2006年05月26日

1周年

ブログを開始して1年になりました。
これからは http://blog.excite.co.jp/shioya-antiagingに移動することにします。


n_shioya at 19:51コメント(0) この記事をクリップ!

2006年05月25日

シャンパン・ツリー

バーリントンハウス圧巻はシャンパンツリーだった。

折口会長、入江社長そして二人の副支配人が、それぞれロゼのシャンパンを手にし、ピラミッド上に組み上げられたグラスの天辺から注いでゆく。
徐々に一番下のグラスまで、ピンクで満たされたとき、いっせいに拍手がおこった。
バーリントンハウス馬事公苑の開所式の風景である。
僕は20年前の自分の学会のときを思い出した。

と書いたところで、どうもパソコンの具合がおかしい。
この辺で後は明日に回すことにする。


2006年05月24日

複雑な1日

何かあったの?
家に入るなり配偶者に聞かれた。

晴れたり、嵐になったり、雷が鳴ったり、今日の天気と同じようにめまぐるしい一日だった。
思いがけぬ進展もあった代わりに、調整に走り回ったり、やっと落ち着いたと思ったらまたひっくり返ったり、よかったとも悪かったともいえない複雑な一日が顔に出ていたらしい。

配偶者は敏感である。
50年連れ添っていたのだから当たり前かもしれないが、たとえばニヤリと僕が思い出し笑いをすると、背中を向けていているはずなのに、今なに笑ったの、とすぐ聞いてくる。
そこで僕は彼女を背中に目がある女、と密かに呼んでいる。
だから今みたいな複雑な顔をしていれば、一瞬にして一日の葛藤は見抜かれてしまう。

別に隠したいわけでもないので、つまりね、と順を追って話し始めたが、たわいもないことがあまりにも複雑に入り組んでいるので、説明するほどに話がややこしくなって、もういい、要するにこういう一日だったんだ、と放り出してしまった。

何が問題だったのかさっぱり分からない?
ま、でも皆さんも経験おありでしょう、こんな絡まった毛糸だまみたいにこんぐらがった、或る日の経験というものを。


2006年05月23日

女刺客

銀座クリニックを運営しているのはライカという会社で、傘下にはもと僕のいた新宿の城西クリニックやそのほか関西や九州に三つ四つのクリニックを抱えている。
あるときその広報部長にこういわれた。

先生、面白いことに気づいたんですよ。院長先生方が取材を受けるとき、記者が女性だと必ず時間オーバーして倍近くかかるんですが、男性記者だと半分ほどの時間で切り上げてしまわれるんですよ。
ちなみに院長は皆男性である。

そんなもんかね、とその時は答えておいた。

そして今日、二人の女性が取材に現れた。
今度立ち上げるサイトに、アンチエイジングを取り上げたいので、インタビューをお願いしたということである。
よし、抗加齢医学会の顧問として、建前だけを簡潔に述べ、ゆめゆめ本音は吐かぬようにしようと心に誓った。

ところが応接ソファに、すらりと美脚を揃えた美女二人を目の前にすると、とたんに大脳の抑制機構が外れてしまったらしい。

大体君ねえ、アンチエイジングなんて結構胡散臭いものが多いんだとか、医者の言うことなんて、女性のスカート丈と同じで、10年ぐらいの周期でいうことがコロコロと変わるもんだから信用するなとか、要するにバランスの取れた食事と適度な運動さえすれば、アンチエイジングなどと騒ぐことはないんだ、もっとも僕は運動は大嫌いだし、食事は不摂生の限りを尽くしているけどね。
など、顧問にあるまじき本音ヘロヘロとしゃべってしまったのである。
気がついたら約束の時間はとっくにオーバーしていた。

その上、でも先生、私ゴルフが大好きなんですが、今度ご一緒しません?とか、こんなサプリを飲んでるんですけど、とても調子がいいですよ、先生もいかが?
など薦められると、ああ、勿論、とゴルフレッスンの約束までさせられ、今朝からはお勧めのサプリを飲み始めている始末。

去年自民党の選挙で一躍女刺客が名を挙げたが、女性記者という種族も女刺客の資格充分であると気が付いたが後の祭りであった。


2006年05月22日

ベンツRクラス試乗

木曜日のオープニングを目前に、バーリントンハウス馬事公苑は最後の追い込みである。
午前中はクリニックスタッフを交え、五味院長と最後の詰めを行った。
最後と言っても、オープニング前の最後という意味で、実質的には開所してから取り組まねばならぬ問題が山積し、院長も頭を抱えておられた。
バーリントンハウスの目玉はメディケアレジデンス。その中核がクリニックである。
その院長の五味先生は人柄といい、能力といいバーリントンハウスの理念にぴったりの方である。
五味先生が最大限に能力を発揮できるよう、陰ながらご支援するのが顧問としての僕の役目であると痛感した次第。

銀座クリニックは月曜は休診なので、午後の時間は二、三の方との面談にあて、あとは先週の学会出席のため先送りしていた、モロモロの連絡や、調整に時間を使った。

ベンツRクラスところで今朝からは整備のため愛車はヤナセ入りである。
幸い新型のRクラスを代車として提供してくれたが、これが実に調子がいい。
Sクラスよりも大型の4輪駆動は今借りているクリニックの駐車場には入らないくらいの巨体であるが、取り回しはいたって楽である。

あまり快適なので、配偶者がもう取り掛かっていた夕食の準備に電話でストップをかけ、自宅で彼女を拾って逗子までドライブに付き合わせ、前から一寸気になっていた逗子のピッツェリアでサラダとピッツァの簡単な夕食を済ませた。これも本格的な石焼きピッツァである。

結論:明日ヤナセに戻すのが惜しくなるほど、新型のRクラスは出来がよい。


Profile
塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業

北里大学名誉教授
北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長
医療法人社団城西クリニック名誉院長
NPO法人アンチエイジングネットワーク

東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。
1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。
1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。
現在は、北里研究所病院美容医学センター、医療法人社団 城西クリニックにおいて診療・研究に従事している。
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