マーラー:交響曲第7番「夜の歌」マーラー:交響曲第7番「夜の歌」 [CD]

スイスのチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団とマーラーの交響曲全集を作っているデヴィッド・ジンマンが、N響に客演して交響曲第7番「夜の歌」を演奏した。私はジンマンのマーラ一全集は持っていて、7番も聴いたのだが、素晴らしい優秀録音ぞろいの全集の中で、7番の録音だけはあまり感心しなかったので、N響への客演ではどんな演奏になっているか聴いてみた。

演奏前にジンマンのインタビューが流された。ここでジンマンは「マーラーは大袈裟にやった方がいいと言う人もいるが、自分はできるだけスコアに忠実な演奏を心掛けている。マーラーは一般的に言われているほと、極端な人ではない。完壁主義者だが清らかで純粋な人だ」と語っている。

また第7番に関しては、「交響曲第7番は1~6番や9番と比べて、感傷的な所が少なく抽象的な曲だ。1~4楽章は闇の音楽で、第1楽章は戦争のような険しさ、厳しさがある。第2楽章はレンブラントの「夜警」を思わせる夜の不気味な行進。第3楽章は邪悪な闇の世界で、悪魔か、メフィストフェレスのセレナードだ。第4楽章で少し光が差してきて、ドン・ファンやドン・ジョヴァンニのセレナードのようなロマンチックな音楽になっている。第5楽章はハチャメチャなカーニバルと言った感じで、人間の愚かさのすべてを描いている」と語っていた。

スコアに忠実と言うだけあって、解釈は客観的で冷静。バランス感覚に優れていて全く破綻がないが、それは安全運転との誹りを受けかねない。聴いていてとても自然で安心して聴いていられるが、何もかも当たり前すぎて何か物足りない気もする。

思うに、こうした作品自身に語らせるような解釈で充実した演奏を実現するには、余程演奏の質が高くなければ難しいだろう。ほどほどの水準で、ほどほどの解釈をしても感動には繋がらない。細部を詰め、指揮者の意思を徹底し、個々のプレーヤーが素晴らしい演奏をして初めて、作品が語ってくれるのだ。

例えば、同じN響をよく振っているブ口ムシュテッ卜など、徹底した厳しい指導でわざとらしさのない自然な解釈で、ブルックナーなどに圧倒的な演奏を実現していると思うが、翻って今回のジンマンとN響の演奏は、そこまでの水準に到達したとは思えなかった。

ー言でいえば随分荒っぽい演奏だった。複雑な旋律線が縦横無尽に張り巡らされ、それが不気味な美しさを作り出しているこの曲の1~4楽章は、不十分な準備で臨めるような曲ではない。どのくらいリハーサルの時間を取ることができたのか分からないが、明らかに準備不足を露呈していた。

細部のアンサンブルの乱れが目につくし、ミスも多い。存在感を際立たせることに成功しているフレーズもあるが、そこまで到達できずに何となく過ぎて行ってしまッているフレーズも多かった。特別な演奏にしたいという楽団員の気持ちは伝わってくるが、いささか空回りしているような気がした。

第4楽章など、ちゃんと弾けているんだけど、夜のセレナードとしての味わいが薄いので、この曲特有の不気味さが伝わってこない。スッキリしているといえないこともないが、淡々と過ぎて行ってしまっているように聴こえてしまった。

最後の第5楽章だけは、トゥッティの爆発で押し切った感じ。明るい金管の咆哮はちょっとやけくそ気味だが、迫力は十分。ジンマンはこのまま突っ走るのかと忠ったが、意外に常識的な解釈でバランスを重視しているので、静かな所で気持ちにブレーキを掛けられたような感じがした。

最後は渾身の力を振り絞って凄い盛り上がりを作り上げ、弓折れ矢尽きるって感じがしないこともないが、まあ終わり良ければすべて良しってことで。

交響曲第7番ホ短調「夜の歌」(マーラー)
管弦楽:NHK交響楽団
指揮:デヴィッド・ジンマン
2013年1月11日東京・NHKホールにて収録