2006年08月

2006年08月28日

愛島くんの結婚

コスモス













取次ぎで、1本の電話をまわされた。

「愛島(あいしま)です」
「?」
「お久しぶりです。いえ突然お電話して申し訳ありません」
「はあ」
「じつは家族でそちらに伺いたいと思いまして」

―仕事の話?

「ええ… はいどうぞ、どうぞ…」
「ichiさんのおかげで、やっと家族が持てました」

―??

「だから(お礼のつもりで)そちらにお伺いしたいんです」

―電話の相手は、先月結婚、披露宴の話などを一方的に話し出す…
 そこで一通の結婚式披露宴の招待状が届いていたことを思い出した!

 うわ!行ってない…

―行ってないよりも何も、出欠の返事すらしないまま、忘れていた。
 そして、相手が誰なのか、次第に記憶がよみがえってきた。

  「さんぱつ屋だ」… 

―理容師の若い兄ちゃん… 

 そういえば、私が客で、彼に調髪してもらっている最中に、
 彼の身の上話のような世間話を聞いたことがあるし、
 話したことがある。
 彼は私本人がすでに忘れてしまったような、
 おそらく誰もが言うであろう。
 その他愛ない会話の応答を覚えていて、
 私の見知らぬ相手と結婚し。
 しかもそれを恩義に感じて、披露宴に招待し、
 その後、披露宴をすっぽかした私に電話までかけてきて
 夫婦で私に会いたいと申し出ているのだ。

「ぼくもやっと家族が持てました。親子で…云々」

―子どもがいるのか… 
 結婚して間もなく子どもとは、新婦に連れ子がいたのか、
 彼自身が子持ちだとは聞いていない。
 そういえば、彼女が再婚であって… 
 そんな相談を受けたような気がする

―電話の向こうは一方的に話すが、
 やがて「ちょっと待ってください」と言ってしばらく間が空いた。

―音が一切聞こえなくなった。受話器の話し口を手の平で塞ぐ。
 そんな仕草による音の遮断方法…

「はじめまして、いつも(主人が)お世話になっています」

―今度は女が出てきた。
 何か二言三言喋ったが、元より声に聞き覚えはない。
 
 「夢だ…」
 
―夢を見た。

―そういえば、いつか夢で披露宴の招待状の届く夢を見た。
 この夢は、その続きだ。
 私はここ5年以上、丸坊主で...
 自分でバリカンで剃るので理容は利用しない。…なんてね。


 夢の中でも…とにかく、幸せになれたのなら… 

 それでよかった…








myokasyo at 22:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 夢々うらないごと 

2006年08月25日

蓮が好き…

蓮-2








唐突だが、蓮が好きだ。
3年前、蓮の鉢を買い求め、玄関前の小堀に植えた。
植えた年の夏には花をつけたが、それ以降は葉もあまり育たず。堀の深さが浅すぎたのかとあきらめていた。
今年は夏の初めから葉を多くつけ、よもや…の期待がかかり。
やがて、まばゆいほどの夏の日差しの中、二つのつぼみをつけた。
たった2つ… だが、なかなか嬉しい。
1本は真っ直ぐに立ち、もう1本はぐにゃりと曲がって育ち、
切ったのは、ぐにゃりと曲がったほうを生けた。


では蓮の何がよいか?
よくよく考えてみれば、花の色の美しさもさることながら、葉の色、葉のカーヴかな…と思う。

蓮には生と死がある。死してもなお生きている。

とにかく。そのどちらにも見とれてしまうのだ。

鎮静効果がある。


鎮静効果といえば、ときどき蓮の茶を飲む。
某Web蓮茶の商品コピーには、
「蓮茶,蓮花茶,ハス茶はベトナム美人の秘訣,蓮の花の自然な香りで癒し効果もあります」とある。
なるほど…

蓮茶














山の岩清水で湯を沸かし、蓮の茶を入れれば、たしかに… 心地よい。
ときどき、脳の鎮静をすべき...


<唐招提寺>金堂扉板に極彩色の花文様 解体修理で発見





蓮






myokasyo at 00:00|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 妙花 

2006年08月15日

この国のかたち

この国のかたち〈2〉




最初に思い出すのは、大和・葛城(かつらぎ)神社のこと。
「思い出す」という脳のはたらきよりさきに身体が覚えているというほうが、言葉としてふさわしい。

本来は、「樹氷の写真を撮りたい」と念願し、極寒の2月を選んでその地を訪れたときのことだ。
その年は比較的温暖な冬で、残念ながら目的にしていた樹氷こそ撮れなかったが、
ふと帰途に立ち寄った標高959m「葛城神社」でのこと。
当時の手記を引用すれば…

『…ここで、ニ礼ニ拍手一礼す。その瞬時にして頭の中はすうっと真空になり、
日頃のイライラ、モヤモヤ、カリカリが飛んでしまった。
ふつう下界の神社に参拝すれば、手を合わせる度毎にせちがらく「祈願」「現世利益」のことばかりを
頼まねば損のように考えてしまうが、ここでは雑念というものが微塵も湧いてこない。
まさに「神霊の域」』

と書き残している。
そこには「祈願」もなく「現世利益」もない。「ご利益」なんてものを顧みない。経文もなく。ただただ寒の木立ちに拍手の音が木魂すだけ。
たったそれだけで何とはなく気分がすがすがしくなるものだと…



二つ目は、
司馬遼太郎さんの著書「この国のかたち」から…
まとめて書こうと思ったがまとまらず…長くなるが抜粋して引用…

“ポンペの神社”

周防三田尻の人。荒瀬進氏のことである。
戦前京城帝大医学部の解剖学助教授をしておられた。

「私の生家の庭にポンペ神社という祠がありまして」
といわれた話しは忘れがたい。

幼少のころ、荒瀬さんは、毎朝庭に出てその祠を拝まされた。
あるとき祖母君に問うと、
「ポンペ先生をお祀りしてある」という。
オランダ人、ポンペ・フォン・メールデルフォートのことである。
ポンペは、江戸幕府がヨーロッパから正式に招聘した最初にして最後の医学教官だった。

彼の長崎における偉業は、医学(基礎医学を含む)の各科を一人で教えただけでなく、
化学や物理学といった関連科目まで教えたことである。世界の医学史上、まれといえるのではないか。
さらに病院で患者を見、学生にカルテをとらせ、あわせて実地の診療術も教えた。
休息というものがほとんどなかったにちがいない。
ポンペの門人帳(正しくは松本良順筆記の「登録人名小記録」)を繰ってみると、
三田尻 荒瀬幾造 とあるのが荒瀬進氏の祖父君であるかと思える。

三田尻の代々医家に生まれた荒瀬幾三青年の名は、その百二人のなかに入っている。
武士待遇の藩医ではなく、庶民身分の町医であるかのようだった。
惜しくも幾造は、早世した。
ただ、帰国してめとった妻に、ポンペ先生の人柄と学問がいかにすばらしかったかということをこまごまと語った。
それだけでなく、ポンペ先生の恩は忘れられないとして、庭に一祠をたてて朝夕拝んでいたのである。

「若い未亡人になった祖母が、私が小さいとき、膝の上に抱いては、くりかえしきいたポンペ先生の話をしたんです」
と、荒瀬進氏が語った。
唐突だが、右の祠に対する未亡人やその孫の感情と儀礼こそ、古来、神道とよばれる一形態ではないか。

つまり古代以来の伝承としてのカミの概念がそこなわれずにその心に棲んでいたといえる。
つまりかれのカミ概念は、平安期の怨霊神(御霊信仰)のカミではなく、また中世の神道論のカミでもなく、
その他ご利益のためのカミでもなく、さらに平田神道の神でもなかった。
かれはポンペを敬するあまり、カミとしてまつったのである。古神道の一形態とは、こんなものだったのかもしれない。
むろん、このことは、なまのポンペご当人の知るところではなかった。




三つ目は学生時代に読んだ三島由紀夫の「仮面の告白」の一節。

その神輿のまはりにだけは、熱帯の空気のやうな毒々しい無風状態が犇めいていた。
それは悪意のある怠惰で、若者たちの裸の肩の上に、熱っぽく揺すられているやうに見えた。
紅白の太縄、黒塗りに黄金の欄干、そのひしと閉ざされた金泥の扉のうちには、
まっくらな四尺平方の闇があって、雲ひとつない初夏の昼日中に、
このたえず揺すられて跳躍している真四角な空っぽな夜が、公然と君臨しているのだった。


本体は「生」の象徴ともいえる裸の若者が荷ぐ「空っぽの闇」。 
…「空っぽの世界」。
四尺平方の狭い空間に「閉ざされた」「まっくらな…」闇なるがゆえに、無限にひろがる世界。




仮面の告白


myokasyo at 17:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 読みかきのこと 

2006年08月09日

夕日が... 泣いている

夕日が













じつはその頃。
私も同じ夕やけを見ていたのかも…

夕日を見て想いだすこといろいろ…

会社勤めしていた頃。
転勤が決まって。
その日、古巣での最後の仕事を終え。
バイクで自宅に帰る夕やけの長堀通り。
走行中は誰に聴かれることもないから、
スパイダーズの「夕日が泣いている」を大声歌って帰る。
その頃。正確な歌詞を知らず、滅茶苦茶に歌っていた。
今はようやくカラオケで歌えるように…

今は亡きひとと、よく車で走った同じ街道を、たまたま同じ時間帯に走る機会に出くわしたときの夕やけ。
同乗者が何人も居たので涙はこらえたが胸はつまった。

二度目の報せを受け、
取るものとりあえず車で飛び出した日の夕やけ。
病院に着けば、「危篤」の報は...母親の取り越し苦労による誤報だったが、
父親はせいいっぱい喜んでくれたっけな…






夕日が...
















myokasyo at 03:13|PermalinkComments(5)TrackBack(0) よもやまばなし 

2006年08月06日

夏のせいにしろ。

ケイトウほか















年に何度かは、この世のいんちきが嫌になる。
こんなことを書くと青臭いかもしれない。
人間、嘘を承知で容認できる時期があるものだ。
だが、今はなぜか心に余裕がもてない。
この夏の暑さのせい?



やっくんの一種生け_2







ところで...
↑↓Photoは、やっくんの一種生け。
いかにも涼しげ…

この年から...
剣山もオアシスも使わず生けるこの少年。
こりゃ師匠を超えるな…


やっくんの一種生け


















myokasyo at 04:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 妙花 

2006年08月03日

嘘つき病がはびこる

生け人知らず-1














そんなに、世の中…
ものごと、すべて分かり易くなっていいのかね…
ひねりも、なーんもない…
そりゃあ、ひどいタイトルマッチもあったもんだし...


生け人知らず-2














騒々しいのや...
見に来るのは、子供なんだから、分かんないから...って...


分かり易いものでしか受け入れられないんだから... って?



子供騙し...



嘘つき病がはびこる…





生け人知らず-5





myokasyo at 04:21|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 生け人しらず