
高田偕行社の保存活動を行っていた人々が、解体後の建築部材の行方に関心を示さなかったらしいこと、所有者から高田偕行社の建築部材を使っていると聞いた人がいてもその情報が広がらなかったことは、意外に感じられるかもしれません。
しかし、「保存」や「文化財」という概念は、「スクラップ&ビルド」のアンチテーゼで、表裏一体のもの。当時は今以上に両者とも勢いが強く両極端に位置していたため、建物の保存がかなわずに、スクラップした材料には関心が払われなかったのかもしれません。
しかし、「保存」活動者の関心を離れても、古材の再利用という考えは巷に存在していたために、解体した業者と施主の間の合意で、新しい建物に生まれ変わったのです。
近年、建築史研究の分野において、「スポリア」と呼ばれる部材の転用・再利用への注目が高まっています。この研究の蓄積は、「保存」、「文化財」、「スクラップ&ビルド」という概念が、「近代」と呼ばれる成長の時代に生まれた歴史の浅い概念であり、長い建築の歴史においては、建築物の再利用、中でも「スポリア」が最も頻繁に行われており、本質的な建築行為であったことを示すことになっていくでしょう。
「近代」という成長時代から、縮小時代への歴史的転換点であるように見える現在、私たちの建築に対する見方そのものを根底から刷新するかもしれない視点が建築史研究者から提出されているのです。
「スポリア」には、建築部材のもつ歴史的な意味や象徴性を重視して再利用した「象徴的スポリア」と、それ以外の「実用的スポリア」があります。今回の高田偕行社の事例は、当時の所有者が言い伝えとして残したことから、高田偕行社の「象徴的スポリア」事例であると考えます。今後の調査によりますが、県内でも稀な事例ではないかと思います。
現在、耐震改修工事を終えて、内部のリフォーム工事を行っています。今回の工事において、一番大きな変化は、一部減築後に、石積み基礎をそのまま残し、石積み基礎内部を室内とつながる庭としてデザインすることです。
石積み基礎の持つ、100年を超える歴史的意味と、素材感に配慮したデザインで、次の50年を見据えた「象徴的スポリア」を行う必要があります。
(つづく) 次回は、前近代的な(?)リフォーム工事の状況についてご紹介いたします。
最後に、蛇足ですが、私どものこれまでの仕事との連続性について触れたいと思います。
「新築」志向も、「保存」に価値をおく考えも、建築に一番良い「時」があるという考えに裏付けられており、「近代」的な価値観でした。人口減少社会に入り、成長時代である「近代」が終わりを迎えるとともに、「前近代」的な建築観が甦りつつある点が注目されています。
それは、建築に最終的な完成も、絶対的なはじまりも存在しないという考え方で、新しい建築物の価値観も揺らいでいきます。今行われている、建築完成時の竣工写真で建築物が記録され、コンテスト等で評価が定まるという完成時に価値を見出す「近代」的方法論が通用しなくなります。
こうした完成時に価値をおく「近代」的価値観を支配していたのは、商業主義でした。投資効率を考えると、完成時を頂点にして、短期間での投資回収が求められます。
そのような、商業主義の中心で、建築に最終的な完成も、絶対的なはじまりも存在しないという「前近代」的な建築観に挑戦したものが、上越妙高駅前のコンテナ商店街フルサットでした。その本質的な挑戦が、大きな注目を集めることになりました。
フルサット立ち上げの模様をリポートしております。拙文ではございますが、ご紹介させていただきます。
中野一敏:ナカノデザイン一級建築士事務所 ≪FURUSATTOに取り組み、建築と偶有性について考えた≫ Webマガジン■AH!■Vol.66 日本建築学会北陸支部 2019年4月
JR上越妙高駅前と、フルサットの現在がレポートされています。規模拡大は落ち着いておりますが、駅前飲食店街に新潟県の「民間スタートアップ拠点」という個性が加わり、質的な変化を続けています。
櫛引 素夫 :青森大学教授、地域ジャーナリスト、専門地域調査士
≪コロナ禍でも「駅前開発進んだ」新幹線駅の将来性 「何もない」揶揄された上越妙高駅は景観が一変≫ 東洋経済ONLINE 2021年11月6日
参考文献
加藤耕一「時がつくる建築 リノベーションの西洋建築史」,東京大学出版会 ,2017年