2008年07月

2008年07月30日

【弟切草(おとぎりそう)】

otogiriso-


毎年、夏も盛りの、この頃になると...

以前、植えた弟切草が庭やプランターのあちこちにポツリ、またポツリ...といった具合で咲きます。
茶花の本などを見れば、弟切草は、「さみしい花なので、ほかの花と取り合わせて入れる...」などと書いてあるのですが、いつ頃からか、私は、この花を生けるときは一種で生けます。
弟切草の名の謂われには、哀れな伝説がありますね...

鷹の傷を治すとういう、この草花の薬効の秘密を他人に漏らした弟を、鷹匠の兄が怒って斬り殺したといいます。
兄に斬られて飛び散った弟の血が、夏も日差しの強い頃になれば、血の飛んだところだけ、葉が斑状に茶褐色に変色するのだといいます。

夏に「弟殺し」の話は、大阪を代表する河内音頭にもあります。
「八千八声(はっせんやこえ)のホトトギス、血を吐くまでもつとめましょう...」と歌われるホトトギスが、なぜ、血を吐くまで歌わねばならなかったか。

もともと仲のよい貧しい兄弟がいて、兄は病気になる...

弟は今まで一緒に働いていた兄の分まで、一人で稼がなければならなくなった。それでもめげずに弟は一人で働き、そして、兄を養い、看病まで行う。ある日、兄は、「自分だけが病気が治らず、弟が元気なのは、きっと弟一人だけが、いいものを食ってるからだ...」という疑いを抱く。
やがて兄弟喧嘩になり、弟は潔白を証明するために、自ら命を絶つ覚悟で、腹を掻っ捌いて兄に見せる。弟の腹から出てきたのは、芋の蔓ばかりだった。兄の疑いを晴らした弟は死んでしまい、嘆き悲しんだ兄は、「おとうと恋しや、おとと...おとと...」と、血を吐くまで泣き続けた。
だから、八千八声のホトトギス、「おとうと恋しや、おとと...おとと...」と啼きつづけるんだよ〜...とかね...

花鳥風月といいますが、花も鳥も、風も月も、じつは哀しい話がけっこう多い。とくに、花にまつわる哀しい話は多いですね...

...で、そういう話を聞かされると、「さみしい花なので、ほかの花と取り合わせて入れる...」とか、できなくなっちゃうんですよね...




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myokasyo at 12:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 妙花 

2008年07月28日

【山百合(やまゆり)】

yamayuri2

おおっ...!
朝一番、びっくりです。

myokasyo

なんと、7:53現在で、ブログ村10位に入っていますね。
ま、順位は『瞬間最大風速』なんで、また、ぼつぼつがんばってまいります。
応援していただいた、顔も見知らぬ方々に感謝!
今後とも、よろしくお願いしますm(_ _)m

以前、妙花抄をはじめた頃には、もともとBlogRankingにエントリーしていて、
けっこう上位まで行った記憶があるんですが、途中で疲れてしまって、リタイヤしたんですね。

...で、なんで、ここにきてまた、Rankingに再度エントリーを始めたかというと...

う〜ん...難しいですが、

ひとつは、独立して一人になって、誰とも切磋琢磨する刺激がなくなって、自然、サボリぐせがついた?
「花」も、同じことの繰り返しや、生ける機会が少なくなると、自然と腕は落ちてきます。
物ごとがルーティング化すると、やがて生徒さんたちにも分かるでしょう。
とくに、決まりきった型を追う「花」ではない、即興の花としての「なげいれ」では、とくに「直感」を鍛えなければ何ともなりません。

このブログを生徒さんが見ているかどうかは知りませんし、またBlogで私の花を紹介していることを、生徒さんにはほとんど伝えていません。
また、生徒さんは年配の方が多いので、そもそもネット環境がないので、ここでは、ここだけの花。私自身のモチベーションだけの「花」なのです。

そんなわけで、ここではとくに最近、今まで生けることのなかったような花材を選んで生けるようにしています。
ひとつの花材を見て、自分ならこう生ける... この花材ならどう生ける? ...と、日々考えることが大事なのです。

あともうひとつは、大げさに云うと、やはり「花」をはじめた責任みたいなものかな?
関わってしまった、なりゆき... 
「出会い」って、そんなものでしょう?

ある意味、「いけばなの起源」論に出会ったのも、対抗言論ではあるけれども、ひとつの触発されるべき「出会い」です。
それがなければ、古代史を調べることも、「いけばな」を深く掘り下げることも、とくに意識することもなかったと思います。
「嘘も百回言えば真実になる」。誰かの出したいいかげんな推論が定説となって一人歩きされる前に、反論できるべき自分なりの確信を持ちたい。そんなところですかねぇ...

今日の花は、山百合と、絡まった山芋の蔓... 野にある姿そのままに...




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myokasyo at 08:10|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 妙花 

2008年07月26日

古代蓮

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東大阪の善根寺というところに残されていた地蓮を、大賀一郎博士が「原始的な蓮」として1936年に『原始蓮』と名づけ、今日に至っているそうで、昨日、いつもの花屋さんに寄ったときに、鉢植えを見つけて、衝動買いしてしまったわけです。
蓮(はす・はちす)の花の歴史は古く、「古事記」雄略帝の条には、引田部赤猪子が読んだ歌として

日下江の入江の蓮 花蓮
     身の盛り人  羨しきろかも

…という歌が詠まれています。

日下とは、「くさか」で、現在でも東大阪に地名が残っています。

どんな歌か調べてみると、

大長谷若健命:(オオハツセワカタケノミコト:第二十一代雄略天皇)は、ある時、三輪の川辺で出会った美しい少女、引田部赤猪子(ヒケタベノアカイコ)を見初め、「お前はほかの男に嫁がないでくれ、今に宮中に召そう」と約束を交わす。
ところが、雄略は約束を忘れてしまい、八十年経ってしまいます。

老女となった赤猪子が生涯の慰みと、宮中参内する。
すっかり忘れている帝が、「汝は誰が老女ぞ。何のゆえに参来る」との問いに、赤猪子が、
「その年のその月、帝の命を被りて、大命を仰ぎ待ちて今日に至るまで八十歳を経ぬ。今は容姿既に老いて更に恃むところなし。
然れども己が志を顕し白さむとして参出つるのみ」

事情を聞いて驚いた天皇は、乙女の姿を詠んで歌を贈る。

引田の若来栖原 若くへに 率寝てましもの 老いにけるかも

赤猪子は感動の涙を流し、そのときの返歌が、「日下江の...」となるわけです。

くさかえの いるえのはちす はなはちす みのさかりびと ともしきろかも

まあ何ともいえませんねぇ... 悲恋歌[elegy] です... 
調べなきゃよかった。





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myokasyo at 12:52|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 娑婆の花 

2008年07月25日

【Veronica(ベロニカ)】

Veronica


暑い夏というのは、
どうも、社会人一年生時代の頃を思い出す。
社会人一年生なら、なんで四月じゃなくて、「夏」? 
...というのも、
就職したその会社が、即戦力養成のために、4ヶ月間寮生活させるわけだ。
三十人弱だったと思うのだが、その中に入っていた。
部屋は狭かったが、いまにして思えば、その会社にとっては、なかなかぜいたくな投資だったと思う。
いまじゃ、人材育成なんて、そんなに手間もヒマもカネもかけてくれないよね、きっと。

...で、四月から指折り数えて、八月末に寮を退去しないといけない期限なので、
このくそ暑い中を、大阪で独り生活を始めるための部屋探しをはじめていた頃だ。
あっちこっち、探して歩いた。

あの年の夏も暑かったな〜...って...
だから、「夏」っていろいろ懐かしい...



veronica2.jpg

myokasyo at 03:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 妙花 

2008年07月24日

【禁花合わせ】

kinka



さり嫌ふ 花をこのみて 茶の室に 生くる心そ 窮なりけり(生花三部秘抄)

つまり、形体的、感情的、その他いろいろな関係から忌み嫌われる形。
花材そのものの種類、性質において、花の世界において『去り嫌い』、すなわち、忌み嫌われる『禁花』が存在する。

今はそうでもないが、茶席での、昔からのきまりには、次のようにあるので一応頭に入れておくといい。

一、においの悪い花、また強すぎる花は使わない...
二、とげの多いものも扱いがむずかしいので避ける...
三、名前の悪い花も避けるが、別名をつかって生けることがある...ヘ
  クソカズラをヤイトバナ、シビトバナ(死人花)をヒガンバナ(彼岸花)など...
  また、親席開き、新築祝いなどには、赤い花、火のつく花はつかわない。
  その他、ムクゲも、祝儀の席では一日花で「木槿一日の栄」といわれるので使わない。
四、果実類は使わないが、実でも花のように花のように美しく、
  また形のおもしろいものは使われることがある。
五、四季を通じて咲くもの、はですぎる花、奇をてらう花、返り咲きの花など...
六、枯れ花、死花など...
七、露地に植えてある花...
八、掛け軸、びょうぶ、ふすまなどに描かれている花。
九、名を知らない花はいけないほうがよい。
  名も知らなければ、亭主の心が入らないはずである。
十、昔から禁花として歌によまれている花
                                     (参考:茶花植物図鑑 改訂増補

禁花について、
利休秘伝書とされる『南方録』にこうある。

きらう花とては、八つ花かたのわりき物とて、
花入れに、いれざる花は 
ぢんちゃうげ み山しきびに けいとうの花
おみなへし ざくろ かうほね きんせんくわ
せんれんくわをも きらひこそすれ


八つ花形とは、八重咲きの『重瓣花』の華やかさを嫌ったのである。
それは侘茶として当然の考え方であろう。精神性の表現をたすく花材としては、花材そのものが主張しすぎる。(利休の茶花

花入れに入れざる花として、
沈丁花(じんちょうげ)、深山樒(みやましきみ)、鶏頭(けいとう)、女郎花(おみなへし)
石榴(ざくろ)、河骨(こうほね)、金盞花(きんせんか)、せんれい花(不明)

沈丁花、女郎花と同じく梔子も禁花の部類に入る。すなわち、匂いが強く、名が悪い。
梔子は、すなわちクチナシ。「死人にくちなし」を連想させ、客に不快を感じさせるという。
利休の時代には、まだ戦乱の時代であり、血なまぐさい殺伐とした空気が社会全体を漂う時代であったことを念頭に入れておかねばならない。

深山樒もまた、葬儀を連想させる。
鶏頭... 「八重咲きの『重瓣花』の華やかさ...」を嫌ったのか、もしくは「断頭」を連想させたのか。
石榴は、本で読んだ記憶があるのだが、引用すべき本が探し出せないので、やや正確さを欠くが、つまり、人間の脳天を刀でかち割ったときの形に似ているというのである。これは、戦国武将としては、わざわざ茶室で見たくない。
河骨も同じ。河に生え、根茎が土中を横に長く伸び、肥大して、野ざらしの白骨の様に見える事に由来する。
だが、河骨は、利休が獅子口の竹花器に生けたと、後世、『河骨伝』や『獅子口河骨生方の伝』に伝えられている。

金盞花は、「八重咲きの『重瓣花』の華やかさ...」群れ咲きの『重群花』が、侘びを阻害するということか。
せんれい花については、いずれも不明としている著書が多い。

これらを知った上で見ていただくのが、『妙花抄』の「妙花」たる所以、くちなし八重と石榴の禁花取り合わせ二種。
知った上で、生ける者が生け、承知の上で、見る者が見れば、主客双方、冥府一如(笑

ん〜… こんなこと書いたらまた順位下がるかもなぁ...

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kinka2



myokasyo at 04:58|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 妙花 

2008年07月23日

0.01Sec幽霊

4e45ae85.jpg


深夜、セルフのGSにて...

夜中に、近くの24時間営業のスーパーまで買い物にゆくクセがついて、深夜に車を走らせる。
帰りに給油をしようかどうかと迷い、いつも行くGSの入り口を、いったん通り過ぎてしまったのだが、
看板を見ると、たまたま2円ほどガソリンの値段が下がっていたので、急ブレーキを踏んで、かろうじて出口からGSへ車を入れた。
通りに車が一台も走っていない深夜だからこそできることで、昼間、交通量の多いときにこんなことしたら、おそらく後続車に確実にカマを掘られる。

GS内は無人。
店員も、ほかの客もいないのをいいことに、出口から入ったにもかかわらず、無理やり自由に取り回して入り口レーンに車を回した。
自分の車を給油ディスペンサーの前に止め、車から降り、手馴れた間隔で、ディスペンサーにカードを入れる。
ディスペンサーから人工音声が流れる時間差を利用して、車の給油口のフタを空け、ディスペンサーのディスプレイが、油種選択画面に変わる直前に、空けた給油口のフタは人工音声が指示した所定の位置に置いて、画面が変わるのを待ち受けている。
手馴れて、一連したすべての行動は、熟練した茶道の『お点前』のように正確に無駄なく運ばれる。

さて、給油ノズルをディスペンサーから外して、回れ右し、給油口に差し込もうと、
ふりむきざまに、視線を車の給油口にずらせたその瞬間。
「瞬き(まばたき)」というのは、速さは平均で100〜150ミリ秒だというが、そのまばたきに要する秒数の、さらに何十分の1か、何百分の1かの速さの視界の中に、人が立っていた。

視線は、もうすでに給油口に向けられていたので、脳が「なんだあれは?」と認識するよりも速いものだ。
給油口にガシャリとノズルを差し込んで、もう一度、人が立っていた場所を見るが、あるのは、車の向こう側に立つ、今、自分が使っているのと同じ色のオイルディスペンサー。
何だったんだ、あれは?

記憶の中の風体を言おうか。
髪は肩にかかるぐらいの長髪でざんばら。
顔は見えなかったので、男か女か判別できない。男でも、ホームレスの方でもときどきあんな髪型の人はいるね。
着ているものは、かなりボロボロに思えたのだが、どちらかといえば派手な感じ。衣装はともかく、全体的な印象としては『リング』に出てくる貞子みたい?

や!
ここまで書いてて、いま妙なこと思い出した... 
こりゃ...あ!
うっひゃ〜...


myokasyo at 06:14|PermalinkComments(6)TrackBack(0) よもやまばなし 

2008年07月20日

ryunosuke

ryunosuke


花を撮るのも好きですが、
人を撮るのも、じつは好きなんですよね...

今でも、覚えているのは、何年も前。某パーティーに出席した、某会社の会長さんの写真を撮ったとき。
そのときに、「人の写真」ってのに、「目覚めた」と言っても過言ではない。
よぼよぼのじいちゃんと言っちゃ失礼ですが、かなり高齢の会長さんなんですがね。
そのとき、はじめて世阿弥のいう「人に花がある」ってこと、分かった気がしたんです。
別に会長職だからとか、有名会社のトップだからとか、エラいガッコのハカセや教授だからとか、通俗的なヒエラルキーの問題じゃない。
ちなみに有名人や俳優さんでも、「花のない人」...って、います。

今日、山岸りゅうのすけ君の写真撮ったんですが、この人いいです。
「花のある人」だと思います。
こういう人、まだまだ先が長いと思うのですが、ギターで育ってほしいと思うんですよね...


ryunosuke5

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ryunosuke

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myokasyo at 23:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0) よもやまばなし 

2008年07月19日

【情(なさけ)】

nasake



数日前から、この花に気づいていたんですよね...
あ、一本折れてるなぁ〜...って。

ノカンゾウといいます。

プランターに植えてるんですが、水遣りが少ないせいか、ここんとこ暑さでカラカラです。
しかも、こないだのどしゃ降りで、力尽きて自然に折れた模様...
いかにも本懐遂げられず、無念を残して朽ちてゆく一番咲きのノカンゾウ。
哀れ、落ち武者のような姿。
ところで、あの落ち武者の出てくるTV番組、もう終わったのかなぁ?
あれ、けっこう最近のお笑いにしては笑えのになぁ...

余談はさておき。


今朝、プランターへ水遣りに行くと、ノカンゾウが、

「斬ってくれ...」

...というわけです。


「このままではツラい... 早く斬ってくれ...」と、



「情(なさけ)」ですね...


「致し方ない。心得ました」


...で、家に戻って鋏を取り、取って返して、その手で摘ませていただいたわけです。

さて、ノカンゾウを手に、家に戻ろうとしたその刹那。
そもそも不思議なことに、同じプランターの、今摘み取ったばかりのノカンゾウの足元に、植えたわけでもないのに、カワラナデシコが、ひっそり寄り添うように咲いていまして、


あはれとし おもはむ人は別れじを 心は身より ほかのものかは

つまり、まあ...
「一緒に斬って頂戴...」といいます。

落ち武者に寄り添って咲いていた撫子。
これも、「情(なさけ)」ってもんすか...




nasake-2

myokasyo at 22:53|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 妙花 

2008年07月18日

オカトラノオ・くろほおづき・カワラナデシコ..etc

くろほおづき.jpg


親が忙しかったので、
子どもの頃から、夏の日の夕暮れは、一人で過ごす時間が多かったね。
だから、何度、夏が来ても、夕暮れの時間が懐かしい。
一人に還ってしまう。

くろほおづきがめずらしいので写してみたけど、
陽が落ちてしまって、ちゃんと写せなかったので、
また明日にでも... 

もう一度...



myokasyo at 20:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 妙花 

2008年07月14日

TIME



蝉がわめいて夏の到来を知る...♪(椎名林檎:平成風俗)

夏の一日は、陽が長いと思っているのに、
あれやこれやするうちに、早や陽が落ちようとしている。

年を取ると1日が早く感じるのだという説を読んだ。
生まれてきてからの日数に対して1日の相対比が小さくなるからだという。
たとえば、1歳児の1日は今までの人生の365分の1、10歳なら1/3650、20歳なら1/7300...
30歳なら1/10950、40歳なら...、45歳なら...、50歳なら...、...、...

こんなことを考えていると、PinkFryd:<Time>の一節を思い出した。

<TIME>

若いお前にとって人生は長く
どんなに無駄に使ってもあり余るほどだ
だが ある日 おまえは
10年があっという間に過ぎ去ったことに気づく
いつ走り出せばいいのか誰も教えてはくれない
そう おまえは出発の合図を見逃したのだ

太陽に追いつこうと おまえはひたすら走る
だが 太陽は沈んだかと思うと
やがて おまえの背後から再び姿を現す
相対的に見れば 太陽はいつまでも変らず
おまえだけがそうして年老いていく
息切れはますます激しく
おまえは刻一刻死に近づいていく

by Dave Gilmour, Rick Wrighr, Nick Mason & Roger Waters


70年代だか、80年代くらいの曲だが、いつ聴いてもパーカッションがいいね...


狂気


myokasyo at 19:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0) よもやまばなし