2014年06月08日

いろいろあった2年間 その5

ダービーは去年同様PeerCastで知り合った方々と一緒に現地で観戦した。レースは内馬場のゲート地点の近くだったので、横山典のワンアンドオンリーが先手を取りに行くように追い出していく姿を間近で見られて、まー正直シビレた。これだから競馬はやめられない。

さて、なんだかんだで2カ月かけて書いてきた2年間を振り返るエントリーはこれで最後にしようと思う。

2013年の3月に入ってすぐ一番行きたかった会社の最終面接を終え、結果を待つ状態になった。私の中では自分のスキルとこれからのキャリアを考えると、その会社に行くことがベストだと感じていたし、その会社のメンバーと同じプロジェクトにアサインしていた先輩から、会社について聞いていたことから、安心感もあった。

そして3月中旬にオファーメールが届き、自然と特に迷いなく同意の文書に署名をした。

あとはいつ退職するかだけだ。

署名した次の日、私は直属の事業部長に時間を作ってもらい、退職する旨を伝えた。
自分の進みたいキャリアと会社の求めるものの違いや、私が抜けた影響ができるだけ出来ないように残りの期間でしっかりやる旨を伝えたが、大層ご立腹だった。

そこから1時間、一方的な罵倒が待っていた。
最後には「おまえはそうやって人を裏切れと、親から教わってきたのか?」とまで言われた。

あぁ、6年間働いてきて、最後にこんなこと言われるんだなと、とてもむなしい気持ちになり、次のように一言言って、もう何も言うことはなくなった。
「なんでそんなこと言うんですか。私はこれまでやるべきことを誠心誠意やってきましたよ。」
それからも、しばらくはいろいろ言っていたようだが、正直覚えていない。

一人残った会議室を後にして、リフレッシュルームで品川インターシティの中庭を見下ろしながら、ため息交じりに缶コーヒーを飲みながら「これでホンマに終わったなぁ」とつぶやくのだった。

それから退職する旨を方々に伝え、私の持ち物を誰に渡すのかを計画して上司の同意を得、粛々と退職に向けての作業を進めた。結局有給は30日以上使えなかったが、私を罵倒した上司の言ったように、周りの人たちを裏切る行為であることは多少同意すべきところはあるとは思っていたので、せめてもの罪滅ぼしいうことも含めて残りの期間でやるべきことはしっかりやったつもりだ。

送別会は東京で3回、大阪で1回、静岡で1回開いてもらって、毎回同じ話をする羽目になったり飲みすぎて死にかけたりしたが、今となってはいい思い出だ。
そうした中で、直接口頭やメールで後輩や同僚が熱い言葉をかけてくれて、何度泣きそうになったことか。
「もう一度一緒に仕事がしたかった」
「もらった恩を返せずに辞められるのがさみしい」
「先輩はもっと大きなところで活躍する人だと思っていた、自分もそれに続けるように頑張る」

それに対して「俺から教わったことがあるなら、それを自分の後輩に伝えれてくれるのが一番うれしいからな」といつも返事していた。

そして4月の最終営業日、ついに退職の日を迎えた。自分のキャビネットを整理し、お世話になった方全員に挨拶をして回り、東京本社にいない方には電話で挨拶した。
初耳で驚く方、何となくわかっていて微妙な顔をする方、ついにこの日が来たかと残念がる方、ずっと後ろ向いてる総務の女の子、いろいろな反応があったが、極力笑顔で「お世話になりました。」と伝えて回った。

立つ鳥跡を濁さず

私が心がけていたことだが、実際どうだったかはわからない。しかし、辞めてからも元メンバーや元上司とは何度も飲みに行って、当時の思い出を肴にしている。これからもこの関係はきっと続くだろう。それがとてもありがたい。

最後に、転職活動を通じて今思うことを綴って終わろうと思う。

転職は30代に差し掛かる時に誰でもよぎるものだろう。私はかなり悩んだ上で、ご縁のあった会社へ転職する決断をした。
転職自体を薦めるつもりはない。しかし、転職を真剣に考えることにはとてもよい経験になることは確かだ。学校を卒業し、社会に出てしばらく経ち、周りがようやく見えてきたときにこそ、過去を振り返り、未来を見つめ、今の会社でこの先も頑張るのか、それとは別の選択肢を探すのか、一度真剣に考える時期が必要ではないだろうか。
なぜなら真剣に悩んで出した結論には覚悟が持てるからだ。
悩んだ分だけ自分の選んだ道が正しくあってほしいと願い、困難なことや不都合があったとしても自助の努力で状況を打破し、より良い結果を自ら引き寄せる原動力になるからだ。
転職しようがしまいが、年齢を経るに従って、責任もプレッシャーも増えていく。それを当然のこととして臨んでいかなければならない。

私が一つの決断をして、もう1年を経過したが、転職が正しかったどうかはまだまだ判断できない。本当に実感できるのは、前職にいたころのように、責任は伴うが、ある程度自分の裁量で動ける立場になった段階だろうと今は考えている。そのためには、成果を挙げ評価を上げ、信頼を築いていかないと話にならない。やらなければならないことはたくさんある。

仕事って大変やけどおもろいもんやなと、最近ようやく思うようになってきた。

2014年05月27日

いろいろあった2年間 その4

結構間が空いてしまったが4回目。あと2回で終わる予定。

2013年の新年を迎え、今年は勝負の年だ心に決め、家族ともいろいろ話して有意義な年末年始を過ごすことができた。心も体もリフレッシュして、これからの数カ月で全部決めるんだと、この時点では転職の意思は固かった。

しかし休み明けから、昔お世話になった上司等が私のことを聞いて、一度話をしようと引き留めの機会をお願いされることが多々あり、ある時はホテルの喫茶店、ある時は居酒屋で何度も話し合う時間を過ごす中で、正直迷いが出てきた。無論相手は引き留める目的があってのことだが、面と向かって自分を必要としている旨を延々と説かれると、そうした話をさせてしまっていることに対する申し訳なさと、素直にうれしく思う部分もあった。

1月に入ってからは仕事が落ち着いてきたので、大体週一回のペースで面接を受けに行っていた。当然、会社ではごく一部の親しい人以外には黙っていたが、薄々周りは気が付いていたと思う。ほとんど有給など取らず、遅くまで残って仕事している人が、定時で上がったり就業中に私用電話で出て行ったり、有給取ったりしているので、まあわかるだろう。

面接を受けた次の日、何食わぬ顔でミーティングをやっていると、自分の指示で動いてくれるメンバーの人たちがたくさんいること改めて認識したり、営業や他のプロジェクトの方からいろいろ相談を持ちかけられて、気前よくヘルプに入って、野暮用のない日は結局遅くまで仕事をしていた。
考えてみるとこれまで6年間で築いてきた自分の信用・信頼・実績があってこそ今の仕事をやれているとしみじみと感じた。きっとこれが6年間で得られた一番の財産なのだろう。

それを捨ててまで、新しい環境を選んだ時に後悔はないのか?
改めて考えると、とてももったいないことをしているように感じ、相当揺れながら1月を過ごしていた。
「この会社に留まり、5年後今を振り返った時、あの時勇気を出していればと後悔するだろう。だからいま頑張らないといけない。」「いや待て、この会社で築いていたものって相当大きいんじゃないのか?すべて捨てて飛び出すことにどれほど価値があるのか。自分を必要とする人がここにはたくさんいるじゃないか。」
交錯する相反する想いと仕事と選考を黙々と進める日々。転職とはこんなにも大変なものなのかと、この時になって思い知ることになった。

2月に入ってからは、大方開き直って「もし今選考を進めているところが駄目だったら、この会社でもう少しがんばろう。とにかく今の選考を全力で取り組むだけや。内定が出れば気持ちの変化が出てくるかもしれないし、元々どちらを選んでも正しい道なんだよ。」
これだけを考えるようにしていた。どのような結果になったとしても受け入れるしかない。後悔しないためには仕事も選考も蔑にせず、精一杯やるだけ。
2月も後半に差し掛かると、気持ちの浮き沈みも自然となくなり、一番行きたい会社の選考も順調に進んでいたので、年初の前向きな思考が戻ってきていた。

 続く

2014年05月05日

天皇賞春を現地観戦

たまには競馬の話をがっつりと。

先週は、父を誘って天皇賞を現地で観戦した。
レースは圧倒的な人気だった豊のキズナが凡走し、今年も一番人気が勝てない天皇賞となった。そして、フェノーメノが春天連覇を達成。
勝負の決め手は精神的強さ。フェノーメノは過去同レースを連覇した名馬のような、ゴリゴリのステイヤーではけしてないし、人気を背負ってGIをいくつも勝利するタイプでもないだろう。しかしここ一番で勝ち切れる集中力を有し、気持ちがノった時には歴代の名馬と遜色ないパフォーマンスを出せる馬なのではないだろうか。馬券的には頭にし辛いタイプだが、そういう馬だからこそ魅力的に映るファンも多いと思う。今後も関東馬の総大将として、活躍を期待する。

キズナの敗戦は馬の適性とキズナの力を信じた乗り手のギャップか。結果論だが仕掛けが遅かった。しかし、これで豊×ディープにケチがついた感があるので、トーセンスターダムのダービーはあまり買いたくない。
ウインバリアシオンについては、幸四郎がよく乗ったと思う。前の馬が止まりそうにない中、他の有力馬より早めにスパートをかけて僅差の2着。急遽の乗り替わりであの競馬ができれば文句なしだろう。もう主戦を幸四郎にしちゃえばいい。(まあ岩田に戻るんだろうけど)
パドックではゴールドシップが一番よく見えた。落ち着きがあり、馬体の張りも後脚の踏み込みも好印象だったので、馬券を買わなかったことを正直後悔した。まあゲートが開いた瞬間にそんな気持ちは吹っ飛んで、笑いが止まらなかったが。

私はウインバリアシオンからキズナ、フェノーメノへの馬単マルチを厚めに4点勝負で臨み、久々の会心馬券となった。
しかしその隣で父は三連単を的中していたので、私の的中などかすんでどこかへ消えてしまった、、、
父は過去、100万以上の配当を2回出している猛者。この日も21万馬券を当てた後、よせばいいのに調子に乗って最終レースでしこたま馬券を厚めに買い、見事3万配当を上乗せしていた。私はこの生粋のギャンブラーの血を受け継いでいないのではないか。。。
1日トータルの出費は父が4万、私が2万。トータルの配当は父が24万で私が8万と、トリプルスコアで完敗となった。私も他に万馬券を当てていたのだが、遠く及ばなかった。

最近馬券は絶好調。この状態がダービーまで持てばよいのだが。

2014年04月26日

いろいろあった2年間 その3

東京は先週まで天候が不安定で肌寒い日が多かったが、ようやく今週から暖かくなってきた。
バイクに乗ってぷらっと出かけたくなる良い季節。

先週の皐月賞は現地観戦&馬単ゲット。19倍と安かったが厚めに買っていたので結構ホクホクだった。
しかしフジキセキという種牡馬はすばらしい。コンスタントに一流馬を送り出し、ここで牡馬クラシックを取るんだからたいしたものだ。イスラボニータにダービーというイメージはないが、今後も期待できそうだ。


2012年12月を迎え、多少のトラブルがありつつも、無事カットオーバーを終え、さあこれから転職活動だと、このときはスッキリした気持ちで過ごしていた。
エージェントに連絡を取って実際に面談の機会を作り、転職を決めた旨や希望する求人について一通り話した。次いでエージェントからは、以下のように転職活動に結構希望を持たせてくれるポジティブなアドバイスをもらい、結構気持ちを楽にさせてくれた。

・現在のIT業界の転職市場が夏ごろに比べるとややトーンは落ちているが引き続き堅調
・年齢(当時29)は問題ない
・堅実にIT業界のキャリアを積んでいる
・出身大学(旧三商大)がネックになることはほぼ無い

元来、私は自身に自信が全く持てない性分だ。自分に対する客観的な評価に目をやると、正直ネガティブになるのだが、商売でやっていることを加味しても、結構前向きになれる話を聞けて、「これはノー内定で転職失敗ってことはないんじゃないかな?いけるぞ!」なーんて考えながら家路に着いたのだった。

そして、履歴書とエントリーシートをすぐに仕上げ、12月中に4社へエントリーシートを出した。
はっきり言って、かなり厳選して会社を選んだ。私が会社を選ぶ上で重視したことをまとめると、次のようになる。

・テクニカルのポジションを担える人材を求めている、その方向にパスがある
・.NET等、Microsoft系の案件に強い
・CRM/SFAの分野に力を入れている
・金融系以外(前職が金融関連の事業部だったため、他の分野をやりたい)

会社の規模や給料はどうでもよく、希望する仕事ができ、自分の考え方とマッチしてそうなところを選んだところ、最終的に外資系が2社、そこそこの規模の国内企業が2社残った。

当時はリリース作業も終わり、ほかの案件も一段落していたので退社時間も早く、転職対策セミナー的なものに出向いたり、家で面接対策のために話す要点をまとめたりと、所謂転職活動をしていた。「あー俺って転職活動してるなぁ。この感じは大学んとき以来だな。」と、なんとなく懐かしく感じていた。

社内でも退職に向け、粛々と話を進めたいところだったのだが、直属の上司が社内で直接私と合う機会が少ないのをいいことに、この件を完全に放置しており、私がプッシュしても「上には一応伝えたから事業部長から話があるんじゃないのかな?」と言う感じだった。ちなみに私が退職するまで1カ月を切った段階でも人事部に話しておらず、私が直接人事に会社契約のアパートを引き継ぎたい旨を話しに行ったときに、驚かれたという、、、

そして、12月の最終営業日、納会の直前に上司から電話があり、次のように伝えられた。「事業部長に話はしているが、君が直接話をしてくれ。この前預かった退職届は一旦返す。事業部長に承認もらってから改めて提出してほしい。それがうちのルールだし、みんなそうしているから。」

なんだろうか。

実際そういうものかもしれないが、それならそうともっと早く言えば良いのではないか。1カ月放置して、納会の直前に電話で伝えることなのか。

「納得いきませんよ!」周りに事情を知らない人がたくさんいる中、そう言葉を発してしまった。

「ふざけんなよ。上司が受け取った時点で承認はされたという考えるのが常識だろう。そんなルール、どこの社内規定にも書いてねーよ!」という言葉を何重にもオブラートに包んで、「いや、それはちょっとおかしいんじゃないですか、、、、」と話しているうちに、考えてみればその方には過去いろいろお世話になったし、今回のことで迷惑をかけているのは間違いないよな。とちょっと冷静になったところで最後に「納得してませんが、わかりました。」と一言って電話を切ったのだった。

その上司はリーダーとしてはとても優秀な方だったが、部のトップとしては正直厳しい部分があった。
人は新しく与えられたポジションを担う上で、それまでの経験・実績から得た自分なりの方法論を固辞するのではなく、変えていかなければ上手くいかないことがたくさんあると思う。しかしその上司は、それができていなかった。圧倒的に、人に何かを振ることができない人だった。当然、部長ともなれば、自分がフォローしきれないことや自分がやれば一番できることでも、部長の権限で部下に振っていかないと組織は回らない。しかしそれが上手くできないから、一旦自身で抱え込む。抱え込んだものが多くなると重要でないものから寝かせることになる。寝かせている間にフェードアウトするものもあれば、それがクリティカルな問題として浮上してくるものもある。クリティカルになったものは仕方ないからギリギリに「えいやー」と寝る時間を削って終わらせるか、自分の依頼を断らなそうな人に頼む(大体私になる)。1つのプロジェクトの中だと、それでも回るだろうが、上場企業の「部」の単位では到底通用しないのだ。
私が退職するという件も、同じように寝かせたのだろう。その後、さすがに放置して年を越すのはいけないと考えて、ギリギリになって電話したのだろう。

悶々とした状態で納会を終え、その後実家のある神戸へ移動するのだった。 続く

2014年04月14日

いろいろあった2年間 その2

近況報告の2回目と言うことで、2012年の末ごろからの話を綴っていく。

しかし、ハープスターは強かったね。直線大外一気で全馬ごぼう抜きはお見事。ただ、結構直線はハードだったので、ダメージがなければなと、ちょっと心配ではある。


2012年の11月末、かなり困難を極めたプロジェクトも無事、多くの仲間の貢献により、リリースできる状態まで漕ぎ着くことができた。
そして私は、改めて自分の気持ちを上司に伝えるため、土曜日の午前中に神戸から新幹線に乗って、品川の東京本社に向かった。鞄に退職届を携えて。
私はまず、今回のプロジェクトが如何に困難なものであったか。私を含め、プロジェクトにアサインされたメンバーがどれだけ多くの問題を解決しながら、今日に至ったのかを話した。
しかし、上司の反応はいまいちというか、あまり響いていない様子で、「うーん、それはPMに聞いてみたいとわからないな。そうは言っても、そこまで稼働上がってなかったでしょ?」とそっけない言葉が返ってきたのだった。

私の中ではこのやり取りが辞める真の決定打になったように思っている。

今回どれだけ危ない橋を渡ったのかを解かっているのか。大体、会社の身の丈に合わないチャレンジをしているのが前提だ。計画から実工数なんていくらでも膨らむ可能性がある状態で、元の予算が少ないからパートナーも数名しかアサインできず苦しい中、なんとかやり切ったにも関わらず、数字上の話で片付けるのはとても受け入れがたい。
この程度の認識だと、いずれどこかのプロジェクトで破たんを招くだろうと、とてもやるせない気持ちになった。

私が前職を辞めて、今の会社を選んだ理由はとてもシンプルなものだ。前職のキャリアパスは一定の職級以上になると、もうマネージメントの方向しかなかったからだ。私が評価されていたのは、きっとそうした素養があると認識されていたからだろうと思っているが、しかし私自身はテクニカルのポジションを求めており、そうしたパスがなかったことが主な理由である。新しい技術をプロジェクトにいち早く取り入れ、そしてプロジェクトの中で発生する技術的課題を早期に解決し、全体の生産性を向上させる。この役割を極めたい。だが残念ながら、前職は上司の言葉からわかるように、私が考え方は通じないのだ。
今の会社では私のような考え方を持つ人間が評価されうる、技術者にとって好ましい環境がある。当然外資なので自分の成果、Valueをシビアに見られる厳しい部分もあるのだが。

話を戻すと、上司にはその後辞意を伝えて退職届を渡し、品川を後にした。
それからすぐに某転職サイトのエージェントに数ヵ月ぶりに連絡を取り、これから本格的に転職活動を始めるので近々会いたいと伝えたのだった。 続く


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