2006年11月18日

色と歴史・・濃色

●●● 濃色 (こきいろ) ●●●

これは、深い紫色のことです。
推古天皇の時代 聖徳太子によって冠位十二階が定められ、
冠位によって 色を制定し、自分の位より上の色は着てはならない、とされました。
天皇に次いで、臣下での最高位を示すのが この色。
至極色(しごくいろ) とも呼ばれます。

さて、十二冠位の制定された4年後、607年には遣隋使が派遣されています。
異国・異文化・異なる言語・・・随とのコミュニケーションを図るため
十二冠位が制定されていたことが
双方にとって利益が大きかったことは想像に難くありません。
今で言えば、誰が総理大臣で 誰が官房長官で 誰が大使で・・・
色がそれを見分ける役割をしていたのです。

基本となったのは 和・隋ともに 五行(ごぎょう)に相当する五色(ごしき)への理解でした。

色は昔から非言語的コミュニケーションに大きな役割を持っていたのです。

因みに、推古天皇は 欽明天皇と 蘇我家から嫁いだ皇太夫人との間に、
554年に生まれた3番目の皇女。
そう、推古天皇は、我が国初の、女帝だったのです。
18才で敏達天皇に嫁ぎますが、34才で夫の死により未亡人に。
その後、592年、38才のとき第33代天皇として即位したのでした。

即位した翌年には 用明天皇の皇太子である聖徳太子を摂政とします。
冠位十二階を制定したとき 聖徳太子は31才、推古天皇49才。 
当時、才気活発で若い聖徳太子は カッコいいファッションリーダーでもあったのでは・・・などと つい イメージが膨らんだりしてしまうのでした・・・。

この色が好きな人は 以下のような特質がある、かもしれません。
 ・独特の気高い美意識を持つ
 ・哲学的・思索的な価値観が備わっている
 ・時に 回りから理解されにくい
 ・一見地味だが実は深い情熱を秘めている



n2ublog-00012 at 12:51│Comments(0)TrackBack(0)色事典 

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