マイケア日記

島村が、見たり聞いたり感じたりしたこと、つれづれなるままに書かせていただいています。

介護報酬改定で危惧すること

介護報酬改定で生活援助の区切りが45分になったことで、ヘルパーからは仕事を45分で切り上げないといけないとか、ケアマネからはケアプランを変えなくちゃけないとか、利用者にどう説明しようかとか、そんな声が聞こえてきます。
でも、よーく考えてみたら、そういうことじゃないと思う。
それについて吼えたい…。

実は、これって、報酬が45分以上は一律だということであって、ケアプランに位置付けてはいけないということではないんですよね。確かに、訪問介護事業所にはとても厳しいひどい数字だと思いますが、ヘルパーの仕事…「高齢者の様子を見て、高齢者の自立を目指した家事支援をして、記録を書く」を45分で完結させるなんて不可能。

ケアマネは、あたふたと提供時間を45分単位に短縮させて、利用者に「改正で、提供できる時間が短くなったんです」なんて、ウソはつかないでほしい。提供できる時間は、「適切な」ケアプランにのっとっていれば、これまで1時間なら1時間のままで、1時間半なら1時間半のままで、いいはずでです。
サービス事業所が収益を考えて、「困るよ、受けたくないよ」ということはあるかもしれないけど、それを最初から見込まないで。第一に利用者の暮らしを最初に考えてほしい。

さらに釘を刺しておきたいのは、介護予防訪問介護に、この45分ルールを持ち込まないで! ということ。介護予防訪問介護は、全く仕組みが違うのだから。

前回の改定の時、予防訪問介護の提供時間がいつの間にか1時間半ってことになっていた。この根拠がいまだに全然わからない。予防訪問介護は、1か月単位の報酬であって、その人の自立に資する時間をケアプランに位置付けるということで、1回あたりの時間には規制はないはずです。
ケアプランがしっかりと考えられていないから、一律1時間半なんて、適当なことになってしまったのだと思います。
この辺りの事情をよく知らないので、見当外れに怒っているだったらすみません。根拠をご存知の方は教えてください。

このままだと、おかしな方向に流れていってしまいます。恐ろしいです。

利用者に入ってくる情報は、事業者経由でしか入ってきません。事業者のフィルターを通すと、事業者に悪気がなくても、マッタイラというわけにはいかなくまります。

利用者が利用者目線で、報酬改定を考える機会を持ちたいかも…。

セルフケアプランの活用の支援だって!?

介護給付費分科会の傍聴に行きました。
居宅介護支援についての資​料の中に、また、マイケアが21年度に行った老健事業の報告書か​らの抜粋が入っていました。セルフケアプランが非常に少ない(要​介護0.01%、要支援0.04%)ことと、少ないことについて​自治体が考える理由の表。ここを使うかね…。

でも、検討の視点のところに、「セルフケアプランの活用支援」と​いう文言が載っていました。
で、委員の中の一人が、これからは団​塊の世代が第一号被保険者になり、利用者像が変わってくる、セル​フケアプランの道を明確化をすべきと、発言しました。

そうそう! 道を隠さないでほしいよね。2つの道のうちの一つを​、利用者が選べるようにしてほしいよね。

花田春兆さん

先日、高輪区民センターで明日まで開かれている花田春兆さんの​陶俳画の個展に行ってきました。
春兆さんは、80歳半ばの高齢者​で生来の障がい者でたぶん要介護4か5で、東京タワーのふもとの​一等地にある特養ホームに住んでいる俳人。マイケアの活動にとて​も共感してくれている方です。

前に、春兆さんの「支援費風雲録」​という本の中で、原稿を書かせてもらいました。

展示は、自作の陶画に添えられた俳句(逆かも?)、この俳句が胸​に響くんだゎ。
このほか職員の写真と俳句のコラボ、ほかの入居者​が作った干支の人形と俳句のコラボなどなど。
特養ホームというと​、とても創作の場とは思えないかもしれませんが、そこをアトリエ​にしちゃっている春兆さんは、すごい。

陶画はリハビリの一端らし​いけど、俳句の脇で深い味わいです。毎年、カレンダーにしている​とのことで、予約してきました。

自己作成支援ソフト「とき」のこと

介護保険の点数計算をしてくれて行政に持っていく書式がババッと​できてしまうフリーソフト自己作成支援ソフト「とき」、バージョ​ン4.0の提供を開始してから4か月ほど経ちました。
3.0までは、自由にダウンロードできるようにしていたのですが​、果たしてどんな方がどれくらいダウンロードしてくださっている​のかがわからないので、4.0ではいったん申し込んでいただく方​式にしました。
1日に数件の申し込みがあります。やはり多いのは、将来的に自己​作成を考えているという利用者・家族からの申し込み。それに劣ら​ず多いのが、ケアマネジャーからの、ケアマネ業務に利用したいと​いう申込み。続いて、行政からのやはり業務に利用したいという申​し込み。昨日は4件とも、ケアマネさんからでした。
「とき」は、ソフトを作るプロの「ぐうたらおとうさん」が、最初​は全くのボランティアで作ってくれたソフトです。忘れもしない2​001年12月、マイケア立ち上げの記事を読んで、「父の介護の​際に何もできなかったが、今の自分で何か役に立つことがないか」​と、連絡をくれた、あの一本の電話から生まれたものです。
その後、改正に伴ってのシステム変更や、細かなマイナーチェンジ​までずっと付き合ってくれて、はや10年。
ソフトのプロだけど介護については何も知らないぐうたらお父さん​と、介護はしているけどITのことはわからない自己作成者が知恵​を出し合いながら作った、そんな、ストーリーがあるソフトなんで​す。
「ケアマネジメントのプロだけど、本人のことはよく知らない」ケ​アマネと、「本人のことはよくわかっているけどケアマネジメント​のことはわからない」利用者が知恵を出し合いながら作るケアプラ​ン、、、とよく似てるでしょ。

そういえば、ケアマネさん向けのソフトは、ケアプラン作成の過程​までソフトに組み込まれているものが多いようですが、私は、ソフ​トに頼るのは計算が必要な利用票・提供票と別表を作成するこの部​分だけにしてほしいと思っています。
ケアプランを自己作成してみて、効率化ができるのは、ここだけだ​と実感しました。あとの部分は効率を求めてはいけないと。ここに​至るまでの過程は、回り道しながら納得しながらじゃないといけな​いと。「急がば回れ」だと。
まして、ソフトに文例は要らない。利用者がわかる、なじみのある​言葉でないと、利用者の代弁にはならない。
だから、『あたまの整理箱』は、アナログなんです。

以上、ソフトを申し込んでくれた方にご案内メールを送りながら、​頭に浮かんだことでした。

クリスマスプレゼント(井手智子)

友人から、クリスマスのプレゼントに、柴田トヨさん(98歳)の詩集
「くじけないで」が届きました。

友人は、読まれたかもしれないけど・・・・
といってましたが、私はまったく知らなかったので、夢中で読みました。

トヨさんはすばらしい先輩です。
女として、母親として、人として。

主人も、娘も読んでいました。

「先生に」  で微笑み、
「電話」   でそうだそうだと怒り、
息子さんへの気持ちに涙しました。

皆さまもよかったら、読んでみてください。

井手智子

サービス担当者会議のあり方

ところで、現在行われているサービス担当者会議、利用者にはどうなんでしょう?

確かに最近、利用者が出席する会議が増えたらしいんですが
現状は、サービス担当者の会議で、利用者はオブザーバーで、まだまだ利用者が構成員という意識がないような気がするのですが…。

ある利用者の言葉
「サービス担当者会議、僕らにとっては裁判ですよ。利用者は被告ですよ。ケアマネと事業者がよってたかって『こういう風にしなさい』『これをしたらだめ』。まるで怒られているみたいなんですよ」

また、別の利用者
「難しい話ばかりで何を言っているのか分からない」
「みんなで話して『これでいいですか?』と聞かれるので『はい』というだけ」

こんな話を聞くと、「カゴメカゴメ」みたいだな、と思ってしまいます。
つまり、利用者を真ん中にして、周りをケアマネとかサービス提供者がぐるぐる回っている…。

上記の利用者からの話にも偏りがあるのかもしれませんが、
これを読んでくださっている皆さんが知っているサービス担当者会議では、利用者が輪の中に入って、中心になってちゃんと発言しているんでしょうか?

ちなみに、うちの場合は、半分以上が義母のしゃべりでした。

どんな風に暮らしていきたいか、そのためにどんな風にがんばっているか、どんなことが心配なのか、何ができないのか。どう助けてほしいのか。
そんなことを皆さんに聞いてもらうのです。

そうすると、少なくとも方向性は共有できるんです。
細かい相談は、それが共有できてからでした。

そもそもサービス担当者会議っていう名称がよくないと思う…。

生活者にとって、「会議」なんて日常にない言葉なので、会議なんて聞いたとたんに萎縮しちゃいます。

それに加えて、「サービス担当者」。
サービスを担当する人の会議であって、利用者はどこにいればいいの?
って思っちゃいます。

でも、「サービス担当者会議」という言葉は介護保険用語らしいので変えることはできないんだそうです。

ならば、ケアマネジャーが利用者に伝える時には、「話し合い」とか「相談」とか、「顔合わせ」とか…、噛み砕いたら?

それから思うのは、
ケアマネジャー研修で、利用者の入ったサービス担当者会議のワークショップをしたら?

とにかく、担当者会議に医者を引っ張り出すのに努力するのと同じくらい、担当者会議で利用者の発言を引っ張り出す努力をしてほしいです。



サービス担当者会議と書類

老健事業が終わりました。保険者へのアンケート結果は、予想通りでした。
つまり、自己作成については懐疑的、消極的なところが多い。
実績はとっても少ない。
自己作成に対する偏見を持っているところも多く、まだまだ理解されていないな、と感じました。

でも、サービス提供事業者へのアンケートはとても参考になりました。

自己作成って、何も枠がなくて、サービス担当者会議も開けとは言われないことがほとんどだし、根拠を示す書類も提出しろといわれないことがほとんど。

単にサービスを組んで、給付管理に必要な利用票と別表だけを作って提出すればサービスが受けられるところがほとんど。

でも、サービス提供事業者のアンケートには、「サービス担当者会議を開いてほしい」「目標とかこうなりたいということを、口頭だけじゃなくて書いたものでもらいたい」という意見がいっぱいでした。

自己作成で陥りやすいのは、自分がすべてを見渡せる位置にいるものだから、つい、ほかの人もすべて見えていると思い込みがちなこと。

全体が見えなくてモヤモヤした経験から自己作成に入る人もいるわけですが、その「カヤの外感」を、サービス事業者に抱かせていたかもしれない、と、事業者からの回答をいただいて今さらながら反省しました。

透明性、コミュニケーション、信頼関係、
担当者会議と「書いたもの」は、これらを確保する意味があるのだと実感しました。

よく、素人には「サービス担当者会議」とか「書くこと」は大変なんじゃないか、と言われますが、

大変だから要らない、ではなく、

大変かもしれないけど、

「開けば、書けば、現場がうまくいくようになる」から必要なんですね。




クロスワードパズルと母

最近、実家の母がクロスワードパズルにはまっています。
隔月刊のパズル誌を毎号やっているんです。

母は83歳。
昔からコーラスだ、俳句だとよく出歩く人でしたが、コーラスはやめたし、句会も面倒になってきて、以前より外に出る回数が減りました。

そんな時に出会ったクロスワードパズル。

はじめてから半年くらいになりますが、先日実家に行ったときに、
「なんだかこの本、問題がどんどん簡単になってくるんだけど。ということは、私のあたま、良くなってるってことよね」ととてもうれしそうに言うんです。

確かに脳の活性化効果があったのかもしれないんですが、こんな風に自分への自信を語る母を見て、とてもうれしくなりました。

きっと、だんだん行動半径が小さくなるし、意欲もなくなってきて、心細くなってきていたんだと思うんです。
でも、パズルって、長年積み重ねた知識がとても役に立ちますよね。
母の場合は、ずっとやってきた俳句のおかげで、難読漢字が難なく読めるんです。
それで、すごく自信を回復したんだと思います。

今がテーマの新しい知識が必要なパズルは、孫に手助けを求めています。
パズルが世代間交流にも役に立っているんです。
あと、正解者への賞品もけっこう魅力的で、私も「これ当てて!」とリクエストしたりしてます。
パズルって、暗く一人で閉じこもってやるイメージがあったけど、案外いろんな効用があるんじゃないかって思うようになりました。

デイサービスとかで、高齢者もスタッフもみんなで解いて、賞品を当てたらとても楽しいんじゃないかな。

介護予防・事始め

この冬は、老健事業一色でした。
そんな中、ある夜のこと、何気なくしゃがんだら、、
ピキーン! 膝に激痛が!

翌日も治らない。歩くのもイテテ、階段を上ったり下りたりするのが、で、できない。
でも、行かなくちゃいけないので牛歩のごとき歩調で出かけていました。すぐに治るだろうと思っていたのに治らない。

最初はひざが痛かったのに、膝の後ろの筋まで痛くなり、足全体が重い感じになり…正座もできない…
いったいどうなっちゃったんだろう、とんでもない病気になってしまったんだろうか…。
しばらくしてから、医者に行きました。
診察室に入ると、医師がレントゲン写真を見ながらひと言
「加齢ですね」

ガーン!

これが年を取るって…ってことかぁ。
年を取ることを肯定的にしゃべっている私でしたが、膝はこのままではやばい。

以前はまったくスルーしていたテレビショッピング
テレビから
「膝がまったく気にならなくなりました」
「階段の上り下りもこのとおり」
なんてコメントが聞こえると、
ドタドタととテレビに駆け寄って「ナニナニ? 0120…」と電話番号を書き留めるように。
それで、とうとうコンドロイチンを注文してしまいました。

そういえば、最近はまったく気にならなくなりました。
コンドロイチンのおかげか…時間が経ったおかげか、春になって暖かくなったせいか、老健事業のめどがついてストレスがなくなったせいか…

痛くなくなってよかったです。

これからは、筋トレで骨の周りの筋肉を鍛えて介護予防に励もうと思っている平成22年度の私です。

厚労省 平成21年度老人保健健康増進等事業

かねて、厚労省平成21年度老人保健健康増進等事業への申請をしていました。

テーマは、「ケアプランの自己作成についての実態調査と自己作成の健全な普及に向けての課題と施策の研究事業」。

長たらしいタイトルですが、要するに、ケアプランを自己作成したいと思った時に、すんなりできるようになるにはどうしたらいいか? ということです。

それが、先日、採択されたという通知をいただきました。

今年度はほぼ、かかりきりになると思います。

メーリングリストでご報告したところ、会員の方から
「全国マイケアプラン・ネットワークならではの調査と提案を」
というメールが届きました。

こんな大きな事業は初めてなので、ドキドキですが、
「マイケアならではの」
を頭にしっかりと置いて、がんばりたいと思っています。

がんばります。

自治体最初の自己作成者の宿命…??

私が自己作成を自治体に申し出たのは2000年。
介護保険が始まる時でした。

今は2009年。
介護保険が始まってから、9年以上が経っています。

その間に3回も報酬の見直しがあり、
制度自体の見直しも1回ありました。
もう少しすると、2回目の制度の見直しの時期がやってきます。

手探りだった自治体は、どこもそれなりに動いて、介護保険を存続させています。
ケアマネジャーもたくさん生まれ、国家資格化を目指せなんて言っている人もいます。
利用者も、初めは何が何やら分からなかったけれども、9年間も使って制度のしくみも分かってきています。

なのに、、、、、

「自己作成をします」
と、最初に自治体に申し出た人への、自治体の反応は、
いまだに同じ…。

最近、自己作成を自治体に申し出た人、
皆、、私が言われたのと同じことを言われています。

「ケアマネに依頼してもタダですよ」
「自己作成は難しいですよ」
「ケアマネを探したらどうですか?」

普通の感覚で、自己作成をするほうがうまく回ると思って自己作成を選んでいるのに、この言い方。
どうしたらもっとうまくいくだろうと必死に考え、「自己作成をやってみよう!」と決意した人に投げられるこの言葉、
ひどいと思います。

「自治体で『最初の一人』の宿命なんですよ、
がんばって、きちんと自己作成をすれば認められますよ」

なんて、言っている自分がいやになります。

みんなが、それぞれの形で、それぞれの介護をストレスなくできるように、どんな方法を選んでも、普通に受け入れられるように、提言していかないといけないと思っています。

介護保険ホットライン

今日から3日間、介護保険ホットラインが始まりました。

市民グループが集まって企画委員会をつくり、介護保険に関する相談を受けるもので、今年で4年目です。

ホットライン電話番号:03-3235-2210
http://haskap.net/news/hotline20090518.html

毎年質問内容とか質問者に特徴が表れるので、世相がわかり、とても参考になります。

今日一日の感じですが、
なんだか質問の二極分化が感じられました…。

一方は介護保険を調べつくし、現在の介護保険制度はどうなってしまったのだという、怒り、ご意見の電話。
「国には何度も電話した」「介護保険をこう直すべきだ」と。

そうした一方で、介護保険もよくわからない、ケアマネはあまり聞いてくれない、だれに聞いてもサービスは使えないと言われ、どうしたらいいのか分からない、でもとても大変な介護を担っていて、すぐにこちらから飛んで行ってあげたいくらいギリギリまで来ているご相談。

情報の偏りをひしひしと感じました。

デイケアのリハビリ加算のとばっちり

今回の報酬改定で、たくさんたくさんの加算が作られました。
そのうちのひとつに、デイケアで月8回以上利用しないと加算が付かないリハビリ加算があります。

その加算のために週1回の利用者が断られるって信じられないような話をこのごろ立て続けに聞きました。

またまた、おかしな話!
その人にとって必要だというのではなく、事業所にとって加算を取るために必要だというのがケアプランの根拠になってるなんて!

どんどんゆがんでいくぅ…。

「うちは自己作成しかなかったと思う」

今、マイケアの本を出すために幾人かの自己作成経験者に話を聞いています。

親のケアプランを立てている(いた)人たちって、皆、何だかサバサバしているんです。ドロドロしていないっていうか…。

で、共通する言葉が

「うちの親は、たぶん自己作成しかなかったと思う」

個性的だから、ケアマネジャーには把握できなかったと思う、とか、ケアマネジャーを受け入れなかったと思うとか、とか…。

うちの義母もその口で、「そうそう!同じ!」と、話を聞いていました。
その方たちが見ていた、要介護の高齢者は、そろいも揃って個性派ぞろい。わがままぞろい。
まさに、自己作成しかない高齢者って多いんだな、と思いながら。

でも、そのうちに、

「世の中の高齢者で、『自己作成向きでない高齢者』なんかいるのかな?」

という思いが、ふつふつと湧き上がってきました。

だって、人生何十年も、これまで自分として生きてきて、価値観なんてすっかり固まっているし、染め直しが利くような人がいるわけがない。

「自己作成しかなかった」というのは、その高齢者が特別個性的でわがままというわけではなく、たまたま、その染め直しが利かないというところを重く捉えたから出る言葉なのではないかな、と思いはじめました。

親のケアプランを立てている人がけっこうサバサバしているのは、「染め直せない」ということを受け入れて、そこから出発しているからなんじゃないかな、という気がしています。

介護報酬改定・限度額変更なし!?

介護報酬の改定の具体的な額が示されました。
今回の改定の大きな目玉は、介護にかかわる人たちの待遇改善。

で、3%の引き上げです。

ですが、利用限度額については何もありませんでした。
報酬単価が上がったら、相対的な器が小さくなるわけですから、器である利用限度額も上げなくてはいけないと思うのですが…。

「限度額いっぱい使っている人がほとんどいないから、限度額を上げなくてもやっていける人のほうが多い」

ということだと思います。でも、、

限度額いっぱい使って、生活を何とか成り立たせている人は、少数かもしれませんが、いるのです。

「困る」「困らない」は、人数ではありません。
限度額いっぱい使って生活を何とか成り立たせている人がひとりでもいれば、その人のために、限度額も引き上げるのが当然だと思うのです。

そうやって限度額を上げたからって、財政にはさほど響かないはずです。
適切なケアマネジメントがなされていれば、限度額が上がったからといって無駄なサービスを新たに導入することはないからです。

でも、もしも、今から限度額を上げることがかなわないのだったら、

もともと、限度額いっぱい使っていて、報酬単価が上がったために限度額からはみ出てしまう人のための策が絶対に必要です。




サービス事業者さんへ

杞憂ならいいのですが…

最近、「訪問介護事業所から、これまで提供してきたサービスの撤退をにおわされている」という相談が相次ぎました。

ひとつは「ひとり暮らしだけど家族が頻繁に訪れる方」、ひとつは「認知症の見守り介護」。

最初のケースは、ヘルパーがいるときにいつも家族がいるので「それではひとり暮らしではない」と言われるんだそうです。
ケアマネジャーと訪問介護事業所のサービス提供責任者がそろって責めるので、相談者が言うには、サービス担当者会議ではまるで被告気分だとか。

もうひとつのケースは、「見守りをしている最中に何事も起きなければ、ヘルパーは何もしていないから報酬の対象とならない」からだそうです。
こちらは、ケアマネがどんなに奔走しても、ケアプランにきちんと盛り込んでも、「後で問題になると困る」の一点張りだそうです。

大きな全国展開の法人だそうですが、現場の判断ではなく、経営層の上からの方針だそうです。

私は、利用者の自立を最優先にした、ケアマネジャーやケースごとのサービス担当者会議での判断が、いわば「最高決定機関」だと思っていたんですが、それが経営最優先の、雲の上の判断が優先されるようになっているのではないか…。

コムスンショック以来、大きな法人ではもしかするとこうした傾向が強まっているのではないかと危惧しています。

もちろん、指定取り消しになり、コムスンみたいなことになったら、大勢の利用者やスタッフが路頭に迷うわけで、それを食い止めたいという気持ちは分かります。

でも、こういう後ろ向きなやり方で食い止める以外にないのでしょうか?

もっときちんと根拠を明確にして、記録を残して、ヘルパーの有用性を実証するという方法で食い止めるという方法もあるはずです。

制度の中でどんどん縮こまって身を守るのではなく、責めの姿勢で利用者の暮らしを支えてほしいものです。

一、十、百、千、万

前回に書いた、生活学校の対話集会で、一緒にゲストとしていらしていた大田区の方からのお話。
元気に過ごすための、一、十、百、千、万。

1日
1時間、活字を読む
10分間、運動する
100回、深呼吸をする
1000字、字を書く
10000歩、歩く

このうち楽勝なのが、10分間の運動。うん、これは楽勝。
次が深呼吸。気がついたときに大きく息を吸えばいいんですよね。100回はともかく、ある程度はできると思う
活字を読む。これも、ある程度読んでると思う。
歩く。あちこちうろうろ歩き回るので、10000歩まではいかなくても、できないことはないと思う。

が、が、が…
1000字、字を書く。これは、、

こうやって、キーボードをたたいて字を書く癖がついている昨今、字を書くと、10分もすると何と書いてあるかわからなくなるような字しか書けなくなってしまいました。

わたしの字、一見達筆のように見えますが、実は正確な字が分からないので、つづけ字みたいにしてごまかしてます。

それに、メモなどは、最後まで書かずに、あたまの一文字だけを書く癖がついてしまいました。

字は、まるで速記か楔形文字みたいだし、
メモは、まるでCIAの暗号みたいです。

今や、字を書くって、私にとって、それ自体を目的にしないとできないことに成り果てているみたいです。

字を書こうと思います。


すてきな高齢者たち

先日、『生活学校』の、対話集会に呼んでいただきました。

生活学校って、わたし、知らなかったんですが…。
事前に送られてきた資料やホームページを見ると、ちょっとこわそうな主婦の集団ってイメージで、、、
実はおそるおそる…でした。

でも、行ってみたら、ぜんぜん!

私のほかに、東京都の後期高齢者医療制度の担当の方と、大田区の健康づくり推進担当の方がゲストとして呼ばれていました。
わたしが割り振られたテーマは、『エンディングまでに何をしておくか』。

話は、自然、介護を経験して、いつかは自分が介護を受ける立場になることを実感し、それまでに、周りに自分の生き方をアピールしておくことの大切さ、それまでに自分の周りに介護が必要になっても大丈夫なように環境を整えておくことの大切さに気づいて、より良いエンディングのためには今の暮らしが大切で、マイケアプランはマイライフプランってことになり、、、
最後に、『マイライフプランの玉手箱』の提案話になるわけですが、、、、

聴いてくださっている方は、ほとんどが高齢の女性。いわゆる後期高齢者の方もたくさん。
多くは主婦で、これまでに生活に根ざした活動を身近な地域で地道に続けている方ばかり。
わたしのような、家事を先送りしてゲームばかりやってたり、ゴミの日忘れて家がゴミだらけだったり、アイロンなんて何年もかけてなかったり、ご飯は冷凍食品ばかりだったり、、そんなんじゃなくて…

例えば、ゴミの問題、教育の問題、環境の問題などなど、、ずっと前から取り組んでいるた方ばかり。

つまり、わたしの提案なんか、「イマサラ」の方ばかり。

なのに、にもかかわらず、ものすごく真剣にきらきら目を輝かせて話を聞いてくださいました。
イマサラの話だし、話しているのがぐうたら主婦なのに。
「実るほどこうべをたれる稲穂かな」って、こういうんだろうなあ、、と

勉強させていただきました。
わたしもああいう高齢者になる!

特定施設のケアプラン自己作成

この前、またまた気づいてしまいました。
特定施設のケアプラン自己作成についてです。
特定施設には、有料老人ホーム、ケアハウスなどがあります。
その中にも、内部に介護サービスを備えているところと、外部サービス利用型とあるわけですが、介護保険上は居宅のジャンル。

つまり在宅とみなされます。

ということで、ケアプラン自己作成も可能…かと思ったら…

そうじゃないんです。

介護保険制度的には、利用者主体ですから、なんら問題ないのですが、施設の運営基準には、100人あたり1人以上の「計画作成担当者」を配置しないといけなくて、「介護サービス計画」は、その計画作成担当者に立てさせること、というのがあるんです。

つまり、計画の作成を、担当者が立てることも含めての特定施設の報酬なので、それをやらないと運営基準違反になり、施設に報酬が出なくなってしまうのです。

法律ではOKなんだけど、省令によって、事実上自己作成はできないという矛盾に、この前気づいちゃいました。

特定施設のケアマネジャーがちゃんと利用者の声を聞き、家族の話を聞き、現場と調整し、きちんとしたケアプランを立ててくれれば何も問題ないのですが、現実にはかなりひどいところもあるらしいです。

書類を揃えるためだけのケアプランっていうところもあるようです。
そんなケアプランだったら、自己作成のほうがマシだと思うので、自己作成に道も開けておいてほしいなぁと、思います。

と同時に、施設のケアプラン(特定も介護保険施設も)、もっと重要視してほしいです。

順序が逆?

普通、介護保険を使う時はまず申請から、となっています。

Aさんは、要介護の認定を受け、ケアマネジャーと契約してケアプランを立ててもらうことになりました。

で、ケアプランを立ててみたら、介護保険のサービスは使わずに地域にあるボランティアや近所の人の手を借りて、暮らすほうがAさんらしいことが分かりました。

それで、ケアマネジャーは調整して、近所の人がいろんな手助けをしてくれることになりました。
めでたしめでたし。

とはいかないのが、現実。

なぜなら、介護保険サービスを使わないと、ケアマネジャーにはお金がおりません。
こんな風に、近所の人の手を借りていたらケアマネジャーはタダ働きになるんです。

おまけに、Aさんは要介護申請をしたのにサービスを使わないということで、役所から白い目で見られちゃいました。サービスを使わないのに介護保険を申請するなんて、無駄遣いをするなって。
なにせ、1人の要介護認定のためには、訪問調査の人件費や医師の意見書や認定審査会の人件費など、2万円から3万円もかかるんですから。

そこで、Aさんは近所の人の手を借りずにヘルパーさんを頼むことに…。

これ、変だと思いませんか?

そもそも最初にとりあえず「要介護認定の申請」という順番、おかしいんじゃないですか?

最初にケアプランを立てる。そのプランの中に介護保険サービスが入っていたら申請するというのが合理的なんじゃないでしょうか…?



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