2009年06月

2009年06月19日

マネー資本主義年金(NHKスペシャルより)

ヘッジファウンドが大きく落ち込んだ、投資家の為にプロ集団、中味は明らかにされていない、世界のヘッジファウンドが7兆円を失い、100万人が影響を受ける、年金マネー、高いリターンを要求してきた、当事者が舞台裏を明かす、金融機関とのかかわりに迫る、利益の追求をしてきた投資機関、2007年の年金、2500兆円を超えた、世界GPTの半分、金融機関の取引、ハイリターンもあればハイリスクもある、お金にお金を稼がせる、野菜など企業年金運用責任者の川島英夫さん、基金の五分の一が消えた、ウオール街のマネーゲームと暴走により自分達の年金に影響を与えた、加入者一人当たり70万円が消えた、日本の年金、国債など5.5の利回り、投資銀行に任せておけば難なく達成、ヘッジファウンドに目を向けた、100以上のヘッジファウンドが点在、アラビンキャピタルが取材に応じた、驚異的な利回り、2兆円を突破、ヘッジファウンドは債権専用、大きな利ざやを稼ぐ、そしてすばやく短期ですぐひく、そして莫大な利益、客である年金基金にも明かさない、ヘッジファウンドは世界の年金マネーを集める、サブプライムローンを組み込んだバブル崩壊、180兆円落ち込む、巨額の年金マネーを失う。ヘッジファウンドの幹部はこれまでの姿勢を崩そうとしなかった、取引内容は企業秘密、20%以上のマイナスに転向、カルパースは2000年頃ヘッジファウンドとの取引を始める、ニューヨークの株価は1万円突破、2000年早くもバブルがはじける、ITバブルの崩壊、3兆8千億円の損失、
ヘッジファウンドに目を向けた、ハイリスク、ハイリターンで利益を上げていく、1年の成功がマネー暴走に繋がっていく、アメリカの年金がヘッジファウンドの運用に回る、多くの年金資金を取り込む、3兆円余りに膨れこむ、高い利回りを上げた、ヘッジファウンドは年金マネーを求めて日本にも上陸、日本の年金も新たな年金基金、ITバブルの損失を取り戻す為にアメリカと結ぶ、年金基金の運用者が訪ねてきた、基金は聴いたことも無いコンサルタント会社アラビンキャピタルでした、50億円も投資、ウオール街では危険な兆候が出始めていた、金融機関サブプライムローンを含んだ安定した利回り、住宅価格も上がりつずけてきた、投資銀行は外から見えないようにして高いリスクの商品で年金基金の巨大マネーを狙いました、住宅価格がピークを打った、サブプライムローンが焦げ付く、遂に膨張をつずけた1500のヘッジファウンドが破綻、バブル崩壊で高い利益を上げるのが難しくなっている。われわれの年金も増やす目的でヘッジファウンド(hedge fund=売り買い基金)に使われていたら大変なことに、

myanchan at 21:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 経済、金融 

2009年06月08日

第3回通商国家の挫折(NHKスペシャルより)

未来を見通す鍵は、世界の連鎖が歴史を作ってきた。150年前デビューした日本、通商国家の挫折、経済危機に直面、日本初のグローバル企業三井物産が世界にデビュー。明治、大正、昭和、貿易によって富を支えようと通商国家を支えた、三井物産の商社マンとして働いてきた寺島実郎さん、三井物産戦略研究所所長、戦前の世界秩序の再編成、巨大な中国市場、西洋列強に挑む、1933年綿製品で世界貿易の枠組みが判断により突然変わってしまう、日本は世界市場を失っていく。国の命運を分けた石油、世界市場の中で私達はどう生きたのか、どう生きるのか、通商国家の歩みをたどる。横浜港を開く、当時は貧しさにあえいでいた、国内の金銀の流出が止まらなかった、西洋列強と結んだ通商条約、輸出関税一律5%、列強20〜40%の輸入関税を設けていた、日本は関税を自主的に調整する権利が認められていない、輸入超過が認められる、大久保利通は建議書を提出、輸出を増やす為には商人を海外に送り出さなければ、世界に販路を求める、通商国家モデルとも言える、政府の大隈重信の三井が三井物産を起こす、社長には益田孝という27歳の若者が起用された。福沢諭吉世界に向けて通商をてこに広げていく。ハリスのもとで英語を学ぶ、貿易の実務で井上馨が推薦、三井は出資せず、資本金0、社員16人でスタート、益田は中国上海に渡る、列強の商社が競争を繰り広げていた、三井物産初の海外支店を構える。ここを拠点に米、石炭など中国貿易を始める、
上海の日本人は100人に満たなかった、非常に苦労した、清朝が治める中国の人口は3億人、ヨーロッパに産業革命が起きる前は世界の富の中心地であった、列強貿易商が殺到した、中国は宝の山と見られていた。日清戦争頃となると日本の工業化が進んだ、三井物産は中国市場に向けて綿製品の輸出を始めた、当時細い糸で織られたイギリスの品質に差があった、綿布が圧倒的、1840年の阿片戦争、日本より40年早く中国市場に進出していた。ビクトリア女王が君臨していた時代、イギリス綿製品は年間7万ポンド、輸出額の三分の1を占める大英帝国の看板商品、戦前の三井物産の経歴、上海支店の山本条太郎、中国北東部満州を調査、満州での流通している綿布はイギリス製品ではなくアメリカ製品の綿布が売れていた、厚手の方が良く売れている、市場の9割を占めている、地元では土布と呼ばれる、日本も厚地のアメリカには対抗出来るかもしれない。日本の綿布は値段で競争する以外には良作はない、アメリカ南部は世界最大の綿花地帯であった、その綿花を原料にして綿産業がニューイングランドでは盛ん。アメリカでペリーを派遣したのは中国へ運ぶ目的、南北戦争が勃発、それから30年、念願の中国市場に進出してきた。アメリカと日本が同時化したしたことが悲劇の始まり、日米中の関係、トライアングルの関係、アメリカと対抗する為にインド、ムンバイに支店を置く、デカン高原の奥地、ラジャコット村、綿花を安い値段で買い付ける、日露戦争で満州のアメリカ綿布を一気に追い落とす、山本条太郎は物資を買占め、ロシアが中国で調達できないようにした。進路は太平洋か日本海か、森つとむはロシア艦隊を監視、三井物産本社の益田孝から山本条太郎に打電した、益田には綿布を大量に売る秘策があった、軍用手形、日本が戦争中発行した代用通貨、本物の通貨と交換できる、1億4千万分を中国で使った、国家予算の半分を使った、5千万分が交換されないままになっていたが綿布を満州鉄道無料、船賃半額で手形決済、綿布の交換が出来た、1930年には2割安い価格を設定し満州市場をアメリカから奪ってしまった。日本は独立を維持する為に軍事力を高めていかねばならない、1911年辛亥革命、中国市場に食い込むチャンス、孫文が臨時大統領に就任。孫文と組んで事業を拡大、重工業へと産業を拡大していく、国家との結びつきを更に深めた、官営八幡製鉄所、中国たいや鉄山から輸入、供給が止まらないよう森が南京の革命政府との交渉に向かう、相手は孫文、資金を必要としていた。たいや鉄山を日本と中国と共同開発、500万の借款を提供することで合意、中国では反対運動が起き、合弁案は否決、2年後に起きた第1次世界大戦、ヨーロッパ諸国は中国市場を相手にする余裕を失った。三井物産支店長中国に伸ばす千歳一遇の好機、その為に訓練された1500の精兵がいる、中国の輸出に攻勢、対外債務国から債権国になった、中国市場から反発を受けるようになる。山東省、ドイツ権益を日本に渡す、旅順満鉄を要求、中華民国が受託、抗日運動が起る、中国に対する21か条要求に対してアメリカが異議をとなえた。アメリカ政府は門戸解放、日本の政策を容認しない。1898年ハワイを併合、スペイン戦争でフィリッピン、グアムを獲得、中国進出に弾みをつけた。ところがイギリス、フランス、ロシアにより勢力範囲が分割されていた、門戸開放、機会均等、領土保全の3原則、欧州列強と日本を牽制する為にアメリカが出てきた、第2次世界大戦は中国を巡る日米対立であった。日本に山東省の返還を要求、孫文も日本に対する態度を変える、日本の中国に対する野心を植えつけてしまった、中国を巡る日米対決、大恐慌、世界各国と貿易を巡り対立を深めた、高橋是清は景気対策、円安を誘導、円が下落、円安で三井物産が息を吹き返す、貿易を広げる、扱う品目は100を超えていた。特に綿製品は世界中に輸出攻勢がかけられた、その結果、1933年日本の綿製品はイギリスを抜き世界一となる。いち早く不況より乗り出す、10%を超える経済成長を達成、ドルを買って差益を得た。1932年団琢磨が暗殺される、世界市場で貿易摩擦が激化。イギリス側は日本側に3年自粛を要請、両者はかみ合わずあくまで自由競争を主張、交渉決裂、日本の世界一は不正競争と考えた。保護主義を増幅させた。イギリスは自由主義を放棄する。日本製品に高い関税をかける、フランブロック、ドルブロックを形成、保護主義に傾く。日本も呼応するに任せそういうことに向かっていってしまった。大東亜共栄圏、この時代一つの商品が通商国家日本の命運、石油、石炭燃料から石油に切り替えていました、
スピード補給の燃料に優れていた、石油は国家生命、1859年アメリカペンシルベニア州、初めてパイプで地中から取り出すことに成功、ジョンデービソンロックフェラーはスタンダード石油、世界に輸出する事業に乗り出す、同じ頃、世界の石油産業は1859年ロシアカスピ海沿岸のバクー油田、イギリスマーカスサミュエル、シェルとなずける、つずいてアジアでも1903年オランダ領東インド、インドネシアのスマトラ島、オランダのロイヤルダシュ社、イギリスシェルの合併、すぐにアメリカのスタンダード社も進出してきた、2大資本が激しい競争、すでに世界は巨大石油資本によって支配されていた。戦略的一次産品である。国家の戦略に重要、航空機燃料は原油からしか作ることが出来ない、アメリカのスタンレーホーレック、日本に中国を支配させないことがアメリカの重要な国益である、国務省では対日経済制裁の検討が始まる。外国への初めての経済制裁である。資源の8割をアメリカに依存していた。アメリカゼネラル石油の社長は日本への石油積み出し禁止、それによりメキシコから石油を購入に切り替え、メキシコでは1910年代大油田が発見された。タンカー建川丸、メキシコから石油をうることに成功。ところが2年後日本への石油輸出は突然停止した。
ニューヨークに新たな事実、連邦銀行の検査で多額の出所不明の預金が現れた、1億ドル、日本の国家予算の7%に当る、持ち主は日本銀行、アメリカで金を売りドルを集めていた。日本が巨額の資金を蓄積したことが明らかになる。
連邦事務局は日本に対決姿勢、日米通商条約を破棄、いよいよ経済封鎖が始まる、日本はオランダ領東インドネシアから315万トンの石油の購入を計る、
アメリカから過度な依存から脱却できる。バタビアで交渉が始まる、日本の要求が受け入れられたかに見えた、オランダの代表が口を濁すようになる。実はこの裏でアメリカ政府が動いていた。イギリス政府には日本に石油を輸出しない。12ヶ月の長期契約をしないことを約束しました。交渉の開始直後、日本はナチスドイツと三国同盟を結ぶ、日本は航空機燃料は購入できなかった、アメリカは日本を凍結、ドル紙幣が使えず、輸入の手立てを失うアメリカは日本に対して輸出を禁止、4ヵ月後太平洋戦争が始まり日本の破滅を迎えた。

myanchan at 15:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 歴史 

2009年06月04日

任那の日本府の謎(ETV特集)

日本と朝鮮半島2000年の交流の歴史、古代朝鮮半島南部との交流、任那、
常識を覆す交流が行われていた、日本式の墓、前方後円墳、1800年前卑弥呼、巨大古墳時代、空白の4世紀、任那、大王四神記、広開土王碑、4世紀〜5世紀、高句麗の王、既に統一王朝、高句麗、百済、周安、中国東北部の町、かってこの地に広開土王碑に1500の文字が刻まれている、倭の文字がいくつも出てくる、明治時代になってから知る、8世紀の日本書紀、南部の七国を平定、任那の日本府、ナフトン江下流に当る、古くから伽耶国があった、この地域ではテソンドン古墳、金官加屋国、土器や装飾品が多く発見された、古代の盾の飾り、4枚羽根、大和と密接な関係にあった、鉄製品が多い、4世紀前半密接な関係になっていく、北の高句麗と対決、独立した文化圏と倭の交流、朝鮮半島の倭の存在、倭が鉄をうる為に高句麗と戦った。広開土王碑文、百済は倭との関係、金で刻まれた銘文、倭王の為に作らせた。中国南朝から得たものを百済、伽耶から倭に、日本の古墳では鉄製が大量に発掘、全国各地に急速に広まる、朝鮮半島からの鉄のお陰で勢力を拡大して行った。高麗大学キム.ヒョング教授、東洋大森公章教授解説、鉄を独占的に輸入、百済は鉄を倭に与え、高句麗との戦に倭を引き込んだ、百済の敵は高句麗、372年中国南朝とも関係を結んだ、百済から王仁博士が来た、儒教、仏教を百済に求めた、倭も中国南朝とも通じる、5世紀以降日本列島では多くの古墳が築かれる、近年韓国で前方後円墳が13個ヨンサンガン流域で見つかる、一体誰が埋葬されているのか、シンドク(新徳)古墳は田園風景の中にある、全長51m、6世紀前半に作られた、横穴式の石室、石積み、赤い顔料で塗られていた、土器や副葬品が見つかる、5世紀後半〜6世紀前半に築造された、百済と違う文化を持つ、13基が見つかる、高句麗武寧王の木製の柩、倭とかかわりを持つ王であった、ヨンサンガン流域の豪族が百済に対抗する為に作った、有力豪族の墓、百済から完全に独立していた、鳥足文土器、北部九州でも出土されている、朝鮮半島と多くの共通点がある、腰石、割り石を積み上げている、シンドク古墳、石室の中は真っ赤、ベンガラで作られた、赤い顔料はシンドラ古墳でも発見、北部九州の人が前方後円墳を築いた、ジャンゴサン古墳、ここで日本の甲冑と刀が発掘された、鉄剣と鎧の一部、倭で作られた可能性大、海上交通の要衝だ、古代活発な交易路であった、筑紫国王を500人が護衛した、百済と北九州との深いつながり、熊本県江田船山古墳、ワカタケル大王、当時の雄略天皇の名前、同じ古墳、金と銅の冠が見つかる、金製の首飾りも出てくる、武寧王稜と同じ、朝鮮半島南西部の古墳、百済武寧稜王20m広開土王、百済、伽耶、地方豪族が様々な関係を結んでいる、5世紀〜6世紀前、今城塚古墳、けいたい天皇の墓、けいたい天皇は北九州を支配していた岩井を滅ぼす、金官伽耶は滅亡、百済も滅亡。日本は古くから朝鮮半島とは深い関係があった、
時代、言葉こそ違うが今でも沢山の共通点がある。前方後円墳が日本独自の墓であることには驚かされた、中国、朝鮮から伝わってきたものとばかり思っていた。

myanchan at 08:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 歴史 

2009年06月02日

インド、ダリットの人々(NHKスペシャルより)

総人口7億人のインドでは農村に暮らす貧しい人々が政権の行方を左右してきた、6〜7割を占める貧しい人々、現在巨大市場を背景に21世紀最も経済成長をする国、核まで保有する大国インドの舵取りは、貧困層が国をどう動かしたか、ダリット(被差別民)といわれる人々、虐げられた者を意味する、カースト制はバラモンを頂点に別れ、ダリットはその底返送辺層の存在としてマヤワテイ党首が率いる、大衆社会党、北部ウッタルプラデシュ州選挙では圧勝、州知事に当選、名門デリー大学卒、教師となる、記念公園で210億円費やす、自らの像も作る、石で作られた60個の象、ランベテイーさん、大衆社会党の運動員としてボランテイアー参加、学校にも行けず、字も読めない、我家に電気もなし、夫と子供に尽くす人生、一方国民会議派、ソニアーガンジー総裁、ガンジー家の出身、ネール、インデイアラガンジー、子供のラジブガンデイー、ソニアさんはその妻、ウッタルプラデジェ州、多くの指示を受けてきた、インドでは対立を起こす、国民会議の党員のナクビさん、ソニアーさんの運動員、年内100日の雇用が確保された、貧困層を対象にした事業、インドではヒンズー教が多数、彼はイスラム教です、党員として活動をつずけてきた、イスラム教は貧しい生活を余儀なくさせられた。カースト制に反感、広く国民に浸透した国民会議派は火花をちらした。大衆社会党、ダリット以外の人々にも指示基盤を強める必要がある。ダリットの大衆社会党のマヤワテイーは金にまつわる疑惑が多すぎる。タージマハルのショッピングモールの建設、自宅の建設費も10億円にも登る。巨大なレリーフがいくつも飾られている、盛大なパーテイーも開かれている、権力を誇示しようとしている。マヤワテイーのカリスマ性に勢力を拡大してきた大衆社会党、文字が出来なくても投票が出来る、シンボルマークが使われる。警察や軍によって守られている、過熱な選挙批判、高額な英語教育廃止、こうした公約は口約束が多い、嘘を言っても知らん振り、大衆社会党は最後のお願い、国民会議派のプリヤンカ氏、巧みな弁舌で指示を拡大、投票日の1週間前にこの貧しい地域にマヤワテイーさんがやって来た、1万5000人の支持者が集まって来た、ダリットの女性達が集まって来た、カースト制の貧困対策が出来るのは自分しかいない、貧困層の心を掴んだのはどの政党であろうか、ランベテイーさんは見守りましたが大衆社会党は21議席にとどまった、マヤワテイーさんの野望は打ち砕かれた、勝利したのは国民会議派でした、206議席3割以上伸ばす、貧困層を取り込んだのが勝因でした。5月22日国民会議派主導の連立政権が誕生、シン首相が再び首相に選ばれた、有権者7億人による選挙戦は国民会議派を指示した。様々な民族、宗教を一つにまとめてきた、国を動かす主役として目覚めてインドの行方を担っている。

myanchan at 11:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 現代社会(海外) 

2009年06月01日

ラーテル(ダーウインが来たより)

毒蛇やライオンにも立ち向かう、アフリカからインドにかけ乾燥地帯に生息する。
ここはアフリカ南部、2月夏真っ盛り、気温40℃、ジャネットツウウイットさんの案内、銃を持ったレンジャーと一緒、大きさは直径20cmほど、夕方外に出て活躍、転々と住いを移動する、日が落ちる頃、大きさ90cm、イタチの仲間、まるで河童のうろこみたい。縄張りは23k屐⊆分の臭いをつけている、前足の詰め4cm、気温が40℃、夕方まで静かにしている、地面の中にいる好物のねずみや昆虫を食べる、猛毒のコプラも食べる、ラーテルには毒の牙を通さない、パプアダーをしとめて食べ始めた、毒蛇にかまれても回復する、ヤマアラシ背中の針で攻撃する、何ともない、シベット、ジャコウ猫の仲間、シベットの方が退散、怖いもの知らずのラーテル、鼻を地面にこすりつけ食べ物を探している、タマスと呼ばれる野生のスイカを食べる、水分がたっぷり含まれている。


myanchan at 20:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 動物生態 
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