2007年03月01日

のれんを下ろした東之門町の「鶴の湯」

3月弥生となりました。
暖かな冬でしたが、3月の声を聞くと春の実感がわきます。

昨日、善光寺東にある「鶴の湯」(東之門町)が営業を停止しました。
場所は東之門町の通りから東に入った「伊勢社」の参道沿い。
または伊勢町の「笠原十兵衛薬局」の右脇を入った所です。
笠原十兵衛薬局の看板商品は「雲切目薬」。
こちらの地図をどうぞ
左に雲切り目薬







薬局脇の小路を入ると、その奥にあるのが「伊勢町天神社」。
歴史の町長野を紡ぐ会」では「善光寺門前七天神めぐり」でご案内しています。
天神社









「天神社」の前を流れる「湯福(ゆぶく)川」。
湯福川は飯綱山のふもとの芋井地区から「七曲り」を通り、
善光寺境内の北側から東側に回り込んで流れ下ってきます。
湯福川




川沿いは急な上り坂。
湯福川沿い












右に鶴の湯坂を上ると「鶴の湯」が右手にあります。



車の向いている方向にあるのは「伊勢社」に上がる石段。
鶴の湯は伊勢社の入り口にあります。
鶴の湯(車の向こうが伊勢社)










歴史を閉じた、昨日夕方の「鶴の湯」。
正面鶴の湯



のれんには折り鶴が染め抜いてありました。のれん鶴の湯








昨日の夕方、「鶴の湯」の上にきれいな月が見えました。
ここは大林監督の映画「転校生」の舞台にもなった場所。
今年公開になる映画には、このあたりの風景が登場します。
12月15日ブログ映画転校生撮影現場の歴史(伊勢社)」をどうぞ。
月と鶴の湯









銭湯の歴史は、なかなか記録が残っていません。
長野郷土史研究会」機関誌『長野』70号(昭和51年)に掲載された「長野市における明治期の職業について」(依田康資氏)によると、
4町1か村(長野町・南長野町・鶴賀町・西長野町・茂菅村)時代の
明治19年4月16日「信濃毎日新聞」湯屋22軒

明治30年長野市制施行後の
明治36年12月2日(信濃毎日新聞)には洗湯29軒
「湯屋」「洗湯」は「銭湯」のことです。

今から百年程前には、たくさんの銭湯があったことが分かります。
最近各地に「スーパー銭湯」ができています。
でもその一方で、従来の銭湯は厳しい経営となっています。
銭湯は門前町の文化の交流場所だったはずです。
これから「鶴の湯」の建物はどうなるのでしょうか。

naganoetokino1 at 23:57│Comments(0)TrackBack(0) 建物・施設 

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