2024年02月10日

『霊能一代』復刊!

今まで十万円くらいの高値で売られていて事実上、入手不可能だった幻の名著『霊能一代』が復刊されます!アマゾンで予約できますので、是非是非お読みください!
必ず得るものがあります。

シュタイナーの『死について』や、ダスカロスの『飛翔の翼』という本も今読んでいる最中で、またレポートしますが、大変素晴らしい書物ですので、興味あるかたはご一読ください。

mysticart at 09:27|PermalinkComments(7)読書日記 

2023年10月23日

念力による死闘

黒魔術とか、呪詛合戦というものは本当に存在するようです。
職業として呪殺を行う殺し屋も存在するようです。

詳しくは『虹の彼方の神秘家たち』という本やジョセフ・マーフィーの本を読んでほしいです。

『虹の彼方の神秘家達』という本には、職業魔術師が依頼を受けて、ある女性に黒魔術をかけた話がでてきます。その女性は意識不明の危篤状態になってしまうのですが、幻空法師というお坊さんが彼女を攻撃し続ける呪詛の念力を跳ね返すことに成功するのです。
これは幻空法師にとっても死闘であり、負けた方が死ぬのです。一生で数回しか使えない荒業であるとのこと。
その結果どうなったか、呪詛された女性は一命をとりとめ、呪詛を仕掛けた黒魔術師は死亡するのです。
幻空法師も汗をびっしょりとかいて体力の消耗が著しく、無傷で済んだわけではありませんでした。

このように念力と念力の戦いというものは存在するし、力の強いものが勝ち、負けた方は自分自身の放射した呪詛の念が反射されて、ブーメラン効果によって最悪命を落とすのです。

念力による死闘に打ち勝った幻空法師は間違いなく偉大です。
しかし、こんな見方もできます。
幻空法師と黒魔術師は、同じ土俵で戦っているのです。同じ土俵で同じ次元の力で押し合いっこをしているのです。物理的に腕力の強いものが勝つという構図です。ですから勝った方もエネルギーの消耗が激しいのです。

一方、ジョセフ・マーフィーの本にもブードゥー教の黒魔術師から呪いをかけられた人を救う話が多く出てきますが、マーフィー博士が提案するのは、念力合戦ではなく、信仰心による防御でした。
神の守りが自分と共にあることを毎日静かに思い続けることによって信仰心を深めることを勧めるのです。クライアントがそれを実行に移すと、たいていの場合、クライアントは無傷で、黒魔術師の方が死にます。マーフィー博士に言わせれば、それは自然の摂理であり、神の摂理に反する邪悪な想念を放射する方が負けるのが当然なのだから、黒魔術を恐れる必要はないと言います。

最後に五井昌久先生の場合を紹介します。
五井昌久先生もある日、ある行者から呪詛されてしまいます。おそらく五井先生はその対策はなにもしていなかったのですが、放っておいたらついにその行者の方が倒れてしまったのです。
五井先生いわく、世界平和の一念で無になっていれば、呪詛される自我がないのだから、呪詛の念は行き場を失い、本人に戻っていくというのです。
もちろん我々が、五井昌久先生のように無我の境地にいくのは難しいことだとは思いますが、理屈の上ではそういうことなのだそうです。

これはヒーリングにおいても当てはまります。
(続く)

mysticart at 20:27|PermalinkComments(2)

2023年10月07日

山蔭神道

「今」を生きる古神道
辻明秀



山蔭神道は歴とした古神道です。

調べればわかることだと思いますが、開祖は後漢霊帝の末裔、阿知使主であって、山蔭神道は、古き良き日本の精神と、大陸の学問や文化、技術のハイブリッドだと言われています。

日本において応神天皇の時代から2000年の歴史をもち、明治のときまで宮中において侍医長として蔭で皇室を守る役割を果たしていたといいます。

他の方のレビューを拝読するに、外来の要素をすべて排除した純然たる古神道を求めている方が多いのかもしれませんが、そもそも、我々の文化に欠かせない漢字だって外来のものです。そのような中で日本の純然たるオリジナリティを追い求めることに、いかほどの意味があるのでしょう。

むしろ完成度の高いブレンドこそ日本らしさを感じる所以です。

私から言わせれば、その門を叩く者が救われるならば、幸せになれるならば、それが神道でも仏教でも道教でもキリスト教でも何でもいいのです。 形式に捕らわれて正統か異端かを論じるのではなく、人を守り救う力があるのかないのか、追及すべきはその一点のみ。

そして、山蔭神道には、その『人を救う力』『人を幸せする霊力』が連綿と引き継がれてきて、今なおその霊力は現存するのだと、この本を読めばわかるはずです。

mysticart at 19:59|PermalinkComments(4)

2023年09月15日

姫野公明の奇蹟

姫野公明師は過酷な山岳修行を経て、過去も未来も見通せるほどの力を手に入れた人物であり、首相クラスの人がお忍びで相談に来るほどである。
死してなお、著者の希望に応え、写真に写ってしまうほどの人物だ。

あの頭山満を前にして怖気づくことなく、霊視の力を発揮して因縁の日本刀を言い当て、右翼の大御所を黙らせてしまう。

家のすぐ近くの神社に日参することを怠ったクリスチャンが、命を失ってしまうという恐ろしいエピソードが書かれているが、この本を読むと氏神へのお参りがいかに大事かがよくわかるし、神道だ仏教だと言わずに、神も仏もともに丁重に祭り大事にすることが非常に大事であることに気付く。

姫野師は、日本人に限らず世界中の戦争犠牲者の慰霊に力を尽くした慈悲深い尼僧であり、一宗一派の狭い枠組みを超えて、神道、仏教、キリスト教を心から大事にしていた偉大な宗教者である。 靖国神社の鎮霊社建立にも姫野師が関与している。

是非一読をお勧めする。
本書を読んで、何でも祈りをかなえてくださるという天命稲荷神社に参拝したくなった。

最後に姫野師の言葉を紹介して終えることにする。 本書に興味のある方は、『法力とは何か』という本や、山蔭基央、辻明秀の本を読むと良いだろう。

P150引用
『物を散じても、それはまた巡り巡って又自分のところへ戻ってきますよ。世の中に自分だけのものというものはなく、すべては皆のものであり、自分たちは神がお持ちのものを一時自由に使わせていただいているに過ぎない。死んでしまえば元の無一物になる。これを良く心得ておきなさい。』


『神に手を合わせて祈るということは、神と一つになるということです。』
『霊魂は不滅ですよ』

「人生とは水泳のようなもので、水を抱き込もうとすれば脇から出てしまうし、平泳ぎのように避けようとすればわきから入ってくる。欲をかけば出るし他人に施せば必ず入る」

「(額の小さな傷を指して)あなたにはそこに傷がありますね。その傷は貴方が2.3歳のときのもので、そのとき貴方は命を落とすところでしたが、両親が信心深かったため救われたのです。」

「あなたは再婚どころではありまんよ。あなたの亡くなったご主人は、村に道普請があったとき、土の中から人の骨が沢山出てきたのに供養しなかったので、その祟りで命を取られたのですよ。その人骨は貴女の祖先に関係のある人です」

「田畑、あなたは仕事で多忙のようだが、是非とも、これを先におやりなさい。」と言われ、有縁無縁の仏の供養のための宝篋印塔を建立して仏の供養をするようにと教示されたのです。

「大野家もこれで万々歳です。この石像を守護神と崇めて、毎月1日と15日に赤飯を炊いてお祀りしなさい」

祈祷中に「相川さんは頓死する」という霊告があった。
師は相川さんに「貴方のところから二、三百メートルくらい行ったところところに氏神様があるから、その氏神様に毎朝お参りしなさい。すると助かるし、第一身体のためにも良いでしょう」

「祈りても志るしなきこそしるしなれ 祈る心にまことなければ」

姫野師は宝篋印塔を建立して有縁無縁の仏を供養することを多くの人に勧めたようだ。


mysticart at 08:39|PermalinkComments(0)