2008年08月

2008年08月29日

六角堂の謎

Jasmine

途中まで書きかけてPCが二度オチた。
いつもメモを使って書いているが、途中まで書いた原稿がみんな飛んでしまった。何度書いても、書きかけては保存するまもなくPCの不調で原稿が消えてしまい、三度目の正直なのだ。
以前、救世観音の話を書いたが、もしかすると、これはかなりやばいのかもしれない。
モチベーションはかなり落ちたのだが、気を取り直して思い出しながら、もう一度同じように書いてみます...


昨日、スウェーデン人の女学生を京都見物に案内したのですが、主要な京都見物コースを一巡した後、かねてから私自身が見たかった烏丸三条にある頂法寺・六角堂に立ち寄ったわけです。

rokkakudo-1


六角堂は云わずと知れた「池坊」発祥の地ですね...
ところで、「七」という数字との立花の関係を七支刀と結びつけた『いけばなの起源(中山真知子著)』は、この六角堂の「六」という数字をスルーしてないか?
自論に結びつけるために、都合の悪い事象はスルーするといった類は、我田引水してませんかね?

今回、学生の京都案内を理由に、京都に来て個人的に確かめたかったのは六角堂の「へそ石」といわれる石の存在が気になったからで...、何かを立てる礎石とすれば、「立てる意」において興味深いし、Hexagram(六芒星)の形を残すとなれば、これも気にかかる。もしかすれば、「心(芯)の御柱」の何か手がかりになるかもしれないと思ったからなんですが...

rokkakudo-3

【へそ石】
桓武天皇の延暦一二年(793)京都へ遷都の時、六角堂の所在が道路の中央に当たったので天皇が遷座を祈願されたところ、御堂がにわかに五丈ばかり北へ退かれたという
この石はその際に取り除かれた礎石であると伝える。また京都のほぼ中央に当たるところからへそ石とも要石とも呼ばれている(六角堂解説文)

ちなみに、桓武朝がこの石を遷座(移動)したとするなら、烏丸通より本来はもっと西側、つまりもっと朱雀通りに近い場所に位置していなければならず、伝承は、南北朝時代に現在の場所に移され、江戸時代に再建されたわけですから、現在の御所を基準にしていると考えざるを得ない。平安京の「へそ」というには、東に寄り過ぎているんじゃないかと思います。


rokkakudo-2

六角堂は聖徳太子伝説を持つ。境内に聖徳太子二歳像を祀る太子堂のあたりには、昔太子が沐浴したという伝説の池が今もある。ちなみに華道「池坊」が置かれているが、「池坊」の「池」は、まさにこの「太子沐浴」の池を指し、六角堂の本坊を「池坊」と読んでいたことに由来する。

ところで桓武朝当時の平安京を調べているうちに分かったことなんですが、どうやら当時の平安京は、現在のJR西日本二条駅の近くの千本丸太町交差点北東の位置二条付近であったらしい。そしてその位置から真南に法隆寺が位置するというんですね。さらに時代が下がれば鬼門に比叡山、裏鬼門に高野山が建つということになるか?
平安京と桓武朝という時代は、中国からの道教思想が、日本的解釈を踏まえながら、陰陽道として、より純化されてゆく過程に彩られたものだが、もし仮にHexagram(六芒星)の形状をしたこの「へそ石」が、朱雀通りにあったものとすれば、真南に位置する法隆寺と、六角堂とが「聖徳太子」という人物を軸として不思議な整合を見せることになるか。
もちろん、『石の宗教』五来重著が示唆するように条里榜示石以外の可能性もあるし、またトーテム(種族)としての意味も捨てきれない。


まあ、「Ikebana...」を見られると思って来たスウェーデン美少女には、やや申し訳なかったのですが、私はここで「へそ石」の写真ばっかり撮っておりました。



ところで、話はぜんぜん変わるんですが...

この日、寺町で買い物をしていて、かれこれ二〇年前、まだ私が京都に住んでいた頃にふと入った鰻屋さんを見つけました。その昔、まだ駆け出しのサラリーマン時代、転勤先でふと入った一見の鰻屋さん。半天姿の老主人が緋色の絨毯を張った階段を二階へ案内してくれたことがいまだにずっと記憶に残っていたわけです。

もちろん味も忘れられなかったんですが、その後、住まいは大阪〜東京〜大阪と変わっても、わりと頻繁に訪れる機会のある京都という街ですが、その店が「蛸薬師」の周辺だと記憶していた私は、何度訪ねてもこの店を見つけることが出来なかったわけです。
昨日、幻のように目の前に現れてビックリ!です(  Д ) ゚ ゚
今も当時とぜんぜん変わらぬ佇まいで本当に懐かしかったです。
市中のロードサイドには全国版のチェーン店ばかりが目立つ、最近の京都の街の中で、こういう店が今も残っていることがうれしいですね...

shinkyogoku-kaneyo2

スケジュールの都合上、店に入って食事するわけにはいかなかったので残念でしたが、とにかく単身店に飛び込んで持ち帰りを注文して、家に帰ってから食いました。
いや〜...旨かったですヽ(´ー`)ノ
ここの鰻の何が旨さの秘訣なのか?

大阪に前田という甘党のみたらし団子が有名なんですが、前田のみたらしの旨さは「焦がし」の旨さにある...と私はかってに思っているわけです。焦がした餅の部分の苦さが蜜の甘みをいっそう引き立てる。つまりスイカに塩を振って食べるとスイカの甘みが増すというのと理屈は似ている。もちろん素材、品質が厳選されているのは言うまでもありません。

そんなわけで、ここの鰻の旨さのひとつは素材やタレもさることながら「炙り」?「焦がし」具合の「旨さ」と知ったのですがどんなもんか?
余談が長くなりましたが、京都新京極の日本一の鰻「かねよ」。お勧めです。

shinkyogoku-kaneyo




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myokasyo at 02:19|PermalinkComments(4)TrackBack(0) よもやまばなし 

2008年08月25日

花を立てるの意(神籬と常盤木)


bon-dance5.jpg


毎年、何気なくやっていることなので、
今まで、とくに疑問に感じたこともなかったことなのですが、
最近、『花を立てる』ということに関心を持ち出すと、
今まで気にも留めなかった祭祀の慣習や風習に興味を感じます。

大阪で納涼の風物行事として行われる河内音頭と『盆踊り』。
毎年、手伝いとして、また役員として借り出されるのですが...

今年はここでも、『花を立てる』という行為に興味を感じる… 考察が及ぶ… ことになるわけです。
河内の『盆踊り』というお祭りの中に「立花(たてばな)」の風習を今に残し、
日本での「花を立てる」という文化的連続性が今もなお息づいていると思えます。


bon-dance1.jpg


盆踊りの会場を設営する、朝一番の仕事は、若竹を切りに行くということ。
若い笹竹は近くの竹林から四本切られて会場に運ばれ、その竹の笹穂に、その日の盆踊りに使う団扇を結び付けてゆく。これがこの行事の役を持った者の朝一番の仕事です。
つまり、団扇を「花」に見立て、青々とした笹竹を常盤木に見立てるのですね。


bon-dance2


毎年同じことをやっていながら気づかず、
今回はじめて、「すなわち、これは『花』であるな...」と感じました。
「花」とはすなわち『兆し=(ホ)』であり、「卯の花」「もちつつじ」と同じく、稲の穂(兆)を模したもの…

四方を竹の笹穂で囲うというのは、神道でよく行われる地鎮祭でも同じこと。
たとえば地鎮祭では、笹穂を四方に立て、縄張りをして仮の神籬(ひもろぎ)をつくる。
おそらく、盆踊りの四方櫓も同じことであろうと思います。


bon-dance3.jpg


神籬(ひもろぎ)とは神霊を招く重要な場所。
神霊が宿る山や森などの周囲に常盤木(ときわぎ)を植え、玉垣を結った聖域を意味する。


神籬は、「ひ」(霊)+「もろ」(森)+「ぎ」(木)のことであり、神霊が降臨する木、すなわち常盤木や、常盤木のある山や森のことだった。
常盤木(ときわぎ)は、字のごとく常に青々と茂る常緑樹のことであり、永遠の生命、繁栄をもたらす神聖な木だ。
                                『日本人の祭りと呪い


「え〜?だってお盆は仏教信仰じゃないの?」といわれる方は、こちらをご一読の上...
盂蘭盆会(うらぼんえ)については、以前ここに少し触れたので参照を...

■以下は備忘録…

モッガラーナが餓鬼道に堕ちた亡き母を憂いたという寓話についても、霊魂を信じない本来の仏教を考えれば、中国儒教の影響を受けた後の修辞的な色彩を帯びたものだろう。
つまり日本では、仏教の影響を受けた盂蘭盆会としての民俗行事も、元をただせば、土着の穀神信仰(祭祀)が習合したものだということ...

河内音頭自体は南北朝時代、南朝方に味方して滅亡した楠木正行の重臣・和田賢秀が、主君正行ほか、ともに戦って亡くなった幾多の武将たちの追善のために始まったと云われていますが、櫓に常盤木を立て、仮の神籬を作る、音頭とり(歌い手)自身が依代(よりしろ)となり、民衆は輪(和)を成して踊るという形式は、穀神信仰の祭祀形式を踏襲したものと思わざるをえないですね。
ともあれ、常盤木としての「立花(たてばな)」が、今に連綿と受け継がれて残っているということです。
「卯の花」「もちつつじ」についても以前読んだ資料が出てきたのでまたの機会に...
では、その神籬と常盤木はどこから来たか?
これもまた機会をみつけて書くことに...

(※本記事・手違いで削除してしまったので加筆修正して再掲です)

bon-dance




myokasyo at 22:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) よもやまばなし 

2008年08月22日

秋草を籠に生ける(その1

akikusa_3

二日間、偏頭痛でほとんどPC見ることさえできず。
眼精疲労のせいか、好きな本も読めず、こんなときが一番苦しいですね。
ようやく昨日の朝方に回復したところ。
昨日、第三週木曜日は『花の会』だったので、
それまでになんとか治ってよかったです。
整体やマッサージに行くヒマはないんで、治療法はもっぱらクスリです。
今回は最終的に、肩こり眼精疲労用のピップ内服液2本と、
頭痛薬イヴ2錠の一気合わせのみが効果的でした(笑
ところが、まあ『花の会』が終わったら、また疲れて、
晩飯もそこそこに寝入ってしまい、
今頃、むくむくと起きだしてPCに向かう…といった状況です。

第三週『花の会』は、第一週とは、ちがう顔ぶれのメンバーが集まります。
昨日、花材を届けていただいたのは風露さん。
主に、ふつうの花やさんでは、なかなか見つけられない茶花を扱ってらっしゃいます。
しかも、店主が美人だとくれば、こりゃ頼まない理由がありませんね。

それはさておき、今回のテーマは、「秋草を籠に生ける」です。
世間に秋風が、「すう〜...」と吹きはじめ、
ツクツクホウシが鳴きだす季節ともなれば、
秋草が籠によく似合う季節のはじまりですヽ(´ー`)ノ
秋は収穫の季節。昔は必然的に籠の需要と収穫の季節が符号したのでしょうね。
たくさん盛られた秋の花々は、豊かな実りへの感謝の気持ちの表れみたいなものでしょう。
このまま、残暑のぶり返しなんてことがなく、
暑くもなく、涼しい季節がしばらく続いていてほしいものですね。
次回は「籠の生け方」などを紹介したいと思います。

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myokasyo at 02:48|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 妙花 

2008年08月18日

片身がわり再び・桔梗ふたたび...

kikyo--

考えてみれば、
着物の柄も、織部の茶碗も、
自然の有形からインスピレーションを得ていると思う。

ところで、ゲームって楽しいですか。
私はぜんぜん楽しいと思わない。
所詮、人間の作り出した手のひらの中で遊んでいる気がして、
でも作り出す側は、さまざまなところからインスピレーションを得ていると思う。
遊び手は、ゲームに没頭するのもいいけど、
それだけじゃなく、何か作り出す側になろうよ...と、

家内の実家の母が届けてくれた片身がわりの桔梗。
同じ花畑に白い桔梗と青い桔梗とを植えていたら、いつの間にか混ざり合って出来た hybrid。
片身がわり再び桔梗ふたたび...

世阿弥の『花伝書』にはこうある。

そもそも花というに、万木千草に於いて、四季折節に咲くものなれば、その時を得て珍しきゆえに翫ぶなり。申楽も、人の心に珍しきと知る所、即ち、面白き心なり。
花と、面白きと、珍しきと、これ三つは同じ心なり。いづれの花か散らで残るべき、散る故によりて、咲く頃あれば珍しきなり。能を住する所なきを、まづ花と知るべし。

いづれの花か散らで残るべき、散る故によりて、咲く頃あれば珍しきなり。

悠久の時間に比べれば、花の咲いて散る時間など刹那のようなもの。人の人生も同じこと。
永遠に咲き続けることができないからこそ、花は「面白き」、「珍しき」、人の心をさそうのでしょうねぇ...


kikyo-


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myokasyo at 13:39|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 妙花 

2008年08月16日

【西洋カンボク・鶏頭(けいとう)・風船蔓(ふうせんかづら)】

seiyokanboku/keito/fusenkadura



さきに、『禁花合わせ』の項で、

禁花について、
利休秘伝書とされる『南方録』にこうある。

きらう花とては、八つ花かたのわりき物とて、
花入れに、いれざる花は 
ぢんちゃうげ み山しきびに けいとうの花


とか、書いたのですが...

これはあくまで茶花の世界。
茶は、本来の目的が喫茶に集中することなんで、
華美な花も、匂いの強い花も禁花に選ばれる。
華道の世界では、
江戸時代寛永の頃には、池坊専好が「けいとう」の花を立花で生けた図が残っています。




暑い日差しの中、
けいとうだけは、太陽光をいっぱい浴びても、
萎びることもなくスクッと立ち上がって咲いている、生命力の強い不思議な花ですね。

生け方の難しい花なのですが、
どうやって生けるか、毎年この季節には、ひとり頭の中でない知恵を廻らせるわけです。
お盆はFu-roさんにご無理言いました、
Fu-roさんから届いた西洋カンボクと、自前の鶏頭、風船かづらを合わせてみました。カンボクのほうが目立ってしまったのですが...
ガラスの花器は好きなので、籠が似合う季節になるまで、まだ少しの間、名残使いたいですね。


seiyokanboku/keito/fusenkadura


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myokasyo at 22:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 妙花 

2008年08月13日

【鬼の腕・宗旦槿(そうたんむくげ)】

sotanmukuge

立花/天道花/モチツツジ/米々...たぶん同じものを指して地方で言い方がかわるのだと思うのですが、それを以前に文献の中に見つけていたのですが、今度はその本が見つからない。
たしかに写真付きで解説のついた文章を読んだんだけどなぁ...
夢で見たのか...?
 
とにかく部屋はいろんなジャンルの本で溢れいて、いまじゃどうにもなりません。
また見つかったらここに書くことにします。

ところで...その「立花/天道花...」を探しているうちに、興味深いものを見つけてしまったのですが、

...というのも、今日、この宗旦槿を入れたこの花入れ...
じつは高野・天野の陶芸作家・森岡茂好さんの焼き〆で、『鬼のうで』という銘だか名前だかがあるんですが、至極気に入っていて、同じもので焼き色のちがうこの花入れが三つあります。花入れ道楽もこうなりゃ、ややビョーキですね...

そんな話はさておき、ずいぶん前からこの『鬼のうで』という言葉について、焼き〆のざらっとした肌触りが『鬼のうで』なのかな? ...とか、名前の意味をいろいろ想像していたのですが、

「鬼の腕」の話がこの本に載ってました
「鬼の腕」の出典は「平家物語」のようです。
興味深い話なので、ちょいと前の段階から長めに引用しておきます。


Ψ冥界に通じる一条戻り橋

現在、晴明神社が京都市上京区堀川通りにある。むろん、祭神は晴明である。
このあたりは晴明町といい、町名は安部晴明ゆかりのものだ。そのすぐ近くにかかっている一条戻り橋がある。この橋には昔からさまざまな奇怪な伝説が伝えられてきた。

浄蔵という僧が熊野にいたとき、その父三善清行が重病となった。知らせを受けて駆けつけたのだが、父はすでに他界し、戻橋の上で父の葬列と出会った。浄蔵が橋の上で加持を行ったところ、父は蘇った。あの世から戻ったので戻橋と名づけられたという。

渡辺綱(わたなべのつな)が主人源頼光の使いで一条大宮まで出かけた。その夜の帰り道、戻橋を通りかかったとき、一人の美しい女と出会った。女は五条の家まで送ってほしいという。綱は承知し、女を馬に乗せた。すると、女は鬼と化し、綱の髻をつかんで空を飛んだ。綱は少しもあわてず名剣髭切を抜いて鬼女の腕を切り落とした。鬼女はそのまま愛宕山の方角へ飛び去った。綱は鬼女の腕を頼光に差し出したが、さすがの頼光も驚いて、晴明に相談した。
晴明は「七日間謹慎し、鬼の手には封印をして、祈祷には仁王経を読むこと」と教えた。頼光は晴明が教えたとおり鬼の腕を朱櫃に入れ、七日のあいだ仁王経を読誦することにした。その法会をしているところへ、頼光の母に化けた鬼女が腕を取り戻しに現れた。鬼は腕を取り戻したものの、首を打たれ屋根の破風をつき破って逃げ去ってしまった(平家物語『剣巻』)。

たぶん、陶芸作家やなんかは、こんなところからイメージを受けて作品をつくってるんでしょうか?オチはありませんが、そんなところです。

今日入れた宗旦槿は、まだ茶道を習っていた頃、よく買い物に行く駐車場の片隅に咲いていた槿の木から、枝を一本拝借して指し芽したもの。当時からうちにも宗旦槿はあったのですが、同じ宗旦槿でも、これは底紅の色が鮮明で、花弁の端に向かって伸びてゆく線が血脈のようにはっきりしていて好きなんですよね... くだんの駐車場は現在、立体駐車場に代わり、元の槿の木は当然切り倒されました。
せっかく、うちの庭で遺伝子を残したのだから、もう少し手入れしてあげないとダメですね...


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2008年08月11日

【金蓮花(きんれんか)】

kinrenka

とにかく暑いので...
しかも、
まとまった雨も降らないので...
手持ちのFieldに「花」が無いです...(;つД`)


仕事としては、和室に十瓶前後を毎日生けるのですが、
ムクゲの花も、咲いたのばかりで、蕾のがない...
咲いたのを生けると、夕方には萎んでしまうのでね。
それに、クーラーに弱い。

これは、今年の秋から来年の春にかけて、抜本的に花畑の造成を手直ししないとダメすね...

というわけで、
母親の家の鉢からキンレンカを勝手に切ってきたわけです。

花の少ない時期は、釣り花入れが重宝すね...ヽ(´ー`)ノ
花数少なくして、効果的な印象を出せる。

後ろの軸は瓢箪の画賛で、こんな文句です。

浮かうかと くらすようでも 瓢箪のへそのあたりに 〆くくりあり

ま、私なんか、
浮かうかと暮らしていて、しかも、〆くくりもなさそうなんで... って、
やや...まあ、今日はソフト自虐オチで...



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myokasyo at 18:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 妙花 

2008年08月09日

古代蓮フリーク

madarahasu


さきに古代蓮の鉢を
観賞用にと買ってきたわけですが、

類は類を呼ぶ...というか、
そういう話は集まってくるもので、

「古代蓮なら、あそこにもあるよ...」
「ええ〜っ!?」

ということで、
暑い中、撮りに行ってきました。
禅宗のお寺の境内なんですが、

「斑蓮(まだらはす)」というらしい。

見たところ、ふつうの白蓮なのですが、
開花した状態では分かりにくいんですが、
蕾の状態で見ると、花弁の縁に、覆輪の状態で、赤紫色が付いている。


madarahasu_2

こういった細い覆輪を糸覆輪というらしいんですが、斑蓮の種類の中でもめずらしい特徴らしいです。

まあ、大阪ってところは、もとは湿地帯。
だから、水の都なんてむかしは言ったらしいですが、まあ今は見る影もないんですが、
古代は、金剛、葛城、生駒山の水系が河内湖に繋がっていて、ほんとうに水の豊かなところで、あちこちに沼沢なんかができていて、蓮や葦や何か水辺の植物が群生していたのかもしれませんねぇ...
だから、いまも少し郊外に出れば、千数百年前の蓮が咲き続けていたりする。

madarahasu3


...みのさかりびと ともしきろかも ...とは、

古事記に書かれていた、前に書いた日下の蓮のことですが...

たしかに、ここの蓮も葉には虫食いひとつなく、
この炎暑の中に、ぐんぐん水を吸い上げて青々としていました。
古代、蓮は「夏の生命力」の象徴...だったのかもね。


madarahasu_5

madarahasu_6


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myokasyo at 16:42|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 娑婆の花 

2008年08月08日

遠い...遠い...友の絵

sekotathuharu

竹馬の友ともいうべき、
小学生時代の同級生の個展を観にいってきました。

はじめて彼と出会った小学一年生のとき、
彼がクレヨンで描いた、夏休みの図画の宿題の絵をいまだに覚えています。

宇宙に...ロケットが二基。
二基が、ほとんど平行して、画面の左端に、火を噴いて垂直に飛んでいた。
背景は、濃いグレーの宇宙と、点々と黄色い星の瞬く空間。
本来、主題となるべきロケットよりも、宇宙と星の空間のほうが大きいという、
いわば小学生離れした、長谷川等伯ばりの水墨画のような余白の多い絵だったのが印象的で、
もともと絵が好きで、自分でも得意だと自負していた私にとっては衝撃でした。

その後、学年が進むうちに親しくなり、
夏休みともなれば、毎年、従兄弟と、彼の家によくカブトムシを採りに行きました。
彼の家の前で、ザリガニ釣りもしました。
いまは開発されて、すぐ近くに新しい住宅地がいっぱい立ち並んでいますが、
その頃は曲がりくねった、山道の、遠い、遠い、山郷の中の大和屋根。
遠い、遠い...暑い、暑い... 夏休みの思い出...

小学校を卒業するとともに、同じ中学に進んだのですが、クラスも離れ、自然と付き合いもなくなり、
その後、互いに、どんな人生を歩んだか... 

でも彼は、あれからもずっと絵を描いていたんだ...と

瀬古多津治 絵画展
http://blogs.yahoo.co.jp/shimobe23/14252923.html

myokasyo at 17:18|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 娑婆の花 

2008年08月07日

お父さんのための「なげいれ」講座

narumi_chan
[ナルミちゃんの花]

にわかにも 風の涼しくなりぬるか 秋たつ日とは むべもいいける

大阪・藤田美術館に西行・伝・筆の一幅があって、以前、この美術館へ耀変天目茶碗の特別展示を見物に出かけたときに、たまたま一般展示されていた掛け物を目にしたときに記憶した歌です。
二、三度暗誦しただけで、すぐに頭の中に入ります。
それだけ西行の歌は、時代の隔たりを飛び越えて、季節感とともに生きる人間の実感として心情に響いてくるのですね。
この歌を読んだ平安末期だか、鎌倉初期だか分からないけど、とにかくその年の夏も暑かったにちがいない...と思うわけです。
耀変天目の輝きは、...ほとんど忘れましたが、この歌は季節ごとに記憶によみがえります。


立秋の今日は、月の初めの「花の会」です。
八月は、ご高齢の方々の欠席者が多いので(笑)やや時間的余裕もあり...
「デジカメを忘れたのでセンセ撮ってください」というリクエストにお応えして写真を撮りました。
▲は、ナルミちゃんの花です。
小学三年生って、八歳だっけ?忘れました...
逆光が過ぎて、撮影は失敗しましたが、強烈に伸びのある花です。
花器の中には水半分、その中に花材のパイナップルリリーが覗いているというのもトロピカルでお洒落でした。
左への、この伸びをどうするか?と一瞬迷いましたが、そのまま残しました。
伸びよう...とする子どもの力をセンセが抑えこんではいけません...
...というわけで、彼女の原作そのまんまです。
直感が鋭い人なのかもしれません。将来が楽しみですねヽ(´ー`)ノ



yakkun
[やっくんの花]

今回は、やっくんが悩みました。
中学1年生という多感な年頃です。
悩み多き、自分を模索し始める年頃です。悩んで当然です。
さきに生けて帰ったカツベさんの花を手本にして挑戦したのですが、
花の難しいところは、同じ花材でも同じようにならないところ...
人が一人一人個性が違うように、同じ園芸種の花であっても、花も一本一本個性がちがいます。
同じようには曲がんない。
多少、手を入れましたが、だいたいこんな感じです。


...では、「花の会」の続きで、今日は、「お父さんのための"なげいれ”講座」ですね(゚∀゚)b
ガラスの水盤に花を「なげいれ」で入れてみます。
なんでタイトルが「お父さん...」なのかは別に意味はありません。TV番組の中にそんなコーナーがあるので、ただたんに語呂合わせです(笑

kyonokazai0


今日の花材は、ニューサイラン、パイナップルリリー、レッドフォックス、スカピオサ、ヘレニウム...
う〜ん... まさに「なげいれ」華道家泣かせの花材ですね。

kyonokazai


ご存知のとおり、「花は水に浮きたるものにて候...」のなげいれでは剣山もオアシスも使いません。
...が、多少、花留めとして、前にも使った水晶だとか、蓋置きだとか使いますが、
これは花留めの道具そのものが観賞に耐えるものが前提です。...ということで、今回、花留めは花材の中のニューサイラン。

kyonokazai2


水盤の中で曲げた、ニューサイラン二本の間にパイナップルリリーを入れます。

kyonokazai3


あとは、スカピオサ、ヘレニウム、レッドフォックスなど...間にいれて出来上がり...
ま、今日は花材全部を使いましたが、あるから...と云っても、ぜんぶは使わなくてもよいので、
ある程度、あ、ここで涼しげだなぁ〜と思うところ、てきとうなところで止めてください。
絵でも花でも、人生でも...行き過ぎず止めるところが大事... なんてね...(笑

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