意がなされた、8月にブットが帰国、二人に亀裂が始まる、ブットを狙った最初のテロ、過激派の犯行、犠牲者140人、ムシャラフの不手際、治安の悪化の理由で非常事態宣言発動、ブットを軟禁状態に置く、その後軟禁状態は解かれたがブットのムシャラフへの不信感が強まる、アメリカはあわてた、11月ネグロポンテ副長官を派遣、両者が和解するように提案、ムシャラフと敵対すべきではなく、上手くやらせることを決意、ブットは連立はうわべだけ、自分は民主のお飾りだ、大統領は権力を渡そうとしていない、既に失敗していた、そして迎えた最後の公演となったのは、
12月21日父が処刑された、ラワルピンデイーの公園、2万人が広場を埋め尽くしていた、会場を後にした5分後、テロにより暗殺、アメリカが描いたシナリオは完全に崩れ去りました、テロの脅威に怯えながらの選挙戦、暗い影を落すアメリカの存在が見えている、
トライバルエリア、アフガニスタンとの国境、アルカイダのオサマビンラデインが潜伏していると見られる、地元の部族に地方自治がゆだねられている、イスラム過激派が住民に紛れて暮らしている、イスラム過激派の巣窟と化したトライバルエリア、アメリカよりのムシャラフを揺さぶる為にテロ活動を繰り返している、パキスタンのイスラム過激派はアメリカが深くかかわっていた、1979年旧ソ連のアフガニスタン侵攻に対しゲリラ
として戦う、ゲリラ勢力がパキスタンの母体となる、イスラム神学校、
思想教育にアメリカがかかわっていた、神学校で聖戦ジハードと言葉
異教徒と戦うことが重要と説く、国民は繰り返しとなえていた、USAID、アメリカ国際開発庁で作られた、イスラム原理主義、異教徒と戦う、
1989年対パキスタン政策転換、パキスタンのゲリラ支援打ち切り、
核開発を公然と非難するようになった、手のひらを返したアメリカに反米感情が高まった、冷戦が終わったら使い捨て、2001年同時多発テロ
をかくまったとしてアフガニスタンを攻撃、パキスタンジハードは矛先をアメリカに向けた、ムシャラフを味方に入れテロ掃討を依頼しました、
アメリカと手を組んだムシャラフは最大の標的になった、頻発するテロにより選挙に参加できない人が増えています、こうした現状、外交にかかわってきた当事者、リチャード.アーミデージャー、テロの味方か敵しかない、厳しい口調であった、アフガニスタン侵攻は良かった、ある時は暖かく、ある時は冷たく、責任は我々にある、経済制裁を貸してきた多くの人々はアメリカの為の代理戦争をしてきた、アメリカはどのような戦略を描いているか、アメリカとの協力関係、支援なしではテロを抑えられない、我々の支援を歓迎している筈、パキスタンはどこへ進もうとしているか、世界にとって危険の火種としてくすぶりつずけている、

myanchan at 20:47|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 現代社会(海外) 

アルツハイマー病の原因


ベータアミロイドとよばれるたんぱく質がいくつかくっついた段階で、神経細胞の働きを邪魔することで病気になる、
人間のへその緒の臍帯血細胞で脳のベータアミロイド班を出来難くすることに成功、脳に沈着するのが抑えられた、臍帯血移植で病状改善、




myanchan at 09:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年02月26日

エチオピア、ラリベラ岩窟の教会(探検ロマン、世界遺産より)

アフリカ、エチオピア高原、標高2000mの大地、切り立った断崖で独特の文化が守られてきた、
独自の暦1月7日がクリスマス、毎年一つの場所、聖地ラリベラを目指す、
何故このような不思議な教会が作られたか、エチオピア正教、キリスト教の一派、15万人の巡礼者が集まる、人々は何を祈るのでしょうか、
12月下旬アジスアベバから北にラリベラに向かう、伊藤雄彦NHKアナ、
12月雨期明け、削り取ったような荒々しい台地、雨に恵まれた為、大豊作、テフと呼ばれる穀物が主食、牛がテフを踏みつけて脱穀、ゴマより小さい、小さな一粒を大切に収穫、肥料は家畜の糞、自然まかせの農業、ラリベラに行く巡礼者、車で行くのは楽だけれど天国に行けない、一歩一歩歩いていくから天国に行ける、ファンテン.ヌグさん65歳、義母を連れて念願の巡礼に出る、10人の子供を育て、神に感謝したい、自分の魂が天国に行けるよう祈りたい、荷物は2週間分食料を用意、お金は神に寄進するもののみ、全て担いで、素足で出掛ける、野宿して行く、標高2600m、2万人が暮す、教会は街の南にある、見事な十字架が地面に刻まれている、聖ギヨルギス教会、ビルの3階建てに匹敵する、窓も細かい細工、手で掘った跡がある、ノミだけで削りだされた、岩を掘りぬいて教会が作られた、天井は綺麗なアーチ、緻密な設計と巧みな技術、400屬烹隠韻△襦∩瓦憧笋鬚り貫いて作られている、聖マルヤム教会、聖母マリヤを祈念して作られた、アッパ.リバノフ教会、横に彫って作られた、この岩は火山灰が固まって出来た凝灰岩、教会の周りは岩を削って通路が出来ていた、この先は地獄がある、地獄の道を通り抜けると天国がある、人々の願いがかなえられるようになっている、天国の教会、マルコレウォス教会、11の岩窟教会、張り巡らされた地下道、
ラリベラから北にイムレハナクリストス教会がある、10世紀異教徒が木造教会を焼き払った、それで燃えない岩窟教会とした、ゴルゴタ教会
エルサレムの丘の名、キリストが磔になった、聖地エルサレムを意識した、ラリベラはエルサレムと同じ価値があるとみなされた、
聖救世主教会、黄金の十字架、ラリベラ王が使っていた、この十字架に触れると病気が治る、エチオピア、人口7000万人、8割が農業に従事、
集中豪雨、干ばつの飢餓で100万命を落としたことがある、気候に翻弄されてきた、
救いを求める人々がラリベラに集まった、1月7日のクリスマスに巡礼者10万人以上が年一度のにぎあい、1週間のみ市が開かれる、一番目に白い布、巡礼者がまとう白い布を着る人が後を絶たない、聖地についても巡礼者を受け入れる宿泊施設がありません、野宿でここまでたどり着きここでも野宿、この日教会でパンを焼く時に出る灰、聖灰と言われ、病を治すと言われる、妻の胃の病気を治したいため灰をいただき大切に白い布に包みます、教会の周りを声を上げて歩き始めました、神に対する喜びの表現、青々と水草が茂った池があります、裸の女性紐につながれている、実は聖なる池に下りて池の水を浴びると子宝に恵まれる、どうしても子供が欲しいのです、夕方聖マルヤム教会、クリスマス最大の儀式、聖歌の合唱が始まります、キリストの生誕に祈りをささげる、ろうそくの灯はキリストの象徴、日の出まで響きます、祈りを終えその日に帰路につきます、これ以上の幸せはありません、

myanchan at 09:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 世界遺産 

2008年02月25日

ウイルス退治のたんぱく質


ウイルス感染時にだけ樹状細胞の細胞膜状

にPDC-TREMというたんぱく質ができる、このたんぱく質が

体内に侵入したウイルスを撃退する1型インターフェロン

を大量につくらせる、




myanchan at 09:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年02月24日

群馬県みなかみ町赤谷の森(サイエンスZeroより)

コメンテーター黒崎政男東京女子大教授、専門家東京農工大亀山章教授
群馬県赤谷の森(10km四方)からの報告、野生動物が見られる、
1.野生の姿をとらえろ
2.出現スポットはどこ
3.子育て成功の鍵は
1センサーカメラを用いて動物調査、ツキノワグマ、イヌワシ、クマタカ、カモシカ、ノウサギ、ニホンザル、キジ、キツネ、ネズミ、アナグマ、他
完全な原始の森ではない、うさぎ、きじ、さるの足跡発見、
センサーカメラ、動物の体温を感じて反応する、カメラのフィルム交換
うさぎやきつねの足跡が沢山あるけもの道にカメラを透明な袋に入れて木に固定、センサーが感じて自動的にシャッターが切れる、
小屋の天井裏、むささびの巣にもカメラを設定、食事にいく時間、ねぐらに帰る時間が分かる、
ここは2000年環境を守る為、ダム、スキー場が禁止になった、
豊かな森に育てるのに役立てる、生物の多様性に生かしていきたい、
動物と動物の関係、アナグマとタノキの棲家、タノキとカモシカの溜め糞、
2、3箇所にカメラを設置、どんな動物が現れるか、現れた日数、頻度を入力、イノシシ、コウモリ、ヤマドリ、タヌキ、アナグマ、リス、が多く写っていた、動物が好む環境、タノキ、里山、ももんが、ブナの天然林、
いたち、水場、テン、里山、糞の調査、何を食べたか分かる、秋には木の実、ねずみ、岩魚、食べたものによって森の状態が分かってくる、ツキノワグマ、ブナのうろに冬眠中のクマを発見、冬眠から目覚めてブナの新芽を食べた、イヌワシとクマタカ、最大2mの両翼、最大1.5mの両翼、
非常に貴重、全国で500羽、イヌワシ、赤谷に一つがい、絶壁に巣を作る、繁殖は成功している、クマタカ、生態系の原点、
3、クマタカの繁殖、2年に1度、へびやうさぎが好物、貴重な餌、
センサーカメラの設置場所、ねずみ、野うさぎが出てきた、
草を食べる動物がいることでクマタカの繁殖につながる、動物が安心して暮らせる森、繁殖しやすい森を作ることが自然繁殖の良い環境である、


myanchan at 11:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 動植物生態 

ポタラ宮、世界遺産、


造営が始まったのは17世紀半ば、半世紀かけて

完成、ダライラマ5世の時代、チベット仏教、ダライラマ

14世はインドに亡命、標高3700mのラサ市内にある、

ポタラは観音菩薩の住む普陀落(ポタラカ)に由来




myanchan at 09:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

ご飯を温める簡易発熱剤


生石灰と水が反応し発熱、水酸化カルシウムとアルミが反応し

アルミン酸カルシウムと微量の水素が出来る過程で大量の

熱量が発生、水は水蒸気となる、ご飯を15〜20分で暖める

ことが出来る、




myanchan at 08:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年02月23日

チンパンジーの長老の役割(ダーウインがきたより)

老人パワーの新伝説、東アフリカ、タンザニア国立公園、東京都の3分の1の面積に15の群れ700頭のチンパンジーが暮す、好物は果物、1年中どこかで実っている、木の下でわざわざ食べ残しを拾う、顔は皺だらけ、お年寄り、名前はカルンデ、40歳、人間で言えば70歳、リーダーではない、
子供のオスは16歳で大人の仲間入り、30歳半ばで引退、長老として生きる、群れのリーダーはアルフ、デイスプレイという行動を行う、力を誇示する為、枝をゆすり、石を川に投げ水しぶきが上がるようにする、砂を蹴る、犬歯で噛まれると傷だらけになる、大人は自分より強い相手には挨拶をする、ここで異変が起こる、ピムというオスがデイスプレイを始める、
ピムからアルフへの挑戦、ピムが長老カルンデを味方につけた、カルンデはアロフに向かっていった、流血の事態が避けられた、アロフが引き下がり、リーダーの座をピムが得た、リーダーの座を失うと前リーダーは群れから
から離れるがここでは留まることが出来た、長老が群れを助ける存在となっている、

myanchan at 09:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 動物生態 
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