日常生きていて、ふと思ったことをこのブログに書き連ねられればと思っている。

誰かに話したい内容だが、あいにく私の周りにはこれを話せる人がいない。だからここに垂れ流すことにした。

ジャンルは様々、私が興味を持った事象について私が感じたこと、考えたことを書いてゆくというスタンスで臨もうと思う。

 眠りが浅く、睡眠時間が短い日のほうが、コンディションは良いような気がする。ただ、そんなものは絶対気のせいだし、実際昼間は眠かった。進捗会議の時間はほとんど意識が飛んでいた。

 

 今日は、会社の嘱託保健師の先生と面談をした。本当は予定がなかったのだが、先週がとてつもなくしんどく、急遽お願いして時間をくださった。本当に申し訳ない。

 話題の中心は、私が窮地にあることを念頭に、年度末までのライフスタイルについてだった。結論から言えば、どういう選択であれ苦境は続くというものだった。

 

その1、一度休職すること。

 先日も述べたように、少しの期間休職して出直すという選択肢だ。ただしこれには罠があり、休職できる期間が年次によって定められている。私のような入社1年目の者が合計1ヶ月業務を行えないと、退職になる。……いや、退職は非常に困る。この間、会社に生活を握られているのだから這ってでも続けざるをえないと言ったばかりだ。「復帰できなかったらどうしよう」などと日和っていられる猶予は全くなかった。数週間の休養で抑うつ感が完璧に回復すれば全く困らない。したがって、今は休職すべき時期ではないと感じた。

 

 その2、耐え難きを耐え、忍び難きは欠勤。

 退職は勘弁なので、とにかく年度末までは耐えるという選択肢だ。ただし、耐え切れない場合は、やむをえず欠勤することで最悪の事態を避ける。ここで、私の有給休暇残日数は0であることに注意する。つまり、次以降に営業日を休んだ場合、欠勤となる。欠勤すると、その日分の賃金が控除される。欠勤は心を癒し、生活を圧迫する。平成であれば、今日は休みだったことが非常に悔やまれる。欠勤は評価を下げられかねないのだが、私の大病については上司らには伝わっているはずなので、多少大目には見てくれることを願っている。現状、この選択肢が最も現実的なものと考えられる。

堪え難きを堪えると好転する状況もある。先ほど、休職できる期間について言及したが、実は2年目以降であればそれが6ヶ月になる。つまり、今は年度末までやり過ごし、それでも快方に向かわない場合、次年度以降に折を見て一定期間休職するという選択肢が生まれる。(休職について散々話しているが、私は何も好きで休職したいわけではないことは勘違いなさらないでいただけるとありがたい)

 

その3、抑うつ感から解放される。

私の認知の歪みが整い、病が快方に向かうことを願った、希望的な選択肢だ。これにはあまり期待はしていないが、もしそうなるなら歓喜する。ただし、前2つの選択肢に比べると、現実感が皆無だ。

 

 

 

先生との面談を経て「その2」を選んだことは、項目の分量からお察しの通りだろうと思う。

当然というか、結局というか、やはり耐えることが求められる。

 

ひとまず、今は今週を耐え抜くことに注力し、次は年内を乗り切ることに尽力しようと思う。

 


 

 なぜ会社に行きたくなくなるのだろう。

 もしかしたらと思ったが、仕事がつらいのではなく、仕事がないからつらいのではないかと若干思った。つまり、退屈が嫌なのだ。退屈は人を殺すとも言われるように、退屈のせいで苦痛を被っているのかもしれない。そんな苦痛を被りにわざわざ8時間も居て堪るかという話だ。だから会社に行きたくなくなるのかもしれない。(ならば、常にタスクがあれば退屈せずに行く気になれるかと言われれば、そうとも限らなさそうだが)

 そういう場合もあるし、退屈、仕事がないとなると必然的に怠惰になりがちだ。部署柄、周りの人たちは信じられないくらいいつも残業しているし、どこからそんなにタスクが湧いてきているのだろうといつも感じる。しかも、恐らくは指示されて仕事をしているわけではなさそうなので、自発的に動いているのだと思う。自分には、そんな自発性は全くない。いまだに上司の指示なしでは何も動けない。怠惰で消極的な自分と、勤勉で積極的な周りの人とを比べたとき、非常に惨めだし、申し訳なさすぎて、その場に居たくなくなるのも当然だろう。

 

 職場の自席に居たくないといえば、今日は先輩の日向さん(仮名)に「最近自席におらず別スペースで仕事をしているが、何か理由があるのか」と聞かれた。ついに私の居づらさを見透かされたと思った。その場では「資料作りに集中したいから」とありきたりなことを答えたが、実際のところは先述の通り、周りに圧倒されて自分の居場所を追われている気がして、自主避難しているのだ。(集中したいのは本音だし、いつ鳴るかもわからぬ電話に恐怖しなくてもよいし、蛍光灯が眩しいなどというしょうもない理由もあるが、メンタル的な圧迫感には到底及ばない)

 

 このように、休みがちで、人と距離を置きがちな私の異常さは、ひしひしと周りにも伝わってきているに違いない。管理職の人には自分の大病を伝えてあるが、これが暗黙の認識として全体に定着するのは時間の問題であろう。

 ここでも、私の精神異常によって、私が勝手に壊れることによって、築き上げた関係性が崩壊してしまうのか。そう思うと、今日も不安で寝付けなくなりそうだ。

 

 最初の問いの暫定的な解答としては次のようなことが考えられる。私が会社に行きたくなくなるのは、勤勉な人々の渦中に一人、怠惰な自分がいるのが許せないからだ、と。

 根っからのクソ真面目で、中途半端な完璧主義の私には、私自身が強烈に許せないのだ。

 

 

 

そういえば、休職すると賃金は出ないらしいが、傷病手当として賃金の6割が支給されるらしい。

 

 



 

 私のうつ病は4年程前、学生時代に押し寄せた。詳細な経緯はさておいても、今の今に至るまで緩解することはなかった。今が一番つらいと、いつの時期も思っている。

 いま、私は就職している。生まれ育った千葉県を離れ、今は福岡県にいる。

 私は、社会人1年目だ。ただ、社会人なんて言葉は、私が使ってよいと思えていない。なぜなら新入社員の癖に遅刻や欠席を繰り返していて、とてもじゃないが社会的スキルがあるとは思えないからだ。そんな自分があまりにも情けなくて、気分が落ち込む。

 うつだから自分がダメなのか。あるいは、自分がダメだからうつになるのか。いずれにしても、自己嫌悪は止むことがない。

 

 私が福岡県の会社を志願したのは、地元から逃げたかったからだ。大学、大学院で失敗し、手の付けられない腫物の私のことを誰も知らない遠いところに身を移したかった。今までのゴミのような人生を一転させ、新しく自分の人格を発揮できる場所が欲しかった。ここなら私のことを誰も知らない。ここなら、他人の知る私の人格はゼロから作れる。そう思っていた。

 しかしそんな願いは早くも破綻した。入社すると2ヶ月間研修があるのだが、5月には症状が悪転した。4月末の時点で、既に抗うつ薬が切れていたのだ。5月中はとにかく苦しかった。薬で安定させていたメンタルが崩れ、体調に影響が出た。眠気と頭痛と、胃痛が酷かった。同期らが全員敵に見えてきた。研修の終盤、私は耐え切れなくなり、研修担当に自身の病について申告した。

 新天地で描かれる予定だった名画は、ここで筆が止まってしまった。

 

 詳細は省くが、部署での業務は7月半ばからだった。いわゆる研究職で、技術開発が行われる現場だ。

 12月現在、自分が仕事をこなせている自信がない。実感もない。先輩や上司の指導の下で業務を遂行している、ように演じているだけなんじゃないかと思えてならない。

 実感のなさは経験値のなさに通ずる。「他人と自分を比較するのは不幸の種だ」というのはよくわかっている。わかっていても、ああも経験の差をぶつけられては自分を卑下せざるをえない。この悩みを34人に話したことがある。その答えに共通することは、


1.        
考えすぎている。
2.         まだ1年目である。
3.         先輩や上司があなた(私)より知識に長けているのは、経験の長さから見れば残念ながら当然のこと。

という点だ。本当にその通りだ。つまり私の悩みの種はこれらの裏返しであって、


I.         
考えすぎていると思っていない。
II.       1年目だと驕っていない。
III.     例え経験が浅かろうと先輩や上司とは対等レベルの知識を有していなければならない。

という考えが根底にあることだ。考えすぎだとか、経験が浅いから仕方がないとかというのは、自分がよくわかっているつもりだ。これを認めているつもりだろうが、どうしても頭にこびりついて離れない。これらがためにうつ病が緩解することがないのではなかろうか。

 

 先日、通院している精神科の先生からは、「"休職(やす)"むかね?」と言われたし、会社の嘱託保健師の先生からも「休職していてもおかしくない精神状態」と言われた。そんなに酷い状態とは思っていない私自身は本当にどうしようもないのだろう。

 このままずっと右肩下がりで、うつ病然り、体調が酷い状態が続くのは望まぬことだ。このまま、ずるずると引きずって年始に大崩れするかもしれない。非常に危険である。仕切り直しのために短期間だけ休職もやむをえないと思った。そうしたほうが楽になれるかもしれないと少なからず思った。しかし恐らく、一度でも休んだら二度と復帰できない気がして、ずるずる続けるしかない。

 なぜ続けなければならないのだろう。それは、会社に私の生活を掌握されているからと考えているためだ。働かなければ生活する資金は得られないし、せっかく逃げ込んだ福岡県の拠点も追われるかもしれない恐怖があるからだ。

かといって、この悪い状態で続けても、うつ病という爆弾を抱えた問題社員を面倒見る周りには大変な迷惑をかけっぱなしになるから、一度気持ちをリセットしたほうが良いかもしれないのもまた事実である。

 

先週、胃痛がピークに達し、さしこみと呼ばれる激痛に襲われ、会社を休んだ日があった。

その日の夜、母親から連絡があった。「元気してるか」との問いに、私は薄暗い部屋の中でしばし返答に迷い、「ぼちぼちや」と答えた。情けなかった。

 

 

 労働はつらい。でも不甲斐ない自分を考えることはもっとつらい。

 明日出勤できたら、会社の休職制度について調べてみる。本当に休職を選択するかはさておき。

 

    

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