『角海浜』って知ってますか?
新潟県に住んでいても知らない人の方が多いかもしれませんね
でも『越後七浦シーサイドライン』は県民なら一度は通ったことがあるでしょう!
そのシーサイドラインを走っていて、突然、道路がシーサイドじゃなくなる所が『角海浜』の場所です
詳しくいうと新潟市方面から寺泊方面に向かう途中の五ヶ浜、浦浜を越えて坂道を登ると赤い橋があり、その後はトンネルになるところです
角海浜について
新潟市西蒲区(旧巻町)福井にある『旧庄屋 佐藤家』という古いお家が会場でした
こんな電灯が似合う建物です
内部はこんな感じ
我が家の茶の間も100年越えてるので雰囲気は似ています…
まゆだまもいいですね~
『トイレ』というより『便所』
でも、中は手すりもバッチリついてるきれいな洋式トイレでした
『開けてぼっとんだったらどうしよう…』とドキドキしました(^-^;
ご飯の釜?
お天気も良くて春を感じれました
さて、今回、なぜこの『消えた角海浜』という語りとピアノとオカリナの生演奏…というのを見に行ったのかというと、去年から入ってるFacebookの『廃墟部』というグループで話題になって興味を持ったんです
去年はやはり同じように廃村になった旧下田村の『吉ヶ平』に何度か行きました
こちらは山奥でしたが、角海浜は海岸の村です
いろいろな説明は省きますが(↑の方の『角海浜について』をポチっとしてみてください)、平場の人間にはわからないことばかりだったので、お話を聞いてみようと思い参加してみました
これから見てみたいと思ってる方もいられると思うので詳細は書きませんが、私の感想を書いてみます
いろんな意味で衝撃的でした
私は新潟県のほぼ真ん中にある蒲原平野にある燕市の中の旧吉田町で育ちました
23年間、田んぼの真ん中で生活してました
小学生の頃に、越後平野が現在のようなきれいな水田地帯になる前は、沼地や湿地帯で洪水も多くとても大変だったと習いました
それを良くするために作られたのが大河津分水やその後に作られた樋曽隧道で、大水になったときに日本海へ放水して平野の水田を守ろう!という為の大切な川です
学校ではいいことしか習わなかったし、私の実家はその放水路のすぐ脇なので『これがなかったらすぐ流されてしまうわ』と思っていました
…それが角海浜にとっては良くないことだった
語りを聞いていて、何故、私が角海浜に興味を持ったのか、分かってきました
私の亡くなった祖父は農家の傍ら土地改良の役をやっていました
村でもなかなか有名なじいさんでした
ここまでの素晴らしい水田地帯にするのには相当な『ほじょう整備』や用水路の整備が重要だったんだと思います
それに携わっていた祖父…
私は幼かったので詳しい話は聞かされていません
そんな祖父が土地に関わる歴史をもっと知りなさいと天国からメッセージを送ってきてるのかな?と思いました
残念ながら角海浜は砂浜の侵食が激しくほとんど土地が残っていません
なので自分の目で見れる部分は僅かです
(浦浜から見た現在の角海浜)
そんな、角海浜の歴史を素晴らしい語り…そして、オカリナとピアノの演奏で見せてくれるこの公演は本当に感動しました!
そして、BGMとしてずっと民族楽器のようなものの演奏もありました
バリ島の楽器のような?ものの音を聴くとなぜか懐かしいような不思議な気持ちになりますよね
最後に『浜辺の歌』を合唱したんですが、なんだか感動し過ぎてうまく声が出ませんでした
こんな素晴らしい公演の情報をFacebookで発信してくれた『いわむろや』の館長の小倉さんに感謝しています!
ぜひ、素晴らしい公演ですので再アンコールがあったら、ぜひとも、平野部に住んでる方にも見てもらいたいです!!
終わってすぐ、角海浜の見える海岸へ来て、このブログを書きました
きれいな夕陽が見れて今日は最高です
新潟県に住んでいても知らない人の方が多いかもしれませんね
でも『越後七浦シーサイドライン』は県民なら一度は通ったことがあるでしょう!
そのシーサイドラインを走っていて、突然、道路がシーサイドじゃなくなる所が『角海浜』の場所です
詳しくいうと新潟市方面から寺泊方面に向かう途中の五ヶ浜、浦浜を越えて坂道を登ると赤い橋があり、その後はトンネルになるところです
角海浜について
新潟市西蒲区(旧巻町)福井にある『旧庄屋 佐藤家』という古いお家が会場でした
こんな電灯が似合う建物です
内部はこんな感じ
我が家の茶の間も100年越えてるので雰囲気は似ています…
まゆだまもいいですね~
『トイレ』というより『便所』
でも、中は手すりもバッチリついてるきれいな洋式トイレでした
『開けてぼっとんだったらどうしよう…』とドキドキしました(^-^;
ご飯の釜?
お天気も良くて春を感じれました
さて、今回、なぜこの『消えた角海浜』という語りとピアノとオカリナの生演奏…というのを見に行ったのかというと、去年から入ってるFacebookの『廃墟部』というグループで話題になって興味を持ったんです
去年はやはり同じように廃村になった旧下田村の『吉ヶ平』に何度か行きました
こちらは山奥でしたが、角海浜は海岸の村です
いろいろな説明は省きますが(↑の方の『角海浜について』をポチっとしてみてください)、平場の人間にはわからないことばかりだったので、お話を聞いてみようと思い参加してみました
これから見てみたいと思ってる方もいられると思うので詳細は書きませんが、私の感想を書いてみます
いろんな意味で衝撃的でした
私は新潟県のほぼ真ん中にある蒲原平野にある燕市の中の旧吉田町で育ちました
23年間、田んぼの真ん中で生活してました
小学生の頃に、越後平野が現在のようなきれいな水田地帯になる前は、沼地や湿地帯で洪水も多くとても大変だったと習いました
それを良くするために作られたのが大河津分水やその後に作られた樋曽隧道で、大水になったときに日本海へ放水して平野の水田を守ろう!という為の大切な川です
学校ではいいことしか習わなかったし、私の実家はその放水路のすぐ脇なので『これがなかったらすぐ流されてしまうわ』と思っていました
…それが角海浜にとっては良くないことだった
語りを聞いていて、何故、私が角海浜に興味を持ったのか、分かってきました
私の亡くなった祖父は農家の傍ら土地改良の役をやっていました
村でもなかなか有名なじいさんでした
ここまでの素晴らしい水田地帯にするのには相当な『ほじょう整備』や用水路の整備が重要だったんだと思います
それに携わっていた祖父…
私は幼かったので詳しい話は聞かされていません
そんな祖父が土地に関わる歴史をもっと知りなさいと天国からメッセージを送ってきてるのかな?と思いました
残念ながら角海浜は砂浜の侵食が激しくほとんど土地が残っていません
なので自分の目で見れる部分は僅かです
(浦浜から見た現在の角海浜)
そんな、角海浜の歴史を素晴らしい語り…そして、オカリナとピアノの演奏で見せてくれるこの公演は本当に感動しました!
そして、BGMとしてずっと民族楽器のようなものの演奏もありました
バリ島の楽器のような?ものの音を聴くとなぜか懐かしいような不思議な気持ちになりますよね
最後に『浜辺の歌』を合唱したんですが、なんだか感動し過ぎてうまく声が出ませんでした
こんな素晴らしい公演の情報をFacebookで発信してくれた『いわむろや』の館長の小倉さんに感謝しています!
ぜひ、素晴らしい公演ですので再アンコールがあったら、ぜひとも、平野部に住んでる方にも見てもらいたいです!!
終わってすぐ、角海浜の見える海岸へ来て、このブログを書きました
きれいな夕陽が見れて今日は最高です










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