Happy Job Hunting 

海外のスピリチュアルコミュニティでしばらく暮らした後、帰国。50代でコネなしキャリアなしの職探しをする羽目になりました。その過程も学びの一つとして楽しもうと決めました。 living in the spiritual community, I came back to Japan and started job hunting without any significant career and connections at over 50's. That was a very tough journey but I wanted to enjoy the process. I am writing how to keep the motivation, how to be happy no matter what is going on in our life.

疲れた~

HSPの人に敬遠される私

025















私はあんまり繊細なタイプではないと自分でも思う。

いろんな細かいことに気づかないし、そのせいで大変なことになったことも数知れず。

予備校では個人レッスンの生徒をダブルブッキング、

同じ時間に生徒が二人来てしまったり、

フィンドホーンでも上司に

そこにシーツを置いておくからそれを届けてねと言われていたのに

そのシーツが見つからず、仕方なく自分で他で調達して届けた。

あとで彼女はまだシーツがそこにあるのを知って

私が届けなかったと思い激怒。

ちゃんと届けたというと

「目の前にあるのにどうして気が付かなかったの!」としかられた。

そんなことばかりである。

標識がちゃんとあるのに気が付かず

迷ってしまったことも多い。

またある人たちからは、あの時のあなたのあの言動でとても傷ついた。

と2か月以上たってから言われたりする。

え~っ、何のこと?こっちは覚えてなかったりする。

そして傷ついた訳を聞いても

どこがそんなにひどいのか理解できなかったりする。

いいえの言い方がきつかったとかで責められるのだ。

一生懸命自分なりに努力しているけど、これが私なのだ。

この年になるともう自分を改善したいという気力が失せてる。

それよりもありのままの自分を大事にして

他人に振り回されないようにしたいと思っているのだ。

こういう大雑把な人間なので

いわゆる繊細な人と付き合うと大変だ。

HSP Highly Sensitive Person というらしいけど

大きな音もダメ 強い香りもダメ 人がたくさんいてもダメ

いちどにたくさんのことをするのもダメ

その他一杯ダメなものがある。

ある項目は私も当てはまるけど

私は明らかにHSPではない。

HSPの人に敬遠されるタイプだ。

そして私も実を言うとHSPの人たちが苦手である。

別に差別しているわけじゃないけど

普通のことをしたり言ったりしただけで

傷ついたとか言われて反対に攻撃されたりする。

その攻撃がまた半端ない。

ずっと我慢していたらしいのでだいぶ経ってから突然爆発する。

あなたといると辛いのでもう会いたくないですとか

距離を置きたいと言われる。

あの~私は確かにおおざっぱで鈍感かもしれませんが

私だって傷つくんです。

今までそういうことで散々悩んできた。

ある人はその話をすると

「あなたはエネルギーが強いからね。」

と言った。

そうなの?

自分ではわからないのだ。

どうもHSPの人はエネルギーが強い人のそばにいられないらしいのだ。

でも友人や家族がHSPだったりすると

こんなこと言っちゃいけないかも?

とかこんなことするべきでないかも?

といちいち心配しながら接するのは嫌だ。

せめて親しい人たちは安心して言いたいことを言いたい。

あなたは普通の口調が強すぎるのよと

非難されたこともある。

どうすりゃいいんだ?

まあひとつ言えることは

そういう人だということを認めて

自分なりの付き合い方を試行錯誤していくしかないのかもしれない。

今まで散々自分を責めてきたけど

それって私だけが悪いわけではないのだ。

そして非難されようとも避けられようとも

私はもう自分を変えられないので

そのままの自分を愛して大切にしてあげるしかない。

HSPのみなさん、

こんな私をお許しください。

でもできればありのままの私を受け入れていただけると

嬉しいです。


嫉妬の法則

Jealous







最近過去を見直すことが多く、

そしていろんなことが急に腑に落ちたりする。

私はあんまり機転が利く方でないので、

今までさんざんいろんな人に

どう考えても理不尽な理由で

あなたのこんな言葉に傷つけられたとか

こんな態度がいけないとか言われてきたのだが、

今朝、急に気が付いた。

あの時のあの人は

私に嫉妬していたのではないか?

嫉妬してたからあんなに私のことを厳しく糾明したんではないか?

もう12年ほど前のことだけど、

かなり傷ついたので今でも鮮明に覚えている。

私が初めてコミュニティでLCGと言う1か月のプログラムに参加したとき、

彼女は1か月ほど先輩でいろいろ教えてもらって助かった。

ところが或るときから、

急に彼女が冷たくなり、私のことを無視するようになった。

挨拶しても返事がない。

プイと向こうを向いてしまう。

何なのこれ?

共通の友達に聞いてみてもはっきりしない。

やがて彼女から呼び出しがかかった。

リビングのソファに座り、彼女は

あの時のあの言葉がよくなかった

あの態度が傷ついた

とそれこそ10個くらいの(ささいな)ことを挙げた。

私が覚えてないこともあった。

それに私はなにもすごくひどいことや残酷なことを言ったわけでない。

No と言った言い方が冷たかったとか、

どっちか言うと言いがかりに近い感じのものが多く

唖然とした。

のちにそのことを妹や母に言うと

鬼の首を取ったように彼らは

アンタは無神経だからだから嫌われるのよ~と

さんざん言われた。

でもどう考えてもホントにひどいことは言ってないし

なにも悪いことはしてないのに非難されたのだ。

私はこれですごく落ち込み

きっと自分には何かわからないけどどこか悪いところがあるに違いない

と悲観した。

ハッキリ言って私は他人にすごく気を使う方でない。

でも無神経なことや傷つける言葉は言わないようにしているのに

さんざん非難された。

そんなことが相次ぎ、ますます私は落ち込んだ。

そんなに私は悪い人間なんだろうか?

でなければなんでこんなに非難されたり批判されたりするの?

10年以上たってやっと別の見方ができるようになった。

彼女は私が彼女にできないことをやっていたのを嫉妬していたのだ。

後から来たけど、私の英語力の方が彼女よりも優れていた。

彼女が聞き取れないのを私が助けてあげたことがある。

それが許せなかったらしい。

助けてあげて恨まれるとは割に合わない。

別に恩を着せたつもりもないし、

自然にやったつもりなのが感謝されるどころか

恨まれて非難された。

これはホントに傷ついた。

このことをあるとき友人に話すと、

彼は「コミュニティに来る女性はたいてい精神的に壊れている人が多いので

そのせいだろう」とこともなげに言った。

まあ当たってないこともない。

嫉妬による意地悪や嫌がらせは多い。

みんな知らないだけ、もしくは知りたくないだけなのだ。

私の友達が長期滞在プログラムに受け入れられた。

彼女の英語はかなりひどかったが、

とてもオープンでみんなに好かれる人だったので

そのせいで受け入れられたのかもしれない。

ところが、ある日滞在しているバンガローの彼女の部屋のドアに

あなたがここにいるのをみんなが喜んでない。

早く出て行った方がいいわよ。という英語のメッセージが。

彼女は全く心当たりがないといった。

チャンと掃除もしてるし、騒音をたてたつもりもない。

ただ、同じバンガローの日本人の女の子が彼女のことをひどく嫌っていた。

英語ははるかに流暢なのだが、

英語ができない彼女が長期プログラムに受け入れられたのを快く思ってなかったらしい。

英語ができないくせにみんなに好かれている彼女が

我慢できなかったらしい。

証拠はないけど、その女性に違いないと彼女は言う。

結局プログラム終了を待たず、彼女は帰国を決めた。

同じ日本人からの陰湿な嫌がらせにショックを受けたのだった。

こんな事例は後を絶たない。

いやんなっちゃう。

だから日本人の女性は嫌いなんだ。

と言いたくなる。(日本人の女性のかた、ごめんなさい)

陰湿で陰でこそこそする。

何か言いたかったらハッキリ目の前で言えと言いたい。

6年前に帰国後も日本でも同じような目にあった。

私は女にいじめられるタイプらしい。

でも反対に言えば、女性に嫉妬される何かを持っているということになる。

そう思えるようになったのはつい最近で

それまでさんざん自分を責めてきた。

なんだ、あいつらはただ嫉妬してたんだ。ああ、アホらし。

と言うのが今の感想だ。

アンタは学んでないね~と言わないでよ。

もう十分苦しんだんですから。

嫉妬されてたんだと思うとすごく腑に落ちるのだ。

そして嫉妬しているとき、人はすごく残酷になれるのだ。













褒めてもらえない

褒める画像2









誰でも褒められればうれしい。

でも他人がほめられているときにそれに同調するのって、私にはすごく難しい。

誰かが誰かをほめていると、自動的に、この人はこんなに褒められているのに、なんで私は?と思ってしまうのだ。

心の中に自動操縦装置があって、誰かがほめられるとすぐになんで私は褒めてもらえないの?となってしまう。

当然、他の人がほめられているのになかなか同調できない。

そんな自分がすごく嫌になる。

他の人が成功するのを一緒に喜んであげたいし、他の人が褒められるのを喜んであげたい。

これは多分私が今までの人生で十分に褒められたことがなかったからなのか、私の中の批評家が厳しすぎるからなのかわからない。

まあたとえある程度褒められていたとしても、人間というのは、批判されたりけなされたりしたことばかり覚えているものなのである。

そしてそんな自分を責めて責めて責めまくるのだ。

この自動変換装置、なんとかならないものだろうか?

もう一つ私は長年生きてきて、ちょっとやそっとでは感激したり、感動したりしなくなってしまっている。

他の人がすごく感動していることのほとんどをもうやってしまっているのだ。

ちょっとしたことでは心が動かされないのだ。

そして本当に心動かされない限り、褒めたりできないのだ。

大して気にいっていないのに、「わあステキ」なんて言えない。

申し訳ないけど、他の人たちのパフォーマンスなどを見ても、あんまり感激しないのだ。

本当に本当に感激したときはもちろんそういうけど。

どうなんだろう、これって自分があんまり褒められなかったのでひがんでるのかな?

そういえば、職場でもあんまり褒められた経験がない。

ネガティブなフィードバックの方が圧倒的に多い。

もちろんちゃんとフィードバックは参考にして今後に役立てるけど、時々聞きたくなるのだ。

悪いところ、足りないところはわかりました。

でも私のいいところってどこ?

職場では言われたことないなあ。

私の中の小さな女の子はあんまりここが悪いあそこが悪いと言われまくってきたので、今ひねちゃってるんだと思う。

誰も褒めてくれないんだから、アタシだって誰も褒めてやるもんか。

なんか可哀想になっちゃう。

どうにかしてあげたいよ~

だから時々、自分で自分をほめてあげる。

よくやったね。

がんばったね。

あなたは素晴らしいよ。

これ言うといつも涙が出てくるのだ。

でも少しはましになったと思う。

取りあえず、もし私が誰かをほめたとすれば、それは本当に感心したからであって、珍しいことなのです。

褒められたらそう思ってね。





 

痛いところ

人によって嫌なことは違う。

人ごみの中でもまれるのがダメな人もいれば、たった一人でいることが嫌な人もいる。

束縛されるのがダメな人もいれば、構ってもらえないとダメな人もいる。

それぞれ、その人の背景や過去の経験によってそれは違う。

みんな痛いツボが違うのである。

そしてそこを押されたり触られたりすると、飛び上がってわめいたり、泣き崩れたり、激怒したりする。

最近そんなことがわたしにもあった。

私の場合、一番こたえるのが無視されること、もっと悪いのがどうでもいいと思われることである。

つまり私なんていなくても世の中はちゃんと動いていくわけ。ある人たちにとっては私なんていなくてもどうでもいい存在であるのだ。

私だけ蚊帳の外に置かれるとか、そういうのが一番嫌だ。

そして約束したのに全く忘れられるというのもダメだ。

ちょっと昔の話だけど、フィンドホーンにいた時、ある人がハワイに旅行に行くためにチャリティオークションを企画した。

彼女の友達が集まってそのオークションの計画を立てていた。

いろんな人たちに声をかけ、オークションに出す品物とか、技術とかを出してもらっていたらしい。

たくさんの人たちが自分のサービスを彼女のために提供していた。

それはマッサージであったり、料理を作ることであったり、散髪をすることであったりした。

私はオークションの当日それを初めて知り、そしてオークションのグループの誰も私に技術を提供するように頼まなかったことに気が付いた。

毎週2回ヨガを教えていて、リフレクソロジーをたびたびしていたのをわかっていたはずなのに。

完全に無視されたのである。

それがすごくショックだった。

今回もそういうことがあり、イベントに来ると約束したのに、彼女はすっかり忘れて友達と遊んでいた。

電話を掛けると、ごめん、行けない。で終わり。あんまりだわと思った。

そりゃ前日とかに大丈夫来れる?と確かめなかった私も悪いけど。

ちゃんと理由を言って断るならともかく、忘れていたというのがものすごくショックだった。

自分に一生懸命言い聞かせるのだけど、なかなかそれから立ち直れない。

多分彼女にとっては大したことじゃないのである。

そのイベントがいかに私にとって大切かなんて彼女にわかるわけない。

そしてそれから前はイベントに来てくれたけど、今は来てくれない人たちに対してどうして?という気持ちになり、
見捨てられたという意識になる。

別に彼らに非があるわけじゃない。来る来ないは自由なのだから。

でも私は見捨てられたように感じるのだ。

私の宣伝が悪かったから?何がよくなかったの?

別に見捨てたわけじゃないのはわかっているけど、そう感じちゃうのは止められない。

そして自分が可哀想になり、やり場のない怒りと悲しみに襲われる。

気分が落ち込んだままである。

そしてそれから思考がどんどんネガティブに飛び、私ってどうしてこうなの?あの時もそうだった、このときもそうだった、何をしてもダメなんだ。という方向に行ってしまう。

わかってるんだけど、変えられないというやつである。

ちゃんとイベントに遠くから来てくれた人たちもいるのに、それに対する感謝の気持ちより無視されたショックのほうが大きいのである。

どうやってそこから抜け出せるのかと考えた。

一番いいのは友達に聞いてもらうことだけど、今すぐに調達できない。

フェイスブックのあるページに投稿して聞いてもらうことにした。

時差があるので私が寝てる間に次々にメンバーから投稿があり、すごく励まされた。

こんな愚痴を言っている私を気遣ってくれてアドバイスをくれる人が世界のどこかにいるというだけでとてもとても元気が出る。

涙が出てきちゃった。

ついでに長年の電話友だちに連絡して次の火曜に久しぶりに話す約束を取り付けた。

ちょっとだけ友人の声を聞いただけで、私の中の緊張がほぐれていくのがわかった。

相当ガチガチになっていたみたい。

少しは抜け出せそうな感じになってきた。よかった。




記憶を塗り替える

このところずっと続いていた研修がやっといったん終了。

もう疲れたなんてもんじゃない。

一緒に研修を受けた仲間から、その年で新しいことに挑戦するなんてすごいと思いますなんて言われたけど、そんなもんじゃないんだ。

ネットで仕事探しをしていて、年齢不問とあったのでうっかり出来心でボタンを押してしまったのだった。

でもってよく見てみたらこれって3年前スコットランドから帰国してすぐに応募したことのある職だった。その時の苦い思い出がよみがえった。

会社の説明があってそれから筆記試験があって、それからモデル授業があって、そのあと封筒を渡される。

合格とあればそのあとの面接に進める。不合格の人はそのままエレベーターに乗ってすごすごと帰るのである。

私はすごすごと帰ったほう。帰国したばかりでまだ地に足がついてなかった私だが、これが現実なんだと冷や水を浴びせかけられたような気持だった。

その時の嫌な気分が忘れられず、私はこの職場に応募するのを避けていた。

今回うっかりボタンを押してしまったあと、グループ面接の通知が来た。

大体プロセスはわかっているので、あ~いやだな~またあれをやるのか?なんでボタンを押しちゃったんだろうかと思いながらいやいや出かけた。

前回と同じく12名ほどの応募者がいた。今回は年配の男性もいる。ちょっと安心した。

私のこの日の目標は、絶対今度は3次の面接まで行ってやる!というものだった。

2次、3次と進み、6名だけになった。今回は残れたのである。しかしみるところ、私が最年長のようである。

面談をグループでして、解散になった。合否は今日中に連絡するといわれた。

研修にぜひ参加してくださいという連絡がその晩に来て、その日はとてもハッピーだった。

しかし、私が知らなかったのは、この研修に参加できるからと言って入社したことにならないということだった。

研修でその人がちゃんと仕事がこなせるかどうかを見ていくのである。

最終的に3人になってしまった私たちは研修中ものすごくしごかれた。3人の中で私が一番出来が悪かった。

フィードバックもすごかった。グサッと来ることをもう思いきり直接的に言われるのである。

私はあとの二人に支えられながら、必死でついて行ったという感じ。

いつもいつも崖っぷちに立っている感じ。もしくは頭の上に剣がぶら下がっていていつ落ちるかわからないという感じ。

このままではダメですよとずっと言われ続け、気の休まる時がなかった。つまりこんなに苦労したのにここで脱落したら、何のために苦労したかわからない。

でもこのままだとそうなる。必死で頑張ってクリヤするが、そのあとの課題でつまづく。それの繰り返し。

昨日最終の試験があり、あんなに準備したのに私はボロボロだった。

でも最初にあまりに出来が悪かったので、最初に比べるとものすごく努力して変わったというのを評価してくれたらしい。

条件付きで合格となった。条件付きなので次の研修はまだ受けられないし、仕事はいつあるかわからない。

でも一応そこの社員となることができるらしい。

とりあえずホッとした。でもこんなに苦労したのにすぐにお金にならないし、来月からどうしようかと悩むところである。

条件付きなので手放しで喜べないけど、私の中の努力をちゃんと評価してもらったということに対する喜びはある。

そして3年前すごすごと帰ったあの悲しい記憶を塗り替えることができたことをうれしく思っている私がいる。







音楽の癒し



ヒーリングミュージックのCDを集めていた時があった。

ヨガを教えていて音楽を使うと効果があるということを発見。ヨガのリラックスに使えそうな音楽を見るとすぐに買っていた。

先日生徒と話しているときに偶然ヒーリング音楽のミュージシャンであるダニエル・コビアルカの話になり、彼のサイトを探索することに。

最初に出てきたのがララバイという曲。これを聞いているうちに何とも言えない平和な気分になってきて、自分でも驚いた。

最近はあまり彼のCDを聞くこともなくなっていた。1曲通しで聞いてみると、本当に癒される気がする。

もっともっとこういう曲を聴くべきなのだった。音楽の力というのをすっかり忘れていた。

楽しい元気の出る音楽もいいけど、今の私みたいにちょっと疲れていて、あまり気力がまだないときは、こういう優しい音楽がいい。

ダニエル・コビアルカは私が若いときに気に入っていたアーティストだが、彼は70歳にしてまだまだ元気、2008年には日本にも来て、医学関係の人たちとも音楽の癒しについて会談している。

フェイスブックにも出ているというので見てみると、6年越しの恋人がいること、成長した娘や息子がいること、全部載っている。。。

まあでもますます元気で活躍していることがわかってちょっとうれしかった。

私の生徒はビートルズも知らないが、ダニエルの音楽は気に入ったらしい。なんだかちょっとびっくり。

殺人ゲームやゾンビや怪物を好む少年の中にどうやってこの音楽が入り込んだんだろうか?

本当の芸術は誰にでもアピールするということなのか?

彼の音楽の優しさにちょっと癒された私だった。今度は瞑想の時にかけてみよう。

All is well.

どういうわけか地下鉄を乗り違えて塾の仕事に30分近く遅刻。こんなことは初めてなので自分でもショックだった。

木曜日は一番大変な日である。朝9時から昼の1時まで教え、そのあと塾で4時半から6時まで、そして家庭教師が7時から9時までと3箇所で教えなくてはいけないからである。

朝の仕事を終わってうちで昼食をとり、塾の仕事に出かけた時点でもう地下鉄で眠ってしまい、はっと目が覚めたら栄。乗り換えなくちゃと慌てて降りてしまった。そしてどういうわけか家庭教師に行くつもりで名城線に乗り換えた。

本当はそのまま東山線に乗っていれば遅刻することもなかったのに、延々遠くまで乗ってしまったのだった。

疲れているとなかなか頭の切り替えができなくて困る。ちょっと限界に来てるかなというのが私の感想である。

午前に始めた新しい仕事が果たして自分に向くのだろうかと深刻に考えたりするが、もういまさらどうしようもない。実際には問題がいろいろありながらも、新しい仕事はもう始まってしまっている。

自分の判断が良かったのかどうか、くよくよ悩んだりする。

何かが起きたり起きなかったりするとき、私は自分を責める傾向がある。

友人が突然メールをくれなくなった。これはきっと最後に私が送ったメールに不適切な部分があったからに違いないとくよくよする。実際には私とは何の関係もなかったりする。

期待していたことが全く思うように進まない。これも私の対応が悪かったせいに違いないとまたまたくよくよする。

ここ数ヶ月好んで聞いているHay House World Summitのオーディオの中のLynn Robinsonのインタビューを思い出した。

人生にはいろいろなことがある。もしなにか悪いこと(論理的な頭脳で考えると)が起こったとしたら、それに抵抗しないで、それを受け入れ、今この状況で何ができるのかを考えなさい。

どうしてこんなことが起こったのかなんてくよくよしないで、この状況でいかに楽しめるか、最大限にこの状況を生かすにはどうしたらいいかを考える。

そうすれば人生はずっと楽しく簡単になる。そしてDivine Orderを信じようといっている。

宇宙には私たちよりもっともっと大きな考えがある。すべて起きることには理由があり、すべてがベストになるように宇宙は私たちを導いてくれていることを信じるのである。

お任せすると言う姿勢である。努力しないと言う意味ではない。自分にどうしようもないことを心配しないと言うことである。すべてうまく行くからと何の理由もないときに信じる力を持つということである。

FBの友人が最近くれたメッセージの中に ”Our time is not God's time."というものがあった。

神さまにいろいろお願いをする。ちっともかなわない。どうしてかなわないのか、私のお願いの仕方が悪いのか、瞑想が足りないのか、努力が足りないのか、もっと一体何をすればいいのかと果てしなく私たちは考えてしまう。

真実はそれは時が来たときにかなう。それだけ。神さまには神さまのスケジュール表があって、私たちのとは違うのである。私たちにとって最適なときにそれは起きるのである。

それまではいくらがんばってもどうにもならない。泣こうがわめこうがダメである。そのことを知って受け入れてしまえば楽になるのである。

私の場合は地団太踏んでいるときは大抵奇跡は起こらない。そんなことを超越して、お願い事そのものも忘れてしまったときに奇跡は起こる。

人生をコントロールできると考えていると苦難の人生になる。流れに身をまかせてどうなるか見てみようじゃないかというくらいの度胸が大切なのかもしれない。

と言うわけでお任せします、神さま。だいぶ私のお祈りはたまっているはずですけど。。。。



生きるのが下手

Oct 2010 Findhorn 004













ほんとは明日は働かなくてはいけないのに、無理やり休みにした。もうちょっと限度と言う感じ。

午前に新しい職場で働き始め、思っていたより要求されるタスクが多いということ、これはかなりチャレンジな仕事だと言うことに気がついて、ちょっとへこんでいた。

今度の場所は生徒の数は少ない割りに、職場の人間が多いのである。その人たちとうまくやっていかなくてはいけない。もうすでに私が挨拶をしない人だというフィードバックを受けた。

挨拶はしているつもりだったけど、どうも眼の手術のせいで、左目があまり見えなくて、誰かと会っても気がつかないことがあったようだ。

なにかにつけていちいち細かく指示されるのでうんざりして来てしまった。

ある程度任せてもらいたいと思うのはわがままなのかなあ。まだ20代とかならともかく、私の年になると指示されるのがイヤなのよね~頑固になってるのかな。

こういうことがあるとすぐに私はダメだ、何をやってもダメだ、うまく行かない、誰も私を愛してくれない、私は誰の役にも立てない・・・・・・・というネガティブな思考につっぱしってしまうのである。

そして過去にあったつらい記憶を掘り起こし、だから私はダメなんだとか、だからうまく行かないんだとか、自分を責めるのである。

数え上げればきりがない。

フィンドホーンは私の心のふるさとであり、いつも恋しく思っているにもかかわらず、フィンドホーンで受けた数々の仕打ちのことは忘れられないし、こういうときに戻ってくるのである。

多分に私自身のせいでもあったとは思うが、それでもそのときに感じた悲しさ、悔しさはいまだに私の中にある。

LESP(6ヶ月のプログラム)に応募したとき、受け入れてもらえなかった。英語が十分でないとか、怒りの問題があるとか、いろいろ言われ、それを改善しようとけなげにも全力を尽くした。

1年半後、散々苦労した挙句にやっとOKをもらった。これは英語改善のためや自己改善には役立ったと思うが、後に私よりはるかに英語ができない人がLESPになったのを知り、ショックを受けた。

つまるところ、あれは単なる言い訳に過ぎなかったのだ。私のことが気に入らなくて受け入れたくなかった、それだけだったのだ。

そしてそういうことはその後も何回も起こった。最初は怒っていたけど、そのうちに疲れてきた。

あるトレーニングを受けようとして申し込んだのに、断られた。2回目に申し込んだのに断わられた。3回目も4回目もである。さすがに私もこれはおかしいと思いだした。

断られた理由を聞こうとしたが、こじつけのようだった。私はフィードバックを受けたらちゃんと受けて立つつもりだけど、そのときは、ああ私ってどうしてこう生きるのが下手なんだろうと思っただけだった。

完璧に誤解が一人歩きしているようだったからである。

善意でしたことが非難される。完全にconfidentialであるはずの情報がリークされ、それがゆがめられて伝えられる。

多分それがこの2年私をフィンドホーンから遠ざけてきたのだと思う。

なんだか複雑な感情がある。スコットランドの自然が恋しいし、フィンドホーンの環境や習慣が恋しいが、いざ帰りたいと思うと、私は必要とされてないという感情がすぐ先に立つのである。

その反面、あまりに恋しすぎて、フィンドホーンについての記事を読むのさえ苦痛を覚えることがあり、しばらく読まないようにしていたほどである。

昔も今も私の望みは同じである。私を必要としているところにいたい。必要としてくれる人に会いたい。そして私が私自身でいることによってなにかをしたい。

でももう人生半分以上過ぎちゃった。今頃何を言っているんだという声が聞こえる。

今いるここでできるだけのことをするしかないのだけど、今夜みたいになんだか疲れていてうんざりしているときは、それだけでは慰められないような気がする。

自分に対して暖かくなかった人や場所にこだわるのをやめて、自分のことを愛してくれて優しくしてくれる人や場所を見つけるべきなのだ。

でもそれはまだ見つかっていない。それが悲しい。でも少なくともフィンドホーンのおかげで、世界中にたくさんの友人ができて会えなくても彼らは私を愛してくれる。

今はそれだけが私の宝物だ。それがあるから生きていける。







疲れちゃった

帰国してからもう2年になる。思えばよく生き延びることができたと思う。感無量である。

ずっとずっと走り続けてきて、もうこの辺で一息入れたいと思いつつ、状況がそれを許さず、結局ずっとずっと走り続けてしまった。

なんだか急にもう何もかも投げ出してどこかへ行ってしまいたくなった。疲れちゃったのだ。

といってもここ数年おんなじことをずっと言っている。何の心配もせずに自然のあるところでのんびりして全く心の中を空にしてみたいと思いつつ、なぜかずっと全速力で走り続けてしまった。

8月に入院したとき、これは休むチャンスだと思ったのだが、終わってみればそうでもなかった。入院となれば、心配や不安があるのである。

4年ほど前にサイレンスリトリートを受けたとき、プログラムの中にドリームワークがあった。夢を覚えておいて、その夢をシェアし、どんな意味があるのか読み解くのである。

サイレンスリトリートなので、すべて沈黙の中で行われる。唯一、ドリームワークのときやシェアリングのときだけ話せるのである。

こういうときは夢を見やすくなる。それもなにかメッセージがあるような夢である。どういう意味かはよくわからない。

私の夢は日本の仏壇のようなものの前にもう一人の女性と立っているというもの。その女性は私よりも賢くて年上のようだった。彼女は何か助言を私に伝えていたが覚えてない。

仏壇は美しくてろうそくがともっていた。ただそれだけ。

その話をteacherにすると、寝る直前には何を考えてましたか?前日の午後には何をしていましたか?と聞かれた。

前日はサイレンスリトリートの師とインタビューがあり、そういえば"I need to take a rest."と言ったような気がする。

寝る直前もそのことを考えていたような・・・・

話しているうちにてteacherは「その年上の賢い女性はあなたのハイヤーセルフであり、あなたは休みを取る必要があるといっているのだ。なぜならあなたはそれが必要なだけでなく、それに値するからだ。」と言ってくれた。

それを言われたとき、じわっと涙が出た。彼女のいうことはほんとだと思った。

しかしながら、その後もあんまり心からリラックスする機会はなかった。いくら自由な時間があっても心の中が荒れ狂っていればリラックスできないのだ。

結局ずっと走り続け、その後日本に帰国してからは、もっともっと過酷な状況におかれたため走らざるを得なかった。

帰国して2年たち、その間ずっと走り続け、自分を叱咤激励してきたのを改めて感じた。そりゃたくさんの友達もできたし、新しい経験もできたが、ほとんどが私の望んでいるものではなかったし、それから何かが新しく生まれることもなかった。

見当違いのところを探していたような気がする。だからと言ってどこを探したらいいのかももうわからない。

時間とお金を失い、その代わりにいったい何を得たのだ?そう考えるとどっと疲れが出る。

本当に心の底から今は休みが欲しい。もう走り続けるのはイヤだ。疲れちゃったのだ。

もうお手上げです。どうにでもしてください。と神様に言っている状態かも。私だって限界があるのだ。

冷たくてもいいからスコットランドの海で泳ぎたい。それが今の私の望みだ。

体からのメッセージ

今週初めから塾の仕事に復帰した。とはいえ、夕方からだけの仕事だし、ヨガのほうはまだ復帰してない。そんなに体に負担になるはずないと思っていたが、そうでもなかったらしい。

おとといの夜から胃が苦しくなり夜眠れなかった。昨日は朝起きたはいいが、また寝床に逆戻り。ほとんど一日眠っていた。朝から夕方までずっと眠れると言うこと自体、異常である。

そこまで来てやっと思い知った。手術で体と心に大きなショックがあったのだから、ゆっくり休む必要があったのだ。あまりにも早く普通の生活に戻りすぎたのかもしれない。

疲れていたのだ。

幸いなことに昨日の仕事は夜だけだったので、1日寝ていても問題はなかった。胃も今はだいぶよくなったけど、今日も無理せずに休むべきだろう。

私の場合こういう体からのメッセージを受け取るのが下手である。自分でも気づかずに極限までがんばってしまい、突然ぶっ倒れると言うパターンが多い。これ、亡くなったうちの父もそうだった。遺伝らしい。

ひどくなる前に休むべきだと言う体からのサインに気づけばいいのだが、そういう小さなサインに気づかないのだ。

そういえば、今週は仕事から帰ってきて夕食を食べた後、しばらく動けなかったのを覚えている。床に寝転がったまましばらく眠り込んでしまい、はっと眼を覚ますと言うパターン。

私の友人で幼稚園の教師を長年してきた人物が引退の理由を、一日の仕事を終えるとエネルギーを使い果たして動けなくなったからと説明していたが、それに近い。

私の場合は別に一日中働いていたわけではないのだけど、体と心がまだ完全に復帰してなかったので疲れがひどかったのかもしれない。

思っていたより手術は体と心に負担だったようだ。仕方ない、明日もゆっくりしよう。そして何かしなくちゃとあせる思考の声には耳を貸さないことにする。

これをしなくちゃ、あれもしなくちゃ、こんなことではダメだといつも自分を叱咤激励するのもよくない。心が疲れてしまうのだ。

休んでいいんだよ。そういってあげたい。今日は安らぐこと、楽しいことしかしないようにしよう。




記事検索
プロフィール

アイリス

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ