いただきものうつわ百選

2012年10月02日

竹の器に秋草

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お手製の竹の器を、
FBのお友達からいただきました...

お弁当箱のよう...
もちろん、私には何でも花入れに見えるので、秋草を入れます。



有史以前から、タケ、ササは有用な植物として目をつけられていた。
タケ、ササを素材とした製品は、縄文時代の遺跡からも出土している。
農耕が始まった弥生時代に入ると「籠(かご)」や「箕(み)」や「笊(ざる)」などの生活用具として、あるいは「櫛(くし)」や「竹玉(たかだま)」などの装身具として、広く竹製品が用いられるようになった。

それらの竹製品は、生活に役立つ道具であるだけでなく、神秘的な呪具としても用いられた。
どこにでも生えている<凡草衆木(ぼんそうしゅうぼく)>とは違って、≪竹≫には超自然的な働きをする霊力があると信じられていたのである。それゆえに呪術の用具として竹器が用いられたのだ。
                                 竹の民俗誌




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2010年05月09日

いただきものうつわ百選(その5

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台湾からの芸大生、曹亜希さん。
日本での留学期間中に数々の作品を残して、
新たにニューヨークでの活動を目指して飛び立った..
旅立つ前。
知人ばかりで餞別代りの彼女の作品オークションが開かれたのは、
もうかれこれ十年も前のこと..

そして彼女の作品が私の宅に二点残ります。
厳密にいえば「いただきもの...」というわけではありませんが、
何某かの対価で私が引き受けた一点は大型の水盤と...

もう一点がこれ..


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雲錦文様を金彩で絵付けした枕木に長細い舟形の焼き物を接合させたオブジェ。
焼き物は、おそらく信楽かと思われる土にビードロ釉の景色と、登り窯特有のカチンコチンの焼き締め。
そして、どの作品も、華奢な彼女の体に似合わぬ、
置き場所に困るほどの大きさと、持ち運びに著しく不自由する重量級.. 
など...いろいろ特徴がありますが、
いまのところネットで検索しても彼女の名はない。
どこでどうしているのやら..
きっと今もどこかで何かを創作しているにちがいないと..

彼女の情熱と魂は、幾年経っても少しも変わらず、いまもここに..

花はスノーボール、リラ..


若き芸術家たちに幸あれ。



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2009年09月20日

鶏頭立花

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立花は不思議な花だと思う...

現代人の感覚でしてみれば、
口のある瓶に、花を挿せばよほど楽なのに、そうしない。
花、枝物は、上部でどれほど曲がっていても、根幹はまっすぐに水際から立ち上がる。

また、花の取り合わせが独特.. と、思ってみたのですが、
どうやら鶏頭は万葉の時代から日本に渡来していたとのこと..
とすれば、不思議でもなんでもないか... 
昔から日本にある手近の花材を組み合わせて立てたということか..?

では、いったい何が独特なんだろう? なにか独特..

池坊立花では、よく鶏頭の花を目にする...
ここでも鶏頭の大きな花頭を最上部にもってくるのは不思議..
ふつうの感覚でいえば、バランスが悪い..と、思うのだけれど..



先日頂いた鶏頭の残花を立花にしてみました。
花は、鶏頭以外は、家の周りで見つけた花材...

池坊の稽古の頃の花器を、いくつか人にあげてしまったので、いまさら後悔してもはじまらない... 
ああ...また、京、三条新門前あたり、古い銅花器の物色に行きたい..

花 鶏頭、枇杷の葉、シオン、センブリ、ヤブサンザシ、クリビアの葉、キショウブの葉
器 池坊を習っていた頃、師匠から頂いた銅花器..






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2009年07月29日

鬼の復権

oniyuri


jamaginさんのいう、

「鬼に百度合う...」とは、なかなかいい得て妙... です。

開花したこの花を、数多く生けていれば、いつしか花粉にまみれ、生けている手や、着ている衣服は、いつの間にか思わぬところが花粉だらけ。
手も肘も、いつの間にかヨードチンキをまだらに塗ったように、まさに「鬼の手」のよう。しかも拭いてもなかなか取れない。

最近、「立柱」つながりで、荻原秀三郎氏の著作をたて続けに読んだのですが、
鬼の復権』の中に、他界との関係としの「鬼」について書かれているので備忘録として引用しておきましょう。

...中国では仏教に取り込まれる以前の鬼が、今日でも健在である。
鬼とは何か。
鬼の原義として、
人の帰スルトコロヲ鬼トナス(『説文解字』
人ノ死スル、ミナ鬼トイフ(『礼気』)
之(鬼)ヲ視レドモ形無シ(「淮南子」)
とあって死霊はみな鬼なのである...

...仏教は地獄と極楽を振り分け、鬼は地獄の獄卒とした。
にもかかわらず、日本の鬼は極楽という他界からやってくる。
平安時代の『倭名類聚抄』では「鬼は物に隠れて顕はることを欲せざるゆえに、俗に呼びて<隠>と云ふなり」といった。
古代では死ぬことを「身失せぬ」「身まかる」とか「隠れる」といい、他界に隠れた死者が鬼であった。
『岩波古語辞典』でも、オニは「隠」の古い字音onに。母音iを添えた語とし、「鬼、和名於爾、或説云、隠守、音於爾訛也、陰陽道における獄卒鬼、邪悪の像が強く影響していると思われる」と解説している。鬼を一方的に悪鬼とするのは後の変化である。
人間が「隠れる」と、鬼になる。鬼が鎮まると鬼神になる。神と鬼、善と悪、聖と俗、差別と平等...、
物事を対立した概念でとらえる思考方式は、一見論理的でわかりやすいがウソがある。
両者の間に、せいぜい「両義性」といった言葉をはさみ込んで穴埋めをしようと図るが限界がある... 『鬼の復権


今後も、このブログの中で、荻原氏の引用、多くなると思いますが、まだ頭の中の整理がついていない..
たとえば、「鬼(キ)」≠「隠(イ)」の音韻の関係、もうひとつは物(mono)と鬼(oni)の関係..とかね...


鬼百合を生けた器は、母親から譲り受けた花瓶。

「お前が生け花をやっているので...」と、いくつか譲り受けた中の一つですが、
どうやら母が、若い頃習っていた小原流の花瓶っぽいですね、どうでしょう?
他流で、あまりこの手の壷形の花瓶を使ったところを見たことがないのですが...

鬼の母ちゃん壷を残す... って、
いや、まだちゃんと、生きているんですが。




oniyuri__


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2009年07月23日

遠い夏...

gibousyu


今を遡ること数十年前..

ある年の夏の始めの頃、
大学の大講義室の机に、一編の詩の落書き..

いまでも断片的に覚えているのは、

「海岸線沿いに 夏雲が雪崩れると...」で始まる、夏の記憶を記した恋の詩..

「あれから私、時の波間を ただ流木のように一人で生きてきたの..」

「三年をへだててあなたから来た電話 懐かしい名前に忘れてるふりをした.. 遠い夏...」


こんな詩を書けるやつがうちの学校にいるのか!?と、
当然、女性だと思った私は、見知らぬ、落書きの主に思いを馳せた..

一週間後の同じ授業の日は、同じその席に陣取り、
まだ消されずに残っていたその詩を全文ノートに書き写した..
この詩はけっこう、そのひと夏の、私の精神状態を左右したか、
またはその頃、一人仕事でやってたバイトの孤独感も手伝ってか、
ほぼ、一種異様なダメージを受けた状態のまま、夏が過ぎ去っていく..

その後、社会に出て、毎年々夏を過ごし、
その後、人生の数あるイベントはバタバタと過ぎ去って...
ところが、いくつになっても、
この「海岸線沿いに 夏雲が雪崩れると...」のフレーズは、脳裏にこびりついていて離れず、
毎年、夏が来る同じ時期ともなれば、このフレーズが、文字通り「海岸線に雪崩れる夏雲...」のように蘇って、あの夏味わった、ダメージのような、同じ気分に自分を舞い戻す..

「もしや?」と思い始めたのは、ここ最近のことで、
実際に、思うところあって検索してみたのは、2〜3日前のことだ...

ああ、やっぱり...

竹内まりやさんの曲の歌詞だったのですね..

実感として、

「まあ、うちの大学にあんな気の利いた詩を書けるやついるわけないよなぁ...」

「あの頃、そんな曲流行ってたんだっけ...?」

「やっぱ、ネット情報社会というのは、あらためてすごいな...と、」

まあ、こういうことって、昔から疎かったんですよねぇ..



gibousyu__


いただきもの器第二夜は、池坊の友人からいただいた砂鉢..
花はギボウシュ
花留めは 轡(くつわ)花留め


それはさておき、
はじめて曲付きで聴きました...
ああ... 
象牙海岸... 

海岸線沿いに 夏雲が雪崩れる ...遠い夏








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2009年07月22日

いただきものうつわ百選(その1

itadakimono_1


いただきもの器百選...とはまた大げさなタイトルですね..
そもそも、いただきものの器ばかり百もないと思いますが、機会ある毎に紹介していきます。
まあ、1シーズン六話で終わった『椿百話』みたいに、気長に末永くお付き合い下さい...


長らく花を生けておりますと、
いろいろな人から、いろいろな季節に花ももらうし、
いろいろな機会に、花器もいただくんですね...

花はとにかく..
花器については、自分が見て、買い求めるものは、ショーケース越しなんかに見て、自分が生けた状態や、何を生けたら似合うか.. などイメージして、
自分が納得して欲しくなって、買ったり、求めたりするわけですから、あらかじめ、自分の頭の中で、その器と、合わせる花の構想が出来上がっているわけですね...
つまり、その器で、どんな花を、どう生けるべきか、心の準備が出来ている..
ところが、いただき物の器(花器)というのは、そうはいかない。まったく心の準備のないところへ、突然ふわっ!と来ます..

「ありがとう...」

と、お礼を言いますが、花生け人の性(さが)として、その、いただいた器をどう生かすか、何を生けるか...って、いただいた瞬間から、けっこう考えるんですね..
だから、頂いた瞬間に「難しい顔」。見ようによっては「困惑した顔」になっている場合があるかもしれません。
でもそれは、いただいて困惑しているわけではなく、いただき物が花器と知れば、次の瞬間には、「何の花を...?」「その器にどう生けるか...?」という、花生け人が課題に対しての「難しい顔」、「困惑した顔」であって、けっしていただいた事に関して困惑した顔であはありませんね。
むしろ、物をいただくというのは至って「好きなほう...」でございます(笑

だって、生けるべき花も、「何でもかんでも...」と、いうわけにはいかないでしょう..?
「あ、これだ...」という花材に出会うまで、けっしてその器を仕舞い込まず、手元や、よく使う器棚に置いておくなど、あえて目に触れるようにしておいて、潜在意識の中に留めておきます。


今回、いただいたのは、信楽焼.. と思いますが.. 
爪楊枝立てぐらいの大きさ..の一輪挿し、ちゃんと手付きの風情.. いただいてから、もうすでに三ヶ月近く経っているんですが、寿退職でリタイヤする、女の子からいただいたのです。
花器、珈琲のマグカップ、灰皿の三点セット。
今、この記事を書きながら、よくよく考えれば、私のLIFEツール三点セット... あまりによく熟知されていて恐れ入ります... という話はヨコに置いて...、

ちょうど、川辺に常盤露草(ときわつゆくさ)。
本来はメキシコ産でトラデスカンティアというらしいんですが、和名のほうが、しっくり来ます..
昨夜増水した川の流れに洗われて、いきいきした花を咲かせていたので、大きさも頃合いと、「いただきものうつわ」に入れてみました。

まあ、器の贈り主は、このブログ見ていないと思いますが、、秋に挙式らしいです。
「不景気なんで、結婚生活たいへんだよ〜」...「まあ、せいぜいお幸せにね〜」..ってね(笑
川辺に咲く純白の露草とともに『送る言葉』... でした。

もしかして「川辺の露草」って縁起悪いかな?
いやいや「常盤」が付くので、だいじょうぶ、だいじょうぶ...;



tokiwa_tsuyukusa


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