"用意するものはすりこぎと菜種油です、と静香は言った。"
"用意するものは冷凍マグロと噂好きのおばさんです、と静香は言った。"
"用意するものはバトルアックスと殺意です、と静香は言った。"


あらすじ
 中学二年生の一年間で、あたし、大西葵13歳は、人をふたり殺した。夏休みにひとり。それと冬休みにもうひとり。・・・・・・あたしはもうだめ。怖くて、どうしたらいいかわからなくて、いまにもからだが勝手に生命活動を停止してしまいそう。少女の魂は殺人に向かない。誰か最初にそう教えてくれたらよかったのに。だけどあの夏はたまたま、あたしの近くにいたのは、あいつだけ。宮乃下静香だけだったから―。これは、ふたりの少女の壮絶な≪闘い≫の記録。

感想
 タイトルと表紙とあらすじに惹かれて購入。

 ラノベかよっ!
 ラノベの定義とか知らないし、正確には本書はラノベではないのかもしれないけれども読み始め開始1分でそう突っ込んでしまった。

 内容としては乙一版「青の炎」といったところ。
 主人公の一人称で、およそ現代の中学一年風な言い回しで書かれている。好きな人は好きなんだろうなという印象。
 舞台は海に囲まれた田舎で、その情景描写や季節描写は細かく描かれている。淡々とした感じと、描写の上手さが合わさったところが乙一っぽいかな。
 まぁそのテンポのよさと合わせて、進めば進むほど救われない展開が推進力となり、短時間で読み終わることが出来た。

 冒頭で結末が書かれていることもあり、大方予想通りの最後を迎える。
 主人公葵は学校ではお笑いキャラとしてクラスの人気者。でもひとたび家に帰ると無口な子になってしまう。母親が葵の存在を憎む気持ちが妙にリアルで切ない。子供を授かり、自由度が減ることから、娘を憎んでしまい、その憎まれる理由を当人である葵も知っているという悲劇。しかもそこに父親の不慮の死や、働かずに酒ばかり飲み、暴力を振るう義父まで絡んでくるともう不幸のどん底以外の何ものでもない。
 また、葵の"心がぱりんと割れた"瞬間も絶妙。母親の例の台詞は、全く義父と葵の関係を知らなかったのか、知っていたけれどこの後に及んでも見て見ぬフリをし続けようとしたのかはわからないが、葵はこの先も決して母親とは全うな親子関係を築くことは出来ないと悟ったんだろう。邪魔者がいなくなったらそれで関係が復縁すると思い、一瞬光が見えていただけに非常に救われない。
 この家庭環境が、先週読んだ「幸福な食卓」とは真逆過ぎて振り幅が半端なかった。現代のニュースでもこういう家庭で子供が殺される事件が多いことからリアリティがあるんだよね。

 葵が人を殺めてしまい、それだけに留まらず次の殺人にも・・・といった展開や、精神的に追い詰められ、やがて友達や、好きな人との間においても亀裂が生じてくる辺りは「青の炎」と同じ。
 ただ、決定的に違うのは、本書の主人公は完全なる孤独な戦いでは無く、人を殺したという秘密を知る同じクラスの宮乃下静香という存在がいたこと。

 クラスの人気者と目立たない大人しい子。真逆の存在である2人が「ある出来事」を通して関わり合いを持つというプロットは、もはや定石だね。葵が徐々に壊れて、後半2人のパワーバランスが崩れていく様や、葵が何度か大人に打ち明けようとしてもタイミングがずれてなかなか言い出せなかったのは切なかったな。

 ただ、やはりどうしても気になるのがラノベ風な書き方をしているのがなんともこの物語的には勿体無いなぁと思った。
 確かに読みやすくはあるけど雰囲気が軽く、葵の思いも淡々とした短い一文だけで処理されることが多く、バトルアックスとかバトルモードっていう単語とかも・・・だし、物凄く救われない展開でも背負っているものの重さが伝わりづらいんだよね。もっと葵と静香の2人だけが共有している絶望感や虚無感で溢れた世界観が色濃く出ればよかったのにと思った。
 逆にラノベ的書き方で「良いっ!」って思ったろこともある。葵が宮乃下家を訪れたときの浩一郎とのやりとりと、葵が事前に静香に言われていたことを頭の中で反芻する演出は緊迫感があって普通の小説では無い味が出てた。これって誰かが他の誰かに指示を与える時間軸と、それを実行する時間軸を同時進行するという映画の演出方法の一種だけど初めて体感した。活字でやるのも全然いいって思えた。

 後半、架橋の浩一郎とのやりとりはなんかB級ドラマ臭いし、静香の正体が結局よくわからないまま終わるのも不満だったかな。それに最後まで颯太の立ち位置が中途半端なのが残念だった。
 ただ、ラストは良かった。大晦日で活気付く街中を、2人が血塗れで歩いているシーンは絶望的な世界観に溢れていて絵的に素晴らしく自分好みだった。
 終わり方もハッピーエンドじゃないけどスカっとした気持ち良い形でいいと思う。結局今までのアレはフリで最後の最後に持ってくるところが上手い。
 と言うか、そもそもこのお話って意外にも基本に忠実なんだよね。真逆の存在の2人の関係性とか、山羊をいじめるシーンに入るまでに、一番最初の教室のシーンで静香を少し登場させたり、しっかりした構成ってのが目に見えるだけで好感は持てるよ。

 著者が女性って読み終わってから知ったけど性別を感じさせない書き方もいいね。男性作家だったら娘か母親が義父に性的な暴行受けてる記述があってもおかしくないし。考え過ぎ?wそう考えたら女性で良かった。

★★★★(4点)



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