「こんな人生はきっと全部、誰かの嘘なんだ。きっと全部、悪い嘘」

あらすじ
 その日、兄とあたしは、必死に山を登っていた。見つけたくない「あるもの」を見つけてしまうために。あたし=中学生の山田なぎさは、子供という境遇に絶望し、一刻も早く社会に出て、お金という“実弾”を手にするべく、自衛官を志望していた。そんななぎさに、都会からの転校生、海野藻屑は何かと絡んでくる。嘘つきで残酷だが、どこか魅力的な藻屑となぎさは序々に親しくなっていく。だが、藻屑は日夜、父からの暴力に曝されており、ある日―。直木賞作家がおくる、切実な痛みに満ちた青春文学。

感想
 「少女には向かない職業」を読んで、著者、桜庭一樹氏のラノベ的なところがちょっとなぁと文句を言いつつも、氏のがっつりライトノベルのレーベルから出してる本書を、前作を読んでから一週間もしないうちに買うというツンデレ振りを発揮するあたり、いい年してまだまだ精神的に子供だなと我ながら思ったりもした。
 ていうかそもそもネット上で前作を色々調べているうちに、「本書抜きで桜庭一樹氏は語れない」的な意見が余りにも多いため、これは読まないわけにはいかないと、どういうストーリーかも全く調べず、購入した次第であります。

 初っ端から「海野藻屑(うみのもくず)」という名前にラノベ的だなーっと面食らったけど、不思議とその後は普通に読めた。この普通に読めたっていうのがラノベを受け入れられたと言うよりかは、一般的な普通の小説を読んでいる感覚で読めたという意味で、何故か前作に感じた違和感がまるで無かった。

 前作同様、今作も結末が最初に書かれ、そこに向かって話が進んで行く。進めば進むほど切ないし、痛々しい。そういう気分になるとわかっていてもページをめくる手を止められなかった。

 主人公のなぎさは現実主義者。自分が生きていく上で意味の無いものには興味を示そうとしない。本書の言葉を借りるならなぎさは「実弾を撃ち続ける」のだ。その背景に「貧乏な家庭環境」が関係しているのは言うまでもない。
 何かが「無い」状態でないと有難味なんてわからない。お金も、人の心も。満たされない状況でないと人は成長しない。この訴えは凄くよくわかる。

 逆に藻屑はなぎさとは正反対の妄想主義。裕福な家庭に育ち、満たされた環境にいる。 
 
 2人の環境の違いはまるで、物が無い時代と、豊になった現代を表しているようにも見える。
 物や情報で溢れ返った現代は、何かをインプットする機会が余りも多過ぎて、逆にアウトプットする機会が無い。だからこそ、辛いとき、悲しいときに真正面から立ち向かう術を知らない。インプットされた大量の情報があるからこそ現実から逃れやすい。だから現代では藻屑のような人格形成をした人間が出来上がりやすい。どちらかと言うと自分も藻屑側の人間だからその気持ちがよくわかる。

 僕は小さいときに、よく空想の世界を作って頭の中で遊んだ。大人になってもその癖が残っており、受け入れられない現実があると、知らず知らずのうちに自分に都合の良い妄想をして、気を紛らわせている。辛いことと妄想の量は多分比例している。妄想に入り込むのは一種の「逃げ」だ。
 妄想はまだ自分だけの世界の話。性質が悪いのは「人からよく見られたい」という願望が生まれるとき。その為に嘘を付く。そして自慢する。よく見られるように。これは自分でもいつの間にかそうなっていることが多いし、他人がそうなっているのを目の当たりにすることも多い。
 今の会社の上司が丁度そういう人間。社内に銀行へ行く人がいると、「ついでに震災の義援金の振込み用紙も取ってきて」とほぼ毎月、皆の前で言う。
 この上司の場合、「なぜ義援金を支払うのか」という問いに対する答えは「復興支援したいから」じゃなく、「義援金を支払っている良き人と皆に思われたいから」でしかない。いや、もしかしたら心の底から本当に復興を支援したい純粋な気持ちで溢れているのかもしれない。でも残念ながらそうは見えない。芸能人でも無いのに、義援金払っているなんて口にした時点で負けなんだよ。
 自分自身もこういうとこあるから、この上司に対してはもの凄く反面教師になって、色んな意味でありがたいし自分も気をつけないといけないなぁと思ったりもして・・・って話が逸れてるな。

 藻屑は、先述した現実の嫌なことから抜け出そうする空想と、誰からも認められず人からよく見られたい願望、両方の究極にいるように見える。そこに本人の意思はまるでない。息をするように不思議なことを言い続ける。本書の言葉を借りて言うなら「砂糖菓子の弾丸を打ち続ける」。それが唯一自分の精神を保つ方法なのだから。
 
「好きって絶望だよね」

 何気ない一言だけど、この言葉は強烈過ぎて胸に突き刺さった。
 藻屑にとって人を「好き」になることって決してその思いを叶えられない一方的なものでしかない。
 「好き=絶望」 なんて結論付ける事実ほど悲しいものなんてない。虐待を受けている子の心情を素晴らしく表現してる。心も体も傷ついて、自分自身を憎み、どうしようも無いほどボロボロになっても、それでも親からの愛情を欲してしまう。虐待ってやりきれない。

 著者がラノベ作家から一般の小説家、はたまた直木賞作家に上りつめるのにも納得。勢いで一気に書き上げたらしい本書で、ひきこもりや虐待と言った社会派ミステリーをさらっと描いてしまうのだから。
 後、前作同様風景描写が巧い。詩的センスに溢れていて読んでいて心地良い。
 他にも細かいところで言うと、藻屑の父がかつての有名タレントで奇人っていうのもなんか妙にリアルだわ。有名な曲の3番目の歌詞が実は恐いっていうのは蛇足な感じがしたけど、かつての栄光だけで生きている芸能人ってどこかイッてる人が多いからね。そういった妙に納得出来てしまう洞察力も素晴らしいと思った。

 ラスト、担任の教師が「生き抜けば大人になれたのに・・・」と言う。そうなんだ。大人になることが重要なんだ。大人になれば実弾(=お金)が手に入る。「信用」も「夢」も「人の心」もある程度はお金で買える。
 でも子供では砂糖菓子の弾丸だけでは死に至ることがある。そんな悲劇のお話だった。

★★★★(4点)



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