2017年09月04日

ウィキペディアについて考えたこと

 
 最近、ウィキペディアをよく見ている。何をきかっけで見始めたかは忘れたが、10日ほど前から「南鳥島」「国境の島」「ノモンハン戦争」に関する長いブログの記事を書き始めたときに、南鳥島の基礎的なデータを調べるために検索したのは覚えている。こんなに多くのウィキペディアの項目を眺めるのは大学の卒業論文を書いていた2007年以来だと思う。
 僕が大学に入学したのは2004年。ウィキペディアによると、ウィキペディア日本語版は2003年頃から項目が急激に増えているらしい(ウィキペディアそのものの誕生は2001年)。当時すでにインターネットは普及しており、大学の教員たちはレポートや論文を作成する上でネット上の記事を参照することの危険性を唱えていた。コピペの問題が発生して大きくなりつつあった時期だが、そういう著作権的問題に加えて、「ネットの情報には信頼性がない」とされていた。
 そんなわけで、というか、そもそも僕がやっていた学問は当時ほとんどネット上に情報がなかったことから、僕がネットの情報を論文作成にあたって参考にすることはまずなかった。ただ瑣末な事柄についてはネットで検索して調べたので(例えば「島田髷の形」……なんでこんなことを覚えているんだろう。どんなレポートを書く上で調べたかは忘れてしまった)、検索したら上位にヒットするウィキペディアを見る機会は自然と多くなっていた。卒論は長い時間をかけて家にこもって書いたので、その間にウィキペディアにたくさん触れることになる。ちなみに2007年当時のウィキペディア日本語版の項目数は40万ほどだったらしい(2016年に100万項目を突破とのこと)。
 大学卒業後は何かの検索の折に見る機会はあっても、長々と見ることはなかった。それが、最近になってあれこれと見ている。基本的には何かの項目からリンクをたどって次々に項目を見ていくパターンが多い。
 10年のブランクがあったわけだが、この間のウィキペディアの充実ぶりには目を張るものがある。項目が倍以上になったこともそうだが、各項目の記事の層が厚くなっている。またソース(出典)についても、まだまだ不足しているとはいえ、かつてに比べればきちんと載せるようになっている傾向にある。たまに編集者の価値観や好き嫌いが露骨に表れているものも残るが、それは「誰でも編集できる」ことの宿命だろう。しかしそれ以上に、もちろん「使いようによっては」という注釈付きだけれど、立派に百科事典としての役割を果たせるようになってきているように思う。今の教育におけるネットの情報の取り扱いについてはまったく知見を持たないが、かつてのように「ネットの情報は基本的に害悪」と見なさなければならないような状況にはない。鵜呑みにすることは極めて危険だが、それはどんな論拠についても同じなのであって、ネットの情報だけに限ったものではない。ネットの情報であっても丁寧にそのソースをたどれば、うまく参考にすることができる。しかし繰り返すが、「鵜呑み」こそ事実誤認や偏見のもとなのであって、学問においては何にせよまず「疑う」ことを前提としなければならない。

 思えば、僕たちの世代はデジタル社会の進化とともにあった。小学生のときにWindows 95が発売され、インターネットが一般に広がり始めた。中学生のときに携帯電話が急激に進化し、高校生になると僕らの世代に普及。大学に入ると一人一台パソコンを持つ事が当たり前となって、社会人になるとスマートフォンが生まれた。
 ペラペラのフロッピーは知らないけれど、3.5インチのフロッピーはまだ当たり前の存在だった。その容量は1.44メガだから驚きだ(今は画像1枚すら入らない)。個人的にMOに触れる機会はなかったが、CD-RやDVD-Rの普及、HDDの巨大化と値崩れ、乱立したメモリーカードの規格、USBメモリは高級品で16メガなんてのがあった。
 携帯音楽プレーヤーは、カセットテープに始まり、ポータブルCDプレーヤー、MDの登場と終焉のすべてをもろに経験し、そしてiPodが生まれた。
 携帯電話は、au誕生のCMを覚えているし、ソフトバンクはボーダフォンでその前はJ-PHONEだった。カメラ付き携帯の普及機はJ-PHONEが出した。そのときの液晶は256色だった。当時はモノクロ液晶も普通だった。ドコモはムーバやらフォーマやら言っていた。フォーマ誕生時はフォーマの方が電波状況が悪かった。「パカパカ」と呼ばれた折りたたみ携帯もこの頃に生まれた。ツーカーフォンという携帯もあった。子機の進化系であるPHSがまだ携帯電話と争っていた(ああ懐かしのH"<エッジ>)。他社の携帯に画像を送るのに「7メール」を利用していたあの頃……。着メロ(これもすでに相当懐かしい)普及前は自分で和音を打って着信メロディーを作っていた。
 ネットでは個人のホームページが作られ、FLASH倉庫が全盛を極め、電車男によって2chが表舞台に出てきて、ブログが一気に広まり、SNSの先鋭としてmixiが颯爽と登場、YouTubeが生まれて最初はそれに乗っかる形でニコニコ動画が誕生し、フェイスブックやツイッターがサービス開始。
 まだまだあるが、とにかく、これらを小中高大と社会人初期に駆け抜けた。広瀬すずたちは「スマホと大人になっていく初めての人類」かもしれないが、その一回り上の僕たちの世代は、それに連なる急激な時代の移り変わりを多感な時期に肌で感じてきた世代だ。正直に言って、そりゃ今と比べたら不便だったことも多々あったけれど、この変化とともに成長できたのは非常に幸運だったと思う。進化の過程でいろんな「うまみ」を味わえたことに感謝すらする。懐かしさだけじゃ人は生きていけないが、懐かしさを感じることのできる幸せをかみしめたい。もちろん、一回り下の世代には一回り下の世代の懐かしさがあるんだろうけど。

 で、話をウィキペディアに戻すと、ウィキペディアもそういう時代のうねりの中で確実に熟成されてきた。ネットというメディアが数多くの問題を抱えていることはまぎれもない。安易に手を出すのは危険ですらある。でも、じゃあ旧メディアがまったく潔白かというと、そんなことはありえないことはみんな知っている。それぞれのメディアはそれぞれの危険性を孕んでいる。そのことを認識した上で、「こいつは危ないな」と思いながら慎重に情報に触れる姿勢が大事なのだと思う。
 僕の母は慎重な人間で、やたらと意見を主張する人ではない。出版にしろテレビにしろ情報を鵜呑みにするタイプではない(本もテレビも大好きだけど)。ネットに関しては「怖い」という意識が染み付いていて、入る余地がない。母は日常的にネットをする人間ではないし、なにしろ携帯電話も嫌いでいまだに業務上の理由で仕方なくプリペイド携帯を所持しているぐらいだから、まあそれもいいだろう。他人が必要のない情報をむやみに入れなければいいだけだ。メディアは独立したものではなく、相互に補完し合っているから、ネットの情報が欠落しているからといって、それが致命的な問題になるケースは少ない。考えてみたら僕だってテレビというメディアについてはあまり注視していない。じゃあそれで困るかというと、いや何も困らない。前の記事にも書いたけれど、必要な情報というのは何にせよ自然と入ってくるものだ。
 僕は100万を超える項目のほんの片隅の片隅の片隅を眺めているにすぎないけれど、ことウィキペディアにおいては概ね良心的な運営がなされているように思う。編集者みんなに百科事典を作るという気概があるかはわからないけれど、少なくとも「荒らしてやろう」という悪意は感じられない(昔はけっこうあった)。なるべく中立な態度で、そして事実のみを記そうとして書かれている項目がほとんどだ。
 ネットは「匿名」の世界だ。それが最大の特徴(の一つ)であると言ってもいい。それは時に人の凶暴性をさらけ出す。責任が生じないから無法地帯になる。それがメディアとして軽んじられてきた所以で、批判の対象であった。ウィキペディアにおいてもそれは同じで、基本的に編集は匿名だ。少なくとも本名は明かさない。間違いがあったからといって、個人がそれを非難されるわけではない。
 あるいはそれは発信する立場として卑怯なことなのかもしれない。でも、匿名性を排除してしまえばネットの世界の広がりなんてたかが知れているだろう。万人に開かれていることがネットの基本条件なら、そのためには名もなき人々の流入を受け入れるしかない。多くの実害をもたらす可能性のあるネットにおける個人情報の開示は、くれぐれも注意が必要だ。このように、そもそもネットの世界が成立するためには匿名性が不可欠で、しかし匿名性は情報発信基地としての価値を下げる。これらは切っても切り離せない関係にある。
 とはいえ、ウィキペディアに関しては、「意見の表明」が希薄なぶん(つまり「中立」を第一としている)、匿名性はあまりその価値を下げない。情報が間違っていても誰も責任を負えないという大きな問題があるとはいえ、基本的には健気な奉仕者たちによって情報が蓄積されている。中には破壊を目論む者がいるかもしれない。しかし、よほどのことがない限り、長期的にその企みが成立することはないだろう。これはネットという世界においてはかなり特殊なことだと思う。
 なぜウィキペディアは更新され続けているのだろう。慣れないと非常にわかりにくい編集画面でこつこつと文字とタグを打ち込む。書き込んだところで一銭の金にもならない。匿名だから人に感謝されることも少ない。それでも、世界中で少なくない数の人(それも多くが無名の一般人だ)が日々中身の充実化を図っている。

 ここからはまったくの推測。
 ウィキペディアのユーザーによる自発的な発展、それはおそらく「人間は本能的に知の構築と集積を喜ぶ」という原則に基づいているのではないだろうか。
 古くから、人間は言葉や文字などによってその文化を伝えてきた。やがてそれは過去を知り未来を考える「学問」となる。学問は「知りたい」という欲求から始まる。名を残した研究者の中で、知的欲求以外のきっかけでその分野の学問を始めた人は極めて稀なはずだ。中には「上司に言われて仕方なく嫌々調べてたら世界の法則を発見してしまった」なんていう人もいるかもしれないが、寡聞にしてそんな例は聞いたことがない。
 人間には様々な欲が存在するが、知識を得ること、そしてそれを伝えることも人間にとって立派な欲求なのではないかと思う。意味を広げれば、言葉を学んで他人とコミュニケーションをとりたいと思うことだってそれにあてはまるのではないだろうか。そして人間はおそらく地球で唯一の知的生命として、その欲求についても高度に発展させたのではないか。そうでなければ、知識を集め、共有しようとするウィキペディアやその他の同じような目的のサイトの存在が、僕には説明できない。「自己顕示欲」や「ただのお人好し」という側面の前に、「知」に関する根源的な欲求が絡んでいるというのが僕の考えだ。

 とまあウィキペディアについていろいろと書いてきたが、すでに書いているようにウィキペディアにももちろん様々な問題がある。僕は外国語が非常に苦手なので他の言語のページは読めないし、外国人の友人もいないので外国のページについては何も知らないから、日本語版における問題点についてだけ少し書く。
 まず、改善されてきているとはいえ、やはりまだソース(出典)について未記載のものが多い。出典(参考文献、参照元)の明確な提示は論文を書く上での基本中の基本である。それがない項目に関しては、僕はより強い疑いを持ってその記事を読まなければならない。
 一方で「ウィキペディアにこう書いてあるから」とそれを鵜呑みにしてしまうケースも多いように思う。責任者がいないゆえに本来は資料としての権威がないはずなのだが、すでにここまで発展したウィキペディアは一定の権威を持って認識されている場合がある。これはあるいはソースがないことよりも深刻な問題だろう。仮に情報が誤っていたときに、それを自己完結的に信じるのは勝手だが、それをあたかも中立的な「事実」として流布することは害をもたらす。
 以上が僕がウィキペディア日本語版に抱いている問題点と危険性の主要な点である。他にも、まだまだ項目が少ないとか(ウィキペディアの統計によると、2017年8月3日段階で、英語版の記事が545万に対して日本語版が107万)、異様に詳しい記事とすかすかの記事があるとかあるが、まあ僕だってほとんど編集したことがないし、注目が集まりやすい(言い換えればネットユーザーにその趣向の人間が多い)記事が率先して編集されるのは当然といえば当然なんだろうと思う。
 なお、ウィキペディアの創始者の一人であるジミー・ウェールズは、ウィキペディアに関して「学生はウィキペディアを原典として利用すべきでなく、あくまで出発点とすべき」と述べている(この発言はウィキペディアによる)。これはある項目についてのウィキペディアの誤った情報を信じたアメリカの学生の多くが試験で同じ間違いを犯したことを受けての発言だが、もちろんそれは学生に限らない。僕は近々試験を受ける予定も学術論文を書く予定もないけれど、曲がりなりにも高等教育機関で学んだ人間として、この創始者の見解を強く支持する。

 長くなったが、ここまで書いたように、多くの問題点と危険性を孕んでいる現状があるとはいえ、僕はウィキペディアの理念については賛同する。その発展については喜ばしいことだと思う。僕自身は匿名での発信より立場と名前を表明しての発信の方により行動の重点を置いているので、ウィキペディアへの編集者としての関与は今後もそう多くないと思うが、良心的な編集者の存在には敬意を表したい。ジミー・ウェールズの言うように、ウィキペディアが「知」に関するゴールではなくスタートとして人々に受け入れられることを願っている。
 最後に、僕はウィキペディア自身に関するウィキペディアのページを眺めるのが好きです。けっこうおもしろい。

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2017年08月21日

テレビについて、メディアについて思うこと

 
 毎年この時期だけは戦争についてのテレビ番組が多くなる。とりわけ今年はNHKで意欲的な放送が多く、珍しく毎日のようにテレビをつけたり録画したりした。戦後72年が経ち、当事者たちの数が少なくなっていく一方、近年になって発見されたり公開されたりする資料が多く、また映像技術の向上などもあり、見ようと思う番組が増えているように思う。
 とはいえ、僕はプロ野球中継を除いて基本的にはテレビをほとんど見ない。見てもほとんどはNHKで、国家予算と受信料で二重に国民からお金を取っているのだから見なくてはと思って見ているわけではなく、単に民放に見たいと思う番組がほぼないからだ。
 我が家はこの時代にあって地上波しか映らない。よって見られるのは、NHKと民放キー局、それにテレ玉とTVK、MXだけだ。せめてBSが映れば見る番組も増えそうだが、結局NHKを見る時間が増えるだけのような気もする。CSのスポーツ専門チャンネルが見られるようになれば、確実にテレビを見る時間は増えるのだけれど。
 NHKには数多くの問題がある。批判の声も多い。それでも、現状の日本で一定の質の番組を作れるテレビ局はNHKだけであるといっても過言ではない。ニュースやバラエティはともかく、NHKスペシャルのようなドキュメンタリー番組は今の民放では作れない。それだけの予算も、時間も、人員も、信頼も、意欲も、使命感もない。様々な問題が内在しているとしても、それだけでNHKの存在価値はあると思う。もちろん、民放が同じかそれ以上の質を持った番組を作れるのなら、作ってくれて一向にかまわない。別に見る側としたら、作り手がNHKか民放かなんて関係ない。ただ現状として、作れるのがNHKしかないということだけだ。
 民放の仕事の根幹は広告を流すことだ。国を左右する大災害の際にはCMを打ち切って放送をすることもあるが、基本的に広告を流すために番組を作り、より広告を見てもらうために視聴率に固執する。それが悪いこととは言わない。民放とはそういうものだし、僕だって民放の番組(主にバラエティ)を見て笑うこともある。笑うことが体にいいことであれば、テレビには昔からずいぶんお世話になっているのかもしれない。
 でも、番組がスポンサーのために作られることになれば、当然「押し付け」が強くなる。僕はメディアは主張を持つべきだと考えているから、その押し付けはあってしかるべきだと思う。それ自体はまったく問題がない。戦前戦中のように人々を非人道的な方面へ導く報道でなければ、いろんな主張を出して議論を戦わせるべきだ。「あそこは偏っている」などという意見はお門違いで、偏っているからメディアなのだ。その偏った意見の中から自分の考えを導くことが大切なのであって、人々に見放されたメディアはいずれ衰退するだろう。
 それで、僕に見放された結果、僕は民放のテレビをあまり見なくなった。新聞もほぼ読むことがない。得るものが少ないからだ。そんなものは見なくても、この世の中、嫌でもニュースは耳に入ってくる。ネットでトピックスを見る機会も多いし、Twitterで流れてくるものも多い。テレビや新聞を見た知人が知らせてくることもある。そうやって望むと望まざるとにかかわらず、情報化社会においては情報が飛び込んでくる。あまり飛び込んでこない地方のニュースぐらいは自発的に見たいとも思うのだけれど、なかなか実行に移っていないのは反省すべきなのかもしれない。
 飛び込んできた情報は、必要があれば自分なりに考えを巡らせる。その際に他者の意見を参考にする場合も多い。そのときもテレビを見ることはほとんどない。「テレビで誰々がこう言った」という情報を文字で得ることはあっても、それをリアルタイムでテレビで見ることはまずしない。文字よりも直接の人の声の方が真に迫るものがあり、それを「正しい」と認識しがちだからだ。なのでひとつクッションを置いて、文字として見るようにしている。
 一般人、悪く言えば素人の意見を参考にすることもある(テレビのコメンテーターの大半も素人だが)。素人の意見は大半が取るに足らないものか、あるいはむしろ害や悪意のあるものだが、たまになるほどと思う考えが潜んでいる。玉石混淆というか、砂場の中で砂金を探すようなものだが、それでもいろんな考えに触れることは大事なことだ。事実誤認や認識不足があまりに多く、ほとんど参考にならずにうんざりすることもしばしばだが、まあ仕方ない。意見に触れることすらできなかった過去と比べればいい時代だと思う。もちろん取捨選択をできるのが大前提であり、すべてを鵜呑みにしてしまっては論外だが。考え方を信頼でき、なおかつそれを発信してくれる人が身近にいればよいが(これはグルメサイトのレビューについても言えるらしい)、なかなかそういう存在に巡り会えることはない。
 僕は「知的」であるものが好きだ。知的であることは高学歴であることとは一致しない(経験的に相関性はあるように思う)。勉強ができる=賢いではないことと同じだ(もっともそれを東大生以外が言うと滑稽ではあるが)。別に知的であれば出自は問わない。性別も年齢も国籍も関係ない。学歴なんてどうでもいい。どんな仕事をしていてもかまわない。だが残念ながら、民放テレビ局には「知」を感じない。別にNHKが知的だとも思わないが、知的好奇心をくすぐる可能性があるのは、テレビ局ではNHKだけだ。
 NHKはその成り立ちから、自らの意見を言うことはまずない。たとえば軍国主義は「悪いもの」という認識でほぼ一致しているから、太平洋戦争やそれにいたるまでの一連の流れを批判的に報道したりはする。現代のテロだって批判する。でもそれは世界的に考えがほぼ一致していることに限られる。だから賛否両論あることについて、意見を出すのは稀だ。国会の法案について説明することはあっても、賛成や反対といった考えを表明することはない。肯定的、否定的な態度もとらない。もっとも、その成り立ち上、国家予算が使われているので(その額の多少について意見はあるにしろ)、お上に不利な事柄については報道すら行わないこともあるので、その意味で若干国に寄っている気もするが、まあ極力公平に努めるか、努めている態度はとっていると言えるだろう。あくまでフラットに、客観的な報道を目指している(少なくともそう主張している)。
 最近は民間のメディアも「うちは客観的でっせ」という態度をとることが多く、公平を主張することが多い。公平性は報道において最も重要なことで、「いいものはいい」「悪いものは悪い」としないと、それはただの妄信になる。「誰が言っているか」ではなく「何を言っているか」で判断をしないといけない。でも、公平性を保ったまま、そこに主観が入らないと、それはもはやメディアではない。「うちは素材を提供するだけ。あとは勝手に味付けして」では、その存在価値がない。味付けができない人がメディアを頼るのであって、すべてが「へー、こういうことがあったんだ。ふーん」で終わってしまっては、物事を考えて未来に生かすことができない。議論もできない。その素材を選んだ以上、メディアには主観を落とし込む義務がある。
 NHKと民放はどちらが自由なのだろう。意見をおおっぴらに言えるという意味では民放が自由なのだろうが、視聴率第一主義にならなくていいという意味ではNHKの方が自由なのだろう。僕個人は民放の番組はほとんど見ないので、意見を主張していようがいまいがNHKを見ることになる(メディアが主張を持つことは大事だと思うが、それを僕が必要とするかは別である)。繰り返しになるが、問題は多々あるにしろ、NHKしか作れない番組があるのは確かだ。
 ただし、最近はNHKにも民放ふうの番組が増えた。NHKもメディアである以上、大衆に寄る必要はあるのかもしれない。誰も見なくなったら誰も受信料なんて払わないだろう。何もかも独自路線で行けとは言わない。でも大衆に迎合しては民放と同じだ。Twitterへの投稿をリアルタイムで流すニュース番組の何がおもしろいのだろう(ただただ不快なのでその番組になった瞬間に消す)。そういうのは素人がコメンテーターを務める民放の番組に任せておけばいいのであって(どのみち見ないが)、NHKがやる必要なんてどこにもない。もしも親しみやすい形でニュースを流したいのなら、もっとやり方があるはずだ。NHKが高貴だとは思わないが、「健全さ」を失ってはもはや公共放送ではない。
 いろいろ書いたが、生まれたときから当たり前にテレビがあり、家庭の中心に据えられてきた人間として、テレビに思うことはたくさんある。今は「ないならないで困らない」存在になったが、あって邪魔になるものでもない。消しておけば何も言わないし、液晶になって場所もとらなくなった。僕には利害関係がないので、人々のテレビ離れが進んでも何も思わない。そういう時代なんだろうと思う。娯楽が多様化しただけだ。それはかつてテレビが促したことでもあった。今でもテレビは多大な影響力がある。その座はインターネットにぐんぐん奪われながらも、それでもテレビがなくなることはないだろう。我々より下の世代がメインの世代になったとき、その地位がどうなっているかはわからないが、生きながらえるに違いない。それほどまでに「映像」の登場は画期的だったし、それを取り巻く市場は大きくなりすぎた。神通力は薄れても、人々に影響を与える存在であり続けることにはなるだろう。それがいいこととは言い切れない。悪いこととも言わない。大切なのは、どういう形で影響を受けて、それをどう自分に還元するか。問われているのは、視聴者一人ひとりの姿勢だと思う。

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2017年08月12日

「いい本屋」ってなんだろう

 
 本屋(新書店)に行くたびに「いい本屋」について考える。世の中には「いい本屋」と「そうでもない本屋」があって、だいたいの想像通り「いい本屋」の方が数は少ない。
 僕の考えでは「いい本屋」には2種類ある。ひとつは「なんでもある本屋」。学生のときに大阪のジュンク堂書店に立ち寄り、ビルそのものが本屋ということに非常に驚いたが、そういうタイプの本屋だ。都内では池袋のジュンク堂、新宿の紀伊国屋、丸の内の丸善、神保町の三省堂など。もちろん大きいだけでは駄目だが、大きくないとそもそも本を置くスペースがないので、店舗の大きさとしては大きいことが条件だ。こういう本屋は時間と体力があれば底なしに楽しい。新潟にいた半年間はすることが少なかったので駅前のジュンク堂に足繁く通った。
 高校生時代は高松の商店街にある宮脇書店本店を頻繁に訪れた。ずいぶんとお世話になったし、僕もいい顧客だったと思う。宮脇書店ではいわゆるF地区にある「総本店」が品揃えは圧倒的だ。屋上に観覧車があったり店舗内にうどん屋があったりするユニークな店だが(今もあるのかな)、広い図書館のような店内はなかなかの雰囲気だ。今はどうか知らないが、宮脇書店は絶版になった本も探してくれるという非常にありがたい本屋である。もちろん見つからないものの方が多いのだろうけれど、門前払いが当たり前の絶版本の注文に対し、なんとか応えようとしてくれる姿勢は本屋の鑑だと思う。いささか香川県内で席巻しすぎの感はあるが、こういう本屋が香川から生まれたことは誇りだ。ちなみに全国展開をしています。
 もうひとつは「コンパクトで筋のいい本屋」。町の本屋が次から次になくなっていく一方で、近年注目されているのが個性的な町の本屋だ。もちろん町の本屋すべてがいいわけではなくて、どうしようもない町の本屋もある(とはいえそれも生き残りの戦略ではあるけれど)。コンパクトなのは必須条件ではないけれど、普通に考えて町の本屋は小さいことがほとんどである。問題なのはそこに置いてある本のリストだ。大型店舗と違ってなんでもを置くスペースはないから、当然限られた本が置かれることになる。いろんなジャンルの本を置いているかもしれないし、ジャンルを絞っているかもしれない。いずれにしろそこには店主や書店員の「選択」が入る。その選択によって本屋の善し悪しは決まる。つまり本のセレクトショップだ。時間や体力、またそのジャンルへの知識などによって、大型書店では本が選びきれないことがある。そういう場合に優れた町の本屋はありがたい存在だ。
 こういう本屋では、もちろん小説の作者を男女で分けたりしない。文庫本を出版社ごとに置いたりもしない。こういう区分けは読者にはまったく無意味だ。出版社や書店的には何か意味があるのかもしれないが、読む側にしてみれば講談社文庫と新潮社文庫が分かれていることのメリットはない。「僕は文庫は文春文庫しか読みませんので」という人がいたら見てみたい。ジャンルが限定されている専門的な文庫ならまだ分かるが、総合出版社の中で自分が読みたい作者の本がどの文庫だったかを覚えている一般人などまずいない。そんなのはその作者のよほどのファンだけだし、ファンなら放っておいても本を買ってくれる。一般ユーザー(ライトユーザー)を取り込みたいという意思があるのなら、自分が探している作者の本が出版社問わず置かれている方がはるかに探しやすい。これがすべてとは言わないけれど、Amazonなどのネット通販に本の顧客を取られているのは、こういう既存書店の姿勢にも要因があると思う。なにしろあっち(ネット通販)は検索したら出版社なんて関係なくヒットするし、なんなら関連書籍だって提示してくれる。「ついで買い」を誘発するしかけがきちんとあるのだ。限られたスペースの実店舗でそれすべてができるとは思えないけれど、工夫すべき点は数多くあると思う。
 その意味で、個人経営(あるいは小規模運営)の町の本屋は小回りが利きやすい。実際にいろんなしかけで顧客を取り入れている本屋の話も聞く。書店にとっては非常に厳しい時代が相変わらず続いていて、本屋、しかも新書店を開くのは無謀とも言える情勢ではあるけれど、それでも町の「知」を担うのが町の本屋だ。自分のことを考えても、高校の近くに本屋がなければ僕の10代はつまらないものだっただろう。大型書店である宮脇書店本店と、町の本屋的存在だった瓦町駅前の宮脇書店(今はもうない)の存在は限りなく大きかった。チェーン店でないからこそできることもあれば、チェーン店でないがゆえの苦しみもあるだろうが、町の本屋は本好きとして応援していきたい。
 幸か不幸か日本ではあまり電子書籍が普及していない。僕もタブレットの画面では文字を読むのが大変なので、漫画以外はまったく電子書籍化をしていない(漫画は部屋のスペースの関係でどんどん電子書籍化が進んでいる)。紙の本という手に取れる物質を扱う本屋は、その点ではまだ救われている。はっきり言って出版社が電子書籍の展開に乗り気でない(これは明白だ)のは極めて問題だと思うけど、再販制(これも大きな問題だ)と非電子化に守られた本屋には、まだ手があると思う。出版をめぐる制度や態度の問題はいろいろあるけれど、その状況を目いっぱい活かさない手はない。状況が変わればまたそのときに考えればいいのだ。ただいずれにしろ大事なのは、いい本を作ること。そしていい本を売ることである。それができなければ、本屋にも、出版業界にも未来はないだろう。少なくとも僕が生きているあいだに本を読むことがアンダーグラウンドなことにはならないだろうけれど、本を愛する一人の誠実な(たぶん)人間として、本や本屋という文化がなくならないことを、切に願っている。

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2017年08月08日

夏のにおいとゲームと野球

 
 夏は好きだが暑いのは苦手だ。日本の夏は暑いから夏なのであって、矛盾しているような気もするが、事実そうなのだから仕方がない。夏という季節は好きだけれど、この猛烈な蒸し暑さにはまいってしまう。
 どの季節もそうだが、においによってその季節を感じる。自然でも人工物でも、脳にインプットされたにおいが届いたとき、季節が変わったことを知る。
 雨に濡れたアスファルトのにおいは夏のにおいだ。もわっとした空気に、埃っぽいにおいが乗ってくる。近年は雨による甚大な災害が相次いでいるから雨も考えものだけれど、雨がなければ農作物は育たない。台風によって香川の水不足は解消する。言うまでもないことだけれど、雨は命を支えるものだ。
 夏休みの思い出も夏好きに大きく貢献している。手放しに楽しかったあの頃の夏。その暑ささえも心地よかった。おばあちゃんの家で従兄とキャッチボールをし、宿題をし(あまりしなかったけど)、テレビで野球を見て、タオルケットをかけて眠る。そして明日がやってくる。ときどき夕立が降る。夜には西武園ゆうえんちから花火の音が聞こえる。90年代の健全な少年の、健全な夏。それはもう手の届かないものになった。


 ここから先はパワプロの話。よく分からない人は読み飛ばしてください。
 最近、ゲームをしていない。以前と比べたらしていないとか、自分としてはしていないとかではなく、文字通りまったくしていない。7月にパワプロのアップデートがあって1日だけデータの更新をしたけれど、そのくらいだ。その前は5月にこれもアップデートのために起動した。4月中旬を最後にまともにプレイした記憶がない。PS4も眠ったままだ。
 以前は何時間もぶっ続けでプレイしていた。パワプロのサクセスモードでいっぱい選手を作って遊んだ。それが4月に従兄とオリジナルチームどうしで対戦をして以降、ほとんどプレイしていない。あまりに集中してやりすぎたということもあるだろうし、ひと通りやり尽くしたということもあるだろう。
 選手を作るのはコツがいる。プレイの腕前も必要だし、運も試される。僕は従兄と比べて野手を作るのは上手なようだが、投手は従兄がはるかに上回っている。腕前は同じくらいだから、対戦はいつも白熱する。3月頃に対戦したときは従兄のチームの選手層が薄く、チーム能力差で僕が勝つことが多かったが、それから1ヶ月ほどで従兄はチーム改革を行い、比べ物にならないほど強いチームを作って帰ってきた。人のことは言えないが、よくそんな時間があったものだ。
 野球は点を取らないと勝てないから、投手層が厚いチーム相手にはなかなか勝てない。もとよりそこまで操作がうまいわけではないから、打者の能力が高くても貧打にあえぐことになる。どうしても僅差で負けることが多くなる。そこで練習をして鍛えればいいのだろうけれど、なんだかプレイをする習慣もなくなっているから、さっぱり上達しない。次にいつ対戦があるかは分からないが(いつだろう)、勝つのは難しい気がする。それでも楽しいからいいけれど。
 ゲームの話はここでおしまい。


 夏は野球の季節だ。1位2位が強すぎることに加えて4位以下が弱く3位に孤立していた今年の西武だが、ここで俄然盛り上がってきた。ゲームの野球も楽しいけれど、やはり実物には叶わない。選手たちの熱いプレイにテレビの前で、そして球場のスタンドから声援を送る。ビールと夏野菜と冷奴があれば最高だ。子どものときから楽しみ方は変わったのだろうか? それとも同じなのだろうか? あの頃の強かった西武はもういないし、ユニフォームだって変わった。選手の大半は年下だ。でも、今でも野球を見る目は、まだ輝いている。

nabe_station0109 at 23:22|PermalinkComments(0) 日常 

2017年08月05日

浜松町の本屋と戸田の花火

 
 歴史的な西武ライオンズの連勝が13で止まった。この連勝についてはブログやTwitterで触れたかったのだけれど、なんだかそれを口にした瞬間に負けるような気がして、何も言うことができなかった。もちろん僕が書こうが書くまいが勝敗には何の関係もないのだが、発信する人間としてはそういうのを気にしてしまうものだ。当然、球場に足を運ぶこともできない。お前が来たから負けたじゃないか、なんて思われたら困る。今後の野球観戦にも支障が出る。
 とはいえ、西武はここ数年にないほどの強さを見せ、ソフトバンクに3連敗を食らった後、他の4球団に12連勝して、昨日は苦手ソフトバンクにも快勝した。今日も9回裏に4点差を追いつくという信じがたい粘りを見せた。延長の末、試合には負けたが、まあいつかは負けるのだから仕方がないと割り切るしかない。相手がソフトバンクというのは悔しいが、妥当といえば妥当な相手だ。負け投手は抑えの増田。増田は僕が球場に行くといつも打たれる。増田のおかげで勝てた試合もたくさんあり、その貢献度は疑いようがないが、僕との相性は悪い。だから僕は増田が出てくるといつもヒヤヒヤすることになる。数年前までの焼け野原のようだったリリーフ陣を知っている身からすれば、贅沢な悩みなのだけれど。


 さて、今日は友人のいももんが研修で東京に来ているということで、浜松町まで会いに行った。一週間の研修を終え、最終の飛行機で帰るのだという。いももんは高校1年生からの友人で、結婚式にも呼んでもらったし、来てももらった。彼の結婚式の前日に僕は相方と付き合うことになった。彼の式がなければ地元にも帰っていなかったから、付き合っていたかも分からない。よって結婚していたかも分からない。巡り合わせに感謝すべきなのだろう。
 夕方に会い、サンマルクカフェでコーヒーを飲みながら2時間ほど話した。会うのは僕の結婚式以来だが、結婚式当日のことは緊張であまり覚えていないし、じっくり話すこともできなかったから、実に久しぶりに感じる。いももんは少しだけ太っていたように思う。僕は結婚式の頃に比べたら10キロぐらい痩せた。
 あれこれを話すと時間が経つのは早い。僕は結婚はしたものの、相変わらずふらふらしているが、彼はしっかりと家庭を築いている。生き方は人それぞれだが、素直にすごいと思う。もちろん他の友人のことだってすごいと思う。仕事でニューヨークにいるやつ、留学でニューヨークにいるやつ、まっとうなサラリーマンとして岡山にいるやつ、横浜にマンションを買ったやつ、他にもいろんな友人がいる。みんなすごい。これは偽らざる僕の気持ちだ。ちゃんと暮らしているだけでエライ。

 いももんと改札で別れたあと、駅に文教堂があったので寄った。充実しているとは言えないにしても、家の近くの本屋よりははるかに品揃えがよい。普段あまり近所から出ないので、近くの本屋以外に来るのも久々だ。
 少し前の記事で、僕はほとんど本を読まないと書いたけれど、ここ最近は僕としては例外的に怒涛のように本を読んでいる。暇さえあれば(そしてだいたいにおいて暇なので)本のページをめくっている。
 ここのところ、本をほとんど買っていなかった。その大きな理由は、本屋に行かなくなったからだろう。しかし、本を読む癖がついている状態で大きめの本屋に行くと、元来が本好きなので、あれこれと手に取ることになる。で、お金もないのにいくつか買ってしまった。

 帰りの電車で、買ったばかりの『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(若林正恭)を読む。読書家として知られるオードリーの若林の紀行文だ。普段あまり手に取るタイプの本ではないのだけれど、本屋でパラパラと読むと文体が良かったので買った。
 ところで、今日は戸田の花火大会の日だ。乗り換え駅のホームからもその音が聞こえる。この花火は一度見に行ったことがある。当時勤めていた会社の社宅が戸田にあり、そこにいる先輩からお前も来いと誘われたのだ。はっきり言って僕は仕事外で仕事の人と接するのを極度に嫌うので、「めんどくせえなあ」という感じだった。そこに嫌いな同僚がいるということもある。
 その日、昼に戸田の公園でバーベキューをし、社宅近くのスーパー銭湯で汗を流し、買い出しをして社宅の屋上に上がった。僕は会社では酒を飲めないということにしていたので(この設定は実に便利だった)、ノンアルコールビールを飲んだ。花火のことはあまり覚えていない。帰りに千葉から車で来ていた先輩が家まで送ってくれることになったが、ものすごく道が混んでいて、所沢の家に着いたのは夜中だった。そこから千葉の方へ帰るのだから、申し訳ない気がした。今日も埼京線は混雑で遅れていたから、すごい混みようだったのだろう。
 最寄り駅に着いて、酒屋でモヒートを買った。若林のキューバ旅行の本を読んでいたら、モヒートが飲みたくなったのだ。家に帰って、モヒートを飲みながら、残りわずかなページとなっていた若林の本を読んだ。僕は最近のお笑いには疎い。一時期わりに見ていた時期もあったのだけれど、もうだいぶ前から放棄してしまった。だから僕が好きな芸人は世代としては少し前からいる人たちだ。ラーメンズとか、エレキコミックとか、そのあたり。
 そんな中、オードリーは漫才はよく見たことがないけれど、なにしろよくテレビに出ているので、あまりテレビを見ない僕でも頻繁に目にする。もちろん好感を持っていなければ本なんて買わない。けっこう好きと言っていいだろう。本もおもしろかった。
 モヒートがまだ残っていたので、一緒に買った『クイック・ジャパン』vol.132を読む。岡崎体育特集。特集ページ以外はほぼ読むところがないのが難点だが、特集はよかった。半分の値段で特集ページだけ売ってほしい。僕は岡崎体育がかなり好きだ。
 そんなことをつらつらと考えながら、モヒートを飲み干し、デスクの上のキーボードをパタパタと叩くと、日付が変わりそうだ。寝室には最近読んだ本がかなり散乱している。数日前に祖母宅から持ってきた本の山もある。今日買った本もある。明日はそれの片付けだなと思う。明日はテレビで西武戦の中継がある。「Fire TV Stick」を買ったので、スポナビライブに登録しようと真剣に考えている。遅い気もするけれど、そんなことを言ったら来年の春まで登録する機会がない。読書とテレビ。リビングのソファーの居心地がよくなりそうな、そんな夏だ。


nabe_station0109 at 23:55|PermalinkComments(0) 日常 

2017年07月21日

2017年7月21日

 
ここ1ヶ月は控えめに言ってひどい1ヶ月だった。
6月下旬に風邪をひき、それが長引いた末にようやく治ったところで実家に帰った。
七夕が祖父の誕生日ということを初めて知った。
祖父は僕の名前はわかっても、その名前と目の前の存在は一致しないようだった。
九州北部に降り続いた雨はいつまでもやまなかった。
関東に戻ると、ご存知の通り、待っていたのは酷暑と言っていい日々だった。
クーラーは朝から晩まで動き続け、動きを止めた瞬間に体から汗が噴き出した。
そのタイミングで再び体調を崩した。
文字通り、寝て日々を過ごした。
本も読めなかった。音楽も聴けなかった。野球中継も見られなかった。
ただ横になって日が沈むのを待った。
食事をほとんどとらなかった。水分さえろくに喉を通らなかった。
うっすらと、もう駄目なんじゃないかと思った。
何がと具体的なことはわからなかったが、漫然とすべてがもう駄目なんだと思った。
体は他人のもののようだった。
それでも時間というのは素晴らしいもので、少しずつ一人の人間の意識に具体的な肉体を与えていった。
テレビで高校野球を流した。あだち充の漫画を読んだ。食欲を久しぶりに感じた。

ものが書けなくなったとき、感覚を取り戻すには、本を読むのが一番だ。
それも、できるだけ質の良い文章がいい。
漫画以外の本を読んだとき、ようやくここまで戻れたかと感じた。
味噌汁を作りながら、懐かしい、それでいて悪くない感覚を思い出した。
もっと長い時間が必要だと思っていた。
もちろん、まだ薄氷の上を歩いている状態だけれど、今はヘッドフォンで音楽まで聴いている。

この経験が何を意味するのか、それを考えるのはまだ早い。
明日、僕が生きている保証なんて、どこにもない。
明日死んでしまう人間に、昨日の意味なんて必要なのだろうか。
しかしいずれにしろ、僕の命がいつ終わるかは別にして(明日だろうか、50年後だろうか)、この1ヶ月はある意味での小さくないターニングポイントになった。
やがてこの時間が意味することが、僕にもわかるだろう。
もちろん僕はそれを受け入れるだけで、過去を変えることなんてできないけれど、できることなら、その過去を未来につなげていけたらと思う。
そんな、暑すぎる、ある夏の一日。

nabe_station0109 at 21:56|PermalinkComments(0) 日常 

2017年06月21日

すずめ台に思いをはせる夏至の日

 
今日は、午後に出かける用事を、雨が強くなる前の朝に移し、あとは家で悠々と過ごした。
明治のいちごオレを飲みながら、祖母宅から持ってきた三田誠広氏のエッセイを読んでいると、気がつけば夕方。
雨なので外は暗いが、今日は夏至だ。
朝から鼻水とくしゃみがひどいが、わりと気分のいい一日だった。

僕は小説を書く人間としては異常なぐらい小説を読まない。
『響』という漫画で、新人賞をとった小説家が小説の読書量を聞かれ、「月に6、7冊」と答えたら、重鎮に「少ない」と言われるシーンがあるのだけれど、それを見て愕然としてしまった。
僕なんか年に6、7冊も読んでいるか疑問である(年によってかなり変動はあれど)。
音楽を聴かない音楽家がたぶん大成しない(しにくい)のと同じように、小説を読まない小説家というのもなかなか難しいところがあるように思う。
だからいろいろ読まないとなあと思いつつ、なかなか頁が進まない。

僕が体系的に小説を読んでいる作家は二人しかいない。
三田誠広氏と村上春樹氏である。
中上健次氏や、池澤夏樹氏、重松清氏も好きだが、読んでいますと胸を張って言えるかといえば、その限りではない。
もちろんほかにも読んでいる作家の小説はいっぱいある。
ただ、ずっと「追いかけている」作家は、ほかには、うーん、思い浮かばない(強いて言えば山崎ナオコーラさんぐらいか?)。
小説以外を含めても、「追いかけている」作者というのは少ない。
紀行作家の宮脇俊三氏と、ミュージシャンの宮沢和史氏の著書ぐらいだ。

読書量が少ないというのは、恥にはなっても自慢にはならないから、このくらいでやめよう。
いずれにしろ、そんなわけで、今日は珍しく本(小説ではないけれど)をまとめて読んだ。

三田誠広氏のファンになって、もう16年ぐらいだろうか。
人生の半分以上、三田誠広を追いかけている31歳というのも、極めて稀だろう。
氏が八王子めじろ台に住んでいた頃のエッセイを10代のときから持っている31歳も、まあほかにはいないだろう。
それを2017年の夏至の日に読みふける31歳というのも、日本中で僕だけに違いない。

でも、読書量の少ない僕が言うのも説得力に欠けるが、読書はいいものだ。
読むと、何かを書きたくなる(なのでこの記事を書いている)。
クリエイター仲間のインディーズ作品もいいけれど、やはりプロが書いたものは少し違う。
中にはひどいものと思ってしまう文章を書くプロもいるが、それで金をもらって飯を食っているのだと考えると、一定以上の存在意義がある文章なのだろうとも思う。
アマチュアとプロの違いというのは、そのあたりなのかもしれない。
アマチュアが悪いとは言わないけれど、プロはやっぱりそれなりに「エラい」のだ。




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【自分リンク】
ホームページ『地球の片隅 世界の真ん中』
Twitter:@tarako_spa


【今後のスケジュール】
・2017.08.05「真夏のDESIGN FESTA 2017」ゲスト参加予定
・2017.10.28「第6回 Text-Revolutions」参加予定
・2017.11.23「第二十五回文学フリマ東京」参加予定

nabe_station0109 at 17:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日常 | 本棚