2011年08月

2011年08月25日

秋海棠(しゅうかいどう)

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秋海棠(しゅうかいどう)と聞けば、
音韻のせいで、秋街道と錯覚する。

今年の夏の訪れは、なし崩しだったけど、
お盆を過ぎれば、急に赤とんぼがスイスイ飛び出して、
季節は順調にめぐり始めたのかもしれない。

毎日は、日めくりのように事務的で時事的で、
観念的な思考を失うけど、

この秋は、
音楽を聴いて、
映画を見て、
感覚をより研ぎ澄ますようにしよう…




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myokasyo at 08:24|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 妙花 

2011年08月16日

胡瓜の馬 茄子の牛 

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お盆に、
先祖のご精霊のお迎えは、
胡瓜と茄子にそれぞれ、折ったひごや割り箸などで足をつけ、
胡瓜を馬に見立て、茄子を牛に見立てて供える。

胡瓜の馬は、精霊が馬に乗って早くわが家に帰って来てもらえるように、
茄子の牛は、精霊が再び黄泉に戻るとき、牛の背に乗ってゆっくり帰ってもらえるように。

海では、
お盆に精霊舟を流してしまうと、漁師は誰ももう海には入らない。
というのも、一六日の海は、
死者が海を越えて黄泉の国へと帰ってゆく道となるから、そのじゃまをしてはいけない。
その日の海は、「仏海(ほとけうみ)」と呼ばれる。

一六日の夜の海は、
海が静かだろうと荒れていようと、海に滑り出て行く死者のほのかな光できらめき、
また、遠い都会の喧騒のような、死者たちがつぶやくざわめきの声が聴こえてくるという。


■胡瓜の花・中国製食籠





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myokasyo at 05:51|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 妙花 

2011年08月12日

あの夏の日の blueberry …

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遊びにも出かけず、
夏ぢゅう引きこもりしています。

ずっと、本を読んでいます。
生涯何度目か、本が部屋ぢゅうにあふれ出して、

「ねぇ、何のために本を読むの?」

「負けないためにさ…」


それはさておき。

「写真を撮ってほしい」という依頼で、
ちょいとタイ・ミャンマー国境まで…  

ウソです、近くの農家へ…

夏の陽差しを燦々とあびて実るブルーベリー…
ブルーベリーって房咲きなのに、実る順は斑状にランダムに実ってゆくのだそうです。
収穫するときは、実った一粒づつ手摘みしなければいけない手間がたいへんとのこと…
ただ、農薬も使わず、育てるには手間要らず…と聞きました。

夏の陽光に、斑に実るコントラストが美しいですね。


ほんのわずかな時間で汗びっしょりとなる暑さ。
木成りから手摘み。
そのまま口にふくんで噛みつぶせば、香りとともに果汁が喉を流れ…
小さな生の実感。
こんな些細なことが、或の夏の日の思いでになるのかも、

甘酸っぱくて、ほろ苦いよ…





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myokasyo at 05:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 娑婆の花 

2011年08月05日

ヒマワリ・ミナヅキ ・不思議な夏

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七月も終わりに近づいて、ようやく啼きだした蝉が、
今夜は真夜中というのに、まだ真昼のように啼き続けている。
やはり今年は何かおかしいと感じる…

夏だというのに、
部屋にこもってもっぱら読書に明け暮れる。

万巻の書を読めば、
何か自分の世界が開けるかと思って読むが、
世界は何一つかわらず、元のままで、
真夏の一室で、ただ一心に本を読んでいる自分がいる。


夏だ!
哲学をしよう。
夏と哲学は相性がいい。
哲学には夏服がよく似合う。
もちろんも服喪も似合うが。

灼熱の太陽のもと、
みんなもうじき死んでしまうことを考えよう。
海辺で、若者たちの健康な褐色の肉体も、
優雅に水上をすべっていく白いヨットの群れも、
波が飛沫をあげて打ち寄せる砂浜も、
あの残酷な太陽も、もう少しで無くなってしまう。

                     狂人三歩手前 (新潮文庫)





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myokasyo at 02:37|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 妙花