Happy Job Hunting 

海外のスピリチュアルコミュニティでしばらく暮らした後、帰国。50代でコネなしキャリアなしの職探しをする羽目になりました。その過程も学びの一つとして楽しもうと決めました。 living in the spiritual community, I came back to Japan and started job hunting without any significant career and connections at over 50's. That was a very tough journey but I wanted to enjoy the process. I am writing how to keep the motivation, how to be happy no matter what is going on in our life.

思いやりのない人って?

049















思いやりのある人ってどういう人なんでしょうか?


自分よりも相手のことを考えて


行動できる人?


私は思いやりのある人とは


想像力のある人だと思います。


つまりこんなことを言われたら相手はどう思うか


こんなことをされたら相手はどう感じるか


想像できるひとだったら


ひどいことはできないはずですよね?


平気でひどいことができるのは想像力のない人だからです。


でもってじゃあどうやって想像力をつけるのか?


これも私が思うに


経験しかありません。


いろんな経験を人生ですれば


おのずと想像力が養われます。


だってそうでしょ。


大学受験したことのない人には


受験生の気持ちはわからないし


失恋したことのない人には


失恋の気持ちはわからない。


たくさん経験すればするほどより想像力が付きます。


それはポジティブ、ネガティブ両方です。


挫折の経験がなければ


挫折した人の気持ちはわからない。


そうすれば挫折した人にやさしくなれます。

思い返すと今までの人生で

こんなに傷ついたことないと思うような

ひどいことを言われたことが何回かあります。

その時のことは今でも

ハッキリと蘇ります。

いつもは忘れているのですが

何かのきっかけで戻ってきて私を苦しめます。

こんなに私の心に食い込んでいる痛みを与えたことを

はたして相手は知ってるんだろうか?

知ってないと思います。

想像力のない人だからです。

今でも心が痛いです。

もちろんきっと私も気づかないうちに

誰かを傷つけているかもしれません。

全く誰も傷つけないで生きていくことは

そもそも不可能です。

小学校の時、妹は学校でいじめられていました。

それを見て私はいじめはいじめられる方にも

問題があるんじゃないかと思っていました。

いじめっ子に何もできない妹も責任があると思っていたのです。

私は学校でいじめられることなく卒業し、

そのまま年を取りました。

中年を過ぎて海外のコミュニティで働き始め、

その時初めていじめにあいました。

いじめとはこういうものなんだと、初めて分かりました。

誰も助けてくれない。

まわりのみんなは

私が悪いと思っている。

いじめはとても陰湿で巧妙で

誰も気づきませんでした。

いじめの張本人はとても人当たりの良い人で

みんなに好かれていました。

暗い顔をしている私の方が悪いということにされました。

そこはHappy でいなくてはいけないという不文律みたいなものがあって

Happyでない顔をしている人は非難されました。

でも幸せでないのに幸せなふりをしなくちゃいけないの?

納得できませんでした。

そのセクションのメンバー全員からフィードバックを受けた時のことは忘れられません。

私のどこが悪いの?

神さま、助けて!

その時の気持ちは忘れられません。

もちろん私にも非はあったとは思いますが

2人の人間の間にトラブルがあった場合

どっちか片方だけが悪いなんてことはありません。

双方に責任があるのです。

ともかく、それ以来

私はいじめには無関心ではいられなくなりました。

あれからもう10年近くたち、

いま思うのは

あの経験が私を成長させてくれたのだということでした。

帰国してから妹と話す機会が増え

妹の気持ちも理解できるようになりました。

そして予備校で教えるようになって

日本にいかにドロップアウトが多いかを

思い知らされました。

そういう子たちにずっと以前より優しい目を向けることができるようになったのも

私自身がそれを経験したからです。

いかに大変か想像できるからです。

ですからもしあなたが思いやりのある人になりたかったら

想像力のある人になりましょう。

そのためにできるだけたくさんの経験をしましょう。

つらい体験だったとしても

いつかきっと役に立つ日が来ます。

それはあなたをもっと想像力のある

もっと思いやりのある人間にしてくれるからです。











心が折れるとき



フルーツサンド Ⅱ


















最近体調がよくない。

持病の逆流性食道炎が悪化。

咳が止まらず苦しいことこの上ない。

仕事にも支障をきたしている。

母が入院してから

ほぼ毎日か2,3日おきに病院へ行っていたのだけど

先週から5日ほど病院へ行けなかった。

もうしんどくなってしまったのだった。

もちろん体調のせいもあるけど

それだけではない。

心が折れてしまったのである。

一生懸命に母のために

病院に行きたわいない話をして

母の好きそうな食べ物を持って行って

というようなことが急にできなくなってしまった。

きっかけは妹の電話である。

ある日、母のところに行こうとして

なにか調理しようとしたが

もう全然気力が出ないこと

だるくて仕方ないことにきづき

何も持たずに行って

駅前で食べ物を調達していった。

ヨーグルトとサンドイッチ。

サンドイッチはおかずサンドは

カツサンドしか残っておらず仕方なくそれを買った。

おやつ用にフルーツサンドを買った。

生クリームにブドウが入っているやつである。

母は喜んでおいしいおいしいと言って食べた。

といっても多すぎると思って

半分以上はわたしが分け合って食べた。

翌日妹から電話がかかり

丁寧な口調で

「お母さんにいろいろ持ってきてくれるのはありがたいけど

腸閉塞をやったひとは半年以内に再発する人が多くて

再発すると手術しか手がない。

だから特に肉とか揚げ物

それに生クリームは避けてほしい。」

ということだった。

理屈にはあっているが

私はわたしなりに一生懸命にやっているのに

それを否定されたので

なんか心が折れてしまった。

もうやってられないわ~と思ってしまったのだった。

結果5日間も病院に行けなかった。

今日久し振りに病院に行くと

何と妹も5日間来なかったのだという。

私が電話のことを話すと母は

「私がカツサンドとフルーツサンドをあんなおいしいものを

食べたことないと言ったから

気分を害したんだね。」という

なるほど、それで納得。

妹は一生懸命母のために尽くしてくれているのだけど

どうも自己肯定感が低いのである。

私が持って行った食べ物を母が

こんなおいしいものを食べたことないと言っただけで

自分が否定されたように感じ

私にそんな電話をかけたのだろう。

まあ私だって妹に否定されて

傷ついて心が折れてしまったのだから

お互い様なのだけど。

自己肯定感が低い人は

よく見るといっぱいいる。

先日ある人が私のフェイスブックページの記事に

LIKE してくれたので

フェイスブックページに招待した。

LIKE してくれたのだけど

その午前中バタバタしていて

お礼ができなかった。

するとすぐに

自分から頼んでおいて

お礼の一つも言えないなんて

人間の価値がない。

LIKE はすぐに取り消しましたけどね。

とメッセージとタイムラインに投稿された。

そりゃお礼をしなかった私が悪いんだけど

正直、お礼をしなくてそのままの人たちって

結構いるのだ。

特に海外の人は

あんまりこだわらないみたい。

だからそれに慣れちゃって甘えてたのかもしれないが

こういう文句をすぐに言ってくる人って

なんか悪意を感じる。

別に言い訳をするわけじゃないけど

お礼をしない人がいたら

あ、そうという感じでスルーすることはできないの?

いろんな人がいていろんな事情があるのだ。

よく知らないうちにその人のことを

ジャッジするのってどうかと思う。

もし誰かが

あなたを傷つけるようなことを言って来たら

それはその人の自己肯定感が低くて

そのせいで

そういう行動に出たのだと考えるといいかもしれない。

いろんなことを全部人のせいにするのはよくないけど

反対に全部自分が悪いのだと思い込むのもよくない。

バランスなんだ。









心が病気を作り出す 


Findhorn autumn 2009 025
















フィンドホーンにいたときに

Concious Medicine というコンフェレンスに参加したことがある。

手っ取り早く言うと自分の心が病気を作り出すのだということだ。

そこにアメリカ在住の日本人女性がいて

インタビューに答えていた。

彼女はいつも家族のために尽くしてきて

子供や夫が病気になったり具合が悪いときに

世話をしてきた。

特に夫がうつになってしまったときは

一生懸命に世話をした。

そして何年もたってから

今度は彼女がガンになってしまった。

自分の心がガンを作り出すとしたら

どうして自分がガンになったのか知りたいと

彼女は言った。

プレゼンテーターの女性(ガン経験者)

とのやり取りの中で

結局彼女は人の世話ばかりしていて

自分にかまってもらうことがなかったので

関心を集めることができる病気になってしまったのだとわかった。

病気になればみんなが心配してくれて

優しくしてくれて

みんなの関心が自分に集まるから。

かまってほしかったのだ。

これって残酷なようだけど

真実だと思う。

この彼女は日本人で

なおかつ体験週間のワークデパートメントが

クルーニーのホームケアだったので

1週間一緒に働き友達になった。

病院に行ったらもう手遅れで

あと3カ月の命ですと言われ、

「それじゃ息子の高校の卒業式に出られない。。」と嘆いていた。

彼女はコンフェレンスのあともフィンドホーンにとどまり

結局家族に囲まれてフィンドホーンで死んだ。

それが彼女の望みだったというから満足だったと思う。

でも忘れられない記憶である。

人間の心ってすごくパワフルで

病気を自分で作り出すこともできちゃうのだ。

もちろんみんななりたくて病気になってるわけではない。

遺伝とか、どうしようもない場合もある。

でも

世の中には

病気を言い訳にしている人が多くいる。

何かあると具合が悪くなる。

「私は病気なのよ。

病気なんだから優しくしてもらう必要があるの。

病気なんだから特別扱いしてもらう必要があるの。」

という人。

こういう人は病気を言い訳にしているので

治りたくないのだ。

治って普通の人になっちゃうと

みんなに優しくしてもらえない

特別扱いしてもらえないから。

でも意識的にしているわけでないので厄介だ。

件の彼女も意識的に病気になったわけでない。

息子の卒業式に出られることを切望していた。

でもかなわなかったのだ。

母親と娘の二人暮らしだったとする。

娘が旅行に行こうとするたびに母が病気になる。

これもそうである。

然しこの母親も意識的に病気になったわけでない。

心って難しい。

でも自分で病気になった原因を突き止めて

それを受け入れることで

ある程度人生が楽になる気がする。

私は身内にそういう人がいるので

もう見ているとあまりにもあからさまである。

都合が悪くなると

もしくは自分が受け入れられないことを頼まれると

病気になる。

突然ベッドから起きられなくなる。

私は、ああまたかと思うばかりである。

身体って正直である。

心と体はつながっているのだ。

何か具合が悪くなったときは

心の方にどんな問題があるのか

自分に聞いてみるのがいい。









HSPの人に敬遠される私

025















私はあんまり繊細なタイプではないと自分でも思う。

いろんな細かいことに気づかないし、そのせいで大変なことになったことも数知れず。

予備校では個人レッスンの生徒をダブルブッキング、

同じ時間に生徒が二人来てしまったり、

フィンドホーンでも上司に

そこにシーツを置いておくからそれを届けてねと言われていたのに

そのシーツが見つからず、仕方なく自分で他で調達して届けた。

あとで彼女はまだシーツがそこにあるのを知って

私が届けなかったと思い激怒。

ちゃんと届けたというと

「目の前にあるのにどうして気が付かなかったの!」としかられた。

そんなことばかりである。

標識がちゃんとあるのに気が付かず

迷ってしまったことも多い。

またある人たちからは、あの時のあなたのあの言動でとても傷ついた。

と2か月以上たってから言われたりする。

え~っ、何のこと?こっちは覚えてなかったりする。

そして傷ついた訳を聞いても

どこがそんなにひどいのか理解できなかったりする。

いいえの言い方がきつかったとかで責められるのだ。

一生懸命自分なりに努力しているけど、これが私なのだ。

この年になるともう自分を改善したいという気力が失せてる。

それよりもありのままの自分を大事にして

他人に振り回されないようにしたいと思っているのだ。

こういう大雑把な人間なので

いわゆる繊細な人と付き合うと大変だ。

HSP Highly Sensitive Person というらしいけど

大きな音もダメ 強い香りもダメ 人がたくさんいてもダメ

いちどにたくさんのことをするのもダメ

その他一杯ダメなものがある。

ある項目は私も当てはまるけど

私は明らかにHSPではない。

HSPの人に敬遠されるタイプだ。

そして私も実を言うとHSPの人たちが苦手である。

別に差別しているわけじゃないけど

普通のことをしたり言ったりしただけで

傷ついたとか言われて反対に攻撃されたりする。

その攻撃がまた半端ない。

ずっと我慢していたらしいのでだいぶ経ってから突然爆発する。

あなたといると辛いのでもう会いたくないですとか

距離を置きたいと言われる。

あの~私は確かにおおざっぱで鈍感かもしれませんが

私だって傷つくんです。

今までそういうことで散々悩んできた。

ある人はその話をすると

「あなたはエネルギーが強いからね。」

と言った。

そうなの?

自分ではわからないのだ。

どうもHSPの人はエネルギーが強い人のそばにいられないらしいのだ。

でも友人や家族がHSPだったりすると

こんなこと言っちゃいけないかも?

とかこんなことするべきでないかも?

といちいち心配しながら接するのは嫌だ。

せめて親しい人たちは安心して言いたいことを言いたい。

あなたは普通の口調が強すぎるのよと

非難されたこともある。

どうすりゃいいんだ?

まあひとつ言えることは

そういう人だということを認めて

自分なりの付き合い方を試行錯誤していくしかないのかもしれない。

今まで散々自分を責めてきたけど

それって私だけが悪いわけではないのだ。

そして非難されようとも避けられようとも

私はもう自分を変えられないので

そのままの自分を愛して大切にしてあげるしかない。

HSPのみなさん、

こんな私をお許しください。

でもできればありのままの私を受け入れていただけると

嬉しいです。


物事がうまく行かないときに幸せ度を上げるには?


Holiday 2008 Oct 092
















久し振りにスコットランドの友人と電話で話した。

なんか元気がない。

彼の会社が外国の会社に買収され

これから仕事がどうなるのかわからないという不安感もあるようだけど

一番大きいのは孤独感らしい。

彼の最大の理解者であった父親が数年前に他界し

親しかった友達はみんな結婚していて

家族のことで忙しい。(彼は独身である)

みんなが忙しそうなのに一人である自分。

それが悲しいらしい。

でもだからと言って何が何でも

結婚相手を見つけようとも思ってない。

あまりに落ちこみすぎていてその気力がないのである。

なんかネガティブのルーティンにはまっているみたいな感じ。

こういうパターンは多い。

そりゃ孤独だろうけど

ちゃんと仕事があって住む家があって

一緒に暮らす犬がいて

こよなく愛する庭があって

収穫したものをそのまま食卓に載せるという

贅沢もできるのである。

それって幸せじゃない?

いいことに焦点を当てるか

悪いことに焦点を当てるかで

人生が明るくも暗くもなる。

先日入院している母のところに行った。

脳梗塞で倒れてからもう2か月になる。

まだ左半身が言うことを聞かず

すごくもどかしいらしい。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろう」とぼやくのである。

「おかあさん、悪いことばっかりに

焦点を当てないでよ。」

と言うと、「こんな状態でどんないいことがあるのよ?」

「だってお母さん、素晴らしい娘が二人もいて

病院に来てくれてるじゃない?」

と冗談めかして言うと

やや不服そうに 「それは感謝してるよ」という。

私から言わせれば、90才を過ぎても生きてるだけでも

すごいことだし、

脳梗塞の時に死んでもおかしくなかったのに

助かったのは幸運だし、

発作直後はチューブに繋がれていたのに

ちゃんと口から食べ物を食べられるのってすごいし、

たくさんの年下の友人たちがぼけてしまっているのに

まだ頭は明晰だし

感謝すべきことはたくさんある。

恵みを数えるかどうかで幸せ度が変わってくるのだ。

私だってどんどん望みをかなえている友人のことを聞くと

落ちこんだりするけど

結局のところ、生きてるだけでもすごいことなんだと思えば

毎日が感謝である。

朝目が覚めたこと

朝日の中で朝食が食べられること

おいしいコーヒーが飲めること

お風呂に入ってリラックスできること。

仕事があること。

誰かの役に立てること。

だれかと一瞬でも心が通じ合うこと。

それってとても幸せになる。

それに焦点を当てよう。

もし過去の美しい思い出が蘇って

それがもう経験できないことに悲しみを感じたら

そんな美しい思い出を持つことのできたことに感謝しよう。










どうにもならないとき、問題はちょっと横に置いておく。

Oct 2011 Japan 004
















年を取ることのメリットの一つ。

他の人のことがまったく気にならない。

他人にどう思われようがもうどうでもいい。

他の人が何をしてようが気にならない。

勝手にやってたら?

と言いたい。

不倫?やりたいならどうぞ。

何をやるにせよ、その結果には責任を取らなくちゃいけないことを忘れないで。

もし不倫をするならその秘密はお墓の中まで持って行くこと。

その覚悟がなかったらするべきでない。

反対に言えば、まあ、その覚悟があれば何をやってもいい。

だって一度きりの人生だもん。

今いるところでせいいっぱいの努力をして生きていく、それだけだ。

人を批判したりひどいことを言ったり

そんな暇があったら自分を磨けと言いたい。

人生は短いのだ。

思うに任せない人生の中にも

必ず幸せな瞬間はある。

そしてそんな瞬間はとても大切なのだ。

この世を去るときにいずれはそれも奪われてしまうのだから。

許せない人もたくさんいるけど、

そんなやつのことを考えるだけで時間の無駄である。

せっかくの時間をそんなやつのために使うのはもったいないやん。

許すってすごく難しいことだ。

無理やり許すことない気がする。

自分の器がまだ小さいときは許したくても許せない。

成熟して器が大きくなれば許しはいつの間にか起きるのだ。

でも許さなきゃと頑張ってもうまくいかない。

そういう時はそれをちょっと横に置いといて

ほかのもっと重要なこと、もっと楽しいことに集中しよう。

このちょっと横に置いとくという能力ってすごく大切な気がする。

これができないから人間不幸になるのである。

今の問題がどうにもならないとき、

どうにもならないことに集中していても

何も変わらない。

ますますあせってますますいらいらするだけだ。

そういう時はちょっとそれを横に置いておいて

なにか楽しいことをしてみよう。

行きたかった場所に行って見る。

見たかった映画を見る。

友人と美味しいものを食べる。

何でもいいのだ。

そうすると張りつめていた心に隙間ができて

新しいものが入ってくる余裕ができる。

これはずっと以前にブログに書いたことがあるのだけど

昔私はLife Purpose というフィンドホーンのプログラムに参加したことがあった。

参加者は少なくてたしか3人くらいしかいなかったけど

それだけ密度の濃いワークショップだった。

参加者の一人がシェアしてくれた話である。

彼女と夫はある家を購入し

それを自分たちで改修して売ろうとしていた。

かなりのお金と労力を費やしてやっと完成。

売りに出したのだが

全く何の収穫もなし。

何週間もたち、彼女はジリジリしてきた。

待っても待っても家は売れない。

改修にかかったお金を取り戻したいのにそれもできない。

ある日、待つのにうんざりした彼女は

夫に言った。

「もう待つのはうんざりよ。ピクニックに行きましょう。

気晴らしが必要だわ。」

久し振りにピクニックに行き

彼らは楽しい時を過ごした。

帰ってくると電話が鳴っていた。

家が売れたという知らせだった。

彼女が言うにはジリジリして絶望的に何かを求めているときには

答えは与えられない。

そういう時はリラックスして何か別のことをするのだ。

もう名前も思いだせないけど

その話ははっきり覚えている。

これは真実だと思う。

ネガティブに集中するのでなくて

なにか他のことをする。

問題はちょっと横に置いておくのだ。

ちょっと横に置いておくことは別に悪いことではないのだ。

ほっておいてもいつかまた直面させられる。

その時まで神にお任せしておこう。

人間が自分でできることって限られているのだ。










当たり前のことに感謝する

054














母が脳梗塞で突然入院してからほぼ2週間が過ぎた。

嚥下障害があるということで最初は鼻から栄養補給をしていた。

そのチューブが外れ、口から少し食べられるようになった。

ずっとつながれたままだった点滴のチューブも昨日外れた。

まだ左半身は動かないが、口から食べられるようになっただけでも

かなりの進歩である。

健康って失ってみないとありがたみがわからないのだ。

母が脳梗塞になってから

街でよく半身不随の人を見かけるようになった。

たぶんリハビリで歩けるようになったのだろうが

片足を引きずるようにして一生懸命歩いている。

私が足首を骨折したとき

股関節を痛めた時

他の人が階段をトントンと上がっていくのをみて

羨ましかった。

手すりにしがみついて少しずつしか上がれなかったからだ。

今は階段がちゃんとトントン上がれるようになった。

感謝である。

なんであれ、失ってみないとそのありがたみがわからないのだ。

入院中の母を見て

ちゃんと食べ物を飲み下すことができることがいかに大切か

実感した。

チューブでは味もわからない。

食べ物を口に入れて噛んで味わって飲みこむ。

そういう基本的なことができるということはありがたいことなのだ。

階段がトントン上がれるのはありがたいことなのだ。

ちゃんと体が機能しているのはありがたいことなのだ。

先週、私が住んでいたスピリチュアルコミュニティで

昔一緒に働いていた友人が死んで発見された。

自殺らしい。

私はそこを去ってもう長年たつので

彼に何が起こったのか知らないけど

自殺するということは

生きる望みを失ったということだ。

病気だったという話も聞いているけど

生きている限り戦ってほしかった。

知ってます?

キリスト教では自殺を禁じているということを?

自殺するということは神への信頼を失ったということだから。

神への信頼を失ったと思うと、彼のために悲しい。

人生うまく行かないことはいっぱいある。

自分の思うように人生がいかないからと言って

焦ったり怒ったり落ち込んだりしても

何にもならない。

そういう時は基本に戻るのだ。

今生きていること

身体がちゃんと機能していること。

頭の上に屋根があって

水や食べ物があること。

家族や友人がいること。

仕事があること。

そういうことに感謝しよう。

だってそういう基本的なことも

いつか奪われてしまうかもしれないのだから。

たっぷり湯を張ったお風呂に入ってリラックスして

幸せだな~と感じる。

おいしい食べ物を味わって食べる。

親しい誰かと腹を割った話をする。

そういう基本的な小さな幸せに感謝しよう。

感謝が日常になれば

きっともっと感謝すべきことがやってくる。

それが宇宙の真実なのだ。





 6大陸制覇  視点を変えてみる



大陸制覇6








みんな、これを制覇した!と言うのが好きですよね。

たとえば無酸素でエベレスト登頂とか

ヨーロッパ大陸のすべての国を訪れたとか。

自転車で日本一周とか。

最近はやってる制県レベルとか。

それで急に思い出したのが

私がスコットランドにいた時の

ドイツ人の友人でした。

彼女は一時国連で働いていたというエリートだったのですが、

とてもオープンな女性で

世界6大陸を制覇するのが夢だと話してくれました。

でもそれは実は

6大陸を訪れることではなくて

6大陸の男を制覇すること!

6大陸とは

ユーラシア大陸・アフリカ大陸・北アメリカ大陸・南アメリカ大陸・オーストラリア大陸・ アジア大陸


彼女はドイツ人なのでドイツはとりあえず制覇。つまりヨーロッパ大陸はOK。数えると結構あるのですが、

北アメリカがない。北アメリカ出身の男が必要だと言っていました。

「え~私には無理だわ~」と私が言うと

彼女はペンと手帳を取出し、

「言ってごらんなさいよ。あなたは日本人だから日本は制覇してるでしょ?アジアはOKね?」

「ほかには?」

調査の結果、4大陸制覇していたことに。

え~?そうなの?(自分でも驚く)

「あとは南アメリカとアフリカ大陸だけね。」

と彼女。

アフリカ!そりゃ無理でしょ。と私が言うと

「南アフリカは言語が英語だし、

気候も温暖で住みやすいわよ。」

と彼女。なるほど。

まあこれは皆さんに勧めるわけではないのですが、

たとえば失恋して

彼ほど素敵な人はいないのに振られちゃった。。。

と嘆く前にちょっと考えてみるのもいいかも。

「やだ。まだ日本列島しか制覇してない。」

ヨーロッパは? アジアは? アメリカ大陸は?

と大きな視点で考えるのです。

ゲームとして考えるのです。

日本しかいやなのなら

北海道、四国、九州、沖縄、本島と考える。

視点を変えること。

俯瞰すると言いますが、

これもそんな感じ。

世界は大きいのに

たった一人の人に振られたからって

落ち込むことなんてない。

世界にはまだまだいっぱい男がいるのです!

そう考えるとなんだか気持ちが明るくなってきません?

もう10年近く前の話ですが、

彼女との会話は楽しかったなあ。

私の6大陸への挑戦は今のところ止まっておりますが、

いつかまた挑戦したいです。

南アメリカとアフリカのかた、応募をお待ちしています。







今を楽しむ 今を味わう

002















最近とみに全くと言っていいほど

怒らなくなった。

そりゃ怒ろうとおもえばいっぱいネタはある。

明らかに理不尽な扱いを受けたときや

バカにされてるんじゃないかと思うことや

なんでこうなの?と思うことは一杯ある。

でも最近はたとえそう思っても

一瞬で忘れるようになってしまった。

だってそんな嫌な思いに時間を費やすのはもったいないんだもん。

そして一番の変化は

人がどう思おうと

どうでもいいと思っている自分がいるのである。

最近は皆が怒っていたり批判していたりするのを見ると

何をそう怒ってるの?

そんなことどうでもいいじゃない?

と思っている自分がいる。

他人の不倫じゃない?関係ないじゃない?

人が何をしようとあなたに関係ない。

その人がどんな考え方を持っているか

どんな性的嗜好があるか

どんな趣味を持っているか

そんなんどうだっていいじゃない?

そんなことより

自分にとって大切なことはなんなのか

どうやって生きるべきか

それを考えよう。

子供が勉強してちゃんといい大学に入ってくれるかどうかは

お母さんにとっては大問題であるが

他の人にとってはどうでもいいことである。

それに大きな目で見てみれば

それも大したことでないかもしれない。

猛勉強して東大に合格して

そのあと抜け殻のようになって何もできなくなってしまったという人がいる。

受験に失敗しようが落ちこぼれようが

本人にとって一番素晴らしい道が

もうすでに天によって用意されていると信じることである。

自分のダンナに愛人ができて

中々家に帰ってこない。

それって奥さんにとっては大問題であるが

他の人にとってはどうでもいいことである。

それにそれはつまりもう実質終わってしまっている

結婚生活にけじめをつけて

新しい出発をするよい機会になるかもしれない。

親がぼけてしまって子供の顔もわからない。

それって子供にとっては大問題であるが

他の人にとってはどうでもいいことである。

それは子供にとって親との関係を

考え直すよい機会かもしれない。

そうやって考えていくと

大問題はよい機会であることがわかる。

そして

みんなにとってどうでもよくない事って

そんなにないことがわかる。

ちゃんと生きていて頭の上に屋根があり

食べるに困らないだけの収入があれば

大抵のことはどうでもよいのである。

隣りの住人や

芸能界の誰彼や

上司や同僚や

親や兄弟に腹を立てる暇があったら

今日の素晴らしい青空を見上げて

風に吹かれて

生きてることを感謝してほしいと思う。

だってそれはギフトであって

いつ奪われるかわからないのだから。

ある年齢を過ぎてから

気づいたことがある。

あと何年この青空をみられるかわからない、

あと何回おいしいご飯を食べられるのか

わからない。

昔と違ってそんなにたくさん残ってないのだ。

だから感謝したい。

そして今を味わいたいと思う。






出会いの楽しさ 木曽路


001
















毎年恒例になってきた木曾への旅をした。

朝早く出て南木曽まで列車で行く。

そこから妻籠まで歩く。

もし気力があればそのまま馬篭まで歩く。

空気がおいしいし、この時期は新緑が滴るばかりでとても美しい。

時期によって違うけど

連休のころはまだ桜が咲いていたりする。

そしていろんな出会いがある。

2014年の連休は病気から快復したばかりで

まだよろよろしていた。

南木曽から歩き出したところで

お年寄りばかりのグループと会って

一緒に歩くことになった。

全員70歳以上。。。鍛え上げられている。

しかも彼らの歩く速度がむちゃくちゃ早い。

私はぜいぜい言いながら彼らのあとを追った。

リーダーはとても親切で振り返っては

「大丈夫ですか?」と聞いてくれたけど

大丈夫なわけない。

え~、また上り坂ですか?

いつになったら休憩するんですか?

と愚痴りながらなんとかついていき

ついに南木曽、妻籠、馬篭と歩きとおしてしまった。

私一人ではできなかったと思う。

みんな親切にしてくれた。

いい思い出である。

ある年は駅で駅員さんともめている外国人を発見。

通訳をしてあげて感謝された。

そのまま一緒に歩くことになり、

神学を専攻したというドイツ人の彼と

中山道を神について話しながら歩くという

珍しい体験をした。

007
















今年は体がなまっていて

妻籠についたところでばててきたので

馬篭までバスで行くことにした。

バス停で待っていると

オランダ人の家族がやってきて

お喋りになった。

4人家族で可愛い娘さんはベジタリアンだという。

馬篭の宿に泊まっているらしい。

馬篭でサヨナラをして

そこでしばらく休憩してぶらぶらしてから

今度は中津川に向かった。

そこから列車に乗るのだ。

駅に着くとまたまた誰か外国人が

駅員さんともめている。

駅員さんはある程度英語が話せるらしいが

どうも彼女の言っていることが

理解できないらしい。

話が全然かみ合ってないのだ。

私が助け舟を出してやっと彼女が納得。

改めてあいさつした。

だんなさんと二人新婚旅行中だという。

スペインのヴァレンシアから来たという。

列車が来て名古屋まで1時間半近くの間

ずっとおしゃべりしていた。

スペインと日本の違い。

共通点。

彼女はグルテンのアレルギーなので

小麦粉の入ったものは食べられない。

日本ではグルテンフリーのパンやうどんはあんまり見かけない。

レストランでも食べられるものが少なくて困っているらしい。

お醤油やお味噌にも入っているかもしれないので

うっかり使えないのだそう。

そう言えばお醤油は大豆と塩でできているはずだけど

成分を見るといろいろ余分なものが入っていることが多い。

むかし海外のコミュニティにいた時に

小麦粉アレルギーの人が多いのにびっくりしたことがある。

ともかく、よさそうなレストランを紹介して

お互いにフェイスブックフレンドになって

それからサヨナラした。

世界中にいろんな知りあいが増えるのって好き。

彼らに会ったことで

すごくエネルギーが上がった気がする。

ちょっといろいろ悩んでいて

気力が衰えていたのだ。

自分をジャッジしない人たちとの交流は

ほんとに元気が出る。

そして英語で話せるのって本当に楽しい。

もっとそういう機会があるといいな。

075





宇宙に委ねる

2009 July Findhorn 004














先日フィンドホーン関係のイベントに出て

その時に引いたエンジェルカードが Harmony ( 調和 )だった。

その時は、あまり何も感じず

う~ん、今まで自分の目的ばかり追求して他人のことを考えなかったから

そういうメッセージが来てるのかな?と思った。

でも周りの人と調和を目指すということを考えると

今までうまく行かなくて拒否されたことや

バカにされたことばかり思い浮かんでしまい、

それ以来、悶々としていた。

いったいこれはどういうメッセージなんだろうか?

すべて私が悪い、他人に合わせない私がよくない

だから物事がうまく行かないのだ

とかそんな思考になってしまい

ますます惨めになってしまったのだった。

あれからいろんなシンクロがあり

気づいたことがある。

調和と言うのは他人との調和でなく

宇宙との調和

ではないだろうか?

たまたま5月の初めから

Hay House World Summit 2018の

オーディオを聞き始め、

その中のある本の著者がいっていたことが

今の私にぴったりフィットした。

今なにか悩んでいることや

重荷に感じていることがあれば

それを宇宙にお任せしてみる。

全ては最善のタイミングで最善のことがおきる

と信じる。

そういうメッセージだった。

オーディオの中に短い瞑想があり

それをやってみたら

信じられないほどの平和に満たされた。

そういえば

スカイプ友達のひとりに

自分の悩みを延々と訴えていたら

瞑想するように勧められたんだった。

自慢じゃないが

瞑想はずっとやっていたのだ。

ある時点で辞めてしまっていたのだった。

瞑想したって何も人生は変わらないじゃない。

今までも全く効果がなかったし、

変わらないならやる意味ない!

と私は突っぱねた。

すると彼は 「心が静かになるよ」

と言った。

「瞑想は人生に起こることを変えられないかもしれないが

起きたことに落ち着いて対処できるようになる。」

ふ~ん。。

その時はそんな感じだったけど

散々抵抗した挙句に瞑想をしてみて

やっぱり彼の言ったことは正しかったと思う。

なにも現実は変わってないのに

心が安らかなのだ。

重荷が取り除かれたというか

以前と全く違う。

このまま宇宙との調和を保ちつづ

次なるメッセージに対してオープンでいようと思う。

そしてきっと次のメッセージは来ると信じることも

大切なんだと思う。



もう一度信じたい

2008 May and June in Findhorn 002















プライムビデオでsuit と言う法廷ドラマを見ていた。

主人公はひょんなことから偽弁護士になってしまった男。

ロースクールを出てないし弁護士資格を持ってないのに

弁護士として働き始める。

記憶力と明晰な頭脳をいかして

弁護士として成功していくが

やがて過去がばれそうになる。

彼は少年のころにいた教会の神父に会いに行く。

幼いころに交通事故で両親をいっぺんに失ったのだった。

彼は神父に言う。

I lost my parents. (私は両親を失った)

と言うが、(その後やけになってぐれていた)

神父は

No you lost your trust.

あなたは(神に対する)信頼を失ったのだ。

と言う。

この言葉にぐっと来た。

これ、すごくわかる気がする。

わたしもそうだったから。

ひょっとして今もそうかもしれない。

受け入れがたいことが起きて

でも受け入れるしかなくて

絶望したことがある。

そしてそれ以来

神に対する信頼を失ったのだった。

祈っても祈っても

努力しても努力しても

望みがかなえられない。

そんなことがあったから。

人生でどうしても受け入れられないつらいことが起きた時

私たちは神を恨む。

どうしてこんなことがおきたのですか?

私のどこが悪いのでしょうか?

こんなこと、残酷すぎます。

あんなに努力してあんなに祈ったのに

どうしてこんな目に合わせるのですか?

でも起きてしまったことは何も変わらない。

立ち上がってまた歩き出すしかないのである。

人生はいろいろなことが起こる。

それをコントロールすることはできない。

でもそれに影響されないで

自分なりに幸せを求めて歩いていくことはできる。

なにかどうしても受け入れがたい辛いことが起きた時

こう言い聞かせる。

これは私が成長するチャンスなのだ。

ここから何が学べるのだろうか?

今までそうやってきた。

そして神への信頼を取り戻したいと思っている。

神を信じることができないのって

とても悲しいことだと思うから。

神への信頼ができないひとに

人を信頼できるはずないから。

ある意味、だれも信頼できないと思ってきた。

それは自分の人生でそう思わざるを得ないことが起きたからだ。

でも、

裏切られても忘れられても

やっぱり信頼の気持ちを失いたくない。

神を信じたい気持ちが私の中にあるから

人を信じたい気持ちが私の中にあるから。

もう一度信じたい。

今はそう思っている。












他人と自分をコントロールしようとすることを手放す

009
















いろんな人たちの話を聞いていて最近わかったことがある。

苦しんでいる人たちはみんな人生をコントロールしようとしてる。

こうあるべきだ。こうでなくちゃいけないという思いが強すぎるのだ。

それに現実を当てはめようとして必死で頑張るがうまく行かないので苦しみが生まれる。

多分全く問題のない人生なんてないと思う。

誰にだってアップダウンがあるのだ。

もちろん自分や家族の人生が思うとおりになっていれば問題ないが

そうでないことの方が多いのだ。

でもってこうでなくてはいけないという基準って

人によってすごく違うのだ。

ある人にとっては大學に行くことが当たり前であるが

他の人にとっては当たり前でない。

朝早く起きて掃除洗濯お弁当作りをしてそして仕事に行くのが

当たり前の人もいれば

絶対無理の人もいる。

自分の家族や配偶者や恋人が

自分のあってほしい基準に達しない場合は

どうすればいいのか?

妹が以前入院したとき

私と母はお見舞いに行ったが、

父は行かなかった。

病院が豊橋で遠かったのと

父はまだ仕事をしていたのと

当時妹は父をひどく嫌っていたから

行っても歓迎されず会ってもらえないと思ったらしい。

しかし、妹は未だに

「私が入院したときお父さんは見舞いにさえ来てくれなかった。」

とこぼす。(父はもう亡くなっている)

妹からすれば

たとえ嫌われていても娘が入院していれば

父親は会いに行くべきだという基準があったのである。

これは私自身も似たような経験がある。

私が夫のもとを離れた時

両親は夫の肩を持ち私を精神的にサポートしてくれなかった。

私が必至でサポートを求めているときに冷たくあしらわれたのだ。

そのことを長いこと恨みに思っていた。

実家に転がり込んだ後、無職、無収入の私に

食費として毎月5万入れろと言われ

女中部屋のような北側の狭い部屋に押し込められた。

ことあるごとに「収入さえあればねえ~」と言われながら

せいいっぱいの家事をしていた。

物凄くつらかった。

両親にしてみれば[クリスチャンだったので)

いったん結婚したら

死ぬまで添い遂げるべきだ、神様に約束したんだから。

(両親の基準)

本当に娘を愛していたら娘がどんな道に進もうと愛せるはずだ。

(私の基準)

自分の思い通りにならないと愛せないというなら

それは条件付きの愛でしかないからだ。

こういう自分のなかのこうでなくてはいけないという枠を

手放すと苦しみから逃れる道の一歩になる。


こういうジャッジは他人のみならず自分にも向けられる。

もっとたくさんの収入があるべきなのに

こんな少ししかない自分がみじめだ。

体重が増えてしまってみっともない自分が嫌だ。

年を取ってしまってもう美しくない自分を見たくない。

今、ありのままの自分を受け入れるのだ。

今、ありのままのその人の姿を受け入れて

愛するのだ。

せっかくこの世に生まれてきたのに

その貴重な時間を自分を責めることで使いたくない。

どんな状況であろうと

今、ありのままを受け入れるのだ。

そしてありのままの自分を

俯瞰してみてみれば

思っていたより素晴らしいことがいっぱい見つかるはずだ。










世界を救う前にまず身近な人から助ける

014 - コピー















今朝スカイプで海外の友人と話していた。

彼には破壊的な娘がいて、

なにをしてもダメでどんどん悪化して行って

今や体を壊し、病院に入ったり出たり

アルコールやお酒におぼれ

毎日夜中の2時頃に泣きながら電話をかけてくるという。

彼女は自分の子供が自分を愛してくれないとこぼし、

誰も彼女を愛してくれない

と言ったたぐいのことを繰り返し繰り返しいうらしい、

といっても、薬やお酒で酔っ払っているので

何を言っているのか聞き取れないこともあるらしい。

彼は自分でできる限りのことをやってきたが

全く効果がなく、

娘はアルコールや薬におぼれ、家に来ては暴れまわり

接近禁止命令まで出たという。

彼は言う。

今までいろんなスピリチュアルなことと学んできたが

全くそれが役に立たないことがわかった。

なにをしても効果がなく

困っているのだという。

彼のメンターはバイロンケイティのワークを学ぶために

アメリカに行けと言っているらしい。

私は言った。

そんなことする必要ない。

娘さんはあなたに愛されたいだけなんだと思う。

十分に愛されてないと思ってるのよ。

彼はある時点で仕事をやめ、

スピリチュアルな成長を求めて家を離れた。

スピリチュアルコミュニティに行ってそこに住んだり

霊的な師について勉強したりした。

娘さんがティーンエイジャーのころから家にいなかったのである。

毎年半年か3カ月くらいは家に帰るという変則的な生活だったらしい。

それ以前の仕事でかなり稼いでいたので

退職するときに蓄えがあり

家も奥さんに進呈した。

奥さんとの約束でいつでもそこに帰ってきて住んでいいということになっていた。

彼の話を聞いていて

妹のことを思いだした。

最近のこと、電話で話していて

急に「私は愛されてなかった。」と言いだしたのだ。

お父さんもお母さんもお姉ちゃんの方を好きだった。

私は愛されてなかった。

と言うのである。

そう言えば以前母がシンガポールに行ったときに

わたしにバティックのお土産を買ってきてくれた時に

妹は激怒して叫んで泣いていたことがある。

何もバティックのお土産くらいで泣き叫ぶことないのにと

その時は思ったけど

「ああやっぱりお母さんはお姉ちゃんの方が好きだったんだ。」と

きっと思っちゃったんだ。

友人の娘さんに関しては

少女になったころからずっとあんまり家にいなかった父親のことを

娘さんはきっと恋しく思っていたんだと思う。

彼の注意を引いて

自分のそばにいてもらうために

いろんな問題を引き起こして

そのうちに自分でも収拾がつかなくなったのかもしれない。

この私の友人と言う人は

人を助けるのが好きな人である。

と言うよりそれが自分の人生の使命だと思い込んでいる節がある。

おかげで私も人生の節目でいろいろ助けられて

感謝しているが、

誰か助けを求めている人がいると

すぐに飛んで行ってしまう。

今までどれだけたくさんの人を助けてきたか

知れないが、

多分自分のすぐそばに助けを求めている魂がいることに気づかなかった。

だから今回娘さんの状況が深刻になり

彼が苦しんでいるのも

身近な人の苦しみに対処しなさいという

宇宙からのメッセージかもしれない。

こういうことってよくあると思う。

私がフィンドホーンにいたとき

朝のシェアリングである人が

アフリカの子供たちのことに触れ

子供たちのことを思うと涙が出てくるの

と言っていたが

私はその時、そんなことより私を助けてほしいと思っていた。

すごく苦しい状況に置かれてせっぱつまっていたからだ。

こんな近くに助けを求めている人がいるのに

アフリカの子供たちを思って涙してるのって

本末転倒じゃないか?

私自身だって

妹がそんなに苦しんでいることを知らずに

結構無神経なことを言っていた。

でも今彼女が正直に打ち明けてくれたことがすごくうれしい。

マザーテレサがアメリカに来たとき

インタビューした女性が

「私も何かしたいのです。なにをしたらいいでしょうか?」

とマザーテレサに聞いた。

するとマザーテレサは

「明日朝早く起きて街に出て

助けを求めている人をさがして助けてください。

それがあなたのできることです。」


世界を救う前に、

まず身近にいる人を救わなくちゃいけないのだ。

別れ際に

その友人に感謝された。

何だか気が軽くなったという。

人生は学びの連続だ。

学ばないで逃げてばかりいると

同じような状況がまた起きる。

それも逃げると

もっとひどい状況がやってくる。

私たちが学びを終えるまで。

友人の生活に平穏が来るよう祈りたい。





モチベーションが低すぎると合格しない。

2007-2008Nagoya 046

















私は予備校の非常勤講師をしている。

今は私大の受験が終わって合格発表のシーズンである。

数日前に上司がひとりの学生を連れてきた。

「今のところ大学全部落ちてるから面倒見てやって。」

聞くと浪人生である。

浪人なのに受けた大学全部落ちたなんて、そりゃショックだ。

A判定だった大学さえも落ちたという。

今は2次募集の大学を受けるつもりらしいが、

どこの大学のどこの学部を受けたの?と聞いてみると

色々な大学の色々な学部を挙げた。

学部が全部違う。経済学部だったり、法学部だったり、4つか5つ全部ちがうのである。

「いったい何になりたいの?何をしたいの?」

と聞くと、

とりたててないという。

唯一はっきりしていることは、父親の経営する会社を将来継ぐということだけ。

大学くらい出てないとまずいということで

受けるらしい。

どうして落ちたか、わかった。

モチベーションが低すぎるからだ。

いつもこういうとき思いだすのが

私が初めて家庭教師をしたときの生徒である。

保母さんになりたいのだが、

英語の成績があまりに悪くて

このままじゃ保育科に行くことは無理だと言われていた。

会ってみるとなんと高3なのに

英語で1から20まで数えられない。

現在形、過去形、未来形も知らない。

この子を9カ月で短大に行けるようにしてくださいということだった。

親御さんに言って中学の英語の教科書を取り寄せてもらい

一から勉強し直した。

なかなか厳しい道だったが

彼女はどうしても保母さんになりたいという夢があり

そのおかげで必死で勉強してくれた。

夏休みの間にやっと中学英語の教科書を終了。

途端に成績が上がってきた。

そして秋になるとはやばやと

短大の保育科の推薦を勝ち取ってしまったのだった。

英語は3から4に

ダメだと言われていた推薦も得て

無事に保母さんになる道に行けることになった。

もうかなり前の話なので彼女はきっと

保母さんになって頑張っていると思う。

どうしても保母になりたいという強い思いが

それを可能にしたのだ。

自分がデパートに行ったと考えてみるとよい。

欲しいものがわかっていればすぐに買える。

何をお探しでしょうか?と聞かれても

えーっとあれがいいかな、

これもいいな。

いやあっちの方にも行ってみます。

何が欲しいかわからないんです。

なんて言ってちゃ、

いつまでたっても何も買えない。

件の生徒に質問を重ね、

小さいときに何がやりたかったの?

と聞くと

「警察官になりたかった。だから最初は法学部を選んでました。

警察官になるには法学部がいいと聞いたから。」

ちゃんとあるんじゃない?

夢があるならそれに向かっていけばいい。

お父さんの会社を継ぐにしても

その前に外の世界で修業したほうがいい。

やってみればいいじゃない。

そう励まして別れた。

終わった後上司がやってきて

「○○くんね、どうしても山本先生がいいっていうんだよ。

日曜日に教えられる?」

日曜は予定が積んでいたがOKした。

最近の子は最初からあきらめているような子が多い。

夢を実現できるようなお手伝いがしたいのだ。





嫉妬や不公平や確執を乗り越えるには?

Dec 2010 Findhorn Park 014


















オーストラリアの友人とスカイプ通話をした。

あちらはもうすごく蒸し暑いらしい。

こっちは寒くて仕方ないのに~

なぜかフィンドホーンの共通の知り合いの話になり、

何年も前にその彼女がワークデパートメントから追い出されたという話を聞いた。

ちょうど私がフィンドホーンを去るころだったからよく知らなかった。

実はその彼女とは昔一緒に過酷なプログラムをやった間柄。

どうして彼女が追いだされたのか聞いたら、彼女が強くて美しくて意志が強かったからという。

他の女性たちは彼女に嫉妬していたので力を合わせて彼女を排除したのだという。

まあそれは彼の解釈なので他の人から見れば違うかもしれないとは思うけど

コミュニティの中でうまくやっていくのはそれだけ大変だということである。

なにか物事が起こった時

私たちは自分の解釈で判断する。

件の彼女だって、私の友達に言わせれば美しくて強いから

嫉妬されたということになるんだろうけど、

女性陣から見れば、何でも自分でやろうとして自分勝手だということになる。

パワフルな女性と言うのは何時も目障りなものなのだ。

特に他のパワフルな女性にとっては。

だからその存在を排除しようとする。

最近フェイスブックであるページを見たら

ある人が投稿していて

たくさんの人がこのコミュニティに対して不満や怒りを抱えている。

たくさんの人が傷心を抱えてこのコミュニティを去ったとあった。

こういうことをSNSで言うことはかなり勇気を伴うが

それをあえて言うということはよほど腹に据えかねたのだろう。

私はこれは本当だと思う。

私も傷ついて去った一人だから。

ただ、当時は自分に問題があるからこんなことが起こるのだと

自分を果てしなく責めていた。

何年もたって自分とは折り合いをつけ

コミュニティに関しても

素晴らしい場所だけどそこに住む人たちは

ただの普通の人なんだということを理解したけど

それには長い時間がかかった。

今回そのページを読んで、思ったことは

「ああ、変わってないな~」ということ。

相変わらず不公平や確執があって

それを何とかしようとあれがいいこれがいいといってる。

私は改革に必要なのはメソッドではないと思う。

考え方を完全に変えなくてはいけないのだ。

自分たちと同じような人ばかり受け入れるのをやめるのだ。

これは人生も同じ。

今まで食べていたものと同じものばかり

食べてないで新しい食べ物にも挑戦する。

新しい趣味に挑戦する。

怖くて仕方ないことをやってみる。

そういう態度が必要なのだ。

同じような種類の人ばかり受け入れるから

保守的になり、自分と違う人を受け入れられない。

そうするとインターナショナルコミュニティといっても

名ばかりのものになってしまう。

新しい血が必要なのだ。

以前ある日本人のメンバーと話していて

私がつらい経験をしたと話したら

彼女は「わたしはそんなネガティブな経験をここでしたことはない。

私のここでの経験はみんなハッピーなものばかりだった。」

と言われてすごくショックを受けたことがある。

言外に

「あなたがネガティブな経験をしたということは

それはあなたに問題があるからでしょ?」

という意見を感じたからだ。

これには落ち込んだ。

まあ、コミュニティでの経験は人それぞれなので

比べることはできないけど

私と同じように傷ついて去ったひとは多い。

実際にたくさんの人に聞かされた。

その時にその人に必要な経験が与えられるということなんだと思うけど、

なにかネガティブなことが起きた時

それが全部自分のせいだという考え方は

どうもついていけない。

いろんなことが起こるけど

それにどう反応するかが人生を決めるカギとなるんだと今は理解している。

人を人がジャッジするのってすごく難しい。

仕事の面接なんかも同じ。

今まであんまりにも拒絶されてきたので

私はもうこれからは自分の足りないところを直すのでなくて

ありのままの自分をもっと褒めてあげなくてはと思っている。

ダメなところを直すなんて言ってたら果てしなくなっちゃう。

それよりも良いところを伸ばす方がいいに決まってる。

もうあそこがダメだ、ここがダメだと言われるのにうんざりしちゃったのだ。

と言うことで

私はもう欠点を直す気はありません。

もっともっと自分を愛してあげて

褒めてあげたいのだ。

欠点も何もかもひっくるめて自分を大好きでいたいのだ。

欠点を直さないと付き合えないという人は

どうぞご勝手に去ってください。







過去を手放す

angry cat








妹と会って何時間か話した。

話していると必ず、

いつもある事件についての話が出てくる。

妹に会うたびに

この出来事について聞かされる。

会うたびにそのことを話すのって

結局その痛みを手放せてないということではないかと思う。

妹はカトリック信者なのだが

精神障碍者を助ける活動をしていて

カトリックの他の信者の方から

物凄くひどい非難と中傷を受け

罵倒されたのだという。

ショックを受けた妹はその活動をやめてしまった。

そしてことあるごとにそのことを話す。

精神障碍者を助ける活動は

彼女の本当にやりたかったことだったらしい。

でもそのおかげで体調を崩し

あきらめたのだという。

妹に言わせると精神障碍者については

偏見が多く、一般の人は恐怖感を持っていて

それもあって非難されたらしいが

キリスト教徒でありながら

人を助ける活動をひどい言葉で罵るなんで

ありえないと妹は思ったらしい。

教会の全部の人がそういうわけじゃないでしょ?

と私は言ったのだけど

妹は「そんなことない!」と叫ぶのである。

その出来事がすごくショックであり

すごく傷ついたことはわかるのだけど

どうしていつもいつもそのことを再現して

痛みをまた味わう必要があるんだろうか?

「もう忘れなさいよ。」

と私が言っても

「またあんな目に合わないように覚えておく必要がある。」と

妹は聞き入れない。

そりゃだれだって傷ついたことがある。

だけどそれを毎日毎日繰り返し思いだして

自分をまた傷つける必要ってあるんだろうか?

もう何年もたっていて

妹も変わってるし、その人たちも変わってるだろうし。

グループの中で吊るし上げを食らったと

妹が言うのを聞いて、

そう言えば私だって同じ経験があるじゃないかと思いだした。

すっかり忘れてたのだ。

不愉快な経験や辛い経験は思いだしたくないから

普段は忘れてるのだ。

何だ、私だって同じような経験があるけど

何回も何回も繰り返して

こんなひどい目にあったと言ったりしない。

そりゃ私にも問題があったんだろうけど

私を寄ってたかって批判した相手にも問題があるとわかってるから。

すごくすごく不公平な扱いを受けた。(スピリチュアルコミュニティなのに!)

でもそんなことはもう忘れたいのだ。

だってその一方で

すごく素晴らしい人に会ったり

すごく美しい経験ができたりしたのだから。

人生は完璧じゃない。

嫌なこともめんどくさいことも

辛いこともたくさんある。

でもその一方素敵なことも

楽しいこともうれしいこともあるんだ。

嫌なことは忘れてこれから起こる楽しいことに集中しよう。




夢をあきらめたくないひとに。 映画「5%の奇跡」

5%の奇跡









たまたま日曜の仕事が1コマだけだったので


久し振りに映画を見に行った。


映画はビデオではよく見ているが


やっぱり映画館はわくわく感が違う。


二つ候補があったけどひとつは時間が合わず


5%の奇跡と言う映画にした。


この映画の内容に魅かれたからだ。


5%の視力しかない青年が

一流ホテルに応募し研修をするというストーリー。

他人事でなくて見ていた。

実は私は昔からずっと目が悪くて

左目は手術して以来、よく見えない。

視野が半分くらい失われてしまっているので

左目だけだと字も読めない。

だからもろ入り込んでしまった。

床に置いてあるものが見えなくて蹴っ飛ばすとか

段差があるのに気が付かず転ぶとか

向こうから歩いてくる人があいさつしているのに気が付かないとか

しょっちゅうである。

もう身につまされてしまった。

私の場合は主人公のサリーほどではなく

右目はまだ見えるのだけど

全く他人事とは思えない。

そんな障害があるのにかかわらず

夢をあきらめきれず

果敢にチャレンジする主人公にエールを送りたくなる。

出来る仕事はマッサージ師くらいだと言われながらも

夢をあきらめたくない彼。

自分に重ねあわせてしまい感動。

このストーリーにはモデルがいて

本当にあった話だという。

そしてそれだけでなく

調べてみると原作者も同じ5%の視力しかないのに

それを隠してホテルに勤めていたという。

本当にやる気さえあれば

そして助けてくれる友達がいれば

道は必ず開ける。

そんなお話しである。

とても力づけられる。

お勧めです。






今年何もやり遂げられなかった私が唯一やり遂げたこと

Scotland Dec 2010 054














2017年も終りに近づいている。


今年ははっきり言って厳しい1年だった。

何もかも自分の思っているようにはいかなくて、

ショックなこともあり、

久し振りに号泣した。

色々なものが(人が)私を離れていった気がする。

手放す年になったと言えるかもしれない。

私は実はいろいろなことに挑戦するが

ちゃんとやり遂げたことがあまりないのだ。

これが私の課題かもしれない。

しかしやり遂げられなかった理由は

単に私が怠慢だったからではない。

ビザの問題だったり経済的な問題だったり

自分ではどうしようもないことで貫徹できなかったのだ。

それを思うと悔しくて泣きたくなる。

去年はずっとそういう気持ちでもがいていた。

然しそんな私でもことしやり遂げたことがひとつだけある。

今年1月から始めたフェイスブックページ Words for your heart 
https://www.facebook.com/nadeshiko1955/である。

最初は毎日投稿するつもりはなかったのに

何故かそういうことになってしまい、

毎日楽しく?苦しみながら投稿を続けた。

投稿することが私のミッションのようになった。

そして誰かが反応してくれたりメッセージしてくれたりすると

とてもしあわせな気分になる。

今現在読者は559人になった。ありがたいことである。

基本的に写真はすべて私が撮ったものにしているので

写真のストックが無くなったらどうしようという恐れは

いつも付きまとっているのだが

とにかく続けようと心に決めていた。

このページのおかげでたくさんの新しいフレンドができ

色々な交流ができるようになった。

少なくとも1年は続けようと思っていたが

もうすぐ来年の1月で1年になる。

でも私ができる限り続けていきたい。

もう生きがいになってしまったのだ。

これからもWords for your heart をよろしくお願いします。

https://www.facebook.com/nadeshiko1955/

12月31日の投稿です。

The sun is gone,
but I have a light.
Kurt Cobain

太陽は行ってしまった。...
でも私には灯りがある。
カート・コバーン


Scotland Dec 2010 051


日本は息苦しい!


215
















ここ2か月くらいの間に

日本の社会について日本人について

いろんな人と話す機会があった。

いちばん最近は私の妹である。

妹は15年ほど前にイギリスに留学していた。

そこで病を得て帰国したのだが

イギリスにいた時の方が自由で幸せだったという。

日本では何を言っても聞いてもらえなかったのに

どうしてここではみんな聞いてくれるのだろうと思ったという。

日本ではみんなと同じことがいいことになってる。

違うことを言ったりしたりすると、

寄ってたかって叩きのめされる。

今の日本の在り方に疑問を持って

なんとかしたいと行動を起こしても

聞いてもらえないどころか

完膚なきまでに叩きのめされて

もういいやとあきらめの境地になることが多い。

妹は妹で

精神障碍者のためになにかしたくて

一生懸命に活動したらしいが

カトリック教会のなかでありながら

ひどく残酷なことを一杯言われて

その活動を停止した。

それ以来、もういっさいそういうことはしないと誓っている。

もうひとり、

先日何十年かぶりに会った

大学の後輩。

聞いた限りでは妹と同じ。

今の日本の社会に絶望していて

でも自分では何にもできないと思い落ち込んでいる。

今できることは一日一日を生きていくことだけだと言っていた。

たしかに今の日本は息苦しい。

私もスコットランドから帰国してすぐは

日本のすべてが嫌で嫌でたまらなかった。

これってずっと日本にいる人にはわからないと思う。

みんな枠の中に押し込められて

レールの上を走り続けている。

ずっとレールの上を走るのもつらいが、

いったん外れるともっと生きづらい。

一時はすごくつらかったが

結局自分は日本の社会にはフィットしないんだと

自分で認めてからはだいぶ楽になった。

私は予備校で働いているので

受験生を見ていると気の毒になる。

でも、だからと言って絶望していない。

みんなけなげに頑張っているのである。

こんな息苦しい社会でもちょっとした優しさや

愛や思いやりがあるのである。

それがある限り絶望するのは早いと思う。

そして私一人だけでは何もできないし

社会を変えることはできないけど

ほんのすこしずつでも

私ができる限りのことをしていきたいと思っている。

ずっと続けていれば

たくさんじゃなくても

なにか変化を起こせるかもしれない。

私は絶望はしていないのだ。

キリスト教では自殺を禁じている。

どうしてかと言うと

それは絶望を意味し

神に対する信頼を失ったということになるからだ。

今の日本は生きづらいが

でもそれでも希望を持って

一日一日を大切に生きていきたい。

そしてできるだけ楽しみたい。

それが私の望みだ。

078




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