Happy Job Hunting 

海外のスピリチュアルコミュニティでしばらく暮らした後、帰国。50代でコネなしキャリアなしの職探しをする羽目になりました。その過程も学びの一つとして楽しもうと決めました。 living in the spiritual community, I came back to Japan and started job hunting without any significant career and connections at over 50's. That was a very tough journey but I wanted to enjoy the process. I am writing how to keep the motivation, how to be happy no matter what is going on in our life.

夢をあきらめたくないひとに。 映画「5%の奇跡」

5%の奇跡









たまたま日曜の仕事が1コマだけだったので


久し振りに映画を見に行った。


映画はビデオではよく見ているが


やっぱり映画館はわくわく感が違う。


二つ候補があったけどひとつは時間が合わず


5%の奇跡と言う映画にした。


この映画の内容に魅かれたからだ。


5%の視力しかない青年が

一流ホテルに応募し研修をするというストーリー。

他人事でなくて見ていた。

実は私は昔からずっと目が悪くて

左目は手術して以来、よく見えない。

視野が半分くらい失われてしまっているので

左目だけだと字も読めない。

だからもろ入り込んでしまった。

床に置いてあるものが見えなくて蹴っ飛ばすとか

段差があるのに気が付かず転ぶとか

向こうから歩いてくる人があいさつしているのに気が付かないとか

しょっちゅうである。

もう身につまされてしまった。

私の場合は主人公のサリーほどではなく

右目はまだ見えるのだけど

全く他人事とは思えない。

そんな障害があるのにかかわらず

夢をあきらめきれず

果敢にチャレンジする主人公にエールを送りたくなる。

出来る仕事はマッサージ師くらいだと言われながらも

夢をあきらめたくない彼。

自分に重ねあわせてしまい感動。

このストーリーにはモデルがいて

本当にあった話だという。

そしてそれだけでなく

調べてみると原作者も同じ5%の視力しかないのに

それを隠してホテルに勤めていたという。

本当にやる気さえあれば

そして助けてくれる友達がいれば

道は必ず開ける。

そんなお話しである。

とても力づけられる。

お勧めです。






今年何もやり遂げられなかった私が唯一やり遂げたこと

Scotland Dec 2010 054














2017年も終りに近づいている。


今年ははっきり言って厳しい1年だった。

何もかも自分の思っているようにはいかなくて、

ショックなこともあり、

久し振りに号泣した。

色々なものが(人が)私を離れていった気がする。

手放す年になったと言えるかもしれない。

私は実はいろいろなことに挑戦するが

ちゃんとやり遂げたことがあまりないのだ。

これが私の課題かもしれない。

しかしやり遂げられなかった理由は

単に私が怠慢だったからではない。

ビザの問題だったり経済的な問題だったり

自分ではどうしようもないことで貫徹できなかったのだ。

それを思うと悔しくて泣きたくなる。

去年はずっとそういう気持ちでもがいていた。

然しそんな私でもことしやり遂げたことがひとつだけある。

今年1月から始めたフェイスブックページ Words for your heart 
https://www.facebook.com/nadeshiko1955/である。

最初は毎日投稿するつもりはなかったのに

何故かそういうことになってしまい、

毎日楽しく?苦しみながら投稿を続けた。

投稿することが私のミッションのようになった。

そして誰かが反応してくれたりメッセージしてくれたりすると

とてもしあわせな気分になる。

今現在読者は559人になった。ありがたいことである。

基本的に写真はすべて私が撮ったものにしているので

写真のストックが無くなったらどうしようという恐れは

いつも付きまとっているのだが

とにかく続けようと心に決めていた。

このページのおかげでたくさんの新しいフレンドができ

色々な交流ができるようになった。

少なくとも1年は続けようと思っていたが

もうすぐ来年の1月で1年になる。

でも私ができる限り続けていきたい。

もう生きがいになってしまったのだ。

これからもWords for your heart をよろしくお願いします。

https://www.facebook.com/nadeshiko1955/

12月31日の投稿です。

The sun is gone,
but I have a light.
Kurt Cobain

太陽は行ってしまった。...
でも私には灯りがある。
カート・コバーン


Scotland Dec 2010 051


日本は息苦しい!


215
















ここ2か月くらいの間に

日本の社会について日本人について

いろんな人と話す機会があった。

いちばん最近は私の妹である。

妹は15年ほど前にイギリスに留学していた。

そこで病を得て帰国したのだが

イギリスにいた時の方が自由で幸せだったという。

日本では何を言っても聞いてもらえなかったのに

どうしてここではみんな聞いてくれるのだろうと思ったという。

日本ではみんなと同じことがいいことになってる。

違うことを言ったりしたりすると、

寄ってたかって叩きのめされる。

今の日本の在り方に疑問を持って

なんとかしたいと行動を起こしても

聞いてもらえないどころか

完膚なきまでに叩きのめされて

もういいやとあきらめの境地になることが多い。

妹は妹で

精神障碍者のためになにかしたくて

一生懸命に活動したらしいが

カトリック教会のなかでありながら

ひどく残酷なことを一杯言われて

その活動を停止した。

それ以来、もういっさいそういうことはしないと誓っている。

もうひとり、

先日何十年かぶりに会った

大学の後輩。

聞いた限りでは妹と同じ。

今の日本の社会に絶望していて

でも自分では何にもできないと思い落ち込んでいる。

今できることは一日一日を生きていくことだけだと言っていた。

たしかに今の日本は息苦しい。

私もスコットランドから帰国してすぐは

日本のすべてが嫌で嫌でたまらなかった。

これってずっと日本にいる人にはわからないと思う。

みんな枠の中に押し込められて

レールの上を走り続けている。

ずっとレールの上を走るのもつらいが、

いったん外れるともっと生きづらい。

一時はすごくつらかったが

結局自分は日本の社会にはフィットしないんだと

自分で認めてからはだいぶ楽になった。

私は予備校で働いているので

受験生を見ていると気の毒になる。

でも、だからと言って絶望していない。

みんなけなげに頑張っているのである。

こんな息苦しい社会でもちょっとした優しさや

愛や思いやりがあるのである。

それがある限り絶望するのは早いと思う。

そして私一人だけでは何もできないし

社会を変えることはできないけど

ほんのすこしずつでも

私ができる限りのことをしていきたいと思っている。

ずっと続けていれば

たくさんじゃなくても

なにか変化を起こせるかもしれない。

私は絶望はしていないのだ。

キリスト教では自殺を禁じている。

どうしてかと言うと

それは絶望を意味し

神に対する信頼を失ったということになるからだ。

今の日本は生きづらいが

でもそれでも希望を持って

一日一日を大切に生きていきたい。

そしてできるだけ楽しみたい。

それが私の望みだ。

078




夢を持ってはいけない?

Holiday 2008 Oct 171















ブックオフで本を物色していたら

死ぬ前にしたいことリストという

シリーズの本があった。

70を過ぎたおばあさんたちが

死ぬ前にしたいことをリストにして

ひとつずつやっていこうというもの。

まあこれは映画などでもあるし、

珍しい話じゃない。

この本ではおばあさんたちが

ひとつずつリストを実行していった結果

残ったのがみんな

とんでもないことや恥ずかしいことばかりだった。

その一つがセクシーな衣装で写真を撮るということ。

そのどたばたの中で誰かが殺されるというミステリー仕立ての小説らしい。

私ももう若くないのでリストを作るべきだとふと思った。

書くというのが大事らしい。

でもって私がリストに書くものってなんだろうか。

と考えると真っ先に来たのが

オーロラが見たい。

その次が死海で泳ぎたい。

それから着物で写真撮影したい。

本を出版したい。

何で死海が出てきたかと言うと

先日見たビデオで湿疹を患うヒロインが

死海で泳ぐといいとアドバイスされて

死海に行きそこで浮かんでいるというシーンが

とても印象的だったからだ。

死ぬ前にやりたいことリストに

死海で泳ぐことが入っているというと

それを聞いた妹が

「実現しそうもない夢ばかり見るのはやめたら?」

といった。

「あなたはいつも考えずにどんどん次へ次へと

行くけど、その後始末してないじゃない。」

もっと地に足をつけろと言いたいらしい。

夢ばかり見てる姉を見てるといらいらするらしい。

まあ妹の言うことにも一理ある。

計画性なしに突っ走ってきたので

やりたいことをやり遂げられずに来たことが数知れず。

別にそうしたかったわけじゃないけど

やりっぱなしになっちゃったことがたくさんあるのは確かだ。

でも私の人生でやって後悔したことってあんまりない。

そりゃやらなければもっと経済的に安定してたかもしれないし、

もっとお金もセキュリティもあったかもしれないが

その経験をしたことは後悔してないのだ。

やっておけばよかったと思わなくても済む。

やったからこそ分かることもある。

それに私は実現しそうもない夢を見るのが好きだ。

どうして実現しないと言い切れる?

実現しそうもない夢がかなったことだって

何回もある。

もうずっと昔のことだ。

ある旅行雑誌で素晴らしく美しいお城の写真を見つけた。

すごく印象的な景色で魅了された。

こんなお城行ってみたいなあ。

そう思った。

それだけ。

お城の名前さえ憶えてない。

何年もたってから

スコットランドに来て

友人に招待されStoneheaven と言う場所に来たとき

列車の窓からそのお城が見えた!

友人に頼んで連れて行ってもらった。

まさに私が雑誌で見たお城そのもの。

長い時間かかったけどやっと見られたのだった。

夢がかなった瞬間だった。

かなえられそうもない夢だっていいじゃない。

ひょっとしたらかなうかもしれない。

かなわなくても夢をもっているだけで

人生は豊かになるのだ。





修道院の思い出

015
















昨日妹と母と一緒に多治見の修道院に行ってきた。


最初は木曾にドライブと言う話だったのが、90才の母も一緒に行きたいと言いだし、だったら近場でいいところがあるということで多治見になった。

ここの修道院は以前若いころに2回ほど行ったことがある。

よく覚えているのは25才のころ、大学の人形劇クラブの後輩を訪ねて行ったときのことだ。

その後輩は絵を描いていてささやかな展覧会をしているので見に来てほしいといわれたのだった。

詳しいことは覚えてないが屋根裏の部屋に行ってそこの壁にかけられた絵を見せてもらった。

そのとき、私は知らなかったのだが日曜だったので、階下の礼拝堂で弦楽四重奏のコンサートがある日だった。

コンサートが階下で始まった。

ビバルディの四季である。

階下で行われているコンサートを屋根裏で聞いたことがおありだろうか?

妙なる調べにうっとりした。なんという幸運。神に感謝した。

その時私は失恋していて絶望の底にいた。

気がまぎれるかもと思って多治見まで来たのだった。

その時のことは忘れられない。

神は私のことを忘れてないのだとメッセージをもらった気がしたのだった。

後輩は無口な青年で神学部に属していた。

でもその時はもう大学に行ってなくて修道院で手伝いをしていると言っていた。

「来てくれてうれしいよ。」と彼がぽつりと言った。

クラブのメンバーで多治見まで来たのは私だけだったらしい。

何を話したかも憶えてないが、ただ聞いてくれた。

それっきり彼に会ってなかった。

どうしてるかもわからなかった。

何十年もたってから、大学の前学長であった神父さまと定期的に会うようになって

お話ししているうちに彼の話が出た。

私は最後に会ったときの状況から勝手に

彼はドロップアウトして大学をやめてしまっただろうと思い込んでいたが

なんと彼はちゃんと神父になっていたのだった。

多治見の修道院にいると聞いて

一度会いに行きたいと思いながら延び延びになっていた。

ウン十年もたってるし、

向こうが覚えているかどうかも定かでないのに

会いに行っていいのかどうかわからなかった。

勇気がなかった。

でもホントは再会してあの時のお礼を言いたかった。

落ち込んでいた私がビバルディの妙なる調べを聞けたこと

生涯忘れられない瞬間をもらったことに。

今回修道院を訪ねた時

おせっかいの妹が「○○神父さまはいらっしゃいますでしょうか?」と

聞いてしまった。

たまたま彼は留守でいなかったけど

電話で少し話すことができた。

最初は私のことがわからないようだった。(当たり前である)

人形劇時代のニックネームは?と尋ねられた。

そうよね、皆ニックネームで呼び合ってたから。

ホントに思いだしたかどうかわからないけど

よく名古屋に来るとのことなので

その時にご連絡くださいと名刺を置いてきた。

会って話ができるといいな。

私にとっては奇跡みたいなことだった。

ほら、よくあるでしょ。

世の中でどんなことが起ころうと

この人が元気でこの世に存在していると思うだけで

励まされるという人がいるのだ。

今回電話で話せて、

ちゃんと彼が存在していることが確認できた。

それだけでもすごく励まされた。

ちょうどその前日にショックなことがあり

これがなければすごく落ち込んでいたはずだけど

そのおかげで感謝でいっぱいである。

神さまはちゃんと見ていてくれるのだ。








人のエネルギーを吸い取ってコントロールする人  「盗まれた魔法」メアリー・ジョー・パトニー

magic














アマゾンで文庫本を注文した。

以前読んで面白かった本の続編である。

これはイギリスの18世紀のお話で魔法を扱う魔導師の争いについて書いている。

魔導師はたいてい代々続く魔力のある人たちで

でもその魔力を自分の欲のために使わず他の人のために

使うよう誓約をしなければならない。

この本ははぐれ魔導師の話である。

つまり制約に反して自分の欲望のために魔法を使い

自分自身は大して魔力がないのに他の純粋な若者たちを

とりこにして魔力を奪い、

それを使って強力な魔法をかける。

表向きには内務大臣でもあり

イギリスでの強大な権力を求めている

読んでいるうちにこの魔力というのを

エネルギーと言い換えれば、現代でも同じことが行われていると

思ってしまった。

ヒロインのメグはあるときこの魔導師にとらえられ

拘束魔法をかけられて

見た目も醜くされ、頭の動きも鈍くなり

ボンヤリメギーと言われていた。

彼女の仕事はただ一つ。

ご主人様が彼女の魔力を必要とするときに

そこにいること。

それが起こるとぐったりして何も考えられなくなり

何日も寝込んでしまう。

ご主人様は彼女の魔力を吸い上げて

強大な魔力をつくっていた。

そしてメグはいつもバカにされ

誰にも愛されず構われす生きていた。

以前の記憶は全くない。

そんな状態の彼女が、あるとき真っ白なユニコーンに出会い。。。

という、まあロマンチックな小説なのだけど

これって人が他の人をコントロールするときに

使う手だと分かる。

お前はダメだ バカだ。なにをやってもうまくいかない。

ブスだ デブだ 

こういうことをずっと言われてると

本人はそのことを信じ始めてしまう。

小説の中では拘束魔法と言うのががんじがらめにかかっていて

逃げようとしてもうまくいかないということになっているが、

自分はダメだ だからここにいるしかないのだ

このひとについていてもらうしかないのだ

と思い込むように仕向ける。

これをやっている人って結構たくさんいると思う。

夫と妻だったり

上司と部下だったり

恋人同士だったりで

これはたくさんあると思う。

小説の中では

その魔導師とつながっている管を切るなり

結ぶなりしてエネルギーを吸い取られるのをストップする。

そうするとヒロイン本来の姿が現れる。

賢くて強くて美しい。

このエネルギーコードについては依然オンラインコースで学び、

ワークショップでもやっているので

すごく納得できる。

エネルギーがなくてぼんやりしていたら

それは誰かがあなたのエネルギーを吸い取っているのかもしれない。

その人とつながっているエネルギーの管を切らなくてはいけないのだ。

切ってしまうと本来のあなたの姿が現れる。


この小説、夢中で読んでしまった。

私たちの体はたくさんのひととエネルギーの管でつながっていると言われている。

自分のエネルギーを吸い取ってしまうような関係の相手とは手を切ろう。

心の目で見てみてその管をすぱっと刀で切るのだ。

小説にあるようにもし切れなければ

何か所か結んでもいい。

とにかく相手とエネルギーが流れないようにするのだ。

日本は制約が多い場所で

親や上司や先生に管でつながれていて

エネルギーを吸い取られ生ける屍の様になっている人が多い気がする。

こういう人たちは自分が本来の自分でなくて

エネルギーを吸い取られていることに気が付かない。

ああなんだかすごくわかる!

3年前までの上司がそういう人だった。

まわりの人たちは彼女がいないと生きていけないように

訓練されていた。

私は彼女とうまくいかず、結局1年で辞めてしまったが

その間、病気続きだった。

あのまま続けていたらどうなっただろうと思うと

ぞっとする。


本はメアリー・ジョー・パトニーの「盗まれた魔法」です。

この前編の「今宵、魔法をかけて」も読んでおくとわかりやすいです。










幸せってなに?

044














すごく久しぶりに何もない休日。

このところ全く何もない日がなくて疲れていた。

といっても他のみんなのよう1日中働いているわけでない。

夜の仕事なので午前中や午後は結構ヒマなのである。

でも夕方や夜に仕事があると、やっぱりリラックスできないのだ。

その前に買い物しなくちゃとか、夕飯作っておかなくちゃとか、

気が抜けないのだ。

今日は一つ嬉しいことがあった。

海外の友人と電話でつながったのだ。

昨日の朝、スカイプに着信していたのを知っていたけど

その時は忙しくて返信できず、今朝かけた。

向こうは真夜中、こっちは朝。

あんまり長く話せなかったけど、つながれてよかった。

また秋に日本に来られるかもしれないという。

先回は1日だけだったけど、今回はもう少し長く居られるかも?

嬉しいけど、なんか私たち織姫と彦星みたい。

1年に一回かよ?

ま、全然会えないよりずっといいよね。

ちょっとだけ掃除をして午後買い物に行った。

歩きながら考えていた。

幸せってひょっとしたらなんかすごいことが起こることでなくて

日常のちょっとしたことなのかもしれないな。

コンビニの定番スイーツの新しいものが発売されただけでハッピーな人もいるし

朝ミルクをもらいに野良猫が来てくれただけでうれしいひともいる。(私)

歩道沿いに咲く花を見てそこにくる蝶を見ただけでしあわせな人もいる。

そりゃ、通帳を見て、今月どうやって生き延びようかと思っているときに

そんな悠長なことやってられないと思うかもしれないが

そういうときこそちょっとした幸せを発見することが大事なのだ。

そういう幸せを積み重ねていくのが

いつか大きな倖せを引き寄せるコツなのかもしれない。

私は英語を教えているが

パッと見ただけで幸せな生徒とそうでない生徒はわかる。

幸せな生徒は話してるだけで幸せになる。

ワタシなんてこの年になっても

いつになったら幸せが来るのかと落ち込むことが多いけど

彼はいつも楽しそうで光り輝いている。

そして今の自分は幸せだと言い切る。

なんか感心した。16歳でそれが言えるなんてすごい。

人生でなんかすごいことを成し遂げないといけないという

変な思い込みが私たちにある。

でもどうなんだろう。

たとえひとりでも誰かを幸せにするということが成し遂げられたら

それだけでもすごいことなんじゃないだろうか?




ルイーズ・ヘイの人生 

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ヘイハウスの創始者ルイーズヘイさんが亡くなった。


90才だから大往生と言えるのかもしれないが、


心のよりどころを失ったような気持になり、涙してしまった。


彼女ほどたくさんの人を助けてきた人はいないと思う。


不幸な生い立ちで、親に虐待され、レイプ被害者でもあり、

貧しさとも戦い、

人生後半、思考が現実を作ることを知り、

自ら実践してどんどん人生を変えて行った人。

私が感銘を受けたのは

そもそもルイーズが有名になったのは

そのころまだ偏見の的だったエイズ患者に門戸を開いたからなのだ。

彼らを励まし、心の持ち方によってエイズにも打ち勝てると教えた。

彼らの心の支えになったのだった。

ルイーズは自宅のリビングを解放し、

毎週彼らとミーティングを持った。

入りきれないほどになり、

もっと大きい場所に移動。

もっともっと人数が増えて最終的には巨大なホールで

集まりを持つまでになったという。

みんながエイズ患者を避けていたころに

彼らのために自宅を開放し、

ハグして励ましていた彼女。

彼女は60歳でヘイハウスを創設しCEOになった。

年も関係ないと教えてくれた彼女。

年を取ってからダンスを習いだしたり

絵を習ったり、いつも新しいことに挑戦してきた。

もっともっと生きて私たちを励ましてほしかったのに。

彼女のもっとも有名な本、You can heal your life.

の後半にはThe list と言う部分がある。

身体の症状とその原因 そして新しい思考パターンが書いてある。

全ての症状は私たちが思考で作り出しているという考えなのだ。

いま自分が抱えている症状をこのリストで探してみると

物凄く腑に落ちるのである。

たとえばフィンドホーンに滞在していたころ

私は3年半で5回も救急病院の世話になった。

いかにも多すぎる。

accident と言うところを見てみると

Inabilitey to speak up for the self. 

自分のために率直に意見を述べることができない

とある。

Revelion against authority 権威に反対する啓示

権威に反対しているけど率直に意見を述べることができない

これってフィンドホーンにいたころの私じゃない?

もう一つ調べてみた。

これは今の症状。

ここ2,3年、咳ぜんそくの様になって咳が止まらない。

漢方も試したけどいまいち。

Coughs を見つけてみてみると

A desire to back at the world  (世界に向かって吠えたい欲望)

See me! Listen to me!  (私を見て!聞いて!)

その通りじゃない。笑ってしまった。

新しい思考パターンは 

I am noticed and appreciated in the most positive ways. I am loved.

私は注目され、感謝されている。一番ポジティブな方法で。私は愛されている。

あまりの当たっているのでびっくりする。

是非一家に一冊そろえてほしいと思う。

ルイーズが教えてくれことは多い。

今自分ができることは何か?

どんな人を助けることができるだろうか?

何もすごいことをする必要はないんだ。

自分の周りにきっとあなたを必要としている人がいる。

ルイーズが自宅のリビングで始めたように

出来ることから少しずつ始めて行けばいいのだ。

そう考えさせられた。

ルイーズ、ありがとう。

あなたの教えは忘れません。

安らかに眠ってください。








毎日投稿の苦しみと効果 Words for your heart

早いもので、私のフェイスブックページ Words for your heart (あなたに贈る言葉)

https://www.facebook.com/nadeshiko1955/

を始めてもう7か月になる。

最初は毎日更新するつもりがなかったのが、なぜかそうなっていた。

まだ知らない人に説明するとこれは写真と引用のページで、

英語と日本語両方で書いてある。

人生生きているともうこれ以上進めないと思うことがあるものだ。

私の場合、2011年にスコットランドのスピリチュアルコミュニティから帰国して

茫然自失、これからどうしたらいいかわからず絶望していたとき、

フェイスブックのページにとても助けられた。

昔の私と同じようなそんな人たちにまた立ち上がって進み続ける勇気とヒントを

与えることができたらと思い始めたのだった。

引用は英語の本やネットや映画から引っ張ってきてるけど

日本語の訳がないことが多いので

私が自分で適当にやっている。

そして写真はすべて自分が撮ったものである。

過去にスコットランドで旅をしたときにたくさん撮りためた

写真を見せることができてとても幸せだ。

毎日は結構大変だけど

毎日というのは、影響も大きいのだとわかってきた。

よくブログを毎日更新している人がいるが、

毎日という効果は絶大なのだとわかってきた。

私はブログは毎日更新できないけど

これは毎日更新してる。

なんだかもうライフワークと言うか、生きがいになってしまったのだ。

そして毎日新しい発見がある。

こんな言葉があるんだと感心したり

昔の写真を掘り返して、

こんな写真があったんだと思いだしたり

その引用の作者が実はどういう仕事をしたのか探し出したり

納得したり驚いたり感激したりの繰り返しなのだ。

だれが読んでも感心する言葉とか

誰が見ても感嘆する写真がいつも投稿できるとは限らない。

私がそのときぴんときた言葉とか

心に触れた言葉を選んで

写真と組み合わせるのだが

時にはこんなのを投稿していいんだろうか?

と悩むこともある。

何日も悩んでいてある日やっと投稿。

思いのほか反応が良かったり。。。

ネガティブな言葉はいけないかと思いきや

そういう言葉に共感してくれる人もいる。

毎日が学びである。

これのおかげでたくさんのひととつながれた。

海外の同じような活動をしている人たちとも

お友達になれた。

感謝である。

現在までの投稿の中で

ダントツ1番人気を誇っているのが

これ。

Then she spoke again















Then she spoke again,

“But you don’t think I’m silly do you.

That’s why you’re here in this place

and why all the other people are here too.

You’re all here to remember who you really are.
...

” She paused, looked into the distance, and then said,

“We are all here to remember who we are”.

  John's story "Darren and Donna's game"

それから彼女はまた話し始めた。

「でもあなたは私のことを愚かだとは思わないわよね?

だってそのためにあなたはこの場所にいるのだから

そしてだからほかの人たちもここにいるのだから。

あなたはここに自分が本当に誰であるかを思いだすために来た。」

彼女は遠くを見つめながら息をついだ。

そして言った。

「私達はみんな自分が誰であるか思い出すためにここにいるのよ。」

 ジョンの物語 「ダーレンとドナのゲーム」


これは実は私の長年の友人が私に送ってくれた短いストーリーの中からの抜粋なのだ。

実際にあった話で、

彼が1970年代にスコットランドのフィンドホーンに滞在したときの体験を書いている。

とても感動的なので本人の了解を得て

一部を投稿することにした。

なんか私も感無量である。

これからも続けていきたい。

応援お願いします。






安全なるシンガポール風チキンライスを食べるための困難な道のり

シンガポール風チキンライス















先日友人とスカイプで話していた。

彼は出張中でベトナムにいた。

あんまり食べ物がよくないという。

次はシンガポールに移動だというので

シンガポールでの本物のシンガポール風チキンライスが食べられるじゃない?

と言うと、一言

「自分のうち以外ではチキンは食べない。」

と言う。

ポークもビーフも同じらしい。安全でないからという。

つまり放し飼いのオーガニックなチキンでない限り

食べないことにしているという。

そう言えばスコットランドにいたころ、

大きなスーパーでは、オーガニックチキンというのを売っていた。

しかし、日本では多分ネットで探さない限り

買えないと思う。しかもかなり高い。

私はあんまりこだわる方ではないが

その私でさえ、アメリカ産の牛肉や豚肉を買うのを避けてるのだから

まあ理にかなってないこともない。

この友人は家の外では

一切肉は食べず、魚か野菜で済ますのだそうだ。

まあ海外ではベジタリアンメニューが充実してるから

それもいいかもしれないが、日本では至難の業である。

それにそんなこと言いだしたら、魚だって養殖はダメになるし、

きりがない。

まあ私はこだわらないひとなので

どっちでもいいんだけど

よくオーガニックの食品を買っていたのは

そっちのほうがおいしいからだ。

これは確かだ。

キッチンで働いていたころ、

オーガニックバターは高いのでやめようという話が出たが

みんなの強い反対によって中止になったことがある。

オーガニックチキンの方がおいしいし、

オーガニックのバターの方がおいしい。

でも値段が高い。その辺のバランスを取っていかなくてはいけない。

残念ながら経済的にはあまり余裕がないので

食べるものをすべてオーガニックにできないし、

食いしん坊なのでベジタリアンにもなれない。

でも、振り返ってみると、結構健康に気を遣って食品を選んでいる。

醤油は醸造用アルコールが入ってない昔ながらのしか使わないし

オイルはオリーブオイルとごま油だけ。

マーガリンは使わず、バターのみ。

まあできるところからしていくしかないんだよね。

件の友人はせっかくシンガポールに行くのに、彼の方針のせいで

シンガポール風チキンライスは食べられないのだ。気の毒に。

おいしいのにね。

ついに会話の終わりに私は言った。

「わかった。」

「スコットランドのスーパーにはオーガニックチキンが売ってるから

そこでチキンを買って

私が作れば、食べられるよ。」

しかし私は日本に住んでるし、

いつスコットランドに来られるかわからない。

気の長い話だけど、

本当に実現したければできるよね?

と言うことで約束。

実現可能かどうかはともかく

なにかを楽しみに待つということは素敵なことだ。

今のうちに何回か作って練習しておこうっと。






必要なものは必ず帰ってくる。

2007アイオナ 096
















先日、ヨガのクラスの前にある店によってバーゲンになっていた黒いブラウスを買った。

お財布がさみしいので、せっかくバーゲンになっていてもあまり買えないのだけど、

これはかなり安かったし、なおかつ体に合ったので、

購入した。

ところが、ヨガクラスを終えて帰ろうとしたら

ブラウスを入れておいたビニールのバッグがない!

カルチャーセンターに戻って、聞いてみたが

ない。

せっかくなけなしのお金で買ったのに

もうなくしちゃったの?

大した値段じゃないけど、気に入っていたのに。

あきらめなくちゃいけないの?

と考えが堂々巡りした。

ここに来る前にどこに行ったか思い出してみた。

カフェに寄った時はちゃんと袋を持っていた。

そのあと、そういえば9階で一休みしたとき

椅子に座っていた。

急いで9階に行ってみると、

ベンチのそばにポツンと袋が。

ほっとした。

3時間近くもほっておいたのにちゃんとあったのだ。

それで過去の出来事を思い出した。

本当に必要なものはちゃんとあなたの元に戻ってくるということ。

フィンドホーンでFP(ファンデーションプログラム)をやっていた時

エレイド島での合宿があった。

これは私にとって本当につらい体験だった。

その時の話はこれ。http://livedoor.blogcms.jp/blog/nadeshiko1955/article/edit?id=811477

最後の日にお別れパーティがあり

そのとき私はヨガのポーズを披露した。

逆立ちである。

するときに邪魔になるので、していたネックレスを外して

隣りの人にあずかってもらった。

終わった後返してもらったけど

どうもその時ネックレスがちゃんとはまっていなかったらしく

翌日帰ろうとしてネックレスがないのに気付いた。

散々探したが見つからず、

こういうネックレスがあったらそれは私のですから

とエレイド島の人たちに頼んで島を後にした。

これはラリマーという明るいブルーの石でできたネックレスで

お気に入りのものだった。

思い入れがあったのですごく悲しかった。

何の連絡もなく日々が過ぎ

そのまま私はFPを終了して日本に帰国。

帰国後の厳しい生活に直面してネックレスのことは忘れていた。

3か月後、FPのフォーカライザーから封筒が送られてきた。

なかにネックレスが入っていた。

どういう経緯かわからないが見つかったのだ。

フォーカライザーが日本まで送ってくれたのだった。

奇跡だと思った。

このネックレスは私のところに戻ってきてくれたのだ。

これは友人や恋人にも言えると思う。

本当にあなたのところに来る運命ならば

必ず彼らは戻ってくる。

戻ってこないということはそういう運命でないということだ。

すごくまれだけど、

もし本当にそういう運命なら

彼らは来る。

あせって誰かを追いかける必要はない。

私の場合も昔親しかった友人から連絡があった。

何年も全く音信不通になっていた。

それから時々話をするようになった。

去年は8年ぶりに1日だけだけど会うことができた。

私にとっては奇跡のようだった。

失われたと思っていた交友がまた戻ってきた。

失ったと思っても本当は失っていないのかもしれない。

これもあれもなくしたと思っていても

本当はなくなってないのかもしれないのだ。

そう思うとすごく心が軽くなる。

周りを見回してみよう。

なくしたと思ったものが実はなくしてないのかもしれない。

本当に必要なものは必ずあなたのもとに帰ってくる。

帰ってこないものはもう必要ないものなのだ。










いじめ対談ヒートアップ

016














妹といじめについて電話で話していたら双方ヒートアップしてしまった。

双方いじめられた経験あり。

もっとも私は海外のコミュニティで中年すぎてから初めて経験。

それまではいじめられる方に問題があるんじゃないかと思っていた。

妹の方はもっと年季が入っている。

小学、中学、高校といじめられた経験があるそう。

長じておとなになってからもいじめられたという話をもう一度聞かされた。

何回も聞かされてる話。

イギリスの日本人のお宅で看護の仕事をしていたころ

ひどい扱いを受けて

その後がんを患い入院すると

その女性がわざわざ病院まで見舞いに来た。

同じ癌にかかったひとの手記を長々を読み上げ(悲観的なやつ)

あなた、同じ病気でしょ?

よくなるといいわねと捨て台詞を残して

退出したという。

「何しに来たのその人?」と私。

「私を苦しめるためによ。」と妹。

そんなことをわざわざする人がいるの?

それがいるのよ!だから今後は一切そんな人とはかかわらないの!

確かにひどいけど、

もう何十年もたってるのにその痛みをずっと持ってるのはよくないんじゃない?と

言うと、彼女は激昂し、

ずっと恨んでいるわけじゃない、またこんな経験をしないように

そういう種類の人を避けてるだけだという。

う~ん、聞く限りあんまり痛みを手放したとは思えないし、

手放したいとも思ってないらしい。

それって苦しくない?

妹の考え方は、世の中には邪悪な人がいて

信じられないくらいひどいことをするので、そういう人をできるだけカットするということだ。

私だっていじめにあったときはつらかったけど、

ずっと痛みを持ち続けたいと思わない。

聞いていて分かったことは

妹の考え方は恐れからきている。

またあんなひどい目にあいたくないから、できるだけそんな人から遠ざかる。

いつも身構えてる。

でもこれって奥底に自分はひどい目にあって当然だという前提があるからだと思う。

私は学生時代、成績は悪くなかった。

いじめにも会わなかった。

それなりに他のみんなが私を尊重してくれてたからだ。

ところが、海外に移住した途端、いじめにあった。

英語が聞き取れない、通じない、わからないという世界に放り込まれて

自己肯定感が低くなってしまったのだった。

こんな私ですがここにいていいでしょうか?

そういう姿勢になってしまったからだ。

ある意味、自己評価が低かったので

それに対応する事態が外の世界で起きたと言えるのかもしれない。

だから自己評価が上がれば上がるほど、

他人からも評価されるはずである。

これは鏡なのだ。

自分が自分を好きになればなるほど、

他人も自分を好きになってくれる。

妹にそれを言ってみたけど、「考え方の違いね」と

軽くかわされてしまった。

私は理解するというのがカギだと思う。

いじめをした相手がどうしてそんな行動に出たのか

それが理解できるようになれば

相手を許すこともできるのではないかと思う。

だって、入院しているところにわざわざ行って

同じ病気にかかった人の闘病手記を長々と読んで聞かせるって

そんなことする人ってすごく不幸な気がする。

幸せな人がそんなことするはずないじゃない>

お見舞いに行って、シッカリ養生してねと励ますならともかく

アンタ、この病気でしょ。治らないんだよ、治療は苦しいんだよ。

死ぬかもしれないね。なんて言いに来る人って相当不幸であるに違いない。

妹がいまだに痛みを抱えているのも無理ないけど。

事情は知らないけど、すごく不幸なその人を理解できれば

痛みを手放せるかもしれない。

そしていつも私が言うのだけど

いじめた人への最高の復讐は自分が幸せになることである。

そういうと妹は「復讐したいわけじゃない。」と言うが

言葉が悪いかもしれないが、私はそれが一番だと思う。

人生は短い。

そういうやつのことはほっといて自分が幸せになるほうに集中したい。




それが何か?と言ってみる。


それが何か?













年を取ることのメリットの一つに


失うものがもうあまりないということがある。


若いときは、


え~こんなことしたらお嫁に行けないかも?


とかみんなに笑われる~とかばかにされる~とか


いろいろ心配して何もできないが、


年を取ると


そんなこともうどうでもよくなる。


え~私失業中ですが、それが何か?


私は美人ではありませんが、それが何か?


私はもう若くありませんが、それが何か?


パートナー?いませんがそれが何か?


と言うように開き直ってしまうのである。


いままでの人生で

そういうことが大して問題にならないことがわかってきたからである。


たとえ問題だとしても


アンタにとやかく言われる筋合いじゃないよ!

と言いたくなるのである。


ほら、あの人ね~実は~なのよなんて言う噂話にも

うんざりしてる。言いたいなら言え。

気にしないから。ていう感じになってくる。


ま、これは私だけかもしれないが、

いろいろ荒波にもまれると強くなるのだ。

人生でどうしても必要なことはそんなにたくさんないことがわかってくるのだ。


田辺聖子さんのエッセイに川柳の話があり、


なにか深刻なことがあっても


すぐそのあとに


それにつけても金の欲しさよ。

と続けると深刻でなくなっちゃうというくだりがあった。

「古池や蛙飛び込む水の音」

有名な俳句である。

でもそのあとに

「それにつけても金の欲しさよ。」

なんて続けると一気に禅の境地から

現実の境地に引き戻される。

言葉って面白い。


だからなんか嫌なことがあっても

嫌なことを言われても

それが何か?

と開き直ってみよう。


そして年を取ることのメリットはこの開き直りなのである。








焦らないで達観しよう。

067













やりたいことを実現するにはこれをしなくちゃ

あれもしなくちゃ、ブログもフェイスブックもツイッターもしなくちゃ


といろいろ焦ってみても


まったく物事が起こらないことがある。


そういう時は焦っても仕方ない。


少し時間をおいて全然関係ないことをやってみることだ。


もしくは普段の生活を丁寧に送る。


そのうちに何かが知らないうちに変わってきたりする。

お金が欲しいとき、お金がこの方向からくるはずだとそこばかり頑張ってみても

そこから来ないことがある。

真実はお金はどこから来るかわからないのだ。

世界のどこかにあなたのサービスや商品を必要とする人がいて

そこから仕事やお金が来るかもしれない。

焦っているとそういう情報が入ってこないのだ。

これって男女関係でも同じような気がする。

もう年だし、彼しかいない。その彼が構ってくれない。

必死で努力するが全く効果なし。

結局彼は去り、あなたは絶望する。

もうこれまでだ。2度と誰も愛せない。

真実は彼はあなたを愛してくれなかったかもしれないが

誰かきっと他の人がこの世界にいるはず。

でもあなたががつがつしていたら多分怖がって寄ってこないだろう。

これは年を取るにつれて楽にできるようになるのだが

達観するしかないのだ。

仕事は来るかもしれないが来ないかもしれない。

思っているところからは来ないかもしれないが。

思っても見ないところから来るかもしれない。

彼はあなたを愛してくれるかもしれないし、

愛してくれないかもしれない。

彼がどうあろうと、彼を愛すると決めたらそれでいいのだ。

一喜一憂するのでなく、いつもあなたのことを思ってる

あなたのことを愛してると彼に伝わるような態度をとればいいのだ。

なんだかんだ言って男性は女性に好きと言われると弱い。

たとえその時まで好きでなかったとしても

急に気になった来たりする。

押しつけがましくなく、いつも愛してくれて見守ってくれている女性のことを

邪険にはできないのだ。

達観していれば、あなたの腕の中に彼が転がり込んでくるかもしれない。

あせって追いかけまわしたり、ひれ伏したりしなくてもいいのだ。

どんなことも一緒だ。

こういう姿勢で人生に向かえばずいぶん楽になるはずだ。



人間って成長するものなんだ。

2008 May and June in Findhorn 141















昨日友人と話していて気が付いたことがある。

私がスコットランドから帰国した直後の2011年、2012年ごろは、妹が口もきいてくれなかった。

いろいろ事情があるのだけど、その当時、父が病に倒れて母と妹が必死で看護していたのに、

私一人がスコットランドに行ってしまい、介護が手伝えなかったことを

ずっと恨みに思っていたらしい。

しかしこっちはこっちで、昔の生活を捨てて必死で生きていた時にほとんどサポートしてもらえず

邪険にされたことを恨みに思っていた。

ホントに愛してくれてたら、私がどんな状態になろうが、愛してくれるはずなのに

私の人生がガラッと変わってしまって以来、とにかく冷たくされた。

妹だって大変だったのはわかるけど、

私だって異国で一人ぼっちで戦っていたのだ。

と言うわけで、帰国したときの私たちの関係はもう冷たいものだった。

話しかけても無視される。母の方に向かって返事される。

これってもうすごくフラストレーションがたまるのだ。

その後何年もたち、少し雪解けムードに。

妹は元看護婦なので、病気の人や調子の悪い人に冷たくできない。

私が目の手術したときにはよく面倒を見てくれた。

そのうちに私だって外国で遊んでたわけではなく、

いじめられたりいろんな辛いことがあったのだとわかり、

少しずつ分かってもらえるようになった。

先日妹とお喋りしていて感無量になった。

やっとここまで来たかと言う感じ。

そのことをスカイプでイギリス人の友人に話すと、

「妹さんが優しくなったのは、あなたが変わったからに違いない」といわれた。

え~?

私が聞き返すと、彼は

「昔のあなたはすごくアグレッシブだった。

ハッキリ言ってそんなあなたが好きでなかった。

でもいまのあなたはとても成熟して落ち着いている。

そのせいで妹さんも変わったのではないか?」と言う。

おいおい、そうだったの?

私ってアグレッシブだったの?

好きでなかった?

私ってそんなに変わった?

「成長した。」と彼は言う。

でもそれって妹も成長したのかもしれないじゃない?

と私が指摘。

「そうかもしれない」と彼。

そりゃ8年もたてば人間変わる。

自分の事はよくわからないけど、

私が見る限り、妹も成長したし、

彼も成長した。人間って成長するもんなんだ。

それが立証出来て何だかうれしかった。

Words for your heart の世界にようこそ

It's nice finding the place

















1
月からWords for your heart と言うフェイスブックページをやっています。

https://www.facebook.com/nadeshiko1955/

 

そもそもの始まりは、スコットランドのスピリチュアルコミュニティから日本に帰国して、

日本の生活になじむのに苦労していた当時の私には、

フェイスブックが唯一の慰めでした。

テレビもなし、新聞もなし、ラジオだけ。

直前までスコットランドでたくさんの人のいるコミュニティで暮らしていたのに

全くの一人になってしまったのでした。

そして家族とも疎遠になり、友達とも縁が切れて、

全くひとりでした。ものすごく孤独だったのでした。

そして経済的にも不安にさいなまれていました。

そんなときに心の支えになってくれたのが、

フェイスブックページの
Happiness in your life と言うページ。

最初は主催者が男性なのか女性なのかもわからず、

でも友達になって支えてもらいました。

のちに主催者は若くて美しい女性だとわかったのですが、

つい最近までメールやメッセージをしていました。


そしていつの間にか以前の私のような孤独にさいなまれているひとや

人生に閉塞感を感じている人たちのために何かをしたくなりました。


私に何ができるのだろうかと考えて始めたのがこのフェイスブックページです。

写真と引用のセットですが、これを見た人がほんの一瞬でも何かを感じたり、癒されたり、微笑んだり

することができたら、望外の喜びです。

 

昔からこういうqoutes が好きでした。よくシェアしていました。

スコットランドにいるときあちこちを一人で旅して写真をいっぱいとりました。

たまにブログに使ったりしていたけど、

それが今ごろ役に立っていろんな人に見てもらえるのがうれしい。

ネットでなにか自分を表現できることが欲しいと思っていました。

前からやりたかったことなのです。

スピリチュアルなバックグラウンドと英語と写真というリソースを

両方生かせるというのが気にいっています。

最初は素敵なqoutesを集めた本があってそれから抜粋していました。

お気に入りの本とか、友人の手紙の一節とか映画の中の一言とか。

 

毎日投稿しているうちにそれも種切れになり、ついにネットで探すことに。

わかったことは、世界にはもうたくさんのquotesがあるのです。

哲学者とか有名な作家だけでなくて、

スポーツ選手とか、コメディアンとか、俳優とかがとても素晴らしい言葉を残しています。

なーんだ、心配する必要はないんだと安心しました。

しかし写真に関してはすべて自分が撮った写真と言うことにしているので、

スコットランドにいた時に撮った写真がだんだん少なくなっていくのが心配になってきました。


もちろん日本で撮った写真もたくさんアップしていますが、

やっぱり旅していた時の写真が一番ステキなのでした。

そして過去の写真を掘り返しているうちにまたそこに行きたくてたまらなくなりました。

友人たちにまた会いたい。そこの海で泳ぎたい。

その土地の風に吹かれたいと言う思いが募ってきました。


その土地のエネルギーに触れたい。私の心のふるさとだから。

 

それで寄付のお願いをする決心をしました。

もしWords for your heart を楽しんでいらっしゃるなら、


私がまたスコットランドに戻れるよう、寄付をしていただけませんでしょうか?

 

Paypal で寄付ができます。motoe1955@hotmail.com

Motoe Yamamoto でお願いします。

 

銀行振り込みは こちらに

三菱東京UFG銀行 蒲郡支店 0409181

山本元恵 まで

 

よろしくお願いします。

Words for yourheart でまたお会いしましょう。

 

愛をこめて

山本元恵

 

 

 

 

 

一人旅の楽しみ  Words for your heart

If you are cold,















スコットランドに住んでいた時、

休暇になると一人でスコットランド中を旅した。

他のみんながヨーロッパの国、たとえばイタリアなどに行くのをよそに

ずっとスコットランドだけ。

ビオダンサのワークショップのために一回アイルランドに行ったのを除けばいつもスコットランド。

まあ金銭的な理由もあるが

とにかくスコットランドが好きだったから。

スコットランドにいることが幸せでたまらなかったから。

美しい浜辺、美しい夕陽、朝日、

北に行くほど荒涼とした景色、

何もない広々とした荒野。

みんな大好きだった。

そして一人旅で出会う人たち。

もう2度と会わないであろう人たちと交流するのが

楽しかった。

職場でいじめにあい、息苦しくて逃げ出したくて

行った一泊の旅。

ユースホステルで一緒だったドイツ人の女性医師。

2年の予定で来ているけど、あと半年で帰らなくてはいけないの。

悲しいわ。といっていた。

ベッドで小さな明かりを頼りにジェーンエアを読んでいた彼女。

「わくわくしてるの。ちょうどジェーンが初めてロチェスター氏に会う場面なのよ。」

そんな小さな思い出がいっぱいちりばめられてる。

かけがえのない瞬間。

そして写真をいっぱい撮った。

帰国してから、あんなにいっぱい撮った写真を見せる機会がないことを

悲しく思っていた。

でもフェイスブックページ Words for your heart  https://www.facebook.com/nadeshiko1955/

を始めてから

埋もれていた写真を掘り返して光を当てることができて

すごくうれしい。

写真と引用のセット。元からそういうのが好きだった。

自分の好みで人生について、愛について、希望について

旅について、食べ物や動物について引用を選び、

それにマッチした写真を選ぶ。それがすごく楽しい。

たくさんの人が見てくれればうれしいし、

やる気が出る。

公開します!

Words for your heart で今までで一番人気の写真と引用。


If you are cold, tea will warm you;

if you are too heated, it will cool you;

If you are depressed, it will cheer you;

If you are excited, it will calm you.

    William Ewart Gladstone

もしあなたが寒ければ、紅茶はあなたを暖めるだろう。

もしあなたがあまりにも熱くなれば、紅茶はあなたを冷やすだろう。

もしあなたが落ち込んでいれば、紅茶はあなたを元気づけるだろう。

もしあなたが興奮していれば、紅茶はあなたを鎮めてくれるだろう。

   ウイリアム・ユワート・グラッドストーン


グラッドストーンは、イギリスの首相だった人。きっとこよなく紅茶を愛する人だったのだろう。





Words for your heart のためにまたスコットランドに行く資金の寄付をお願いしています。

出来れば7月いっぱいまでに実現したいです。

何人かの方にご協力いただきましたが、まだまだ目標にはほど遠いので、是非お願いします。

もう一度冒険に行かせてください。すべてブログと写真でご報告します。

一緒に旅をしたかのように感じられると思います。寄付をいただいた方にはすべてWords for your heart からの選り抜きのPDFを差し上げます。

寄附はこちらにお願いします。 
Paypal  Motoe Yamamoto
motoe1955@hotmail.com

もしくは

三菱東京UFG銀行 蒲郡支店 0409181
山本元恵











Boys please!

スコットランド2009年春3月 079













最近、私のフェイスブックページ Words for your heart 

https://www.facebook.com/nadeshiko1955/のために

過去の写真を探していて見つかったのがこれ。

2009年にフィンドホーンで会ったハンサムボーイ。

すごく爽やかな美青年で、写真撮ってもいい?と聞くとOKしてくれました。

この写真フェイスブックにアップしてもいいかしら?と聞きました。

いいよ。と彼。

この写真をアップすれば、たくさんのgirlsが

あなたに会うためにフィンドホーンに来るかもよ。

と私が言うと、彼は一言。

Boys, please!

びっくり、彼はゲイなのでした。

えーっと、かなり時間はかかったけど

8年前に写真掲載の許可は得てるので

こんな美青年に会いたい方はぜひフィンドホーンに来てください。

今もいるかどうかはわかりません。




フィンドホーンとスコットランドを再訪するプロジェクトは進行中です。よろしくお願いします。

メッセージをいただければ詳細をお知らせします。









どうしてそんなにそこに行きたいの?

Findhorn May 2011 062













先日誰かと話していた時に聞かれました。

どうしてそんなにスコットランドに行きたいの?

理解できないというのです。

私もうまく説明できないのです。

私がいたコミュニティに関しては

「あなたはそこに何年もいて、ずっといることができずに

心破れて去ったのに、なんでまた行きたいの?

いいことばっかりだったんじゃないでしょ?」

その通りなのですが、

これって行ったことのない人にはわからない世界なんですね。

多分前世にスコットランドにいたのかもしれないし、

そこでできた友達は前世で会っていたのかもしれない。

何を好き好んでそんなに遠くて寒くて雨の多いところに行きたがる?

(これは友人の言葉です)

そりゃいろいろ辛いこともありましたが、

たくさん学ぶこともできたし、

辛いことを上回るほど素晴らしい美しい瞬間も体験しました。

それが今の私を支えています。

スコットランドがそもそも美しい国だし、そこにいる感じが好きなのです。

私は閉所恐怖症なので、何も遮るものがない広大な土地にいると

安らぎを感じます。

ひとがあんまりいなくて自然がいっぱいあるのもそう。

日本にもいっぱい美しい場所はありますが、

どれもスコットランドにいた時に私が感じたような

平和な気持ちをもたらしてはくれませんでした。

人それぞれ愛する場所があっていいと思います。

たまたまそれがスコットランドだっただけです。

何もない平原や山や海辺にたった一人で立っているとき

神の存在を感じました。

日本にいたってどこにいたって神とつながろうと思えば

つながれるはずですが、何もない自然の中にいたほうが

それがたやすいのです。

私達はいろんなしがらみがあります。

外国のようなしがらみのないところに一人で行くというのは

本当の自分とつながるチャンスなのです。

どうも私は定期的にそういう場所に行く必要があるようです。

本当の自分を思い出すために。

自分の使命を思いだすために。



フェイスブックページ Words for your heart の写真を撮るためにもういちどスコットランドへ行きたい!

寄附をお願いしています。 https://www.facebook.com/nadeshiko1955/

Paypal で振込できます。 motoe1955@hotmail.com  
Paypal 以外の方法がいい方はご連絡ください。

よろしくお願いします。












自己肯定力によって違ってくる選択

love  yourself













去年やった佐藤由美子先生の時空力オンラインコースが

今ごろになってじわじわわかってきた気がする。

わたしは怠け者でなかなかワークもうまくいかないことも多かったけど

自己肯定力と言う視点で今まで起こったことを見てみると

いろんなことがすごく腑に落ちるのだ。

私達はみんなほとんどすべての人たちが

日常におこることについてネガティブに判断してしまう傾向がある。

でも本当はそうでないことも多いのだ。

自分に自信がないとやりたいことをやれなかったり

言いたいことを言えなかったり

もしくはものすごくひねくれた方法を使ったりする。

ある人たちは自分の自己肯定感が低いので

他人を非難したり貶めたりすることによって

自分の価値を感じられる

もし他人を非難して貶めてばかりいる人がいれば

それはその人の自己肯定感がすごく低いのだ。

そう思ってみるとすべてのことが納得いくのだ。

人生振り返って今まで私にひどいことを言ってきた人たちは

みんな自己肯定感が低い人だったと思う。

だからそんな人たちの言うことは全く信用する必要はないのだ。

不幸にもその相手が愛する親だったりすると厄介だけど

ああこんなことを言うのも 自己肯定感が低いせいなのね

とおもっていれば付き合いやすくなる。

そして考えてみれば

本当に自己肯定感がある人は そんなに人を非難しない。

ひとを貶めたり見くだしたりしない。

他人を非難する人はすごく自信があるように見えて

実はそうでないのだ。

私の以前の上司がそういう人で、ひどい目にあったけど

終り頃には彼女を気の毒に思うようになっていた。

彼女はすごく劣等感があったんだと思う。

私だっていっぱい劣等感があるけど、人を貶めて優越感に浸りたいとは思わない。

そんな暇があったら自分をもっといたわって愛してあげたい。


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