2007年04月23日

善光寺門前の「虎御前」ゆかりの地

昨日と変わらず、10度台の温かな朝。
昨夜降った雨も上がり、さわやかな週明けです。
日中の気温も、夏日だった昨日とは違って、平年並みの予想。

今日は、善光寺門前に残る「虎御前」の遺跡「虎が石」をご紹介します。
国道406号線に面した善光寺三鎮守のひとつ「武井神社」。
境内の西側から入る小路が「虎小路」です。
虎小路406号から







小路の奥から見た、国道40号線。
通りの向こうには、長野市の施設「ちょっ蔵おいらい館」があります。
現在、建物の破損の修復のめどがたたず休館中。
虎小路反対から










小路はカーブしていますが、その一角にあるのが「虎が石」。
長野市制百周年事業で整備され、第二地区では「由来の碑」を建立。
虎が塚全景








これが「虎が塚」で、「善光寺七塚のひとつ」と書かれています。
元々、江戸時代には「善光寺七名所」と呼ばれた場所がありました。
七名所とは「七寺、七社、七橋、七池、七清水、七塚、七小路」です。
でも現在では、ほとんど昔の面影がなくなってしまっています。
アップ










すぐ脇には「虎が橋」「善光寺七橋のひとつ」の標柱もあります。
虎が橋標柱








「虎化粧の井戸」の標柱もあります。
虎化粧の井戸










由来の碑にはこのように書かれています。
このような虎御前の遺跡は、全国各地にあります。
夫、小林一郎(長野郷土史研究会会長)は、著書『門前町伝説案内』の中で、次のように書いています。
「それは『虎』と名乗って全国を巡り、虎御前の物語を語る尼たちがいたからだと考えられています。善光寺はその拠点の一つだったのでしょう」
説明板
すぐ近くには、虎が住んでいたといわれる「虎石庵」跡もあります。それはまたご紹介します。
小路の奥に、ひっそりと眠る遺跡。門前町ならではの趣きです。

naganoetokino1 at 09:57│Comments(2)TrackBack(1)寺社・史跡 | 小路

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. 虎御前のミステリーを訪ねる・04  [ 紙芝居屋・甲介の「ポレポレでいこう!」 ]   2012年03月29日 19:40
虎御前をめぐる女性たち──都藍尼 江戸の頃につづられた「東海道名所記」に、 絵解きをした熊野比丘尼を描写したくだりがあります。 そこで「比丘尼」を説明するのに、史上初の比丘尼であり、ブッダの養母であったインドの 喬答弥(きょうどんみ)〈=摩訶波闍波提

この記事へのコメント

1. Posted by 若山甲介   2012年03月29日 19:50
先日は、ありがとうございました。
虎御前についてちょっと書きましたので、
こちらにトラックバックさせていただきます。
「地獄極楽図」、楽しみですね。
いつか拝見できたらと願っております。
2. Posted by 小林玲子   2012年03月29日 21:26
若山甲介様

先日は、絵解きにお越しいただき、ありがとうございました。
詳しい調査内容も拝見させていただきました。

「地獄極楽図」の台本作りは、夫と取り組んでいます。地獄を体験した本人が語るという形を取ろうと思っています。

今後ともよろしくお願いします。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Google  ブログ内検索は、一番上で「blog」選択。一番下の「Search」を押してご覧ください。











最新記事
Archives