屋久島生活の断片/屋久島方丈記

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2018年9月24日の「屋久島方丈記・日誌編:No.480」の記事です。

二年くらい前20年くらい使用していたウォッシュレットが壊れて新しい型のものに交換した。そのときにはすでにトイレットペーパーホルダーの可動式芯棒の片側がバネが壊れたようでへこんだら自動的に元に戻らなくなっていた。ペーパーを交換するときにペーパーをホルダーに差し込むと芯の穴に片側の芯棒は自動的に入るのだが、もう一方の芯棒は手で出しておいてもへこんだままになってしまいペーパーがホールドされない状態になっていた。


左:旧いホルダー(右の芯棒がへこんだまま)            右:新しいホルダー

ウォッシュレットを新しい型に交換してもホルダーは交換しなかったから、ペーパーを交換するときは芯穴に片側の芯棒が自動的に入ったら反対側のへこんだままの芯棒がついている側の外枠を叩いてその反動で芯棒を芯の穴に入れる。そういうことを芯棒のバネが壊れて以来やって来た。最近その辛抱も限界に近付いたようで、妻からはホルダー交換の要望が強くなって来た。私もときどきペーパーを交換するのだが、言われてみればいちいち芯棒がへこんでいるか見てへこんでいたら叩いて芯穴に入ったのを確認するのは煩わしい。

そこでペーパーホルダーを新しいものに交換した。ペーパーを差し込めば芯棒がへこんでペーパーの芯穴に入る位置になれば自動的にバネで入る。ウォッシュレットを新しい型に交換するときにホルダーもセットで交換しておくべきだったと、私はいささかケチに過ぎたことを反省してしまった。

妻はバネが壊れて以来何回も新しくしたいと言っていたのだが、私が煩わしいと思うようになった最近まで聞く耳を持たなかったと言っている。自分が身につまされたり関心がないといつもそうだと非難されることしきりだった。最近妻の要望が強くなって来たという印象は私の方の受け取り方が変化したためで、妻は初めから言い方に変わりはなかったようである。



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屋久島方丈記・日誌編:
  No.363  20年以上持ったウォッシュレットを交換  (2016.09.19)


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2018年9月17日の「屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:No.479」の記事です。
                   
9月11日テレビニュースを見ていたら、鹿児島の市民団体が北海道の地震で泊原発の外部電源が止まったことを理由に県に川内原発を停止させるよう申し入れか何かをしたということである。九州電力にも同様の行動をとるということのようである。

私の感覚では、どこかで事故が起こったら、同じ事故が起こらないようにどうするとか、そういう事故発生につながる不具合を起こすものが他にないかあるいはそういう事故が発生したらそれが影響して他に不具合が起こるものがないかと考えるとかして対策するのが普通の対応である。そして停止するのは同じ事態が発生する可能性が高いと判断された場合だと思われる。

しかし私はニュースを見ての限りだが、市民団体は泊原発の外部電源が止まったことを一足飛びに川内原発停止に結び付けているようで、初めから川内原発停止ありきで他所の原発で不具合があればそのときを狙っていつもそれを主張しているのではないかというような印象を持った。

私が思うに、差し迫った状況があるなら別だが県や九電は市民団体の申し入れを受けても原発の停止に動くとは考えにくい。私がニュースを見た感想としては、また原発反対を掲げる市民団体が原発反対パフォーマンスをしているなというものである。

私としては県や九電を説得できるような論拠を持って原発停止を申し入れるならばその行動に共感出来る気もするが、北海道では危なかった感じがしたとかだから嫌だという思いだけで現状改善の検討余地もない停止申し入れをしているようで違和感を感じてしまったのである。

私も核については本質的に危ないものだと思っているが、それだけを主張しても状況はなかなか変わらないと思っている。脱核エネルギー社会にしてもらうよう頼む相手すなわち核エネルギーに関係するひとたちや肯定しているひとたち(政治家・官僚・経済界・メディア・有識者・一般市民など)を説得し納得させるあるいは翻意させる必要があるわけである。言っただけに終わる反対や停止申し入れではないやり方があればよいのだが、どうしたらよいのかはいまの私には分からない。



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屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
  No.85  原発についての見方が変わった  (2012.01.09)


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2018年9月10日の「屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:No.478」の記事です。
                   
台風21号が接近して来た9月3日の夕刻、突風的に風が断続的に吹いていたとき、風呂場の更衣室を兼る洗濯流し付き洗濯機置き場から浄化槽のようなくさい臭いが強く臭った。移住以来いろいろ家の中で不快な異臭に悩んでは対策をして来たのだが、この臭いは局所的かつ人が常在しない場所なので風呂と洗濯が原因で出るのだろうと我慢して来た。しかし今回基礎の通風孔から吹き込んだ風でその臭いが発生源から吹き上げて来たような感じで家の中に広がった。

そこで臭いを嗅ぎまわってみたら洗濯流しの排水管が通る床表面に接して付いている管化粧カバーの辺りから隙間風が出ていて臭いもする。洗濯流しの排水管は金属製で流しの直下がトラップになっており、その下が床に通っている。金属製管化粧カバーは円形の一体型で外せないので管の上方に押し上げてみると床に空いた穴に下の樹脂製排水管が来ていて、そこに流しの排水管が挿入されている。

床の穴は樹脂製の管の径より大きいから床下から風が抜けて来る。流しの管は樹脂製の管より径が小さくゆるゆるで、ただ挿入してあるだけなので樹脂製排水管からの臭気は上がって来る。風が吹けば吸い上げられる。それが臭気の原因だと判断出来た。樹脂製排水管は台所の排水や洗濯機の排水用の管とつながっている。屋外で風呂場の排水管ともつながっている。それでときにより生ごみ臭のような臭いがしたり風呂の排水の臭いがしたりしていたようである。

いままでも洗面所や台所流しについては、トラップ下方の排水管と床下の排水管のつなぎ部分がゆるゆる状態になっていて床下排水管から臭いが漏れて来ていた。その異臭対策としてそれぞれ排水管の挿入部を防水テープでぐるぐる巻きにして臭気が漏れないようにして来た。今回は床下の樹脂製排水管の上端が床上面と同じ、そして床の穴は管径より少し大きく風は通るものの管周囲に手指は入らない。このままでは防水テープが巻けない。そこで管の周りの床をドリルとノコギリで切り取って手指が入るようにして防水テープをぐるぐる巻きにした。そのあと床シートを張って虫など入って来ないように管周りを塞いだ。

それで異臭はしなくなったのだが、それにしても当地では設備の排水管と床下の排水システムの配管のつなぎはただ挿入するだけで臭気もれの処置はしないのかあるいは手抜きなのかと、私はいぶかっている。また、わが家ではサッシの周辺のシールが悪く屋内側で柱と壁が何回かの台風などで水が浸入しシミだらけになったので似た思いを持っている。サッシについては移住数年後に外壁との隙間をすべて自分でコーキングし直した。私は田舎暮らしとはこのようなDIYを楽しむということかもしれないと思いつつもいぶかっている。



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屋久島生活の断片・日誌編:
  No.79  くさいはなしのこと  [2001(H13).11.19]
屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
  No.293  土地と家について_20年住んで  (2015.07.13)


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2018年9月3日の「屋久島方丈記・日誌編:No.477」の記事です。

向田邦子の短編だかエッセイだかに「眠る杯」というのがある。滝廉太郎作曲として「荒城の月」は有名だが、作詞は土井晩翠でその詞の中に、「めぐる盃かげさして」という箇所がある。それを聞いて「眠る盃」と覚えてしまい以来なかなか修正できないという思い出ばなしだが、思い間違いや言い間違いになかなか気づかず恥をかいたりすることはよくあることである。



私は、むかしある人物がなにも行動しない人間を戒める言葉としてよく言っていた「沈香も焚かず屁もひらず」という言葉をその人物が沈香(じんこう)を(ちんこう)と言い間違っていたため「ちんこうもたかず、へもひらず」と耳で聞いて匂いの対比だから「珍香も焚かず屁もひらず」だろうと思い込んでいたことがある。そしてそれを聞いていた当時の仲間などで話したりして、匂いよりも動きを表現しており役立たずの行動の様を非難する喩えにぴったりの感があるから「ちんこも立たず屁もひらず」だろうなどと面白がった憶えがある。

それから10年くらいしたころ中国物産展に行く機会があった。良い匂いがしていたのでこれはなにかと訊ねたら「じんこう」であるとの答えだった。私は「じんこう」を残念ながら知らなかったのだが、そこで一片を買った。家に帰って包みをあけ桐箱の表に「沈香」という字があるのを見てこれがあの「ちんこう」かと思ったわけである。ちなみに香木としてその名は知っていた伽羅は沈香の特に質の良いものらしい。

そして最近のこと、そのむかし買った沈香が物入れを整理していたら出てきた。それで「じんこう」を「ちんこう」と思い込んでいたむかしを思い出し、そして向田邦子の「眠る杯」を思い出してしまったというわけである。出て来た沈香をこれは当時中華街で買った香炉で焚いてみたが、感激するほどの香りはしないので多分あまり質の良いものではないあるいは人工ものかと思われる。それがしまい込んだままだった理由のようである。



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屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編:
  No.39  沈香のこと  [2001(H13).02.12]


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2018年8月27日の「屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:No.476」の記事です。

台風接近の8月21日15時か16時近くに停電した。その後復旧作業があったようだが復旧したかと思ったらまたすぐ停電、それを繰り返していた。わが家では台風が最接近している状況では夜中の復旧は無理かと停電のなか22時過ぎころ就寝した。その後断続的に同じ状況を繰り返したかどうかは知らないが、翌朝起床しても停電していて7時ころに復旧、その後停電はしなくなった。

半日くらいの停電では、冷凍庫は開けないでいれば問題ないが、冷蔵庫は開けないでいても庫内に入れて置いた温度計が20度くらいに上がっていた。ふたを開けていた牛乳は一口飲んだら水のようにサラサラした感じだったので念のため止めにしたが、他は食べるに問題なかった。過去何回か経験したことがあるが、当地ではスーパーなどで停電があると、場合により保冷のために臨時休業することもある。今回は店舗付近では長時間停電したかどうか知らないが、あっても概ね夜間だったから問題にならなかったかも知れない。

わが家ではテレビは、速報性を求める番組以外はほとんど録画して自分たちの都合に合わせてそれを再生して見ているのだが、今回停電・復旧を繰り返していた間は録画がぶつ切りだったり録画されなかったりで4番組が見られなくなってしまった。それはそれで私たちにはそんなに困ったことではないのだが、台風接近時などはテレビで台風情報が見られなくなるのは不便である。外枠ででも常時台風情報が表示されているので助かるのだが、停電ではそれがかなわない。台風が直撃模様で接近する場合は最も必要なのに停電が起きるとテレビの台風情報は危険地域に届かない。そういうときはラジオを付けるのだが、テレビのように常時台風情報というわけではないので気が紛れない。

はなしは変わるが、当地ではたまに計画停電というものがある。配電設備の更新とかメンテナンスがその理由らしいが、大体午前0時から5時くらいに実施されることが多い。時間についてはそれはそれでよいのだが、時期については一考して欲しいと思っている。冬季の寒い時期、わが家では電気毛布を使用している。いちいち停電のため予備の布団を袋から出して用意しておけばよいのかも知れないが面倒くさいのでさぼる。そして停電で電気毛布が切れると寒さを我慢することになる。

暑い時期の計画停電も困る。熱中症が心配である。夜間外気は下がっても25度以上のときもある。また室内は日中の熱が蓄積されていて外気ほどには下がらない。わが家では大体暑い日は冷房を入れて寝ているのだが、停電になって冷房が切れると暑くなる。そこで窓を開けるのだが、それでも暑いときがある。止むを得ず発生する停電は致し方ないが、計画停電は実施時期を計画できるのだから、高齢者たる私たちとしては、寒さや暑さに耐えやすい季節にやって欲しいと思っている。



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屋久島方丈記・日誌編:
  No.247  台風18号_高圧電線断線  (2014.10.06)


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2018年8月20日の「屋久島方丈記・日誌編:No.475」の記事です。

8月8日、わが家で35度以上を記録した。わが家では外気温は大体昼13時前後に最高温になる。そのときはまだ室内気温は外気温より低い。しかし屋根には日が照り続けているから屋根裏の温度は上昇し続けていると思われる。そのため外気温が下がり始めても室内気温は上がり続ける。15時前後に室内気温は最高温度になる。そのころに今回は熱中症警報機が危険の発報音を鳴した。


上・左: 外気温最高の35.2度 ---> 外気温下がるが居間室温が35度に上がる
上・右: 外気温下がるが居間室温35度のまま ---> 外気温下がるが居間室温35.2度(最高)
下・左: 居間に接する玄関内壁で危険初発報
下・右: 避暑部屋のPCでTVを見る


わが家では暑さがひどい日には天井の一番低い部屋を閉め切り冷房を入れて暑さをやり過ごす。昨年、そのときの暇つぶしにPC用にUSB式のテレビのチューナーを購入した。寝転んでいても何となく落ち着かない。それで本を読んでも最近は眼が衰えたか草臥れる。そういうときにそのテレビを見るのだが、それでも眼がしょぼしょぼするときは音だけを聞いていても気がまぎれる。わが家では冬に風邪を引かないように16時半に湯を入れ始め、溜まったら風呂に入ることにしているが、それが習慣になって一年中そうしている。その湯を入れ始めるころまで避暑部屋で過ごすと室内気温も下がってきている。17時ころには入浴するのだが、汗を流してそのあとはすっきりする。


(関連記事)
屋久島方丈記・日誌編:
  No.421  夏の室内熱気対策_通風  (2017.09.11)
  No.471  天井裏換気_室内の熱気対策  (2018.07.23)


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2018年8月13日の「屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:No.474」の記事です。
                   
核兵器のない世界が来ればよいと誰でも望んでいると思われる。しかし単純に核兵器を禁止すればよいと誰でもが思うわけではない。核保有国を含む全ての諸国が禁止条約に加盟するなら可能かもしれないが、北朝鮮に核放棄させることもなかなか出来ないのが現実である。核保有国すべてを含む諸国が核兵器禁止条約に加わると思うこと自体極めて非現実的なはなしだと思われる。

核兵器禁止条約に核保有国は加盟しないとなれば、核保有国に何を根拠に核兵器の廃棄を求めて行くのか。同条約を根拠に出来ないわけである。核兵器禁止条約は、核保有国に何の効力もなく非核保有国には核に手を出すことを禁じる現状強化の域を出ないわけである。

核兵器を禁止する。それはよいことですね。そういうからには核保有国の核を禁止するよい方法を思いついたわけですね。加盟しない核保有国に核放棄を決断させるよい手段とは何ですか。と私は問いたい。それがない限り核兵器のない世界が来ればよいと誰でも望んでいることを核保有国にして欲しいとただお題目で唱えているのだ私は思っているわけである。私は核不拡散と核保有国が核兵器削減を進めるNPTの考え方の方が核保有国が参加しているだけ現実的だと思っている。

私が思うに、核兵器のない世界の実現には核兵器を上回る新兵器の出現しかないのではないかという気がしている。破壊力や汚染のないそれで核兵器を凌駕する効果を持つ新兵器。それが出てくれば核兵器は必要なくなる。ピンポイントで世界の平和を乱すような例えば核兵器を使うことをためらわない国のリーダーなどを瞬時に抹殺できる手段を持った神のような全世界監視システムが出現すれば、全世界公論で決する時代が来るかもしれない。

はなし変わって日本と周辺国のことである。私は中国や韓国に戦略的に虚言宣伝をされいちゃもんを付けられているのに、それに対抗すべき情報戦略と体制の欠落する日本の対応が歯がゆい感じがいつもしていた。安倍政権になってからちょっとは中国や韓国の裏のたくらみに対抗する姿勢を持って外交に当たろうとしている感じがしていまも期待している。

野党やメディアや有識者の中には中国や韓国や北朝鮮の代弁をしたり言い分を支持したりする人間がいるが、日本がどうなればよいのかはっきりと示して、それに至る行動計画を主張してほしいと思っている。日本が核兵器保有国・米国に従属している中でその恩恵に浸りながらそのときの状況対応批判で言いたいことを言っているのでは私は信用しない。日本を貶めずどう自立していくのかを示してほしいと思っている。

先年、中国が尖閣奪取を目指す動きに、アメリカは尖閣は日米安保条約の適用範囲にあると言ってくれて、いま中国はその行動を思いとどまっている。ここのところ米中貿易戦争で苦しい状況にある中国は日中関係改善に舵を切ったと言われるが尖閣付近領海への公船侵入などなくならない。そのときの都合で態度を変えるが本心は警戒しなければならないと思われる。

日米安保条約による米軍の抑止力が中国を抑えているということは全国民承知のことだが、例えば沖縄で米軍削減や撤退論議があり、基地の削減や移設反対運動もあるようである。しかし日本がアメリカの抑止機能を期待するならばそれへの対価は支払わなければならない。これは交渉が絡むので改善要望はするがそれが全面受け入れにはならないわけである。

それを容認しないひとたちあるいは段階的改善に異を唱えるひとたちは、日本に敵意を持つどこかの国の手先でなければ、私に言わせれば憲法改正、軍隊を持つことを主張する日本自立論者ということになる。他国の力を借りず自分たちの力で自分の国を守ろうとすればそういうことになる。そうでなければ沖縄まで中国の支配下になることをよしとすることになってしまうからである。

野党やメディアや有識者の中には中国や韓国や北朝鮮の代弁をしたり言い分を支持したりする人間がいると前述したが、彼らには自国を守るという発想がないあるいは日本に敵意すら持っているような印象がある。もしそうでないならば、彼らには世界や周辺情勢の現実を認識・分析し自分たちの日本をこうするという全国民の理解を得られる行動計画がないからそういうことになってしまうのである。

私は、その言い分の良し悪しは別にしてズバズバもの言うトランプや習近平やプーチンや金正恩のように、日本のリーダーもズバズバものを言えるようになって欲しいと思っている。しかし憲法改正し軍隊を持ち自立した日本になることなしには、日本のリーダーが日本を守るために言いたいことをズバズバ言える日はなかなか来ないと思われる。



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屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
  No.438  核兵器禁止条約_希望表明では実効ない  (2017.12.11)


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2018年8月6日の「屋久島方丈記・日誌編:No.473」の記事です。

例年暑くなりかけた6月頃と寒くなりかけた11月頃を盛りにヤンバルトサカヤスデが出ると思い込んでいるのだが、今年はわが家では7月頃からちらほら出ていた感がある。そして今に至るのだが、出る数は少なく大きさも小さい。近所では役場に薬の散布を依頼している気配があったが、わが家では例年より数が少なく依頼するほどのことはなく、自分で粉薬を家の基礎周りに撒いて対処している。


(上・左: 薬剤と散布用容器)       (上・右: 今シーズンのヤスデは小さい)
(下左: 室内に出たヤスデを捕まえる)        (下・右: 室内に出たヤスデ入れ用容器)


このシーズン家の中に出るのも例年に比べ少ない。何日かに一匹という感じで例年に比べ煩わしさをあまり感じない。いままでの役場の薬液散布のおかげか、自分たちのシーズン中の間断ない薬剤散布のおかげかも知れない。いままでの砂状の薬剤は効果が長持ちしないような感じだったが、昨年だったか役場が配布する薬剤が白い粉のものになってその効果が出ている感じがする。

わが家ではヤスデが出始めたら、家の周りのコンクリ基礎部分全周に薬剤を撒く。もらって来た薬剤をむかし自分で買っていた薬剤の容器に移し撒く。容器には把手があり中蓋に散布用の小穴が開いているので散布しやすい。

家の中に入って来たヤスデは箸でつまんで、これも同じむかし買った薬剤の容器に入れる。この容器には箸を一緒に出来る差し込み用筒みたいなものを付けてある。小穴のついた中蓋は付けない。ヤスデを入れるとき蓋を開けると、前に捕まえたヤスデの死骸が臭ってこれが蓋を閉めてもしばらく消えないので、それを我慢しなくてはならないのが難点であるが、役には立っている。



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屋久島方丈記・日誌編:
  No.378  ヤスデの出る時期になった_完全駆除は不可能か  (2016.12.05)
  No.445  ヤスデ_12月から1月にかけて  (2018.01.29)


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2018年7月30日の「屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:No.472」の記事です。
                   
先日、女優の剛力彩芽がインスタグラムの過去の投稿を全削除すると発表したという芸能ニュースがあった。その理由は交際中のお金持ちと行ったお金のかかるサッカー観戦をはしゃいで投稿したと芸能界の大先輩などから顰蹙を買ったかららしいと報じられているが、私には本当のところは知る由もない。私がこのニュースで関心を持ったのは、SNSに自分を晒してきた過去を抹消するかのような全投稿削除という行為である。

私は積み重なられたSNS投稿などの記事でその人物がどういう人間か分かる気がしている。なぜならSNSなどには何年にもわたっていろいろなことに関してのそのひとの考えが小出しながら示されてきていると考えるからである。小出しながらのいくつもの投稿などをまとめるとそのひとの全体的イメージを感じることが出来てくると思っているわけである。

そして私の感じているようなことが、AIでシステム化されるのは時間の問題らしい。今後AIが進歩して人物評価に適用されると、SNSなどの投稿やその他発信の記録から今までそのひとが何についてどのように考えどう判断してきたか分析されるようになって、その思考力や価値観や判断スピードや発想の豊かさまで簡単に判定できるようになると予想されている。そうとなればいい加減にごまかしてはいけなくなる。自分がどんな人か他の人に伝わるようにきちんと発信していかないと、まずAIでスクリーニングされ希望の入り口に立てない可能性がある。いたずらに面白がったり誇張したり偉ぶったりして本来の自分と異なった優れ者を装うとしていても化けの皮は剥がれることになる。

今回SNSの投稿で批判された剛力彩芽は、そういう時代の到来を予感し、装っていた自分のイメージを払しょくし、自分の本来の姿と他のひとが持つイメージの乖離がないようにして、突然化けの皮がはがされるような事態を招かないようにと過去の投稿を全部削除し心機一転出直しを図ったのかも知れないと私は思ったのだが、それは思い過ごしかも知れない。しかし過去の投稿は全てネットから消えることはないようだから、関連付けはこれからもされるわけで、心機一転しても気苦労は絶えないと思われる。

ところで私は20年くらいホームページやブログを続けているから、人物評価AIが出来た暁に、私の思考力や価値観や判断スピードや発想の豊かさがどのように判定されるかには興味がある。まあ評価の対象になったらのはなしだが、まずそういうときは来ない。



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2018年7月23日の「屋久島方丈記・日誌編:No.471」の記事です。

わが家は平屋で居間は屋根の勾配に合わせた傾斜した天井で屋根との距離が近い。日が照り屋根の温度が上がり屋根裏の温度が上がると室内の温度も上がるのだが、特に居間の温度が上るようで立ち上がると頭部が蒸されるような熱気を感じるときがあった。


左: 天井裏換気扇取り付け部・西側
右: 屋外温度(上)と室内温度(下)、黄色の数字は時刻


かつて、居間の上部から屋根裏にその熱気を逃がそうかと自分で排気ファンを付けたのだがその効果もイマイチで、何年か前に熱中症が気になって熱中症の注意喚起をする温湿度計みたいな警報機を購入したのだが、夏季の大体暑い日は室内では熱中症厳重警戒の表示が出る。そういうときは静かにやり過ごすことにしているが、やはり状況を少しでも軽減したい。そこで昨年は、ネットで何か良い対策はないかと調べたりしたのだがなにしろ通風ということのようだったので戸や窓を開け扇風機などで通風を図って来たのだが、どれだけの効果かは分からず暑いときは暑くなる。

今年ネットでまた何か良い対策はないかと見ていたら、天井裏に換気扇を付けたら暑さでへばっていた室内犬が少し元気になったというような記事があった。そこでわが家も天井裏の熱気を排気すれば少しは効果があるのではないかと、電器店に依頼して家の屋根裏の東西にそれぞれ換気扇を付けてもらった。一応戸や窓を開け扇風機などでの通風と合わせ熱気対策効果を狙うのだが、吸気は庇に小さな穴が多数開いている自然給排気口と私がつけた居間の排気ファンからで、そこから吸い込んだ空気を東西の換気扇が排気する仕組みにしたつもりである。

屋根裏の温度が上がらなければ室内の温度も上がらない。天井裏の温度上昇の程度が大きければそれでも室内の温度は上昇するだろうが、換気の効果が十分間に合っている間は屋外温度と室内温度が同じになって落ち着くと思われる。写真は暑くなると天気予報で言っていたある日の例である。この日もわが家の室内では熱中症厳重警戒表示が出ていたが、以前に比べ居間で立ち上がったとき頭部に熱気を感じることはなかった。しかし、もっと暑い日が来れば屋外より高い屋根裏の温度がさらに高くなり、それが居間に伝わり居間の温度が屋外温度より大幅に高くなることも考えられる。いまは今後の様子を見てみようというところである。



(関連記事)
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  No.421  夏の室内熱気対策_通風  (2017.09.11)


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