2009年10月

2009年10月30日

何かに見えてはいけない...

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昨日はじめて見たのですが、
ユニク□のCMに華道家が登場しましたね。

知っている方は知っているのでしょうが、
私はあまり知らない人です。
若い方です...

あのCM。いろいろシリーズがあるのですが、
タレントではなく、身近に専門的な職業を持っている人たちが登場するから、ドキッとさせられるんですよね...

日本は高度成長といわれた時代以来、
物は豊かになったけど、ついに写楽も歌麿も(時代は違うけど長谷川等伯も...)輩出しなかった。

でも、いよいよ文化の時代がくる。
そんな予感がする...
また、そうあってほしい ...と、思います。

国内では、
企画大量生産、大量消費の時代はオワリ...
単純化、規格化、標準化、水平展開...の時代はオワリ...
生産は、グローバリゼーションで、海外の労働コストの低いところに流れるので、
これから日本人が生き残っていく道は、堺屋センセの云うように「知価」「文化」しかない。
ユニク□みたいに、生産は海外に、発信は日本から...ってことに、これから、なっていくんじゃないか...(もうなってますが...)と思うんですよね。

歌人、俳人、書道家、音楽家、華道家、画家、舞踏家、漫画家...デザイナー... 彫刻家... ... ... ...??? 
いまは思いつかないけど、あらゆる創造手段と表現手段を持つ、すべての 日本のArtistたち、Creatorたち、明日を信じてがんばろう..

..って、

今日は少々風邪気味で、
約束の飲み会パスしたわりには、こんな調子です。




花 ミナヅキ・ドライ ホウの葉
器 なし


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myokasyo at 21:21|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 妙花 

2009年10月28日

ヤブサンザシ、ヨメナ

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ヤブサンザシは...

生まれてはじめて、
生け花の手ほどきを受けたとき、一番最初に生けた盛り花の花材。

その師匠に、

「この木は、土に挿しておけば根が付きますよ...」

といわれて、半信半疑で土に挿したところ、
いまでは、文字通り、一抱え...どころか、
人手も、もてあますほどの「ヤブ」になっています。

この木が蔓延れば蔓延るほど、
私が生け花を始めて、辿ってきた道が、ずいぶん長くなった...ということの証。

ヤブサンザシは季節柄、菊などと、多く入れてもよく似合い、
また抑制して、一枝を茶花として使っても象徴的に季節感を感じさせてくれます。
生命力が強いので、庭の片隅か、プランターか、
どこかに挿しておけば、この時期重宝な花材です。



花 ヤブサンザシ ヨメナ ノコンギク ヘクソカヅラ ほか
器 泥鰌採りの仕掛け

花 ヤブサンザシ ヨメナ
器 亀甲竹一重切




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myokasyo at 16:34|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2009年10月25日

時の花

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折りつればたぶさに汚る たてながら三世の仏に花たてまつる (『後撰集』巻三)

..遍照は、桓武天皇の御孫で、俗名は良岑宗貞。仁明天皇に仕え左近衛少将から蔵人頭になったが、嘉祥三年(850)、帝の崩御にあい、叡山に登り、慈覚大師円仁について出家したのであった。歌は、折りとると手のために花が汚れる、立ち木のままで過去、現在、未来の三世にわたる一切の諸仏に、花を奉るというのである。
いかにも仏家らしい思いがうかがえる。こうした仏への供華の風が、華道の立花の源流だと説かれている。

しかし、私には、日本人が神の依代として立てた木や花の歴史とかかわりなく日本の華道が発生したとは考えられない。
現に、華道だ、いけ花だ、といいながら、花材はいわゆる花ばかりでなく、木の枝が用いられる。
むしろ、いけ花の骨格をなすのは風枝といっていいようである。
また、われわれが美しいものとして植物を観賞する心意の根底には、まず時の花がその季節の神の依代であり、神意の発現であると観想された歴史があるに違いない。そして季節の神に手向けるものにもなったが、それだけに移ろいやすい時の花を惜しむ心が深くなるに違いない。
                                          『花の民俗学』

「花」とういうのは、「ハ(端)ナ(伸びる)」で、先端部に延びたところの意である。
「ハナ」に、色あざやかで人々がめでるものという情報が含まれているわけではない。
                                     『川をなぜカワというか』


日本人にとって「花」は、花ばかりを生けるのではなく、ときに枝だけ、
ときに葉だけを生けて、それもまた「花(はな)」という。
「時の花」が、その季節の神の依代であり、神意の発現であり、
「端(ハ)」を「占(ナ)」う実りの先触れであり、呪力である..

とすれば、

ただいま「時の花」は、
紅葉の始まった草花や木々の葉...
とくに、
うちの庭のカシワバアジサイの照り葉...において、ほかはないな...

花 カシワバアジサイの照り葉
器 瓶





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myokasyo at 20:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 妙花 

2009年10月24日

ダリア、チョコレート・コスモス

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>かといって、否定するわけじゃない。
>それはそれ、これはこれ...


 ...の、洋花。
  ダリア、コスモスです。
  この時期、チョコレートコスモスの色って好きです。


私の友人に、
茶花しか生けない... 和花しか生けない...という、
窮屈な枠組みを作っている人がいますが、
私自身は、「よろず今生に出会うこの世の花、生けてみましょう...」なんですよね...
洋花、和花、生ける手を問わず、あらゆる窮屈な枠組みから離れて、自分で考えて、自分の手で生ける「よろずや」です。

自由は...何でもできることじゃないっ...! 自由とは自分に由(よ)ることだ...

そうそう... そう思ふ...


ダリアやコスモスを生けおいて、茶室の禅語を持ち出すのも、なんだかミスマッチなのですが、
禅語の好きな言葉の中に、「逢花打花 逢月打月」という言葉があります。

「花に逢えば花を打(た)し、月に逢えば月を打(た)す」

「打す(たす)」とは、ここでは打つ・なぐるの意味ではなく、睡(ねむ)ることを打睡(たすい)。
座禅することを打座(たざ)。すなわち「打す」とは、ある事柄を「する」ことの意。
「花に逢えば花を打し、月に逢えば月を打す」とは、
花が咲いていれば、美しいなぁ...と、心ゆくまで花を眺め、心を後に残さない。
また、月が夜空に輝いていれば、よい月だなぁ..と、しみじみ仰ぎ見て、それでいて執着をとどめない。
※禅語解釈の参考は『禅語の茶掛・一行物(芳賀幸四郎著)』


つまり、心惹かれる野の花に出会えば、野の花を生け、華麗な洋花に出会えばそれを生ける。
もちろん、花にかぎらず、出会いがあれば古釘貝殻も生けるかもしれない...




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myokasyo at 22:09|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 妙花 

2009年10月23日

虫食い

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秋も...
より深く、なってまいりますと、
まともに咲いている野の花なんて、
ほんとに数少ない...

みんな、厳しい残暑を超えて、風雨に傷つき、
霜に痛め、虫に食われながら、満身創痍で花を咲かせています。

花を見ていると、ホント... 人だな... と思います。
人生の縮図... 
虫食い... 朽ち葉... 病葉(わくらば)...

花を見ぬものは、
どれほど人間の言葉で人生を語り、生き方を論じ、教義を説いたところで、
朽ちてゆく花の姿を前に、なにほどの説得力もない。
創造の絶対者なんて、しょせん人間の頭で考え出したもの..

花の姿を見ているうちに、自ずと死生観は定まるものではないか?


花  見返り草(ミカエリソウ)
器  重油で汚れた角材(たぶん、昔懐かしいラワン材...)









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myokasyo at 22:27|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 妙花 

2009年10月22日

名残(なごり)

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ここ一週間、忙しかったですね..
息つく暇もなかった..
今年、予定されていた行事が次々と終わっていきます。

人が、あたふた...そうこうしているうちに、
野の風景は人を放っておいてどんどん変わってゆく..
カシワバアジサイの葉などは、緑から赤へ、紅葉のグラデーション...
ハナミズキなどは、もう真っ赤に色づいて...

ところで、お茶の世界では、十月は名残(なごり)の月。
春、夏、秋...と野に咲いていた草花と、いよいよお別れの月となります..
月がかわって、霜月の口切となれば、茶席にいける花は、草花から椿にかわる...

十月ももうあと少し。
野の草花を摘んで生ける時期ももうあと少し...
名残惜しい草花の最後の月を、あれやこれやと野に出ては、時速百キロで生けることにいたしましょう...


花 ミズヒキ、イヌタデ、ミゾソバ
器 染め竹籠




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myokasyo at 16:38|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 妙花 

2009年10月19日

真脇(まわき)

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行ってきました...
真脇です。

海を見下ろす丘に立つ縄文晩期層(約2500年前)から出土した直径約1m巨大な環状木柱列。写真はその復元。
また最古層(約5500年前)からは、トーテムポール状の彫刻柱が、人骨や大量のイルカの骨と一緒に出土...



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東京に所要で出かけた帰りに寄り道です。
すごく遠い寄り道..

上越新幹線[東京]16:52発[越後湯沢]乗換、特急はくたか18:38発、21:28金沢着。市内で一泊。
翌朝、8:00JR金沢駅から往路復路ともに一日一本の高速バスで約2時間半。縄文真脇遺跡まで足を伸ばしてみました。
能登半島の奥も奥...岬めぐりのふらり気ままなバスのひとり旅です...

ほとんど下調べなしで訪れたので、残念ながら資料館は休館日。
イルカの骨とともに見つかったという、縄文人によって彫刻の施されたトーテムポールには出会えませんでしたが、
縄文人が暮らした、真脇の海岸を望む、なだらかな丘を一人でゆっくり散策することができました。

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縄文の人々が感じた同じ太陽の日差し、同じ浜風が吹き抜ける... 
おそらく現代の日本人であっても最も好むであろう、山に囲まれ海に望むという風光明媚な地形。
なんというぜいたくな環境に暮らしていたことだろう...って思います。
山に近く、海に近い。つまり新鮮な山の幸、海の幸がすぐ手の届くところ。
「縄文人って、さぞ旨いもの食ってたろうなぁ〜」と容易に想像のつく。
そんな地形に真脇遺跡はあります。

この日はさすがに、訪れる観光客もなく、地元の小学生たちが先生と一緒に芋掘りの学習中とか、幼稚園児が先生に手を引かれて散歩中とか...
バス停からの道を間違えて、徒歩で峠をひとつ越えてしまった私を、親切に遺跡まで送っていただいた女性の方とか..
お天気もよく、目にしみる、心にしみるほどの真脇遺跡への旅でした。


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myokasyo at 22:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) よもやまばなし 

2009年10月15日

【霜柱(シモバシラ)】

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朝晩がとても冷える時期になってきましたね...
なんだか一年経つのが、年々早くなる...

大阪に帰って、実家に居候していた頃に、庭に植えたシモバシラ...
きれいにそろって立ち上がった姿を生けたかったのですが、
このあいだの台風で、実家の花壇の草花は薙ぎ倒されて、
地べたをはいずりまわりながら咲いている...という悲惨な状態になっていましたね...

ちなみによく野草を摘みにいく川原は、川底の安山岩が露出するほどきれいさっぱり何もかも流されて、
まるで古生代の川に逆戻りしたような景観です。魚もいないのです...

当然、先に生けたツリフネソウも、影も形も...根ごと、きれいに流されてなくなっていました。
台風が来る前、雨の降る中を沢に下りて、群生するツリフネソウをいくつか摘んだのですが、
あのとき見た美しさを一期一会というのかも...
また川原にツリフネソウの種が、流れて届いて、
花をつけるには、何年もかかかるのかもしれない。

以前にも書いたのですが、
「かんながら」「かむながら」とは、
まさに川の流れのままに...という思いがしてならない今日この頃です。

四角い花器が最近のマイブームなので、シモバシラの直列...

もうすぐ放射冷却で、本当の霜柱の立つ季節が来る...
みなさま風邪などひかぬように... 

とくに、そういう私...






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myokasyo at 05:25|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 妙花 

2009年10月13日

【上臈不如帰(ジョウロウホトトギス)】

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上臈、帰るに如かず...

ずっと放置しっぱなしのプランター
ろくにめんどうをみない主をよそに、ジョウロウホトトギスが、今年も蕾をつけました。
ホント、自然は正確に開くべき時を知っている。
中でも、大きい蕾をつけた一本を摘んで、天平水瓶に生けてみます。

...蕾は三つ。
一日、一輪ずつ咲いては、ひとつづつ、花がおわってゆくので、
水瓶に生けて三日目。今日、これが最後の一輪。

しがらみを捨てて、半分、人生を降りる...
来年こそは、プランターを替えて、精魂傾けて花の手入れをすることに...

ジョウロウホトトギスの株をもっと肥やすことに... 

努力することに...






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myokasyo at 23:30|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 妙花 

ダリア

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大輪の見事なダリア...

正面切って向き合えないのは、
所在ない今の自分の自信のなさのあらわれか?

それとも、

十あるものは、つま先立ちして十二に見せるよりも、
敢えて三分だけ見せたほうが美しい... 

という、

昔の上司の言葉を、
いまだに引きずっている証拠か..





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