2009年03月11日

ハッテン場の男 映画館−19

「はぁ、何か」
「今日はお巡りが二人組で回ってるから気ぃつけたほうがいいよ」
「え? あ、はい」
「あっちの便所のところで職質されてる奴いたから。じゃ、ま、せいぜい楽しんで」
そう言うと行ってしまった。
「たぶんコッチの奴だな。ご親切に教えに来てくれたみたいだ。ここもハッテン場になってるから…。時々職質されることあるんだよ」
「…びっくりしたぁ」
「ハハ、そうだよな。ま、社会勉強かな」

彼は足もとの二つのコンドームをティッシュに包み、窓から茂みに向かって投げ捨て車を出した。3台前の車を通り過ぎる時、中を見る。やはり男二人だった。

駅に近づくと、まだまだネオンが明るい。言いようのない後ろめたさのためか、その明るさに尋問されているような気がした。

駅南口の陸橋を越して、三越の裏手に車が止まった。

「どうだった? はじめてやってみて」
「うぅん。よくわかんないです」
「そっか。そうだよな」
「…」
「もう電車ないだろう。タクシー使って帰れよ」
「え?」
「ほら、5000円あれば足りるだろ」
「いえ、そんな。大丈夫です。歩いて帰ったこともあるし」
「いいから。いいから。引きとめたの俺だし」
財布を見せながら、
「ほら、こんなにあるんだから大丈夫。店の売り上げだけどね」
「え、そんなのもらえないですよ」
「ハハッ。大丈夫だって。俺の店だから。俺、店持ってるのね、=地名=に。美容師やってるんだ。3人雇ってるんだよ」
「えー、すごいですね。東京でお店持つなんて」
「そんなことないさ」
「へぇー。すごいな、すごいな」
「だから、タクシーで帰れって。疲れてるだろ。ウロウロしてたら、また変な奴につかまっちゃうぞ」
「ハハァ…。はい、じゃ、そうさせてもらいます」
「そうだ、もしもう一度会いたいと思ったら、ほらあそこ。○○って看板わかるか? そこの赤い看板の2階の…」
「あ、はい」
「あそこに来週、一週間後の夜来いよ。俺がときどき行く普通のバーだから」
「は、はい」
「いいか? 8時頃には、いるから」
「はい。…じゃ、帰りますね」
「おぅ、気ぃつけて」
「ありがとうございます」

僕は甲州街道を歩きだした。タクシーには乗らなかった。今から歩いて帰っても2時半には着くはずだ。途中で、もらったお金で酒を買い、今晩中に飲んでしまうつもりだった。

<「ハッテン場の男 映画館」おわり>

n3103 at 11:16│Comments(0)TrackBack(0) 「ハッテン場の男」 

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