「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」
江戸時代の俳人・山口素堂が詠んだ
あまりにも有名な一句。
・・見て
聞いて
味わって
・・
清々しい初夏の風物詩を
五感で愉しむ時季がもうそこまで来ています。
中でもホトトギスは
春の花・秋の月・冬の雪と並び称される、
夏の代表的な季語。
時鳥、不如帰、杜宇、杜鵑、田長鳥、妹背鳥、子規etc...
これらすべてホトトギスを表す言葉。
群を抜く漢字名の多さからも
ホトトギスが夏の歌や句にどれだけ登場してきたか、
いかに昔から人々に親しまれてきたか、
分かる気がします。

渡り鳥でもあるホトトギスは
ヒヨドリほどの大きさで
頭と背中は灰色、お腹は白地の縞模様。
寒い季節をインド〜中国南部で過ごし
早ければ3〜4月、多くは5月頃に日本へ飛来。
自分の卵をウグイスの巣に託して育ててもらうという
ちゃっかり屋(悪く言えば、育児放棄鳥
)でもあります。
童謡「夏は来ぬ」でも歌われているように
ホトトギスの真骨頂は、その鳴き声。
〜卯の花の におう垣根に
ほととぎす 早も来啼きて
忍音もらす 夏は来ぬ〜
姿を隠してかすかに鳴くので、
ホトトギスの一声を
文人たちは風流に“忍び音”と呼びました。
その鳴き声は
昔の人は“テッペンカケタカ”とか“ホゾンカケタカ”、
最近は“トッキョキョカキョク(特許許可局)”と
言い表すことも。
昼も夜も忙しげに鳴くうえ
鳴く時に口の中の紅色がのぞくことから
“血を吐くまで(死ぬまで)鳴き続ける”と言われたホトトギス。
結核で亡くなった正岡子規の俳号が
この由縁(子規=ホトトギス)からというのは
よく知られているところです。
ホトトギスといえば−−−−− 忘れてはならないのが
戦国時代を代表する三武将の性格を
見事にたとえたこの3句。
「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」
「鳴かぬなら 鳴かしてみよう ほととぎす」
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす」
殺してしまうのは短気で合理的な織田信長
鳴かせてみせようと知恵者ぶりを発揮する豊臣秀吉
鳴くまで待つのはひたすら耐え忍んで最後に笑った徳川家康
誰がつくったのかは不明ですが、
「目には青葉〜」以上に
ホトトギスの句としては有名かもしれません。
実は明治時代、
これに倣って各国のお国柄を示すこんな川柳も。
「鳴かぬなら 食べてしまえ ほととぎす」 =アメリカ人
「鳴かぬなら 鳥ではないぞ ほととぎす」 =ドイツ人
「鳴かぬなら 放してしまえ ほととぎす」 =中国人
「鳴かぬなら これも興あり ほととぎす」 =フランス人
−−−−−どうでしょう
食べてしまうのは、今にして考えると
食文化を極めた中国のような気もしないではありませんが。
とは言え、鳥ではないと理詰めで考えるドイツ人や
これも一興と粋に言えてしまうフランス人は
何とな〜く言い得ているような。
もっとも、三武将にしろ、お国柄にしろ、
こんなステレオタイプな見方をしては失礼ですよね。
ホトトギスも
自分がこんな風にあれこれ喩えられているとは
夢にも思っていないでしょうけど・・
江戸時代の俳人・山口素堂が詠んだ
あまりにも有名な一句。
・・見て
清々しい初夏の風物詩を
五感で愉しむ時季がもうそこまで来ています。
中でもホトトギスは
春の花・秋の月・冬の雪と並び称される、
夏の代表的な季語。
時鳥、不如帰、杜宇、杜鵑、田長鳥、妹背鳥、子規etc...
これらすべてホトトギスを表す言葉。
群を抜く漢字名の多さからも
ホトトギスが夏の歌や句にどれだけ登場してきたか、
いかに昔から人々に親しまれてきたか、
分かる気がします。

渡り鳥でもあるホトトギスは
ヒヨドリほどの大きさで
頭と背中は灰色、お腹は白地の縞模様。
寒い季節をインド〜中国南部で過ごし
早ければ3〜4月、多くは5月頃に日本へ飛来。
自分の卵をウグイスの巣に託して育ててもらうという
ちゃっかり屋(悪く言えば、育児放棄鳥
童謡「夏は来ぬ」でも歌われているように
ホトトギスの真骨頂は、その鳴き声。
ほととぎす 早も来啼きて
忍音もらす 夏は来ぬ〜
姿を隠してかすかに鳴くので、
ホトトギスの一声を
文人たちは風流に“忍び音”と呼びました。
その鳴き声は
昔の人は“テッペンカケタカ”とか“ホゾンカケタカ”、
最近は“トッキョキョカキョク(特許許可局)”と
言い表すことも。
昼も夜も忙しげに鳴くうえ
鳴く時に口の中の紅色がのぞくことから
“血を吐くまで(死ぬまで)鳴き続ける”と言われたホトトギス。
結核で亡くなった正岡子規の俳号が
この由縁(子規=ホトトギス)からというのは
よく知られているところです。
ホトトギスといえば−−−−− 忘れてはならないのが
戦国時代を代表する三武将の性格を
見事にたとえたこの3句。
「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」
「鳴かぬなら 鳴かしてみよう ほととぎす」
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす」
殺してしまうのは短気で合理的な織田信長
鳴かせてみせようと知恵者ぶりを発揮する豊臣秀吉
鳴くまで待つのはひたすら耐え忍んで最後に笑った徳川家康
誰がつくったのかは不明ですが、
「目には青葉〜」以上に
ホトトギスの句としては有名かもしれません。
実は明治時代、
これに倣って各国のお国柄を示すこんな川柳も。
「鳴かぬなら 食べてしまえ ほととぎす」 =アメリカ人
「鳴かぬなら 鳥ではないぞ ほととぎす」 =ドイツ人
「鳴かぬなら 放してしまえ ほととぎす」 =中国人
「鳴かぬなら これも興あり ほととぎす」 =フランス人
−−−−−どうでしょう
食べてしまうのは、今にして考えると
食文化を極めた中国のような気もしないではありませんが。
とは言え、鳥ではないと理詰めで考えるドイツ人や
これも一興と粋に言えてしまうフランス人は
何とな〜く言い得ているような。
もっとも、三武将にしろ、お国柄にしろ、
こんなステレオタイプな見方をしては失礼ですよね。
ホトトギスも
自分がこんな風にあれこれ喩えられているとは
夢にも思っていないでしょうけど・・











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に日本酒って・・













