Happy Job Hunting 

海外のスピリチュアルコミュニティでしばらく暮らした後、帰国。50代でコネなしキャリアなしの職探しをする羽目になりました。その過程も学びの一つとして楽しもうと決めました。 living in the spiritual community, I came back to Japan and started job hunting without any significant career and connections at over 50's. That was a very tough journey but I wanted to enjoy the process. I am writing how to keep the motivation, how to be happy no matter what is going on in our life.

2018年10月

思いやりのない人って?

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思いやりのある人ってどういう人なんでしょうか?


自分よりも相手のことを考えて


行動できる人?


私は思いやりのある人とは


想像力のある人だと思います。


つまりこんなことを言われたら相手はどう思うか


こんなことをされたら相手はどう感じるか


想像できるひとだったら


ひどいことはできないはずですよね?


平気でひどいことができるのは想像力のない人だからです。


でもってじゃあどうやって想像力をつけるのか?


これも私が思うに


経験しかありません。


いろんな経験を人生ですれば


おのずと想像力が養われます。


だってそうでしょ。


大学受験したことのない人には


受験生の気持ちはわからないし


失恋したことのない人には


失恋の気持ちはわからない。


たくさん経験すればするほどより想像力が付きます。


それはポジティブ、ネガティブ両方です。


挫折の経験がなければ


挫折した人の気持ちはわからない。


そうすれば挫折した人にやさしくなれます。

思い返すと今までの人生で

こんなに傷ついたことないと思うような

ひどいことを言われたことが何回かあります。

その時のことは今でも

ハッキリと蘇ります。

いつもは忘れているのですが

何かのきっかけで戻ってきて私を苦しめます。

こんなに私の心に食い込んでいる痛みを与えたことを

はたして相手は知ってるんだろうか?

知ってないと思います。

想像力のない人だからです。

今でも心が痛いです。

もちろんきっと私も気づかないうちに

誰かを傷つけているかもしれません。

全く誰も傷つけないで生きていくことは

そもそも不可能です。

小学校の時、妹は学校でいじめられていました。

それを見て私はいじめはいじめられる方にも

問題があるんじゃないかと思っていました。

いじめっ子に何もできない妹も責任があると思っていたのです。

私は学校でいじめられることなく卒業し、

そのまま年を取りました。

中年を過ぎて海外のコミュニティで働き始め、

その時初めていじめにあいました。

いじめとはこういうものなんだと、初めて分かりました。

誰も助けてくれない。

まわりのみんなは

私が悪いと思っている。

いじめはとても陰湿で巧妙で

誰も気づきませんでした。

いじめの張本人はとても人当たりの良い人で

みんなに好かれていました。

暗い顔をしている私の方が悪いということにされました。

そこはHappy でいなくてはいけないという不文律みたいなものがあって

Happyでない顔をしている人は非難されました。

でも幸せでないのに幸せなふりをしなくちゃいけないの?

納得できませんでした。

そのセクションのメンバー全員からフィードバックを受けた時のことは忘れられません。

私のどこが悪いの?

神さま、助けて!

その時の気持ちは忘れられません。

もちろん私にも非はあったとは思いますが

2人の人間の間にトラブルがあった場合

どっちか片方だけが悪いなんてことはありません。

双方に責任があるのです。

ともかく、それ以来

私はいじめには無関心ではいられなくなりました。

あれからもう10年近くたち、

いま思うのは

あの経験が私を成長させてくれたのだということでした。

帰国してから妹と話す機会が増え

妹の気持ちも理解できるようになりました。

そして予備校で教えるようになって

日本にいかにドロップアウトが多いかを

思い知らされました。

そういう子たちにずっと以前より優しい目を向けることができるようになったのも

私自身がそれを経験したからです。

いかに大変か想像できるからです。

ですからもしあなたが思いやりのある人になりたかったら

想像力のある人になりましょう。

そのためにできるだけたくさんの経験をしましょう。

つらい体験だったとしても

いつかきっと役に立つ日が来ます。

それはあなたをもっと想像力のある

もっと思いやりのある人間にしてくれるからです。











心が折れるとき



フルーツサンド Ⅱ


















最近体調がよくない。

持病の逆流性食道炎が悪化。

咳が止まらず苦しいことこの上ない。

仕事にも支障をきたしている。

母が入院してから

ほぼ毎日か2,3日おきに病院へ行っていたのだけど

先週から5日ほど病院へ行けなかった。

もうしんどくなってしまったのだった。

もちろん体調のせいもあるけど

それだけではない。

心が折れてしまったのである。

一生懸命に母のために

病院に行きたわいない話をして

母の好きそうな食べ物を持って行って

というようなことが急にできなくなってしまった。

きっかけは妹の電話である。

ある日、母のところに行こうとして

なにか調理しようとしたが

もう全然気力が出ないこと

だるくて仕方ないことにきづき

何も持たずに行って

駅前で食べ物を調達していった。

ヨーグルトとサンドイッチ。

サンドイッチはおかずサンドは

カツサンドしか残っておらず仕方なくそれを買った。

おやつ用にフルーツサンドを買った。

生クリームにブドウが入っているやつである。

母は喜んでおいしいおいしいと言って食べた。

といっても多すぎると思って

半分以上はわたしが分け合って食べた。

翌日妹から電話がかかり

丁寧な口調で

「お母さんにいろいろ持ってきてくれるのはありがたいけど

腸閉塞をやったひとは半年以内に再発する人が多くて

再発すると手術しか手がない。

だから特に肉とか揚げ物

それに生クリームは避けてほしい。」

ということだった。

理屈にはあっているが

私はわたしなりに一生懸命にやっているのに

それを否定されたので

なんか心が折れてしまった。

もうやってられないわ~と思ってしまったのだった。

結果5日間も病院に行けなかった。

今日久し振りに病院に行くと

何と妹も5日間来なかったのだという。

私が電話のことを話すと母は

「私がカツサンドとフルーツサンドをあんなおいしいものを

食べたことないと言ったから

気分を害したんだね。」という

なるほど、それで納得。

妹は一生懸命母のために尽くしてくれているのだけど

どうも自己肯定感が低いのである。

私が持って行った食べ物を母が

こんなおいしいものを食べたことないと言っただけで

自分が否定されたように感じ

私にそんな電話をかけたのだろう。

まあ私だって妹に否定されて

傷ついて心が折れてしまったのだから

お互い様なのだけど。

自己肯定感が低い人は

よく見るといっぱいいる。

先日ある人が私のフェイスブックページの記事に

LIKE してくれたので

フェイスブックページに招待した。

LIKE してくれたのだけど

その午前中バタバタしていて

お礼ができなかった。

するとすぐに

自分から頼んでおいて

お礼の一つも言えないなんて

人間の価値がない。

LIKE はすぐに取り消しましたけどね。

とメッセージとタイムラインに投稿された。

そりゃお礼をしなかった私が悪いんだけど

正直、お礼をしなくてそのままの人たちって

結構いるのだ。

特に海外の人は

あんまりこだわらないみたい。

だからそれに慣れちゃって甘えてたのかもしれないが

こういう文句をすぐに言ってくる人って

なんか悪意を感じる。

別に言い訳をするわけじゃないけど

お礼をしない人がいたら

あ、そうという感じでスルーすることはできないの?

いろんな人がいていろんな事情があるのだ。

よく知らないうちにその人のことを

ジャッジするのってどうかと思う。

もし誰かが

あなたを傷つけるようなことを言って来たら

それはその人の自己肯定感が低くて

そのせいで

そういう行動に出たのだと考えるといいかもしれない。

いろんなことを全部人のせいにするのはよくないけど

反対に全部自分が悪いのだと思い込むのもよくない。

バランスなんだ。









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