2009年12月

2009年12月14日

ハワイ真珠湾攻撃の謎に迫る

1941年12月8日、真珠湾攻撃、5隻の特殊潜航艇がアリゾナを撃沈させた。
特攻攻撃の出発点となる、特殊潜航艇全長26m、2人乗り、全員20代独身、
真珠湾には潜水艦侵入防止のネットが張られていた為、ネットカッターを装備、
飛行隊の空中攻撃が始まってから攻撃開始の予定、トラトラトラを打電、奇襲攻撃成功、5隻の特殊潜航艇はどうなったか、1隻座礁し逆巻一男が第1号の
捕虜となる、2隻目、岩佐大治、駆逐艦に体当たりされる、3隻目は真珠湾の外、4隻目は2002年の外で発見される、5隻中の4隻目までは分った、最後の1隻、横山正治中尉の二人はハワイ沖水深380mの海底で発見される、魚雷は発射されたか、アリゾナ全長185m、主砲12門、沈んでいるアリゾナを調査したが魚雷の当たった形跡はなし、何故大本営は横山艇が轟沈させたと報じたか?渕田の2000枚を超える原稿に驚くべき記述がある、帰還した有泉中佐が訪ねてきた、渕田、アリゾナの攻撃の戦果をくれないか、世界の物笑いになる、特殊潜航艇では攻撃できない、アリゾナの轟沈の写真をデッチあげた、捕虜酒巻一男の顔が消されていた、東条英機に9勇士が称えられた。新聞にも報じられた。九軍神を大々的に発表した。横山正治をモデルにしたプロパガンダ映画が作られた。ハワイ沖で横山の特殊潜航艇の胴体が3つに切断されていた、アメリカ海軍が引き上げ切断し沈めた。横山の特殊潜航艇を戦争中に引き揚げて隠蔽したのではないか、2002年真珠湾の外で発見、別の特殊潜航艇でアメリカ軍の砲撃の跡が残されていた、奇襲攻撃前に発見されて撃沈した駆逐艦の報告が残されていた。司令部に報告されていた。1時間後に航空機が攻撃した、横山艇は情報価値がなかった、既に酒巻一男の特殊潜航艇が捕獲されていたから、今も横山正治戦死後2階級特進、海軍少佐の墓(遺骨は入ってない)として残る。


myanchan at 20:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 歴史 
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