世界的に見ても東アジアは年齢にこだわる地域である。儒教に影響を受けた文化を享受しているからなのだろうが、これが北米になるとほとんど他人の年齢に関心を示さなくなる。(欧州だと多少事情は違うが、東アジアほどではない。)
「世界級ライフタイルの作り方」によると年齢に関する事情は国々によって多きく違うことがわかる。

「日本にいた頃は、「余計なお世話な人が多いなー」と思っていました。
20代前半には「彼氏いないの?」
20代後半になると「結婚しないの?」
結婚すると「子どもはまだ?」
1人目が生まれると「2人目は?」
・・・と延々と続く社会のプレッシャー・・・というイメージであった。」


年齢に応じてこれこれのことをしていないといけないということを決められる、画一的なキャリア概念が浸透しているようでは、さまざまな回り道をして自分の生き方を決めていくというような多様な人材など生まれるべくもない。

「世界級ライフスタイルの作り方」には中華系のひとは年齢にこだわるとあったが、それでも企業の採用においては年齢を基準に給料決めたり、「この年齢でここまでの技能・スキルは身についてないといけない」なんて考えは一切ない。中国にも香港にも台湾にも東南アジアの国々にも他の世界中を見てもない。日本と韓国だけである。アメリカなんかでは特に厳しく年齢を履歴書に書くことはないし、面接中に年齢を聞くのも違法である。

年齢にこだわるはずの東アジアでも、この違いが出るのはなぜか?それは賃金システムの違いによる。世界では職務給と職能給(年齢給)という二つの賃金システムに分かれる。職務給とはある職務に就いていることに対して支払われる賃金のことであり、前提として職務分析に基づいて職務評価を決定することから、職務内容と賃金が直接結びついている。一方、職能給は性・年齢・勤続年数学歴といった属性によって決定される賃金システムであり、職務内容と賃金は対応関係にない。職務給は仕事内容が明確に決められているため、パズルのピースのように人員の置き換えがスムーズに可能であるが、職能給はパイプラインと同じで基本的には学部新卒の入り口と60歳の出口という労働者全体をひとつの賃金体系として取り扱っている。だから極めて硬直的なのである。前にも説明したが、例えば28歳の人を雇う場合外資だと初年度の棒給に合わされるが、日本だと28歳のプローパーの人と同じ給与テーブルに載せられる。だから日本の中途採用は障壁が高いし、フリーターが採用されるのは極めて難しいのである。そして実際に職能給をとっている国は世界中で日本と韓国だけである。

この企業システムに対応した形で学校制度も作られており、年齢を遅らしたり飛び級したりといった柔軟性はも持ちにくいし、本来留年して学びなおす必要がある生徒を無理やり進級させたりたりする動きが目立つ。いわばゆりかごから墓場まで、国民を年齢で管理するシステムが国家体制として出来上がっているようなものだ。

日本では、「この年齢でここまでの技能・スキルは身についてないといけない」という考えが普遍的なものだと思い込んでいる人がものすごく多い。比較社会論を専門にしているうちのゼミの教授でさえそうである。
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」にもあるように文化が先か制度が先かはいつも微妙な問題だが、自分は実は制度から来ている慣習を固有な文化だと思い込んでしまうケースが大変多いのではないかと考えている。だから日本が年齢にこだわった採用を行うのはあくまで職能給という賃金システムをとっているからなので、それを変えれば採用システムも変わるという可能性が日本人の目には入らない。いや、可能性ではなく絶対に諸外国並みに年齢差別はなくなると言い切ってもいい。